算数科だけでなく,他教科においても,授業の導入で「~を調べましょう。」「~を考えましょう。」というめあてを児童に示すことが行われている。そのめあては,授業における学習内容が多く,児童は「今日はそんなことをするんだな。」と知ることができている。そこに,インストラクショナルデザイン(Instructional Design,以下IDと略記)を活用し,めあてに学習目標(ゴール)を盛り込むことにした。児童は学習目標を知ることで,授業を通して何を学ぶのか,何ができるようになるのかがわかり,学習意欲が向上したり,学習目標を達成できたことで自己肯定感が高まったりすることが見込まれる。その結果,算数が好きと思える児童が増加すると考えている。
IDとは,Instructional「教育・教える」,Design「設計」という訳で,直訳すると「教育設計」である。IDに関する定義は,「教育活動の効果と効率と魅力を高めるための手段を集大成したモデルや研究分野,またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセスのこと」とされている(鈴木,2006)。
本稿の授業実践においては,IDモデルの1つであるガニェの9教授事象を活用した。ガニェの9教授事象とは,人の学びのプロセスにさかのぼって,教材の構成を考えていくためのフレームである(表1)。学習心理学者であるガニェが認知心理学で提唱されている情報処理モデルを基に,学びの過程を支援するという視点から学習活動に必要とされる9つの働きに分類した理論である(ガニェ,2007)。
導 入 | ① 学習者の注意を喚起する |
② 学習目標を知らせる | |
③ 前提条件を確認する | |
展 開 | ④ 新しい事項を提示する |
⑤ 学習の指針を与える | |
⑥ 学習の機会を設ける | |
⑦ フィードバックをする | |
まとめ | ⑧ 学習の成果を評価する |
⑨ 学習の保持と転移を促す |
表1のようにガニェの9つの働きは,「導入」「展開」「まとめ」の3つのカテゴリーに分けられる。「導入」は新しい学習への準備を整えること,「展開」は児童が既習事項を活用することと,新しく習得した知識・技能を活用する2つの作業がある。「まとめ」は学習の成果を評価したり,学習内容を保持(定着を図ること)と転移(次の学習につなげる)を促したりすることである。
本稿の授業実践は,この9つの働きの中でも「②学習目標を知らせる」と「⑧学習の成果を評価する」に重点をおいたものである。鈴木(1995)が示していた働きかけを次の通り解釈し,第3学年において授業実践を行うことにした。
② 学習目標を知らせること
|
⑧ 学習の成果を評価する
|
第3学年の単元「重さと単位のはかり方」において授業実践を行った。単元計画は,次に示す通りである。
時間 | 主な学習目標 |
---|---|
2 |
|
5 |
|
1 |
|
本時の目標を達成するために,児童が所持しているものや教室にあるものをはかりに乗せ,実際に重さを測らせるという数学的活動が設計されることは,一般的な授業展開である。そのため,「様々なものの重さを測りましょう。」というめあてが示されることが多い。ID(ガニェの9教授事象)を活用し,めあてに学習目標を盛り込み,「様々なものの重さを測り,めもりを読み取ることができるようになりましょう。」というめあてを,授業実践の導入で児童に示した。そして授業の終盤(まとめ)にめもりを読み取ることができるようになっているかどうかを確認するミニテストがあること,そのミニテストにおいて今日学習したことをしっかりと理解することができていれば,みんなが合格点に達することができると説明した。
その後,1000g(1kg)まで測ることができるはかりを3・4人のグループごとに渡し,はかりの仕組み(めもりや測ることができる限界等)や使うときの注意点(平らな場所におくことやめもりは正面から読むこと等)を児童と確認した。そして,様々なものの重さを測る数学的活動をグループで行わせた。その際,交代しながら測るというルールを設けた。
