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 探求活動(課題研究)

岡山学芸館高等学校 能動的学習者を育てる課題研究のカリキュラム開発
~社会課題の解決に正面から立ち向かうユース層の育成を目指して~

岡山学芸館高等学校 橋ヶ谷 多功

1.はじめに

(1)本校の課題研究について

本校は平成26年度から課題研究活動に取り組みはじめ,平成27年度に文部科学省スーパーグローバルハイスクール(以下SGH)に指定を頂いた。この8年間で様々なトライ&エラーを繰り返しながら,カリキュラムを毎年見直し,課題研究の授業を開発している。
1年次はオリジナル教材を使用した全科コースをシャッフルした課題研究用の特別クラスで思考ワークを中心としたアクティブラーニングを実施。2年次は24のゼミナールを開講し,生徒各々の興味関心に従ったProject Based Learning(以下PBL)型の課題研究活動を実施している。研究プロセスは「課題研究メソッド」(啓林館)を参考にしながら確認している。様々な研究が校内に存在し,令和3年度は約150のテーマが校内で行われている。

建学の精神は「世界で活躍できる立派な日本人を育てる」,キャッチコピーは「君の望むきみになれる。」世界に羽ばたく人材の根底には日本人精神に基づく価値観と行動が必須であると捉えながら,自分の興味関心に素直になり,なりたい自分を描き実現していく教育を目指している。この精神を基軸として,課題研究カリキュラムの開発も行っている。清く明るく,利他の心を大切にしながら社会のために自分の力を発揮できる生徒を様々な教育活動を通して実現していくことを目指している。

(2)課題研究プログラムの開発概要

Society5.0の実現に向けてデジタル化を中心とした急速な社会変革が進んでいる。そのような中,人の役割を再考することが必須である。本プログラムは,私達の生きる社会のイノベーションは人にしか起こすことができないという原点に注目したプログラムである。そのためには,ユース層が社会の大切な構成員である自覚と社会事象に対して主体的に行動実践できる態度が必要であると考えている。従来の思考に囚われず,自分が社会を描き創造する主体者であるという意識と行動を育むことを目標としている。

(3)コンピテンシーの再設定

SGH時代の取り組みを踏まえ,大きな捉え直しを行ったものが,本カリキュラムを通して身につける資質能力の再設定である。その5つを簡単に紹介する。①は基盤となる社会認識力,②,③は社会を俯瞰して捉えるための力④,⑤は新たな価値創造に必要な力として設定している。
①【グローカルマインド】
社会をどのように捉えるのかという基本概念として設定している。開発構想図に示している通り,世界規模の視点,日本の視点,地域の視点をそれぞれから捉えることで,社会はこの集合体であり,様々な社会が形成していることが分かる。私たちはミクロとマクロの視点,そしてそれぞれをかけ合わせながら社会を認識していく必要性を理解する必要があると考えている。
②【メタ認知力】
自分自身の興味関心はどこにあるのか?自分はどのような人間なのか。社会を認識するためには自分自身を知ることが必要不可欠だと考えている。自分が社会や現象をどのように捉えるのか,研究に必要な自己認識力を養うために設定している。
③【分析力】
分析する力は物事を直視する力に繋がると考えている。社会を見る力はもちろん,自分たちが行った行動や実験の客観的評価を行うにあたり必要不可欠な力として設定している。
④【発想力】
イノベーションは既存のモノ・コトをかけ合わせて新しいモノ・コトを創造すると言われている。新しい思考や掛け合わせは無限に存在していることを知り,新価値創造に対する認識のハードルを下げ,未来の社会について肯定的なマインドを養うことを目的としている。
⑤【行動力・実践力】
想いはカタチにするものという本校の課題研究活動の指針を体現する力として設定している。行動することで生まれる新たな発見や社会と自分との距離感を縮めるために設定している。

2.各学年のカリキュラムのポイント

(1)1年次の学び

本校は6科コースを編成する全校生徒約1500名の学園である。そのため,多様な生徒が存在しており,学内に多様性が存在している。また,コロナ禍以前は長期留学生が世界中から約50名,海外中短期訪問者が約150~200名来校する。この多様性をカリキュラム内に反映させることを狙いに,全科コースをシャッフルした課題研究用の特別クラスを編成して課題研究の授業を実施している。
加えて,1年次の学びは本校独自のオリジナル教材を作成し,協働作業を伴う,ワークショップおよびアクティブラーニング型の授業を隔週100分授業にて展開している。

(2)2年次の学び

2年次は1年次の学びを基盤として,本格的な課題研究活動に取り組む。4月に24のゼミナールからそれぞれの興味関心に従い,全員が志望理由書を書いた上で所属ゼミを選択する。各ゼミ内に個人研究やグループ研究があり,その総数は約150テーマとなっている。その多くはPBL型の課題研究活動を行っている。ゼミ指導のプロセスで大切にしていることは以下の4点である。
①自らの力で知る~自分の興味関心に従い,なぜ?を大切にする~
②協働して考える~校内外で多様な気づきを得る~
③社会で実践する~想いはカタチにしてみる~
④研究を発表する~考察は共有する~
このようなPBLの知的基盤となっているのが課題研究メソッドである。各ゼミに必読書として配布し,困った際には必ず見返すことで,活動で終えるのではなく,研究(社会的貢献・意義とエビデンスに基づく考察)により近づくことができる。

