本校は,和歌山県に隣接する山間の小さな小学校で,府下でも10校しか例のない「へき地遠隔小規模校」のひとつである。山と川に囲まれた自然豊かな環境で,地域の大人たちに見守られながら,子どもたちは個性豊かにのびのびと育っている。
私が担任することになったのは,1年生9人である。学級の児童(男子4名,女子5名)は,保育園時代からお互いをよく知る間柄で,9人の仲間意識がとても強い。困っている友達に,自然と手助けする優しさが見られたり,休み時間に全員で一輪車の練習に励んだりする連帯感が見られた。ところが,9人の仲間意識が強い反面,「自分のことをみんなは分かってくれている」という甘えがある。少人数ゆえの個人の気ままさが行動に現れ,集団としてのまとまりがくずれる場面が見受けられた。相手意識を持ったうえで,自分のことを分かってもらうための表現方法を身につける必要があるのではないか。そのため,あらゆる学習活動で,上記のようなコミュニケーション力の育成を念頭において,「9人の絆」を高めるよう心がけることにした。
「ピタゴラスイッチ・プロジェクト」が生まれたきっかけは,夏休み中の保育園との交流で,「先生,ぼくたち保育園のころにこんな遊びをしててん!」というある児童のつぶやきから生まれた。
そして,Y君は,遊戯室にある大小さまざまな形の木材の積み木を上手に積み上げて,ビーダマを転がし,その遊びを「ピタゴラスイッチ」と呼ぶのだと教えてくれた。
「ピタゴラスイッチ」とは,迷路のように工夫を凝らした1本道を身近な材料で組み合わせて作り,ビーダマを転がしてゴールまで導く,NHK教育番組の名前である。保育園の先生の話では,この教育番組をヒントに,Y君を中心とした子どもたちが独自の工夫を盛り込んで簡単な木材迷路を作って楽しんでいたという。子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿と,実際のピタゴラスイッチを見て,「これはおもしろい!」と直感的に思った。今,私の目の前にいる1年生の子どもたちに必要なものは何かと考えをめぐらせたとき,このプロジェクトを生活科で取り上げたいと思ったのである。
このプロジェクトによって,子どもたちにどのような力をつけたいのかを考えた。まず,学習指導要領の基本的な視点に基づいて学習目標を設定し,それぞれの目標に応じて学習内容を構成することにした。
プロジェクトを成功させたいという意欲を持つことで,自分から他者に働きかけて問題解決しようとする。自分の周囲にいる人々とのつながりを感じると同時に,自分の願いや思いを表現することができる。
地域の自然を代表する木材・竹などの身近な材料を用いる。また,素材の持つ特徴を生かして,遊びを作り出そうとする。
遊びを作り出す楽しさや夢中になって遊ぶ楽しさを味わう。そして,遊びを発展させていく過程で友達と知恵を出し合ったり,一緒に遊ぶための約束やルールを話し合ったりする。他者との交流を通じて,自分や友達のよさに気づくことができる。
プロジェクトを始めるにあたって,まずは全員参加の決意表明式を行った。学級目標「みんななかよし,いちばんいい1年生」を確認し,もし困ったことや難しい問題にぶつかったら,みんなの力を合わせて解決することを約束した。後日,友達とのケンカで,「もうぼくは一緒にせえへん」と輪から離れた友達に対し,他の8人が「ピタゴラスイッチにはみんなの力が必要なんや!一緒にしよう!」と声をかけ,ケンカの原因を明らかにして問題を解決したことがあった。
つぎに,教育テレビ番組「ピタゴラスイッチ」を見て材料を検討し,構想を練った。図書館司書の先生に協力を依頼し,関連の本やインターネットを使って調べる方法を教えてもらった。話し合いの結果,ビーダマ迷路担当の「ビーダマ作戦チーム」,ドミノ倒し担当の「ドミノ作戦チーム」,びっくりする仕掛け担当の「びっくり作戦チーム」の3グループに分かれ,まずは「ピタゴラスイッチミニ」を作ることになった。各グループのアイデアにより,続々と必要な材料が集められた。地域の木材や竹は,児童の家族の方が提供して下さった。