好奇心旺盛な児童たちは重さを測りたいものを次から次へと持ってきて,重さを測った。めあてに学習目標が盛り込まれているため,児童は様々なものの重さを測りつつ,めもりを読み取る練習を繰り返した。これまでにcmやmm等の長さを測る際に直線状のめもりを読み取る経験をしてきたが,円状になっているめもりを読み取ることが初めてである児童の中には,めもりを読み取ることに苦労している場面があった。
その数学的活動の中で,算数科が得意な児童Aと苦手な児童Bで以下のような児童相互のやりとりがあった。
このようにAは自分が学習目標を達成していることで,算数科が苦手なBの支援に回ったのである。他のグループでも様々なものの重さを測ることを楽しみつつ,グループ全員がめもりを読み取ることができるように協力している姿が見受けられた。
約15分ほど数学的活動を行わせた後,ミニテスト(プリント)を配付した。ミニテストは,はかりの針が指しているめもりを読む問題(6問)であった。児童は今まさに経験してきた活動がミニテストになっていることで,大変意欲的かつ自信をもってミニテストに取り組むことができていた。ミニテストの後,全員で正答を確認しつつ,自己採点させた。すると,児童の中から「やったー。全問正解や。」「今日の勉強,簡単やったわ。」とうれしそうな声があった。回収したミニテストの結果を見ると,1人だけ1問不正解であった。その児童は,③の問題の530gという正答に対し,慌てたのか30gと回答していた。見直しをしていれば,間違いに気付き,正答していたはずである。
授業実践(本時)は,1000g(1kg)まで測ることができるはかりを使った。次時は,1kg=1000gの関係を理解するため,2kgまで測ることができるはかりを使うことになる。このことを踏まえると,本時において児童全員がはかりに使うことに興味を持つことができたこと,めもりを読み取ることに自信がついたこと等の成果は大きいと考えている。
授業実践においては多くの児童がはかりを使い,ものの重さを測る数学的活動を楽しんでいた。Aはめもりを読み取ることができるようになるという学習目標を達成し,同じグループ内のBの支援に回った。実際Bはミニテストにおいて満点を取ることができ,満足気な表情であったことから,Bは次時以降もはかりを使うことに興味・関心・意欲を持つことになったであろう。また「算数っておもしろいなぁ。」と感じるきっかけになったかもしれない。仮にめあてが「様々なものの重さを測りましょう。」であった場合,ものの重さを測ることを楽しむだけとなり,Bに対しての支援が行われなかった可能性がある。めあてに学習目標を盛り込むことで,めもりを読み取るという技能の向上だけでなく,Aのように思いやる心・協力する態度等の育成にもつながったといえる。
また授業実践において,児童は授業の終盤にミニテストがあることを知った上で,数学的活動を行い,ミニテストに取り組んだ。実際に児童はミニテストにおいて満点を取ることができたことを喜び,そこにはBだけでなく多くの児童が「次の授業もミニテストをがんばりたい。」「算数っておもしろいな。」等の気持ちになったことが推測できる。
これらのことから,学習目標を盛り込んだめあてを示すことの効果は大きいと考えられる。まためあてを示すと同時に,学習目標が達成できたかどうかを評価する時間があることを事前に知らせることにも効果があるといえる。
学習目標を盛り込んだめあてを児童に示すことで,授業において「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」等を授業者と児童が共有することができる。また授業の終盤に学習目標が達成できたかどうかを評価する時間,本授業実践でいうミニテストが準備されていることで,それに向かって児童は本時の目標を明確に捉え,学習に取り組むことができる。
学習目標をめあてに盛り込むこと,その学習目標が達成できたかどうかを評価する時間があることは,他教科にも援用できる。例えば,国語科においては授業の終盤に主人公に手紙を書くこと等,理科においては実験の方法を説明するレポートを書くこと等を事前に知らせておくことで,本授業実践と同様,本時の目標を明確に捉え,学習に取り組むことができると考えられる。ゆえにこのことは,発達障がい等の児童の学びを支えることにもつながるのではないかと考えている。
以上のことから,めあてに学習目標を盛り込むことは重要であると結論付けたい。今後も,このような実践を行うとともに,効果検証を行っていきたい。
【引用文献】