平成29年に学習指導要領が告示され,令和3年度より中学校でもその学習指導要領に則った授業が本格的に開始される。この学習指導要領では,生徒に育成する資質・能力が「何を理解しているか,何ができるか(知識・技能の習得)」,「理解していること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等の育成)」,「どのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るか(学びに向かう力・人間性等の涵養)」の三つの柱に整理された。また,GIGAスクール構想の実現に向けて予算措置が行われ,一人一台端末と高速大容量の通信ネットワークの整備が進んできている。ICT機器を活用しながら探究の過程に沿った課題解決の学習を展開することで,生徒の資質・能力の育成を図ることを目指した授業実践例を紹介する。
本単元計画は平成29,30年度に実践した内容をもとに,評価の観点を平成29年告示学習指導要領の3観点に合うように修正したものである。したがって,平成29年告示学習指導要領において第1学年から移行した内容である大気圧については,本単元計画からは省略して示している。
時間 | 次 | 時 | ねらいとする資質・能力の育成に関する活動 | 評価 | ||
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知識・ 技能 |
思考・ 判断・ 表現 |
主体的に学習に取り組む態度 | ||||
1 天気の変化と気象要素の観察 | ||||||
1 | 1 | 天気に関することわざや言い伝えと天気との関係について知り,気象に関する自然の現象について文献やICT機器を用いて調べる。 | ○ | |||
2 | 2 | 気象要素の観測方法を知り,乾湿計と湿度表を用いて理科室の湿度を測定する。 | ○ | |||
3 | 3 | 晴れた日と雨の日の気象要素(気温,湿度,気圧)の変化を比較し,気象要素と天気の変化を関係づけて説明する。 | ○ | |||
2 空気中の水の変化 | ||||||
4 | 1 | 霧が発生したり消えたりするときに関係する気象要素の要因を抽出して検証実験を計画し,結果をもとに気温の変化が霧の発生に影響を与えていることを指摘する。 | ○ | |||
5 | 2 | ステンレスコップを用いた露点温度の測定方法を知り,現在の教室の空気の露点温度を測定する。 | ○ | |||
6 | 3 | 露点温度に影響を与える要因を抽出して検証実験を計画し,ICT機器で記録した実験結果を分析して解釈し,空気中の水蒸気量が露点温度に影響を与えることを指摘する。 | ○ | |||
7 | 4 | 湿度の求め方を知り,教室の体積と現在の露点,飽和水蒸気量曲線をもとに,教室の湿度を求めようとする。 | ○ | |||
8 | 5 | 地上と上空とを比較しながら,雲が高いところにできる要因を抽出し,気圧と気温の関係性を調べる実験を計画する。結果をもとに気圧の変化と気温の変化の関係性を説明する。 | ○ | |||
9 | 6 | 気圧の変化と気温の変化の関係性を調べる実験の結果をもとに,上昇気流によって雲ができるときのでき方を説明する。 | ○ | |||
10 | 7 | 地球上の水の分布と移動をモデルに表し,陸上と海洋での蒸発量と降水量の大小関係を指摘し,水の循環が太陽からのエネルギーによって生み出されていることを指摘する。 | ○ | |||
3 天気の変化と大気の動き | ||||||
11 | 1 | 寒気と暖気が接したときの空気の動きを調べる実験を計画し,ICT機器で記録した実験結果をもとに性質の異なる空気同士は混ざりにくいことを指摘する。 | ○ | |||
12 | 2 | 寒気と暖気が接したときの空気の動きを調べる実験の結果から,寒冷前線や温暖前線の前線面付近の現象と関連付けて説明する。 | ○ | |||
13 | 3 | 寒冷前線と温暖前線付近での発達する雲の形の違いや雨の降り方の違い,各前線が通過した際の気象要素の変化を知る。 | ○ | |||
14 | 4 | 気圧に差があるときの空気の移動について知り,ICT機器で調べたアメダスによる気圧の観測データをもとに地図上に等圧線を引く。 | ○ | |||