「ピタゴラスイッチミニ」の作成には,とにかく時間をかけた。すばらしいアイデアの数々を子どもたちの手で実際に作れるかどうか,葛藤の日々が続いた。なるべく最初の計画が実現するように声をかけながら,難しいところは一緒に実験をして,より成功率が高くなるためのヒントを提示した。子どもたちは,授業中だけでなく,朝早く来て試作に没頭したり,休み時間を利用してグループで話し合ったりして,ピタゴラスイッチが日常そのものになってきた。
「ピタゴラスイッチミニ」がやっとのことで出来上がった。中間発表会では,お互いのグループの修正箇所を指摘し合い,今度は3つのグループをひとつにつなげる「ピタゴラスイッチ」に目標を引き上げた。
スタートからゴールまでの道順を考え,「ビーダマ作戦→ドミノ作戦→びっくり作戦」につなげる作業が始まった。3つのグループのつなぎをどのように工夫するかが,今回のプロジェクトの最大の難関だった。直面した難問は4つ,「①転がってきたビーダマを使ってドミノが始まる方法」,「②ドミノで高低差を作る方法」,「③倒れたドミノが次の作戦につながる方法」,「④終わり方(ゴール)」である。
結果として,②は1年生9人の知恵(=イスや机を使って高低差をつける)で無事解決に至り,④もびっくり作戦チームのメンバーを中心に自分たちのアイデア(=ゆりかごの原理を採用した仕掛けづくり)から実現可能な範囲で決着をつけた。また,①と③は,1年生の子どもだけではなかなか解決ができなかったので,休み時間に遊びに来た上級生に相談して協力してもらった(=転がるビーダマの大きさを変えていく方法,勢いよくビーダマを転がす方法など)。休み時間になると,上級生のアドバイスを熱心に聞く子どもたちの姿が見られた。
そして,ピタゴラスイッチお披露目会の本番の日を迎えた。①から④の難問をなんとか解決できたとはいえ,成功率が100パーセントというわけではなく,微妙な加減で結果が左右された。何回か実験したが,残念ながら1度に全てクリアすることはできなかった。机の上の勉強では遭遇しない実験の難しさを,子どもたちは身をもって知ったようである。
ただ,応援してくれた保護者の方や上級生から「みんなで力を合わせて,最後までよくがんばったね」とほめられたことが,大きな自信につながった。
3学期の生活科の学習は,これまでの学習を振り返ることで,自分の1年間の成長を,さらには,学級集団としてのみんなの成長を実感させたいと考えた。そこで,とりわけ子どもたちの心に残った「ピタゴラスイッチプロジェクト」中心に振り返ることにした。3学期最初の生活科の時間に,ピタゴラスイッチの撮影テープを全員で鑑賞した。子どもたちの間で「これを形あるものとして残したい(記録したい)」,「次のピタゴラスイッチを作りたい」という意見が出た。
前者の「記録したい」という意見から,「テレビ番組づくり」を通して学習を振り返ることに決まった。私が撮影していたビデオテープをもとに,子どもたちが「ドラマを作りたい」と言い出したのだ。番組タイトルから脚本制作にいたるまで,全て子どもたちとの話し合いで進められた。自分たちで作るという意識が高いからか,子どもたちはセリフを覚えるのも,演技の練習にも熱心だった。撮影したテープは,私が編集してテープにダビングし,プレゼントすることを約束した。約束の修了式の日,クラス全員でオリジナル番組を鑑賞したときの一人一人の目の輝き,そのテープを大事そうに持って帰る子どもたちの姿がとても印象的だった。
「次のピタゴラスイッチを作りたい」という意見が出たとき,最初は実現不可能ではないかと頭を抱えた。2学期と同じ活動では意味がない。そこで,切り口を変えて問いかけてみることにした。「この教室(1年生)は,だれが使うの。」春になったら,みんなはこの教室を引っ越すこと,さらには2年生になることを確認した。すると,「じゃあ,次の1年生の子に何かしてあげたいね。」「喜ばせたいな。」自分たちが1年間過ごした教室を感謝の気持ちできれいに掃除し,次に使う1年生が楽しく学校に通えるような教室にしてあげようという意見が次々と出てきたのである。私は,「新1年生を迎えよう!びっくりプレゼント作戦」と名づけ,第三者のために行動を起こすことで,上級生としての自覚を育むことにした。
