授業実践記録(理科)
『学び合い』による授業効果の研究
1.はじめに
私は6年前から教科の授業の中で『学び合い』という形式の授業を行っている。
現在学び合いという言葉はそれほど珍しくないのではないかと思われるが,実は一言で学び合いといっても様々な学び合いが存在している。その中で私は,上越教育大学大学院教授の西川純氏が提案している『学び合い』を行っている。
講師経験を含めると,教員生活も今年で12年目になる。その間,一斉指導形態での授業を行う中でふと自分自身に問い掛けたことが,「この授業で教室にいる生徒全員を理解させられているのか?」である。もちろん手を抜いているわけではないし,教材研究も行った。それでも,生徒たちのタイプや理解の度合い,それ以前の理科に対する興味の度合いなどがあまりに多様で,一人の教師がこれらに50分という時間の中で対応することの限界を感じた訳である。そしてその疑問を問い掛けたときに,テストで一桁の得点を取る生徒がいても「仕方がない」といつの間にか諦めていた自分に気付いたのである。
そんな中出会ったのが西川純氏の著書「学び合う教室」であった。まさに自分に問い掛けていた疑問,感じていた限界がそこには書かれていて,それに対する『学び合い』の有効性が綴られていた。西川氏の『学び合い』とは,「生徒集団は有能である」「誰一人見捨てない」という考え方によって成り立っている。
授業は,初めに教師がその時間の課題の提示を行うと,生徒たちはその時間内に課題を全員が達成するということを意識しながら自由に動き回り,『学び合い』活動を行うという形で展開するのである。つまり,一斉授業形態のように,教師が教壇から説明や質問をし,生徒は席に座り教師の話を静かに聞きながらノートを書くという形態とはかけ離れた授業なのである。
この点だけを聞くと,にわかには信じがたいのと同時に,「教師は何をするのか?」という批判を浴びそうであるが,教師の役割は,目標意識の定着,生徒の意見や動きを褒めながら動きの活性化を図る集団の統率,さらに,観察による評価などである。
2.研究のねらい
『学び合い』の授業を行うことで,①学力面,②コミュニケーションや学習意欲への効果を検証する。①については,年間の定期テスト,授業内で行っている小テストの結果から,②については,生徒に対する意識調査から効果を測ることとする。
生徒同士が『学び合い』に取り組むことによって意欲的に学習活動に取り組むことができ,理解力が高まるだけでなく,クラス全員で理解するという目的に向かうという活動を通し,コミュニケーション力や,クラスの人間関係づくりにも効果的にはたらくと考えている。
3.研究の内容
『学び合い』の授業では,大きく三段階に分け授業を行っている。
① 導入,目標の明示
授業のはじめに,前時の内容を振り返ったあと,本時の目標を告げる。この時は,生徒たちに分かりやすく,より具体的な目標を黒板に書くように心掛けている。さらに,毎時間「全員が目標を達成する」ということを付け加え,『学び合い』活動への意欲を高めるようにしている。
しかし『学び合い』の授業では,生徒の活動時間の確保のため,教師が前で説明する時間は極力短くしている。そのためこれらの時間は10分程度で収まるよう心掛けている。
② 『学び合い』活動
①の後,生徒たちはそれぞれに動きながら『学び合い』活動を行う。教師は生徒たちが活動している間,積極的に動いた生徒や,分からない子に働き掛けをした生徒の行動を全体に向け褒め,その行為への価値付けを行う。また,よい意見などが出た時にはそれを全体に広める。これらのことで,生徒たちの活動を活性化したり,間違った意見の広まりを防いだりすることができる。さらに,一人一人の生徒に目を向けることができることを生かし,その時間での生徒の活動の様子を評価する。
③ まとめ
まとめと言えば,本時の目標を最後に教師が確認することをイメージされがちだが,『学び合い』ではそれはあえて行わないようにしている。なぜなら,これを毎時間行うと,生徒たちの中で「自分たちで分からなくても最後に先生が教えてくれる」という意識が芽生えてくるからである。
ここでのまとめは,全員が達成できたかということの確認である。その方法の一つとして,2~3時間に一度程度の間隔で10問10点の小テストを行っている。生徒たちには事前に「全員が8点以上取れるように」という意識付けを行っているため,この小テストが個人の理解度とともに,全体の達成度を測る指標となるのである。
小テストを行わない時間は,残り5分前まで活動を行い,その時間の活動の良かった点や反省点の評価,時にはランダムに指名して,目標を達成したことの確認などを行い,授業のまとめとしている。
4.成果と課題
① 学力面への効果