15 | 5 | ICT機器で収集したアメダスの観測データを分析して解釈し,前線が通過した時刻と通過した前線の種類を推定しようとする。 | ○ | |||
4 大気の動きと日本の四季 | ||||||
16 | 1 | 1年間の日本付近の雲の動きを捉えた気象衛星画像の動画を視聴し,日本付近の気団の位置関係と四季の天気の特徴を知る。 | ○ | |||
17 | 2 | 日本付近の高気圧や低気圧,前線の位置関係と気団の位置関係を関連付けながら,ICT機器に示された天気図と雲画像がいつの季節のものであるかを推測する。 | ○ | |||
18 | 3 | 一日のうちで風向が変わる現象をものの温まりやすさと関連付けて仮説を設定し,検証するための実験を計画する。ICT機器で記録した実験結果を分析して解釈し,海と陸との温まりやすさの違いが風向の変化に影響を与えることを指摘する。 | ○ | |||
19 | 4 | 海と陸との温まりやすさの違いに着目し,中緯度の東アジア周辺における季節風は,季節により風向が変わる理由を説明する。 | ○ | |||
20 | 5 | ICT機器で調べた地球上の大気の動きのデータをもとに,地球上での大気の大循環について知り,中世ヨーロッパの航海ルートと大気の大循環を関連付けて説明する。 | ○ | ○ | ||
5 気象災害から身を守る | ||||||
21 | 1 | 気象現象がもたらす大雨・大雪や強風による気象災害について個人でテーマを1つに決めて文献やICT機器を用いて調べ,これまでの学習内容と関連付けてまとめる。 | ○ | ○ | ||
22 | 2 | まとめた内容を班で相互に発表し,様々な気象災害について知る。 | ||||
23 | 3 |
夏に上空への寒気の流入と地上付近への湿った空気の流入で局地的な豪雨のおそれがあるという天気予報に問題を見いだし,この予報に関連した雲の発生条件を予想してモデル実験で確かめる実験を計画する。 結果を基に雲のでき方と関連づけて,夏に発生する局地的な豪雨の仕組みを説明する。 気象情報を基に天気の変化を知ることの重要性に気づき,学習したことを振り返ることで次の学びにつなげようとする。(本時) |
○ | ○ |
本事例は平成27年度全国学力・学習状況調査の中学校理科調査問題の大問3(2)をもとに授業を構成した。本題材までに生徒は露点の測定をはじめとした気象観測の方法や対流による雲の形成,前線の構造,大気の動きと日本付近の四季などについて学習している。本題材では近年増加傾向にある局地的な豪雨を題材として,その気象現象が発生する際に必要だと考えられる雲の発生条件を抽出し,その条件が本当に必要かどうかを調べるために,変える条件と変えない条件を明確にして実験の計画を行う場面を設定する。その際に主体的・対話的で深い学びが展開されるよう,今後自分自身が出会う可能性のある問題として夏の局地的な豪雨の現象を扱い,学習内容を自分のこととして捉えられるようにすることによって「動機付け」を行う。ニュースの動画を繰り返し視聴して豪雨が発生するときに必要な条件について抽出し,変化すること(局地的な豪雨が発生すること)と原因と考えられる要因(雲の発生に必要だと考えられる2つの条件)との対応関係を押さえ,それぞれの関係をとらえやすくすることによって「足場かけ」を行う。複数の条件をそれぞれ整理して実験を計画し,それぞれの条件ごとに結果を予想することで「学習の見通し」をもたせる。これらのことを通して科学的な対話の活性化を図り,一人一人の生徒が課題解決への意欲と見通しをもつことができるようにしたい。また学習で見いだした内容を線状降水帯の形成という気象現象に適用できることを知り,学習活動と日常生活を結びつけて理科を学ぶ有用感を味わえるようにするとともに,気象情報から条件を見いだして天気の変化を予想することが防災において重要なことに気づかせ,気象現象を主体的に探究し,次の学びにつなげようとする意欲をもたせたい。
なお,本事例を授業で扱う際には,豪雨災害によって被害を受けた生徒・保護者・地域等への配慮を行う必要がある。
