2年生で学習するかけ算は,これから子どもたちが,算数・数学を学習していく中で,欠かすことのできない大切な基礎である。2年生でかけ算を学習することを楽しみにしている子どもがたくさんいる一方,長い単元の中で,九九構成の活動の繰り返しが続くことや,単元が進めば進むほど九九が覚えにくくなってしまうことで,子どもたちの学びの意欲が低下してしまう傾向にあるのではないかと考えた。そこで私は,単元を通して子どもたちの「挑戦したい!」「もっと考えたい!」という思いを大切に,子どもたちの学習意欲を持続させ,楽しく主体的に,つまりアクティブに学ぶことができるように,『かけ算にんじゃ大作戦!』という物語仕立ての単元構成を考えた。『悪者にさらわれたかけ算の国の姫を助けるために,かけ算にんじゃになって悪者をやっつける』というストーリーである。そのために,師匠であるにんじゃからお題が出され,それをみんなで力を合わせて解決するという修行をつんでいく。こうして,「かけ算(1)」,「かけ算(2)」,「九九のきまり」の3単元を通して,子どもたちがかけ算にんじゃになるための,長い長い,でもとっても楽しい修行が始まったのである。
単元の導入では,にんじゃ遊園地で遊んでいる子どもたちの人数を工夫して調べる活動を取り入れた。にんじゃがかくれていたり,乗り物に手裏剣マークがついていたりする遊園地の絵を使うことで,子どもたちをかけ算にんじゃワールドに一気に引きこんだ。また,2人乗り,3人乗りなどの乗り物にきちんと乗っている場面だけでなく,4人乗りに,3人,2人,3人,4人というように乗っている場面も取り入れ,4人のところから2人のところに1人移動させれば,3のまとまりが4つあると見ることができることに気づかせ,自ら工夫してかけ算を作り出していくという姿勢も身につけさるようにした。同じ大きさの数量をひとまとまりと意識させ,絵を見て,「○人ずつのっている」「△台ある」を見つけ出し,○で囲んだり数図ブロックに置き換えて並べたりと,基準量を意識させた操作活動を通して,「○のいくつ分」という考え方への理解を深めていった。かけ算という新しい計算を知る前に,「○のいくつ分」を見つけ出す修行を繰り返し行い,同じものでも様々な同じ数のまとまりとして見る力も身につけさせた。また,「ブロック早ならべ」の修行も行い,ブロック並べの操作活動を通して「○のいくつ分」の感覚を確実に身に着けさせた。「○のいくつ分」を「○+○+○+・・・」と求めていく大変さ,面倒さを十分に感じさせたところで,「にんじゃは,ぱっと見てすぐにものの数を調べられないといけない。修行をクリアしたみんなに新しいじゅつを教えよう!」と,初めて「かけ算」という新しい計算の術を知らせた。かけ算の意味「○のいくつ分」がしっかりと身についていた子どもたちは,絵をみてかけ算の式に表す修行,文章からかけ算の式に表す修行に取り組み,つまずくことなく楽しみながらクリアすることができた。そして,かけ算の式で表すことの便利さを身にしみて感じたようだった。その後も,九九の構成に入るまでに,「かけ算見つけ」と「ブロック早ならべ」の修行を続け,子どもたちはその中でかけ算の「交換法則」「分配・結合法則」に気づくことができた。(写真参照)
「かけ算みつけ」ワークシート
14まいの生活科カードを,2×7と7×2のどちらでも求められることを発見!「かけられる数とかける数を入れかえても答えはおんなじになるんだ!」名づけて「ひっくりかえしのじゅつ」!