『学び合い』においては前述しているとおり,誰一人見捨てないということを念頭において授業を行っている。その指標はテストにおいて全員が満点の80%を獲得することを目指している。下の表1は定期テストにおける得点ごとの人数分布である。
1回 | 2回 | 3回 | 4回 | 5回 | |
---|---|---|---|---|---|
80点以上 | 102 | 75 | 35 | 75 | 30 |
30点以下 | 0 | 9 | 12 | 1 | 9 |
n=127
表1 定期テストにおける人数
まだ全員が80%以上を獲得するという目標には残念ながら届いていないが,30点以下の人数が少ない点に着目したい。
次に,授業中に実施した第1回目と,第15回目の小テストの人数分布の比較を表2に示した。
ここでの第1回目は生徒たちにとって,初めて『学び合い』で授業を行った後の小テストを意味している。それに比べ,秋になると8点以上を獲得した生徒の増加と,3点以下の人数の減少が顕著に見られる。
1回 | 15回 | |
---|---|---|
8点以上 | 73 | 124 |
3点以下 | 26 | 2 |
n=127
表2 小テストにおける
人数分布比較
これらのことから,学力面については全員が80%以上を獲得するという目標にはまだまだ到達していないものの,一定の成果は得られていると考えている。しかし,「誰一人見捨てない」という『学び合い』の考え方からすれば,さらなる取り組みが必要である。
また,小テストでは大半の生徒が80%を達成するにもかかわらず,定期テストや実力テストになるとその数が減少するという傾向が見られる。このことについては,授業の中で目の前にある小テストというものを第一の目標としてしまい,長期的な知識の定着や,学習意欲への意識付けができていないことが原因と思われる。
② 意識調査の結果
『学び合い』についての意識を調べるために以下の項目の質問紙を実施した。回答方法は3-あてまはる,2-どちらでもない,1-あてはまらないの3段階である。
- 1 『学び合い』の授業は楽しい
- 2 一斉授業の方がよく分かる
- 3 先生よりも友達の方が質問しやすい
- 4 他の教科でも『学び合い』をしてほしい
- 5 『学び合い』の授業の方が意欲的に取り組める
- 6 『学び合い』の授業では普段話さない人と話せる
- 7 人に教えるよりも教えられることの方が多い
表3,4は各質問への回答を百分率で表している。
質問 1 |
質問 2 |
質問 3 |
質問 4 |
|
---|---|---|---|---|
あてはまる | 84.6 | 9.2 | 70.8 | 50.8 |
どちらでもない | 13.8 | 58.5 | 26.2 | 33.8 |
あてはまらない | 1.5 | 32.3 | 3.1 | 15.4 |
n=127
表3 意識調査結果
質問 5 |
質問 6 |
質問 7 |
|
---|---|---|---|
あてはまる | 63.1 | 44.6 | 50.8 |
どちらでもない | 35.4 | 44.6 | 41.5 |
あてはまらない | 1.5 | 10.8 | 7.7 |
n=127
表4 意識調査結果
この調査結果から,84.6%の生徒が『学び合い』の授業が楽しいと答え,さらに,70.8%の生徒が同級生だと質問がしやすいと答えている。また,質問5の答えで「あてはまらない」と答えた生徒が1.5%だったことも非常に興味深い。
コミュニケーション能力の育成については質問6の結果で,「あてはまらない」と答えた生徒が10.8%という結果から,多くの生徒が普段話さない同級生とも会話をしていると考えられる。また,『学び合い』の授業について聞かれた方がよく「教える生徒が固定するのではないか?」と言われる。しかし,質問7で「あてはまらない」と答えた生徒が7.7%ということから,多くの生徒が教えたり,教えられたりという相互関係にあることを感じている。
これらのことから,生徒たちが『学び合い』に対して前向きに取り組んでいる様子がうかがえる。しかし,質問2については約60%の生徒が,「どちらでもない」と答えているあたりから,生徒が『学び合い』の中で学習内容を理解するという点が実感できていないように思われる。この原因としては,先にも述べた定期テストや実力テストの点数に直結していないことなどから,このように感じている可能性がある。
これらのことを踏まえつつ,生徒たちにとってより効果が実感できる授業が展開できるようにさらなる工夫していきたい。
5.おわりに
『学び合い』の実践者は日本全国に広がりつつある。そして,その地方ごとに『学び合い』の会を催し,情報交換を行っている。さらに,ブログ等を利用し,お互いの実践を紹介したり,悩みなどを共有したりしている。
6.参考文献
西川純(2000)「学び合う教室―教師としての学習者,プロデューサーとしての教師の学習臨床学的分析」東洋館出版社