(3)学びの深化プロジェクト

SGHのカリキュラム開発研究を通して,社会で実践した経験のある生徒の成長が顕著であることが明らかになった。成長が著しい生徒の分析の結果,その多くはカリキュラム外での学びを主体的に多く行っていた。そのため,カリキュラムの充実に加えて,多様な興味関心を持つ生徒が自分で学びを得る機会をより作り上げることで,自ら学ぶ生徒の母数を向上させる取り組みを行っている(計画段階含む)。主な取り組みは地域との協働,国内での協働,世界との協働の3つのフェーズで設計している。主な取り組み・計画は以下の通りである。
①【ソーシャルリーダシップキャンプ】
岡山の様々なNPOと県内の高校生を招待して実施している。実際に社会課題に対峙している方々から直接社会の現状をヒアリングし,高校生の私たちにできることは何か,ソリューションを計画して発表する2日間のプログラムである。
②【カンボジア合同研修会】
カンボジアに関する研究を行っている全国の高校と連携して年に1回合同勉強会を実施している。カンボジアを様々な視点から捉えて研究している同世代との交流は,新たな発見と研究のモチベーションを向上させる大切な機会となっている。
③【海外フィールドワーク】
カンボジアFWを中心に課題研究で設定するコンピテンシーを反映させた内容で実施している。特に現地の様々な場所でヒアリング調査を実施することや,日本で考えたことを実践する機会を随所に取り入れることで,高い成長を示している。今後はこれをタイやインドなどに拡大しながら,海外FWを課題研究化させることを計画している。
④【課題研究ツアー】研究成果を世界と共有することを目的として実施することを計画している。日本国内での共有やディスカッションは成熟期を迎えている。海外の同世代が何を想い,どのような活動をし,どのような考察をしているのか。高校生同士の研究交流機会を世界規模で実施することにより,より多くの価値観に触れながら自己研鑽できる契機としたい。コロナ禍においてはオンラインでの交流を実施し,後には欧州に渡航する計画である。
⑤【リベラルアーツ講座】社会で活躍している様々な方をお招きしたワークショップを年5~10回企画運営している。一方的に聞くだけではなく,知ることに加え,協働して思考することに注力している。内容は本校教員と講師で相談しながら作り上げている。自分の興味に従った講義を選べるため,課外学習のプラットフォームになっている。

リベラルアーツ講座の様子

オンライン他校研究交流会の様子

カンボジアでの調査の様子

3.研究発表と成果物について

本校は中間発表会として「ゼミ間交流会」を実施し,年度末の2月に「課題研究発表会」を実施している。ここ2年間はオンラインで実施した。専用ポータルサイトを作成し,全体会はYouTube Liveにて配信。各研究発表はZoomを使用した。オンラインでの実施は,直接,発表スライドが目の前で確認できると共に音声をしっかり聞くことができるため,大規模な研究会を双方向で実施できたことは有意義であった。
自分たちの取り組んできた研究を,順を追って論理的に説明することは,研究を自分たちに落とし込む最終作業として重要である。自分の言葉で自分のことを説明することで,再度考察を試みる生徒や,ここで終わるのではなく,3年次も自ら研究活動に励む生徒もここ数年で多くなってきた。主体的学習者として成長する生徒の姿を通して,課題研究に取り組む教育的意義を再考する機会にもなっている。
研究の成果物は研究ポスターもしくは研究論文を執筆する。論理的に行動と考察を整理するために課題研究メソッドの研究プロセスを基軸としてテンプレート化することで,学びの整理がアカデミックかつ分かりやすくできることに繋がっている。

全体会配信の様子

研究発表の様子①

研究発表の様子②

4.おわりに

本校は課題研究のカリキュラム開発を行い8年の時が経った。振り返るとエラーの連続であったが,それでもトライし続けたことでそれなりに形になり始めている。常にチャレンジを続ける際に大切にしてきたことは,ツールに乗っかるのではなく,ツールをいかに上手に扱うかである。どうしても目の前の形を求めすぎてしまうが,自校の教育活動として何を目標とし,その達成のためにどのツールを使用するかを選択する作業が非常に重要だと感じている。オリジナルと既存ツールのバランスは非常に難しいところであるが,課題研究メソッドは非常に汎用性のある,高レベルな参考書として重宝している。
課題研究メソッドの研究プロセスを日ごろの指導に適宜使用していくことで,オリジナルと既存ツールの融合ができていると感じている。具体的な例では,1年次のオリジナル教材で分析力をより高める改定を行う際に活用した。分析する意味,分析する手法,分析した結果の扱い方など,端的かつ高度にまとめられている。この流れを基軸に,作業を伴うアクティブラーニング形式の授業を作成することで,例年にない改訂を実現することができた。こうすることで,2年次の本格的な課題研究でも,課題研究メソッドの活用がしやすくなる。
本校のこれからの課題はより多くの生徒に課題研究を通した,主体的学習者の資質を育成することだ。そのためにはまだまだエラーも多く,改定点が多数ある。私たちが生徒に求める資質は私たち教員にも重要な行動指針になるはずだ。生徒に取り組ませる前に私たちが率先垂範するためにも,まずは私たちが常にチャレンジを続けながら,未来を見据えなければならないと感じている。課題研究を通した教育の本質を常に見誤ることなく,これからも生徒と共に課題研究のカリキュラム開発に取り組んでいきたい。