平成29年3月に公示された新学習指導要領では,知・徳・体にわたる「生きる力」を子どもたちに育むために,全ての教科等を,「知識及び技能の習得」,「思考力・判断力・表現力等の育成」,「学びに向かう力,人間性等の涵養」の3つの柱で整理した。その上で,算数科においては,「活用する力」の育成により重点を置いた指導の充実が求められている。
ここでは,活用する力とは,身に付けた知識・技能をもとに,自ら考え,判断し,課題を解決する力と定義する。習得との関係は,習得できたから,活用できるという一方向的なものではなく,互いを行ったり来たりしながら,学びを深め,高めるものと捉える。この関係を螺旋的・反復的に繰り返し行うことで,効果が高まり,進んで生活や学習に活用しようとする態度を育てることにも繋がっていくと考える。【図①】
活用する力を育てるためには,数学的な思考力・判断力・表現力の向上が欠かせない。そこで本実践では,数学的な思考力・判断力・表現力を高めるための工夫を紹介する。
【図① 習得と活用の関係図】
本実践では,1単位時間の授業を2つのスタイルに分類した。一つは,基礎・基本の定着を図ることを本時のねらいとしたものでありA型と定義する。これは,「しっかり教える」ことに重点を置き,次時につながる多くの問題を用意し,習熟を図るものである。もう一つは,既習事項等を生かして,児童に考えさせる問題解決型を本時のねらいとしたものでありB型と定義する。これは,「じっくり考えさせる」ことに重点を置き,学んだことを生かし多様な考えを引き出し,練り上げを図りながら考えを深めるものである。【図②】
単元指導計画作成の際には,このA型・B型を意識し,単元の中でどのように児童に思考・判断・表現する場を意図的・計画的に確保するのかを明確にした。また,本時に必要な既習事項を合わせて洗い出すことで,系統性を明らかにし,指導に役立てた。【資料①】
【図② A型・B型の単元イメージ】
【資料① A型・B型を意識した単元指導計画(一部抜粋)】
時数 | 主な学習内容 | 本時に必要な既習事項 | 評価計画(観点) | 型 |
---|---|---|---|---|
3 |
2 等しい比 ・比が等しいことの意味と等しい比の性質 ・等しい比を作ること |
・40:50 ・ |
○比が等しいことの意味や等しい比の性質が分かり,それを使って等しい比を見つけようとする。(関心・意欲・態度) |
A |
・比を簡単にすること |
・40:50=120:150 ・120:150=40:50 ・比の値 |
○等しい比の性質を利用して,比をできるだけ小さな整数の比にすることができる。(技能) |
A ↓ B |
|
・練習 |
○比や比の値を生かして問題を解くことができる。(技能) |
A | ||
2 |
3 比を使った問題 ・比を使った割合の第2,第3用法の問題 |
・線分図 ・ |
○比を使って,一方の数量を求めることができる。(数学的な考え方) |
B |
・全体を決まった比に分割 |
・線分図 ・ |
○全体の数量を決まった比に分けて求めることができる。(数学的な考え方) |
B | |
1 |
○たしかめ道場 ・基本のたしかめ |
○比や比の値を生かして問題を解くことができる。 |
A |
学習指導過程を見てみると,児童がかく活動に取り組む場面は大きく2つある。
①自力解決の場面における手立て
「つかむ・見通す」段階で,既習事項との比較からめあてを立てることできちんと見通しをもたせることが,かく活動への一歩となる。その際,問題を図に表現させることで,問題から図がイメージできないのか,図はイメージできているがそこから立式できないのか課題を明らかにした。式を説明する際には,「どうしてその式になったのか」自問自答させ,それを箇条書きで記述させるようにした。また,モデルとなる児童のノートを積極的に紹介し,ノート記述による表現力を高めるようにした。【写真①】
【写真① 図をイメージしたノート】
②まとめの場面における手立て
まとめの場面で本時の学習を生かして,めあてに対するまとめを自分の言葉で書かせるようにした。その際,板書に登場する用語等を使ってまとめる指導を徹底した。最初は,本時の学習の感想等も見られたが,参考となる児童のまとめを全体に示したり,必ず使用するキーワードなどのヒントを与えたりすることで,徐々に自分の言葉でまとめられるようになってきた。【写真②】
【写真② 自分でまとめたノート】
①ミニ黒板の活用
「説明する活動」においては,積極的にミニ黒板の活用を図った。これは,児童の考えを視覚的にも表現することで,聞き手の理解の手助けとするためのものである。実物投影機などのICT機器を活用して児童のノートを投影する方法もあるが,表現力の向上を図る視点から聞き手に分かりやすく表現する経験を多くさせるためにミニ黒板を使用した。
調べる段階で,自分のノートに考えを書いた後,教師が机間指導により児童のノートをチェックし意図的指名を行い,ミニ黒板に板書させた。ここでの留意点は,導きたい解答はもちろん,児童が間違いやすい解答や他の児童の参考となる考えをしている児童を見逃さずに取り上げることである。下記の【写真③④】は,「変わり方を調べて」の単元において取り上げたミニ黒板である。
【写真③ 間違いやすい解答の板書】
【写真④ 導きたい解答の板書】