3学期は,保育園の先生方の協力を得て,保育園の友達を小学校に招き,子どもたちが「お兄さん・お姉さんとして年下の友達を助けてあげたい」と自覚できるような機会をたくさん設けた。また,「ピタゴラスイッチ」のような大きな工作ではないが,喜んでもらえるような「飾り付け」や「メッセージカード」などのプレゼントを用意することになった。1つ上の学年,2年生の友達といっしょに教室を飾り,入学式では,歓迎アトラクション「1年生になったらこんなことができるよ」を発表した。
子どもたちの「やりたい」という強い願望から出発したこのプロジェクトは,子どもたちの主体性がより多く見られる活動だった。毎日のように友達と意見がぶつかったが,それも「どうしたらうまくいくか」の議論からくる有意義な対立関係であったし,対立し分かち合うことで解決の糸口を見つけ出した例も少なくなかった。
また,自分たちの力で解決できないことは,先生や上級生の友達,本やインターネットなど,できる限り自分たちの力で調べようとしていた。そして,難問をひとつひとつ解決するたびに,「やった!」という達成感を味わい,みんなで乗り越えた喜びを共有できたと思う。
9人の絆は,ピタゴラスイッチお披露目会当日に,ある児童が欠席するというアクシデントによってさらに深まった。やっとのことで完成したピタゴラスイッチのお披露目会をみんなはとても楽しみにしていた。「早くやりたい!」と待ちわびる声が教室にあふれていたので,1人の児童の欠席をどのように受け止めるのか心配していた。ところが,みんなは迷いなく「ピタゴラスイッチの本番はM君が来るまで延ばそう!」と言った。「だって,せっかくみんなで作ったんやし,みんなで見ないと意味がないやん!」「M君も一緒に見たいって思っているはずや!」「M君が来たらすぐに本番ができるように,8人でできるところまで準備しておこう!」そして,私が持ってきたビデオカメラで「お見舞いのビデオレターを届けようや!」との声が上がり,全員がその意見に賛同した。その日の夜,早速私は病気のM君の家にビデオレターを届けた。「うれしい」と素直に喜ぶM君の顔を見て,実験の結果よりも9人の心がひとつになったことに大きな喜びを感じた。
学級の児童9人に見られる個々の成長過程を,目標と照らし合わせて考察する。
プロジェクト以前は,自分の思いや考えを言葉で表現することが苦手だったが,学校を休んだとき,友達からのビデオレターを見て感動し,自然に「返事のビデオレターをみんなに届けたい」とつぶやいた。「ぼくは,ビデオレターを見て,みんなやさしいなと思いました」という心からのメッセージに友達も大喜びをした。
1学期は,ささいなケンカで泣くことが多く,自分で自分の思いを処理できず,友達の輪から離れることが多かった。ピタゴラスイッチでも度々友達と意見がぶつかり,「もうやらへん」とすねてしまう場面が見られたが,周りの友達が「みんなでやろう」と根気強く声をかけていくうちに,友達と一緒に活動することの楽しさや大切さを感じるようになった。「ケンカをして泣いたこともあったけど,みんなでがんばることができて本当によかったです」という感想を残した。
人見知りの性格で,とくに年上の人とうち解けるのが難しかったが,自分たちの迷路がうまくいかない場合には上級生に力を借りることが必要だと判断し,自分でお願いしに行っていた。以後,上級生の友達と仲良く遊ぶ姿が見かけられるようになった。
ビーダマ作戦とドミノ作戦のつなぎ部分がスムーズになるように,さまざまな材料を使って実験していた。結局,スタートのドミノの本を倒すには,大きなビーダマが勢いよく転がることと固くて軽い竹を使うことが必要だと気づき,他グループの友達に協力を求めた。休み時間になると,次第にたくさんの友達が集まるようになり,いろいろな意見を回収することができた。
輪切りにした竹を縦に半分に割って床で転がすと,ゆりかごのような動きをすることを発見し,その性質を利用してゴールのしかけを考えた。竹に旗をはりつけて,大きいビーダマをおもしにし,転がってきた小さいビーダマとぶつかることでおもしがはずれ,竹ゆりかごの旗が上がると考え出した。
竹の上にビーダマが転がると,「カラン」ときれいな音が鳴ることに気づき,ビーダマのジャンプ台を作って,素材と音のおもしろさを取り入れた迷路を完成させた。
