授業実践記録(理科)
両生類の教材化
~トウキョウサンショウウオの保護活動を通して~
1.はじめに
両生類が身近な生物で無くなってしまった現在では,実際にカエルの卵を見たことが無いという生徒や,イモリやサンショウウオを知らないといった生徒も多く見られるようになった。その原因の一つには,生息地の破壊や改変に伴う身近な水辺の減少が上げられるが,子どもの遊び方の変化によるところも大きいのであろう。このように実物に触れる機会が確実に減ってきていることとは対称的に,スマートフォンなどの普及でインターネットを使ってどこでも簡単に知りたいことが「検索」できるようになった。こういったICT機器の「ツール」としての利用は大歓迎であるが,その活用法を誤って多用すればバーチャル・リアリティ(仮想現実)の疑似体験に満足し,実体験をおろそかにしてしまう危険性がある。
中学理科の生物分野で「両生類」の扱いは重要で,「動物のなかま分け」や「水中生物から陸上生物へ」といった授業でもカギとなる生物であるのは言うまでもない。両生類の教材化はハードルが高いと思われるが,比較的産卵数の多い両生類は,卵を入手できれば,ふ化させて幼生を生徒一人ずつ個別観察することも可能である。
本稿では,神奈川県に生息し,その生息地が開発等でおびやかされ,絶滅の危機にあるトウキョウサンショウウオの保護活動を通して,「一人一人が実物を観察する」という観点に立って,中学校理科での教材化を考えた。
2.トウキョウサンショウウオについて
日本固有種の両生類である。昭和6年(1931)東京都西多摩で発見された。丘陵の森林や水田に生息。絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。
現在,トウキョウサンショウウオは,東京都,神奈川県の一部,千葉県南部,福島県などに生息が確認されているが,生息地が連続していないのは,更新世中期(およそ30万年前)に地球温暖化のために海進が起こり,古東京湾ができたためである。
神奈川県内では三浦半島の一部に生息しているが,その生息地は開発の波におされ,個体数は激減している。稀少な生物であるが,自治体による保護活動はされていない。
生息環境1 2008.3.16 |
生息環境2 2008.3.16 |
3.トウキョウサンショウウオの教材としての利用価値
- 他のサンショウウオ類と比べて,比較的高温にも強く,室温で飼育できる。
- 一対の卵のうには約100個の卵が含まれており,生徒の実験室での個別観察に対応できる。
- 幼生は食欲が旺盛であり,随時,捕食の様子を観察できる。エサはブラインシュリンプ,イトミミズ,固形飼料等で,入手は簡単である。
- 発生段階の観察に適している。産卵直後の卵のうが得られれば,卵割の変化の様子も観察できる。
- 幼生の外鰓を双眼実体顕微鏡で観察すれば,鮮やかな血流を見ることができる。
- 継続的な飼育で,外部形態の著しい変化の様子を観察できる。
- 見た目のかわいらしさと珍しさとが相まって,生徒の興味・関心度は高まる。
4.実践報告
トウキョウサンショウウオ調査隊募集のお知らせ「神奈川県内に生息し,絶滅の危機に瀕しているトウキョウサンショウウオの生息調査とその具体的な保護の方法を探る」をアナウンスしたところ,8名の有志生徒が集まった。
①生息状況調査:調査の様子をビデオ撮影し,編集して授業の導入で使用する。
成体の調査 2008.3.16 |
卵のう採集 2008.3.16 |
②飼育水槽について
2リットルペットボトルをくりぬいて簡易水槽を作る。水は,くみ置きのものを1日おきに替える。 |
③デジタルカメラを双眼実体顕微鏡にのせて撮影(コリメート法)
シャーレの下に5mm方眼シート(アクリル板)を置くと,拡大撮影した画像の倍率がわかる。
④コリメート法による生徒撮影画像:卵割~初期発生のようす
画像をカードにしてランダムに並べ,発生段階の順序を考えさせるのもよい。 |
⑤幼生の捕食行動の観察
1人に幼生を1匹ずつシャーレに入れて配布し,各自でエサを与えさせる。
- ふ化直後の幼生→生きたブラインシュリンプをスポイトで与える。
- 幼生→イトミミズ(熱帯魚店等で入手できる)をピンセットで与える。
⑥ブラインシュリンプ・エッグのふ化のさせかた
25℃の海水にブラインシュリンプ・エッグ(熱帯魚店で入手できる)を入れる。エアレーションを強めにしておくと,24時間でふ化する。これをコーヒーのフィルターでろ過し,スポイトで吸いとって与える。(目安:1リットルの水に,20gの食塩,1gのブラインシュリンプエッグ)
ブラインシュリンプの観察も授業ネタとして使える。顕微鏡用ビデオアダプターでモニターに写せば迫力ある動画が得られ,生徒の興味をそそる。
⑦毛細血管中を流れる血流の観察
生きたメダカをパウチ袋に入れて尾びれを観察する方法は,メダカへの負担が大きく,メダカがダメージを受けやすい。
サンショウウオ幼生の外鰓(がいさい)は透き通っており,幼生を飼育水とともにシャーレに入れ,双眼実体顕微鏡で観察すれば,赤血球が移動する様子がよくわかる。
⑧幼生の観察とスケッチ
サンショウウオの幼生は外部形態の変化が著しく,同一個体を,ふ化直後の4月中旬と,2ヶ月後の6月中旬で観察し,スケッチを比較させることで形態の変化の様子を実感させた。
2.5mm方眼シートをシャーレの下に置き,スケッチをする際のガイドとする。レポート用紙にも方眼を入れておき,マス目に従ってスケッチを描いていけば,比較的簡単に拡大図を描くことができる。授業では5倍サイズ(1cm→5cm)の絵をA4レポートの上半分に描かせた。絵ができたらレポートを預かり,保管しておく。
2ヶ月の間,係の生徒に理科室で約100匹のサンショウウオ幼生を飼育させ,2ヶ月後の授業で再び同一個体を観察させる。レポートの下半分にスケッチさせ,レポートを完成させる。その際,「変化がわかるようにスケッチすること」を注意点としてあげておけば,大きさの変化のみならず,エラの様子や,前あし,後あし,バランサーの変化など,よく観察しながら記録しようとする。
観察レポート
⑨幼生の放流
幼生が変態を終え,上陸した直後(亜成体)の個体は飼育が難しい。したがって,すべての個体を上陸前に現地に戻すようにしたい。トウキョウサンショウウオの個体数の激減の一因に,ペット業者による卵のうの乱獲があげられる。また,ふ化直後は死亡率が高いこともあり,卵を採集して飼育し,幼生にして放流することは,多少なりとも個体数維持のために効果があると思われる。ただ,注意点としては,必ず採集した場所に戻すことと,病気の個体を放流しないことである。
放流のようす
5.おわりに
トウキョウサンショウウオは普段の生活ではまず見ることすら無い生物であるが,それだけに実物を目の前にした生徒の興味・関心は自然と高まるものである。また,詳しく観察しながら飼育を続けることで愛着がわき,生命に対する畏敬の念が芽生え,生物学への興味が育つものと考えている。
参考文献
山崎 朗 2001 | 「理科におけるポートフォリオの実践」(横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校『研究紀要』第40集) |
山崎 朗 1999 | 「自己学習力が育ち,生徒一人一人が生きる学習指導と評価」(横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校『研究紀要』第38集) |