授業実践記録(理科)
力表示器「Fi―Cube」を用いた可視化による学習支援
1.はじめに
中学校理科の学習の中でも物理領域の力学分野は学習が難しいと言われている分野である。なぜ,そのように言われるのか。それは,力が目で見ることのできないものであり,その定義が曖昧なまま学習しているからだと言われている。
その理由を探ってみると,生徒たちのこれまでの日常生活の経験の中から得られた考え方と,科学的に立証された考え方との間に違いがあり過ぎて,知識の習得を邪魔してしまうからだと考えられる。
そこで本研究では,「力」が本来目に見えない抽象的な概念であることが,中学生にとって難しいと感じてしまう一因であると仮定し,以前,啓林館の授業実践記録2011年1月にて紹介された古平先生の実践を基に力表示器「Fi-Cube」を用いて授業を行うことにより,ビデオによる視覚教材や,ワークシートの活用により生徒達の学習内容の理解を高めることができるようにした。
力表示器「Fi-Cube」を用いた実験を通して,目には見えない「重力」や「垂直抗力」を視覚的に捉えることにより,静止状態や運動している物体に働く力についての理解を深め,正しい科学的概念の育成につなげたいと考えた。
2.目的
- ・スーパースローカメラを用いたビデオ教材の作成
- ・授業の振り返りと内容理解を深めるためのワークシートの作成
- ・力表示器「Fi-Cube」の疑似体験ができるアプリケーションの開発
3.方法
ビデオ教材の活用
図1.ビデオ教材の一場面
目で見ることができない力を可視化する力表示器「Fi-Cube」を用いたい実験を行う際に,目が慣れないと表示されている力を認識することが難しくなってしまう。そこで,動いている「Fi-Cube」をスーパースローカメラで撮影し,その動画により,スローモーションで力の変化を確認しやすくし,「いつ,どのような力が働いたのか」を認識できるようにした。
また,図1のような「Fi-Cube」が表示している力の補足説明を動画の中に入れることにより,理解を深めることができるようにした。
ワークシートの工夫
生徒達の持ち合わせている既有概念による予想と実験の結果を比較することにより,学習内容の再構成ができるようにするためのワークシートを作成し,科学的な概念を形成しやすくなるようにした。
アンドロイド用アプリケーションの開発
本研究で用いた「Fi-Cube」をより多くの方に知ってもらえるように,疑似体験のできるアンドロイド用アプリケーション「Fi-Cube(2D)」を開発した。
4.授業実践
○授業1 「力とは何か~目に見えない力を見てみよう~」
授業のポイント
- (1) 普段何気なく使っている「力」という言葉に,「日常的な力」と「科学的な力」があることに気づかせ,「力」についての科学的概念の導入の一助にしたい。
- (2) 「力の相互作用」の関係や「力の矢印」の作図を理解することにより,「科学的な力」を見出せる技能を身につけさせたい。
- (3) 「力の見つけ方」を話し合うことにより,「科学的な力」についての理解を深めさせたい。
展開 | ※研究課題との関連 |
具体目標 | 時間 | 学習活動 | 指導上の留意点 |
---|---|---|---|
1.力という言葉を使って文章を書き,その使い方の分類について知ることができる。 | 5分 | ・「力」という言葉を使って文章を作る。・「日常的な力」と「科学的な力」の違いについて説明を聞く。 | ○普段使っている言葉に着目させたい。 |
2.学習課題の設定 「力とはどのようなものか考えてみよう。」 |
5分 | ・学習課題を確認する。 | |
3.力の見つけ方についての約束を確認することができる。 | 10分 | ・力の見つけ方についての約束を確認し,「力の相互作用」「力の矢印」などについて確認する。・個人で「科学的な力」を見つけ出す。 | ○力を矢印で表すことにより,理解しやすくなることに着目させたい。 |
4.「科学的な力」についてグループで話し合うことができる。 | 15分 | ・グループで「科学的な力」について話し合い,その判断理由について考えさせる。※それぞれの言葉の意味を確認することにより,力の見つけ方についての理解を深め,学習意欲を高めさせる。 | ○「力の相互作用」「力の矢印」などを踏まえた話し合いを行わせたい。 |
5.「科学的な力」の説明を聞き,日常的な考え方と科学的な考え方について理解することができる。 | 10分 | ・「科学的な力」の説明を聞き,話し合いの結果と照らし合わせる。・アリストテレス的(日常的)な考え方とニュートン的(科学的)な考え方について理解する。 | ○「科学的な力」を見つけ出す技能が身に付いたかどうかを確認させたい。 |
6.次の授業の説明を聞き,関心を高めることができる。 | 5分 | ・目に見えない力を表す「Fi-Cube」の説明を聞き,次の授業へつなげる。 | ○「Fi-Cube」の説明を聞き,次の授業への関心を高めさせたい。 |
○授業2「力表示器「Fi-Cube」で力を見よう~力を目で見てみよう~①」
授業のポイント
- (1) 「力」を目で見ることができるように工夫した教材「Fi-Cube」を用いることにより,静止状態や運動している物体に働く力をわかりやすく捉え,「力」についての科学的概念の導入の一助にしたい。
①静止状態に「重力」と「垂直抗力」が絶えず表示される。 ②自由落下時に「垂直抗力」が表示されなくなる。 ③投げ上げたときに「重力」のみで,運動方向に力が表示されない。 - (2) 「いつどんな力が働いているのか」をまとめることにより,「力」と「運動」の関係についての理解を深めさせたい。
- (3) 活動を通して「力とは2物体間の相互作用である」,「力が働くと,運動の様子が変わる」ことに気づかせたい。
展開 | ※研究課題との関連 |
具体目標 | 時間 | 学習活動 | 指導上の留意点 |
---|---|---|---|