夏に上空への寒気の流入と地上付近への湿った空気の流入で局地的な豪雨のおそれがあるという天気予報に問題を見いだし,この予報に関連した雲の発生条件を予想してモデル実験で確かめる実験を計画することができる。
学習活動 | 教師の指導・支援と留意点 | 学習評価 |
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1. 太陽の日射により上昇気流が発生することを想起し,局地的な豪雨のおそれがあるという天気予報に問題を見いだして,本時の課題を設定する。 |
1. 上昇気流は夏だけでなくいつの季節でも起こっていることを,提示した図を基に想起させ,上昇気流だけでは局地的な豪雨にならないことを問うことで,強い上昇気流以外に条件が必要なことに気づけるようにし,課題への導入を図る。【動機付け】 |
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本時の課題 |
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2. 夏に局地的な豪雨が発生するのに必要だと考えられる雲の発生条件をニュースの映像を見ながら抽出し,発表する。 |
2. 上空への寒気の流入と地上への湿った空気の流入について解説しているニュースの映像を班ごとのタブレット端末に用意することで繰り返し視聴できるようにする。 ○変化すること(局地的な豪雨が発生すること)と,原因として考えられる要因(雲の発生に必要だと考えられる2つの条件)の対応関係を押さえ,それぞれの関係を捉えやすくする。【足場かけ】 |
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3. 抽出した2つの条件をもとに,それぞれの条件を制御した実験を計画し,結果を予想する。 |
3. 抽出した2つの条件をそれぞれ独立したものとして扱い,図とモデル,モデルと装置の対応関係を押さえることでそれぞれの条件における対照実験を計画しやすくする。実験の結果を予想することで,課題解決の見通しを立てやすくする。【解決(学習活動)の見通し】 |
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(1)抽出した2つの条件の図を基に,自然の事物・現象とモデルとの対応関係および条件を変えるための装置の操作方法を知る。抽出した2つの条件を変化させて実験する必要があることを指摘し,解決の見通しをもつ。 |
(1)抽出した2つの条件を示した図とモデルの対応関係を確認し,豪雨が発生するモデル(上空に寒気があることと地上に湿った空気があること)のみの実験で課題の解決が可能かを問い,条件ごとに対照実験を計画する必要があることを指摘できるようにする。 ○降水量に当たる場所を指摘させることで,観察の視点を明確にする。 抽出した条件とモデルの対応の図 自然の事物・現象とモデルとの対応
上空の寒気
湿った空気
凝結した水滴 |
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(2)抽出した2つの条件がそれぞれ必要かどうかを調べる実験方法を個人で考えて図に示してから班で話し合い,発表する。 |
(2)豪雨が発生するモデル(上空に寒気があることと地上に湿った空気があること)を考える前提とすることで,抽出した2つの条件がそれぞれ必要かどうかを確かめる実験を計画できるようにする。 ○一度に変えることのできる条件は1つだけであることに触れ,変える条件と変えない条件を明確にした実験を計画できるようにする。 実験計画の図 |
【思考・判断・表現】 抽出した2つの条件が雲の発生に必要かどうかを確かめるための実験を計画することができる。 (ノート記述・発表) |
4. 抽出した2つの条件がそれぞれ必要かどうかを調べる実験について,結果の予想をした上で実験を行う。動画を共有し,結果を基に課題に正対した考察を行う。 |
4. 観察の視点を押さえた上で結果の予想を行い,見通しをもった実験が行えるようにする。結果についてタブレット端末を用いて動画で記録し,同時に実施できない2つの実験結果を比較できるようにする。 観察の視点 同じ時間で実験をしたときのコップの表面の凝結の様子を比較する。 ○実験時間をそろえるために,ポンプを動かし始めたときから録画を開始し,3分間撮影することを指示する。 ○時間が経過したときの水滴の凝結の様子を捉えやすいように撮影する動画の画角を指示する。 |