ドミノ作戦は,床に本を並べて倒すだけのシンプルなものから始まり,次第にコースを長くしてトンネルをくぐらせたり,イスや机の階段で高低差を作ったりして,高度なところにまで活動を発展させることができた。それは,リーダーGが,休み時間になると「続きをやってみよう」「今度は違うコースに挑戦しよう」など積極的に声をかけ,友達の気持ちをひとつにまとめようと努力したからである。
兄弟姉妹を持たないため,これまでに異年齢の友達との関わりが少なかった。しかし,3学期になって,いよいよ自分が2年生に進級すると自覚してからは,保育園の友達の手を引いて誘導したり,年下の友達を喜ばせるプレゼントを作ろうとしたり,第三者に働きかけることに積極的になってきた。
非常に研究熱心で,朝の時間や休み時間や放課後,あるいは家に帰っても,常にピタゴラスイッチの試作にふけっていた。お披露目会当日に失敗して悔しい思いをしたようだが,最後の感想では,「失敗したけれど,他のグループが成功したのがうれしかった。またやりたい」と話した。プロジェクト以前は,失敗するとすぐにあきらめたり,友達のせいにして現実から目をそらしたりする傾向があったが,この活動で失敗をバネにできるようになったし,友達の成功を素直に喜び,励ますことができるようになった。今も,みんなで作った「ピタゴラスイッチ」のビデオテープを繰り返し鑑賞して楽しんでいる。
子どもたちの興味・関心が持続することで,ピタゴラスイッチプロジェクトは前進できたように思う。しかし,学習者の興味・関心に頼るばかりではいけない。
例えば,ピタゴラスイッチが直面した4つの難問のうち,最終実験で1つだけ失敗した問題がある。何人かの子どもたちは,この失敗に納得できない表情をしていた。「くやしい!」「なんであかんかったんやろう。」失敗に落胆する子どもの表情を見て,子どもたちひとりひとりの学習過程において自分はどのように関わってきたか,適切に支援・助言し,評価することができたのか,とても反省した。
→「失敗は成功のもと」。でも,失敗を受け入れるためには,それまでにどれほどがんばってきたか,自分の足跡を振り返り,認めることができてはじめて納得できる。個人の学習を深める手立てを工夫し,児童―指導者のつながりを定期的に見直しておけば,もっと適切な支援ができたのではないか。そして,児童―指導者のつながりをしっかり築いておけば,児童―児童の横のつながりもさらに深まって,新しい学びが生まれていたのではないかと思う。
私は,1年生9人とともに生活科を学んだ。「子どもたちが輝く生活科の授業とは何か。」試しては失敗し,子どもたちに教えられながら試行錯誤でやってきた。
例えば,子どもたちが活動に行き詰まったとき,「こうしたほうがいいよ」「今度はこの方法でやってみたらどうか」とさりげなく声をかける。すると,子どもたちは「そうだ,そうしよう」と共感してくれたり,「なるほどな」と納得してくれたり,あるいは「そんな方法もあるのか」と驚きの表情を見せてくれたりした。一方で,私の予想をはるかに超えた子どもたちの発想力に何度驚かされたか分からない。「その調子でがんばれ」と心の中で子どもたちを応援したり,時には「どうやって考え出したの」と思わず驚嘆の声をあげたり,自分も子どもたちに共感・納得し,驚かされた。指導者と学習者の相互作用が授業内容をより深めていくことに気づかされたのである。
→生活科の学びは,どこにあるのか。活動だけで終わる授業ではいけない。指導者が意図を持って学習者に働きかけるためには何が必要か。今回の経験で学んだことは,子どもたちの変容に敏感であり続けることの難しさと大切さである。目の前の子どもたちに何が必要なのか,子どもたちはどのような思い・願いを持っているのか,学習によって子どもたちの考えはどのように変容したのか。時期を逃さず,「今この瞬間」というタイミングで,子どもの興味をつかみ,思いをくみ取ること。その思いを受け入れたうえで次のステップへ導く支援をすること。そして,子ども自身が自分を含めた周囲の変容に気づくこと。以上の事項を目標にして,私自身これからも学び続けたい。