団塊の世代が定年退職を迎え,教員新規採用者が大幅に増えている近年。その影響で,職場に若い教員が増え,経験の豊富な中堅の教員が減ってきています。長年,先輩が児童への指導のノウハウを後輩に伝えることで,授業の質を保てることができていましたが,中堅教員の減少,仕事量の激増,職場の年齢構成の関係などで,指導の継承が難しくなってきている学校が増えてきたのではないでしょうか。特に,理科においては,理科を専門にしている教員は,元々少ない上,中堅教員の減少でさらに落ち込み,実験道具の変容,新しい単元の増設など様々なマイナスの要因で,授業の質は低下の傾向にあります。例えば,教科書に掲載されている実験さえ行うことができない場面も見られることがあります。
そんな状況を踏まえ,本校では誰もが簡単に理科の授業を行えるような理科室の改造に着手することになりました。時間がない教員の手間をより少なくし,「実験=大変」という認識を無くせるような理科室を作っていきました。
今回,そんな本校の理科室を紹介させていただく機会を与えていただきました。このレポートが理科授業の質の向上において,何かのヒントになれば幸いです。
理科室に入ると,ビーカーやフラスコなど実験に使用する様々な専門器具が所狭しと棚に並べてあります。「200mlのビーカーが8個と,試験管が16本と,アルコールランプにマッチにがら入れ・・・」と実験をするための準備のため,教師または児童が理科室を歩き回る様子はお馴染みの光景ではないでしょうか。また,必要個数がなかったり,所定の場所に置いてなかったりと予備実験もしくは授業前にあわてて探したことも一度や二度ではないと思います。シャーレ,蒸発皿,駒込ピペットなど名前を聞いただけでは,そのものがどんな形をしているのかパッと思い浮かばない人も多いことでしょう。
さらに,使い方,安全指導,科学的な見方や考え方を身につけさせるための手立ての工夫などやるべきことがたくさんあります。こうして理科の授業について思い浮かべているだけで,「あ~大変っ」と思えてしまいます。
前置きが長くなりましたが,そんな"大変"を少しでも減らそうと,本校では『単元箱』を作りました。単元箱とは,「教員の実験準備をより簡単に」との願いのもと,その単元で使用する器具を全部一つの箱にまとめた箱です。
単元箱の中には,授業者が迷わず実験を行えるように,教科書に載っている実験器具を全て揃えて入れてあります。その箱があれば,とりあえず教科書に載っている実験は全部できるようになっています。理科の実験・観察では,1人1人が自分の手で実験を行うということを大切にしています。そのため,可能な限りクラスの児童分,もしくは2,3人に1セット使えるように数を揃えました。丸形水そうやスタンドなど大きくて入らない器具や顕微鏡やはかりなど他の学年と共通に使用するものは所定のわかりやい場所に並べてあります。また,単元箱には単元で使う実験器具一覧が貼ってあり,中に何がいくつ入っているのかが一目でわかります。さらに,器具の過不足のチェック,単元が始まる前の器具の確認,片付けのときにもこの一覧が役立ちます。
それでは,3年生の新単元「電気で明かりをつけよう」を例に単元箱を見てみましょう。
教科書には,身の回りのいろいろなものを使って,明かりを通すもの・通さないものを調べる活動が載っています。同じ3年生の磁石や重さの単元にもあてはまりますが,この「いろいろなもの」というのが結構大変です。すぐには集められないもの,身近にありそうでないものなどたくさんあります。「やったことにして・・・」との考えが頭をよぎってしまいます。また,空き缶などを持ってくるように児童に伝え忘れることもあります。
そんなときにも,この単元箱は力を発揮します。単元で身につけさせたい内容に即した道具が用意されているので,面倒な準備が入りません。箱の中をのぞくと,空き缶,くぎ,アルミ箔・・ほら,実験をやってみようと思えてきませんか。
さらに,単元箱には,この時間に身につけさせたいこと,実験内容,使用器具をまとめた「学習の概要シート」も入っています。手元に教科書や指導書がないときでも,このシートを見れば,この単元でどんな実験を行うのか,その実験でどんなことを押さえればよいのかがわかり,めあてに沿った実験を行うことができます。
また,グラフの枠や観察カードなどのワークシートや啓林館から発行されているワークシートも印刷して入れてあるので,ノート指導に困難なときや,児童の実態に合わせて使いたいときにすぐ使うことができます。
このように誰もが使える理科室を目指して,全単元の単元箱を作り,設置しました。「箱を開ければすぐに実験ができたので,予備実験を行う時間が短縮でき,教材研究を十分に行うことができた」「箱があれば実験ができるので,教室で行いたいときに準備が簡単だ」「子どもにドキドキ感を与えることができる」「いつもならなんとなく終わらせていた実験をしっかり行うことができたので,子どもの反応がよかった」など,実際に使用してみた授業者からの感想があがっています。
しかし,これらは未だ完成ではありません。冒頭で触れたように先輩の経験と知恵の継承が困難になってきている現状の改善に役立つものとしても,この単元箱の存在意義があります。今後,実際に授業で使用した教員オリジナルのプリントや道具などを追加すれば,様々な視点からの授業が見えてきます。そして,それが少しずつ積み重なって,学校の教員全員の知恵が詰まった箱になれば素晴らしいと思います。実験器具の充実にむけた予算の獲得や不足分・破損分の補充などを含めた適切な管理(現在の所,理科支援員が大きな力となっている)など,まだまだ改善しなければいけない課題はありますが,理科好きの先生,理科好きの子どもを増やしていくために理科室をどんどん使いやすいものにしていきたいと考えています。