ブロック早ならべのじゅつ
「5×3」のお題の後に「3×3」のお題を出すと・・・「早くできる裏ワザ発見!」「5×3をそのまま残しておいて,下の2×3の分のブロックをとれば,いちいち並べ直さなくてもすぐに3×3にできるよ!」「その逆もできる!」「分かいしたり合体したりできるんだ!」名づけて「分かいのじゅつ・合体のじゅつ」
段構成に入ってからは,導入のにんじゃ遊園地の乗り物に乗っている人数を調べながら,自分たちの力で九九を完成させていった。5の段,2の段は累加の考えを中心に,3の段,4の段は,アレイ図をもとに,子どもたちが見つけ出したじじゅつ(きまり)を使って構成した。6,7,8,9の段は,にんじゃの師匠が送ってくれるおかしの数を求めるお題を解くために,引き続きアレイ図をもとに子どもたちが見つけ出したじゅつ(きまり)を使って九九を構成していった。子どもたちのかけ算に対する豊かな感覚を育てたいと考え,アレイ図を縦にも横にも見ることができる力,様々な「同じ数のまとまり」で,ものの数を求めることができる力をつけさせることを目標とした。そして,アレイ図と式を関連付けながら自分の考えを説明すること,友達の考えと自分の考えを比べながら聞くこと,それぞれのじゅつのよさに気づき,よりよい方法を活用していくことを大切にした。子どもたちは,なんとか既習の九九を使えるようにと工夫を凝らし,毎時間新しいじゅつを考え出していった。これらのことを「にんじゃポイント」として「まきもの」(考えノートや算数広場)にまとめることで,「はやく・かんたんに・せいかくに求められるよりよい方法を選んでいくこと」ができるようになっていった。子どもたちが新しいことを発見しながら学ぶ楽しさを感じ,主体的に学習を進めていく姿を見ることができた。そして,毎時間届くにんじゃからのお題を楽しみに,友達と力を合わせて九九を完成させていく喜びや達成感を感じさせることができた。
算数広場(学習の足跡を残すための掲示物)
今日のにんじゃポイントを,まきものにまとめたよ!
自分たちの力で構成した九九を,暗唱してすらすらと唱えられるようになるという大きな課題が子どもたちを待ち受けている。新しい段の九九が完成するたびに,ここでももちろんにんじゃからのお題として暗唱の修行に取り組ませた。にんじゃからのお題にやる気満々の子どもたち。にんじゃから届いた「九九のしゅぎょうカード」を使って毎日修行に励んだ。九九の暗唱には,やはり繰り返し練習することが必要不可欠と考え,「上がり九九」「下がり九九」「ばら九九」の3種類を,おうちの方1人,担任を含む先生2人,3,4,5,6年生の各4人の合わせて7人からの合格をもらうことを目標に取り組ませた。「3種類の7人分やから3×7=21,ひとつの段で21回も合格もらわないといけないのか~!」と,日々の生活の中でかけ算を活用できるようになっている子どもたちの声にうれしく思っていると,「それだけかけ算にんじゃになるためのしゅぎょうはきびしいってことやな。」「よし,がんばろう!」と頼もしい声も聞こえてきた。こうして学校全体を巻き込んでの九九修行が始まった。4の段くらいまでは,全員が難なくクリアすることができたが,やはりかけ算(2)に入ったころから,なかなか覚えられず時間がかかる子どもも数名現れた。しかし,九九しゅぎょうを苦にすることなく「かけ算にんじゃになるためにがんばらないと!」と,休憩時間になるとしゅぎょうカードを持って教室を飛び出していった。おうちの人や担任だけでなく,学校中のいろんな先生や上級生に聞いてもらうことは,子どもたちにとって楽しいことであり,「がんばってるね!」「すごいね!」と声をかけてもらえることが大きな励みになった。こうして,2学期が終わるまでに,全員が1の段から9の段までの九九を完璧に覚えることができた。
また,覚えることができた段では,「九九早となえのじゅつ」と称し,九九をすらすらと早く唱える練習にも取り組ませた。子どもたちは,毎日の宿題でおうちの方にタイムを計ってもらい,前の日より1秒でも早く唱えることができるようにと意欲的に取り組んだ。さらに,九九カルタや九九ビンゴ,九九クイズなどのゲームも取り入れた。このようにして,子どもたちの学習意欲を低下させることなく,楽しみながら主体的に1人1人に九九を定着させることができた。また,自分たちで工夫して構成してきた九九なので,覚えにくいところがあった時やうっかり忘れてしまった時には,「前たしのじゅつ」を使うなど工夫して取り組むことができた。