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5. 考察を発表し,本時のまとめとして,見いだした2つの条件を基に,夏に局地的な豪雨が発生する仕組みを説明する。 |
5. 考察を基に対流による雲のでき方と関連付けて仕組みを説明することで,局地的な豪雨が発生する現象を捉えられるようにする。 |
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まとめ |
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6. 平成29年7月九州北部豪雨も,学習した本時の2つの気象条件が重なったことにより発生したことを知り,気象情報を基に天気の変化を知ることの重要性に気づく。気象現象を学ぶことの意義について本時の学習を振り返り,記述内容を代表生徒が発表する。 |
6. 線状降水帯を形成したことは,上空に寒気が居座り,地上付近の同じ場所に湿った空気が流入し続けたことで,多くの雨が降り続けたことを説明し,学習活動と日常生活を結びつけて,気象現象を学ぶ有用感を味わえるようにする。 ○視点を明示して学習を振り返り,代表生徒の振り返りの内容を聞くことで,生徒が自らにない視点を獲得し,次の学びにつなげようとする主体的な学びの意欲をもたせられるようにする。 |
本事例において,ICT機器(タブレット端末)を活用できる場面は右図の通りである。【仮説の設定】の場面では,局地的な豪雨が発生するときのニュースの解説動画を班ごとのタブレット端末で繰り返し視聴できるようにした。GIGAスクール構想による機材整備が進むと,一人一台の端末で視聴できるようにすることも可能になると考えられるが,今回用いたニュースの動画からは音声も出力され,その中に抽出すべき情報が含まれるため,一人一台でタブレット端末を使用する場合には,イヤホンを使用して他者の音声データが干渉しない状況を設定する必要がある。したがって現状では,各班で代表して一台のタブレット端末を使用するのが望ましいと考えた。【観察・実験の実施】および【結果の処理】の場面では,アダプター付き三脚を用いて班の代表のタブレット端末を固定し,あらかじめ指示された画角で動画を撮影することで,2回に分けて実施した実験について,記録した動画を見比べることで,実験結果を比較することができるようにした。さらに,全ての班の画角を同じにすることで,各班の実験データについて協働学習支援ソフトを用いて共有し,他班の実験結果も含めて比較し考察することもできるようにした。
本事例で生徒がICT機器を活用できるようにするために,単元を通して動画で実験を記録することや,撮影した動画を繰り返し視聴しながら結果を分析,解釈する活動を取り入れることで,生徒にとってICT機器は観察・実験の際に有用な道具となることを認識できるようにした。
本事例で用いた教材は,露点の測定で用いたステンレスコップに曇りがつくことを活用したモデルを利用しており,条件を抽出して対照実験を計画する展開も本単元中に位置づけて実施している。実験器具も理科の見方・考え方もICT機器も,理科の学習を行うための道具として捉えるようにしたい。文部科学省が作成した「GIGAスクール構想の実現へ」のリーフレットにあるように,これまでの教育実践の蓄積にICT機器の活用を組み合わせることで,学習活動の一層の充実と主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善を進めていきたい。
本事例の教材作成においては,公益財団法人中谷医工計測技術振興財団より,平成29年度の科学教育振興助成をいただきました。また,藤本義博先生(岡山理科大学)には,科学研究費補助事業基盤研究(B) 課題番号:JP19H01726(研究代表者:藤本義博)のもとで授業設計とICTの活用に関してご指導ご支援をいただきました。小倉恭彦先生(国立教育政策研究所)には,授業づくりに関してご指導をいただきました。皆様方に心より感謝を申し上げます。