2つの板書を取り上げることで,比較によりどこに間違いがあるのか児童に気付かせる材料とした。この図を示す事で,学び合いの中で,「りんごの値段は1300円ではなく,みかんより1300円多い」のだから【写真④】のような図になることに気付かせることができた。もし,児童から間違った解答が出てこない場合には,教師が間違った解答を示し,児童の考えをゆさぶり理解を深める方法をとった。
②再現活動とモデルの提示
ここで述べる再現活動とは,ある児童の意見を参考に他の児童が自分の言葉で再度説明する活動のことである。まず,再現活動においては以下のような基準に基づいて意図的指名を行った。【資料②】
【資料② 再現活動における意図的指名の基準パターン】
すべての学び合いにおいて,この基準パターン通りに進むことはないが,ある程度の基準を教師がもっておくことで,その後の補助発問や切り返しの発問の精選にも繋がり,説明する力の向上に役立ち,考えを深めるための有効な手段となった。
以前は話型表を使用していたが,形式は理解できたものの話型表が足かせとなり,児童の自由な思考を紡ぎ出す活動の壁となったことから使用をやめた。その代わりに教師が明確な説明する姿のモデル像をもっておき,まずは教師自身がモデルとなり児童に示す事で,児童にまねをさせることから入った。その様な取組を続けていく中で,児童の方から説明の際に「全体に問いかけをして,聞き手を説明に引き込む技法」や「説明しながらホワイトボードに書き込みを加え,視覚的にも分かりやすくする技法」などが出てくるようになった。これは,教師がもっていたモデル像の中の一部であり,それをすぐに賞賛することで価値付けを行った。価値付けを行うことにより,児童の中に浸透し,次の単元では,「全体に問いかけをして,その答えをホワイトボードに書き込む技法」など説明力が更に深化する姿も見られるようになってきた。モデルとなった児童の様子は,すぐにデジカメで撮影をし,朝のスキルタイムなどを使って習熟度により別の教室で学習している児童にも示して,学級全体へと広めていった。
また,「説明する活動」で忘れてはならないのが,「説明するためのスキル」の育成である。それは,どの学習にも活用できるスキルである。例えば【写真⑤】の児童の発表なら,説明の際に顔が黒板を向いている。これでは,相手の反応等に気付くことができないため,聞き手の方を向いて発表するスキルを教師がきちんと指導していかなければならない。児童の発表内容をきちんと賞賛した後,「説明する友達の方を見て発表するともっとよくなるよ。」など声かけをしていく。これは,1時間の中に1つに絞り,この指導を生かして次にできている児童をきちんと賞賛することで,定着を図った。
【写真⑤ 全体に説明している様子】
習得と活用のスパイラル化を図り,進んで生活や学習に活用していけるようにするためには,そのような場を意図的・計画的に設定し,その有用性を児童に気付かせる必要がある。そこで,総合的な学習の時間において,全校で行ったペットボトルのキャップ集めの集計方法をテーマに授業実践した。ここでは,10月に既習した「比例と反比例」の学習を活用してペットボトルのキャップの総数を割り出す活動に取り組ませた。教師の発問と児童の考え(反応)を中心に述べる。
ペットボトルのキャップを集めた袋15袋分を前にして,
T:「いまから袋の中のキャップを全部数えます。」
C:「えー。大変だ。とても終わらない。」など
T:「確かに数えるとたくさん時間も手間もかかりそうだよね。」「そこでみんなに良い方法がないか考えてもらいます。」
班で話し合う時間を取る。
重さに着目する意見が聞こえてくる。
C:「1つの重さを計って,全部の重さを計って,割ればいい。」
T:「何人かは頷いているけど,○○さんはどんな事を言っているの。あなたの言葉でもう一度説明してみて。」
再現活動により,別の児童に発言の機会を与えるとともに,全体に意味理解を広げる。
T:「○○さんが言うように,なんで全部の重さを1つの重さで割ると全部の個数が分かるの?」
C:「分かるよ。」「もちろん。」など
T:「どうして?」
C:「だって,キャップの重さはどれも同じだから…。」
T:「何か算数で学習した気がするなぁ。」
C:「分かった。比例と反比例だよ。」「比例の関係だ。」
この後,実際に計ってみると1つ1つのキャップの重さは微妙に違うので10個をひとまとまりとして考えることにした。
T:「1つ1つ数えるのと,比例の考え方を使うのはどちらが便利だった?」
C:「比例の考え方を使うととても早く数えることができたから便利だった。」
ある児童の日記より~算数の時間には,自分の考えた意見をペアやみんなに説明することをしています。説明というものは,生活に生かせるし,言葉の正しい使い方が理解できます。また,算数の授業も分かりやすくなります。私は,説明する人の話を聞いていて思うことがあります。それは,「例えば」という言葉を使うと具体的になり分かりやすい。話すだけではなくて,前に出てきて黒板を指差しながら話したり,黒板に書いたりすると分かりやすいと言うことです。それを見た先生も「いいねぇ~。」とすごく喜んでいました。そうやって発表し合って,説明し合って学べるのでないかなと思います。そして,そのことにつながりますが,友達の話を聞いておけば,いいことを言った時に,自分が発表する時,真似ができるんじゃないかなと思います。やっぱり勉強は,生活に役立つことばかりだと思います。
主体的・対話的で深い学びの実現のためにも,算数好きな児童を増やしていくためにも,「私はこう考えた!」と自分の考えを互いに表現し,磨き合う授業を目指していきたい。