1.力とは何かについて前時の復習をすることができる。 | 5分 | ・力の見つけ方についての約束(「力の相互作用」「力の矢印」)などについて確認する。 | |
2.学習課題の設定 『「Fi-Cube」を使って,「いつ,どんな力が働いているのか」を実感してみよう。』 |
10分 | ・学習課題を確認する。・「Fi-Cube」の使い方の説明を聞く。 | ○Fi-Cubeの構造上,垂直抗力を中心から表していることを説明する。 |
3.「Fi-Cube」を使って,「力」と「運動」の関係について確認することができる。 | 5分 | ・「Fi-Cube」を回転させ,力の表示が変化することを確認する。 | ○「重力」と「垂直抗力」が絶えず働いていることに気づかせたい。 |
10分 | ・【実験1】「Fi-Cube」を落下させて,「垂直抗力」が働かなくなることを確認する。 | ○「Fi-Cube」が回転しないよう留意して落下させる。 | |
10分 | ・【実験2】「Fi-Cube」を投げ上げて,「運動方向に力が働かない」ことを確認する。 ※「Fi-Cube」により,視覚的に「いつ,どんな力が働いたのか」を確かめることにより,力と運動の関係についての理解を深め,学習意欲を高めさせる。 |
○誤概念の多い内容なので,表示をしっかりと確認させたい。 | |
4.「Fi-Cube」の活動からわかったことをまとめることができる。 | 10分 | ・「Fi-Cube」を使った実験から,わかったことをまとめる。 | ○「力」と「運動」の関係について気づいたことを確認させたい。 |
○授業3 「力表示器「Fi-Cube」で力を見よう~力を目で見てみよう~②」
授業のポイント
- (1) 「力」を目で見ることができるように工夫した教材「Fi-Cube」を用いることにより,静止状態や運動している物体に働く力をわかりやすく捉え,「力」についての科学的概念の導入の一助にしたい。
④水平面の力学台車で,加速時には「重力」,「垂直抗力」,「運動方向の力」が表示される。 ⑤水平面の力学台車で,等速運動時には「運動方向の力」が表示されない。 - (2) 「いつどんな力が働いているのか」をまとめることにより,「力」と「運動」の関係についての理解を深めさせたい。
- (3) 活動を通して「力とは2物体間の相互作用である」,「力が働くと,運動の様子が変わる」ことに気づかせたい。
展開 | ※研究課題との関連 |
具体目標 | 時間 | 学習活動 | 指導上の留意点 |
---|---|---|---|
1.前時の実験1・2を振り返ることができる。 | 5分 | ・前時の実験1「Fi-Cube」を落下させて,「垂直抗力」が働かなくなること,実験2「Fi-Cube」を投げ上げて,「運動方向に力が働かない」ことについて確認する。 | |
2.学習課題の設定 『「Fi-Cube」を使って,「いつ,どんな力が働いているのか」を実感してみよう。』 |
10分 | ・学習課題を確認する。・前時の実験は垂直方向の移動だったので観察が難しかったが,今回は水平方向の移動になるので観察しやすくなることを説明する。 | |
3.「Fi-Cube」を使って,「力」と「運動」の関係について確認することができる。 | 15分 | ・【実験3】「Fi-Cube」を台車に載せて加速させ,「等速運動」の際は力が働かないことを確認する。 | ○誤概念の多い内容なので,表示をしっかりと確認させたい。 |
10分 | ・【実験4】「Fi-Cube」を台車に載せずに加速させ,実験3とは違いすぐに止まってしまうことを確認する。 ※「Fi-Cube」により,視覚的に「いつ,どんな力が働いたのか」を確かめることにより,力と運動の関係についての理解を深め,学習意欲を高めさせる。 |
○台車がないと,摩擦力が大きくなることに気づかせたい。 | |
4.「Fi-Cube」の活動からわかったことをまとめることができる。 | 5分 | ・「Fi-Cube」を使った実験から,わかったことをまとめる。 | ○「力」と「運動」の関係について気づいたことを確認させたい。 |
5.活動の振り返りを行うことができる。 | 5分 | ・授業後のアンケートを回答し,「Fi-Cube」の活動を振り返ることができる。 |
5.授業を終えて
授業後にアンケートを実施したところ,「全体的に学習内容がわかった」,「理解することができた」という意見が多かった。「Fi-Cube」を用いることにより,「いつ,どんな力が働いているのか」を直感的に目で見ることができて,力の学習が分かりやすくなった結果と考えられる。また,今までわからなかった内容がわかるようになったという意見も見られ,力の可視化は生徒達にとって学習内容の理解を深める一助となっていると思われる。
また,ICT教材のビデオ映像を使った説明が分かりやすかったと答えている生徒が多く見られた。「Fi-Cube」を用いることにより,直感的に力を捉えることができたために,誤概念を抱いてしまう生徒が少なかったものと思われる。
このように,「Fi-Cube」を用いた授業で,「いつ,どんな力が働くのか」を視覚的に確認することにより,正しい力概念の理解が促進されたのではないかと思われる。
6.アンドロイド用アプリケーション「Fi-Cube(2D)」について
本研究において,「Fi-Cube」を用いた授業を行うことによりその有用性が確認された。しかし,「Fi-Cube」はまだ広く知られていないので,是非とも「Fi-Cube」を広め,力の学習をよりわかりやすくしたいと思い,擬似的に「Fi-Cube」の機能を体験できるアプリケーションを開発した。
図5.アンドロイド用アプリケーション「Fi-Cube(2D)」の画面
「GooglePlay」を通して,アプリケーションを配信できるようになった。
今後より多くの人に「Fi-Cube」の存在を知ってもらい,より多くの子どもたちに正しい「力」の概念を獲得してもらえるようになって欲しい。