かけ算の筆算のよさは,位ごとに九九の結果をかきとめていき,機械的に数を処理していけば,答えを求めることができるという点にある。また,筆算はかけ算九九の繰り返しに帰着していくので,被乗数が2位数から3位数に増えていっても,さらに九九を繰り返すだけで答えが求められる。
しかし,そのためか筆算の単元は,処理の仕方の理解とその習熟にのみ力が置かれる指導に陥りやすい。計算処理のみの学習となると,九九の結果を表す数値がどんな部分積を表しているのかといった,量感は伴わない。筆算が部分積の和から成り立っていることをよく理解しておくことが,被乗数が3位数に増えた場合や乗数が2位数に増えた場合の解決にも役立つことになる。
そこで今回,この「1けたをかけるかけ算の筆算」の学習において,「部分積の和」を児童に意識させるための実践を行うこととした。
24×3=
(20×3)+(4×3)
部分積 部分積
と考えられること
→345×6においても
300×6
40×6
5×6の和と捉えられる
→24×35においても
24×30
24×5の和と捉えられる
ここでは,いくつかの場面を取り上げ述べることとする。
第4時(全11時間中)
前時までに(2位数)×(1位数)の筆算で繰り上がりのないものを扱ってきている。
その中では,たとえば「12×4」の計算を「12を10と2に分けて考えるとよい」ということをまとめ,筆算形式を導入した際も,はじめは部分積の和が視覚的に見えるような表記をした(右図)。
さて,筆算で計算できるようになると,児童は機械的に計算するばかりという姿に陥りかねない。この"機械的に"処理できるよさに触れつつも,一方でそこに潜む"部分積"という考え方にも目を向けてほしい。そこで次のような授業展開を行った。
1つの辺が23cmの図形のまわりの長さは何cmですか。
図形を正三角形として,繰り上がりのない形にして,前時の学習の確認から入った。このとき,23×3という繰り上がりのない形で筆算の手順を再確認した。
続いて図形を正方形とした。23×4となる。児童は「繰り上がりになっちゃう」と話した。「くり上がりがあるかけ算の筆算のしかた」を学習問題として設定した。
この筆算を,すべての児童が92と解答することができた。また,繰り上がりが十の位にいくという説明も加えて書ける児童も数多くいた。
しかし,この自力解決の中で,ノート例のように「繰り上がりの1を小さく書く」などの筆算の手順のみを書く児童も多くいた。これらの児童が「部分積の和」について思考できているかを確かめる上で,次のように発問をした。児童が23×4の答えは92であると発表した後のことである。
23×4=92?4×3=12と4×2=8なんだから,答えは812ではないんですか。
これは,誤答を示すことで,「本当は…」と正しい考え方を引き出そうとするものである。この「本当は…」の中に,23×4を計算する考え方を引き出せるのではないかと考えたのである。
左のノート例では,いちばん初めに学習した筆算形式に基づいて,92が正しい答えになることを説明している。右については,これを文章による説明にして記述している。
教師があえて誤答を示すことで,それが誤りであることを説明するために,児童は「部分積の和」ということを必然的に意識することになったのである。
第7時
被乗数が2位数の場合の筆算の学習をひと通り終えた段階である。以下のような教材を取り扱ってみた。
「(10+A)×B」と「(10+B)×A」の大きさをくらべよう
「大きさくらべをしよう」とし,電子黒板で右の筆算を順に提示していった。はじめの2問は「かけられる数が同じで,かける数が9で大きいから」「かけられる数もかける数もどちらも大きいから」と大きい方の答えになる理由を説明させていった。
この際,重視したことは"計算せずに大きさをくらべさせた"ということである。「どちらが大きいかすぐわかったよ」という児童を賞賛することで,問題の数値から大きさを判断する,ということを3問目への布石としたのである。
さて,"計算せずに"大きさをくらべようとすると,3問目で多くの児童がとまどった。「どちらも同じじゃないかな」実際に計算してみると,答えの差は10。「同じ」だと思った理由を話させたところ,「一の位の数を入れ替えただけだから」と言う。ここで,「入れ替えたら答えの差を縮められるだろうか」ということを課題としたのである。
児童は式作りに挑戦するが,同じ答えとなるものは見つからない。ただし,別のことに気付く児童が出てきた。「これ,全部差が10の倍数になる!」「(一の位に使う2つの数の差)×10が差になっている!」
「いつも差は10の倍数となる」という"きまり"を自ら見つけたことで,この素材に関する関心を高めることにつながった。ここまでの手立ては,「部分積」を意識させる直接的な手立てではないが,"きまり発見"で高まった意欲が,この後の部分積を用いて説明しようとする態度につながっていくものとなった。
"「(10+A)×B」と「(10+B)×A」の差はいつも10の倍数となる",この理由を考えてみようと投げかけたときには,児童の多くがその理由を何となく"見える"状態になっていた。それは,児童は「(10+A)×B=(10+B)×A」となる式を見つけようと,いくつかの式を自分から試していたためである。
児童はこのような手順で計算をしている。一の位の計算や繰り上がりが同じであること,違いは十の位の計算だけであることを,何度も計算することで"見える"ようになっていたのである。しかし,イメージできているものでも言葉にすることは難しい。そこで,小グループでの話し合いを行い,その後に全体へ発表させる,その発表の中で出たキーワードを用いてもう一度グループで話す,という流れをとることとした。イメージできていることを,徐々に洗練させていくことで,部分積の考えとして整理させていこうと考えたわけである。
「一の位を計算してみるとどちらも56で…」と発表する児童に「なぜ一の位だけに注目するの」と問い返す。「一の位と十の位を分けてみるとわかりやすくて…」と答える児童に「位ごとに分けると説明がしやすいんだね,"分ける"が大切なんだね」と部分積につながるキーワードを浮き彫りにしていった。このようにして,徐々に自分のイメージしていることを,キーワードをもとに組み立てることで,自分なりにまとめていくことができた。そして,部分積の考えが今回の教材を説明するうえで重要な役割を果たすことを,児童が理解していくことができたのである。
第8・9時
この時間は(3位数)×(1位数)を取り扱う。児童は,被乗数が大きくなった計算もこれまで通りに計算できることをまとめることができた。"これまで通り"とは,位ごとに分けて計算するという,部分積の和をもとにした考えで解くということである。
(2位数)×(1位数)の計算の中で「部分積」というキーワードを重視して授業を継続した結果,(3位数)×(1位数)においても,児童は部分積の考えを用いることで解決していく姿が見られた。
算数の学習は系統があるとはよく言われることだが,今回のように1つのキーワードが,発展した問題や別の単元の中で活きてくるケースは算数の中でよくある。
本校は今回の「部分積の考え」のように,児童が実際に授業において問題の解決に活用でき,単元または学年(場合によっては領域)をまたいで同系統の学習を貫く考え方を"軸となる考え方"と呼んで研究を行っている。この「部分積の考え」は軸となる考え方のうちの「計算や量の性質に基づく考え方」である。
今後も算数の学習における系統を意識し,それに関わる考え方を重視した授業を行っていくことを大切にしていきたい。