生徒に知識を定着させるためには,実際に体験する・観察するという経験が重要である。ところが,現象によっては体験・観察が困難な場合もあるのは事実である。気象分野における「前線」の観察もそのひとつである。
寒気団と暖気団がぶつかることによって生じる前線は実際に視認することは難しい。そこで有効なのが,「未来へひろがるサイエンス2」に記載されている前線モデル実験である。この実験の写真は,「冷たい空気は下にいき,温かい空気は上にいく」ということを示している。しかし,生徒に前線が動きのある現象として捉えさせることは写真だけでは難しい。また,寒冷前線と温暖前線の形の違いを捉えることも難しい。これらの点を捉えられるように,繰り返し実験をおこなわせたい。そこで,サーモインクを用いたモデル実験をおこなった。
サーモインク(以下,示温インクとする。)とは,熱の伝わり方を学習するときなどに使用される示温インクである。このインクは常温では青色(図1)をしているが,約40℃に熱するとピンク色(図2)に変色する。
図1 常温の示温インク
図2 40℃の示温インク
冷たい水と温かい水の境界線の形状を観察し,寒冷前線と温暖前線の違いを見いだしたい。そのためにも繰り返し実験をおこない検証することが重要である。つまり生徒が容易におこなえることが重要だ。従来の煙を使用した実験は,空気を冷やす時間・煙が充満する時間がかかりすぎてしまい,1コマの授業で繰り返すことが困難だ。色水を使った実験もあるが,普通の色水だと色が混ざってしまい,繰り返し使えない。これらの欠点を補うことができるものとして示温インクを使用した。
示温インクの場合,繰り返し何度も使えることが非常に便利である。仕切り板を外し,液体が混ざっても問題は無い。もう一度2つに分けて一方を冷却,もう一方を加熱することで繰り返し使用することが可能である。
示温インク・水槽・仕切り板を使って図3のような実験装置を作成する。青色の示温インクが冷たい空気,ピンク色の示温インクが温かい空気の代わりである。
生徒は真ん中の仕切り板を外して,それぞれの液体がどのように移動するのかを観察する。また,青色の示温インクとピンク色の示温インクからなる境界の様子も観察する。
結果は動画のとおりである。青色の示温インクがピンク色の示温インクの下へと潜り込んでいく。
図3 実験装置
動画を見る
結果から冷たい空気と温かい空気の動きを確認することができる。しかし,これだけでは生徒が寒冷前線と温暖前線の形や動きを理解するのは難しい。そこで,寒冷前線と温暖前線の形の違いが明確にわかるように,仕切り板の外し方・観察の方法を工夫した。
仕切り板の外し方は次の2つの方法を取り入れた。
図4 寒冷前線のモデル
図5 温暖前線のモデル
観察の工夫としては,タブレット端末のカメラ機能を使って画像や動画で記録させた。この記録方法は次の2つの利点がある。
⇒動画で記録しておけば,見逃す心配がない。また,複数の実験結果を比較することや,スローモーション再生で繰り返し確認できることから特徴を見いだすことが容易になる。
⇒生徒によってはどこを観察すれば良いかわからず悩むことがある。そこで図6や図7のように観察してほしいポイントを示すことにより,生徒はどこを見て考えればよいか明確になる。図6はピンクの液体に青色の液体がぶつかっていく所を注目させた。また,図7は青色の液体にぶつかっていく所を注目させた。
図6 寒冷前線モデルの注目してほしいポイント
図7 温暖前線モデルの注目してほしいポイント
図8 カメラ機能を使った記録の様子
冷たい方が温かい方の下に潜り込むということを理解するのは容易にできた。しかし,寒冷前線と温暖前線の違いについて考えが至ることは難しかった。その理由として,結果を眺めていても着目すべき点が分からないからだ。そこで,上記の図6,図7のように注目してほしいポイントを提示したところ,次のような答えが返ってきた。
「冷たい液体が温かい液体の方へ移動するときは,先端が丸みをおびている。」
「温かい液体が冷たい液体の方へ移動するときは,なだらかな斜面になっている。」
と,寒冷前線と温暖前線の断面の特徴ともいえる内容を答えた。 また,これ以外にも
「冷たい液体の方が,温かい液体よりも移動が早い。」
と答える生徒もおり,寒冷前線が温暖前線に追いつくことによって発生する閉そく前線の学習にもつなげることができた。
図9 電子黒板を使って形の確認をする
最後にクラスの全員が理解を深められるように,生徒が記録した画像を電子黒板に映して,実験のまとめを行った(図9)。図10からは寒冷前線の形を,図11からは温暖前線の形をそれぞれ確認した。このようにタブレット端末で記録しておけば,着目してほしいところを明確に示すことができ,生徒の理解を深めることができる。
図10 寒冷前線の形
図11 温暖前線の形
今回は繰り返し実験をおこなえるように,手軽さを重視して,PVAを加えずに取り組んだ。そのため,仕切り板を外した時に発生する渦が見えてしまう。仕切り板の材料を変更するなどして改善することが今後の課題である。