これまで子どもたちは,同じ数ずつお皿にのっているものや,同じ数ずつセットになっているもの,縦と横が正方形や長方形になるようにきれいに並んでいるものの数をかけ算で求めてきた。しかし,生活の中では,同じ数ずつになっていなかったり,正方形や長方形に並んでいなかったりする場合の方が多い。そこで,そのような場面でも,かけ算が使える子どもに育てたいと考え,下図のような「はこの中のおだんごの数を工夫して求める」課題に取り組ませた。九九の構成で身に付けてきた力をすべて発揮し,既習事項を総合的に活用することで,「なんとかしてかけ算は使えないか。」「かけ算でできそうだ。」と積極的に課題に働きかけ,考える姿勢が,子どもたちの主体的な学びにつながると考えた。
実際に子どもたちは,これまでの九九構成で身に付けた力を発揮し,「たてわけ・よこわけのじゅつ(分けて考える)」「豆大ふくのじゅつ(同じ数のまとまりを見つけて考える)」「全体からひくのじゅつ(はじめの数から食べた数をひいてかんがえる)」の3つの方法でおだんごの数を工夫して求めることができた。しかし,「全体からひくのじゅつ」は,はじめのおだんごの数を求めることはできたが,そこからどうしたらいいかが分からないという子どもがいたので,その考えを全体で取り上げ,話し合った。今までは,「分けて求めた後,たす」という分配・結合法則の考えを中心にしてきたためか,はじめのおだんごの数を求めることができて,何個食べてしまったかもわかっているのに,ひき算をするという考えがなかなか出なかった。やっと1人の子どもが「食べたということは減るお話なので,はじめのおだんごの数からにんじゃが食べた数をひけばいいんだと思います。」と発表した時には,「なるほど!」「そういうことか~!」と新しいじゅつがわかったことへの喜びの声が上がった。
どの子も,自分の持っている力を総動員して,なんとか課題を解決しようと主体的に取り組み,様々なじゅつを使って1つ以上の考えを持つことができた。様々なじゅつを使って考えることができたが,どれも,「同じ数のまとまり」をつくっていること,そして「同じ数のまとまり」をつくることができればかけ算で求めることができることを子どもたちとしっかりと押さえ,この時間の学習を終えた。どの考えが1番いいというようなことは考えさせていないが,様々な考え方ができる中で自然と,「はやく,かんたんに,せいかくに」できる方法を選ぼうとする力もしっかりと付いていた。
ワークシート
「たてわけのじゅつ」
左にたての5のまとまりを3つ,右に横の3のまとまりを3つ,つくりました。こうすれば,かけ算で求められたぞ!
にんじゃが食べてしまったおだんごを元にもどして,初めのおだんごの数をもとめたよ。でも,ここからどうすればいいのかわからないなあ・・・。
Bくんのふりかえり作文
次の時間には,子どもたちから出なかった,「おひっこしのじゅつ(移動させて考える)」について話し合った。「移動させることできちんと並んだ形(長方形)にすることができ,同じ数のまとまりを見つけることができるようになる」ことを,にんじゃ遊園地で学んだヒントをもとに子どもたちに気づかせ,何パターンかある「おひっこしのじゅつ」を,全員で話し合いながら発見させていった。
ワークシート 「おひっこしのじゅつ」
ふりかえり作文
今回の実践をふり返って,子どもたちは単元の最後まで,また3学期の「九九のきまり」の単元まで,1つ1つのお題をクリアしながら修業を進めていくことを,毎日楽しみにし,クラス全体で力を合わせて生き生きと取り組む姿を見せてくれた。冬休み中も毎日修行に励み,休みをはさんでも,九九を忘れてしまったりかけ算に対する意欲が低下してしまったりという子どもは1人もいなかった。「九九のきまり」の学習の最後には,悪者からの挑戦状に力を合わせて立ち向かい,無事,かけ算姫を助け出した。
このように,物語の中に入り込んだ子どもたちは,自らが主人公になって課題に取り組むことに夢中になり,全員がこの単元の学習の目標を達成した。楽しみながら学習することが,主体的に学ぶエネルギーとなり,子どもたちに確かな学力を身に付けさせることができた。しかし,各時間において,もっとうまく子どもたちの考えを引き出すことができる課題設定や発問があったのではないか,子どもたちの思考の流れに沿った授業づくりになっていたのかなど,まだまだ改善すべき点を見つけることができた。1人1人のよさや個性を認め,子どもの思いや願いに寄り添った授業,1人1人を生かすことのできる授業ができる教師を目指して,今後も授業研究と実践を重ねていきたいと思う。