新しい「学習指導要領」には,「野外観察については,学校内外の地層を観察する活動とすること」,「地層とその中の化石を手掛かりとして過去の環境と地質年代を推定すること」(文科省,2009)と記されている。「学習指導要領解説」にも,「野外観察に当たっては,事前,事後の指導も含めて年間指導計画の中に位置付け,計画的に実施すること」(文科省,2009)と記され,野外観察の重視が打ち出された。
しかし,野外観察の授業で化石を見つけることは容易ではない。そこで,砂岩や泥岩の地層に多く見られる「生痕化石」を教材化して,教師の共有財産にしたいと考えた。「生痕化石」はアンモナイトや恐竜の化石のように一般的ではないが,ひと手間かけることで学習者が「ただの地層」や「ただの石」としか思っていないものに「命の鼓動」を感じさせることができ,地層観察における「有効な手だて」となる可能性があるので報告する。
「生痕化石」の定義は,「化石になった生物の行動の記録」である(大森,1993)。「生物が生活した痕跡の化石」ということもできる。
例えば,海底で生活している生物は,無数の「生活の痕跡」を海底の表面付近に残している。しかし,それらのうち「生痕化石」として残るものは,海底に残された生痕のうちのわずかな数だと考えられる。なぜならば,海水の流れや波の影響を受けやすい場所では生痕が流されてしまうし,他の生物の活動によって生痕が壊されることが自然界では日々繰り返されているからである。このように,「生痕化石」は比較的多く見られるが,生痕が「化石」として残るのは,やはり極めて稀なことなのである。
ところで,現在の生物の「生痕」は,砂浜や浅海で容易に見つけることができる。カニの巣穴(図1,図3)に石膏を流し込むと,巣穴の型(図2)を得ることもできる。このように,生物の巣穴に砂などが堆積する現象は自然界でも起こっていて,それが「生痕化石」として残ることがある(図4)。
「生痕化石」を地層の観察に使用する際のポイントは,認知度が低いゆえに,野外観察を行う事前に「現生の生痕」を観察して,「生活の痕跡」がどのような「生痕化石」になるのかを学習しておくことである。そうすることで,学習者が「生痕化石」に気づきやすくなるし,「生命活動」を想像しながら地層の観察を行うことができる。
図1 カニの巣穴の断面
図2 カニの巣穴の石膏型
図3 砂浜に見られるカニの巣穴
図4 生痕化石の横断面
「生痕化石」に着目した地層観察の授業を,公立中学校の1年生(27名)で行った。観察地は,学校から約1km離れた場所にある露頭(砂岩泥岩互層)を教材にした。学校から現地までは,学習者が各自の自転車で行き,引率は3名の教師で行った。なお,往復の時間も含めて2時間(45分×2)の授業を行った。
教科書の「生痕化石」の写真を見ても,「どのような生物」の「どのような行動の痕跡」が化石になったのかをイメージできない学習者は少なくない。そこで,教科書の解説を補うために,現在の「生物の生痕」と「生痕化石」を結びつけるための観察を行い,「生痕化石」のでき方を学習者が想像しやすいように工夫した。
具体的には,野外観察の直前の授業で「カニの巣穴の石膏型」の実物(図2)と「巻貝の移動摂食痕」の写真などを見せたり,学校周辺で現在の「海岸動物の生痕」の観察(図5)を行った。また,観察地の露頭周辺にはイノシシやタヌキの足跡が見られたので,これも利用した。
次の写真(図6,図7)を見てみると,どちらの写真も足跡がズレているのがわかる。この「生痕」には,イノシシやタヌキが夜中に餌をさがしている際に,ぬかるみで足を滑らせて「驚いた瞬間」が見事に記録されていた。
学習者もぬかるんだグラウンドで足が滑りそうになった経験があるため,その様子をイメージすることができ,「生痕を調べると,どのような生物が何をしたのかがわかる」ことを実感したようだ。
図5 学習者が観察した海岸動物と生痕(巻貝の移動摂食痕)の例
図6 現生の生痕(イノシシの足跡)
図7 現生の生痕(タヌキの足跡)
また,目の前の地層に残された「生痕化石」を調べることで,7000万年前の生物の活動を想像できることもわかり,夢中で生痕化石を探していた。そして,地層に残された「大昔の生物が生活していた証」から,地層が堆積した当時の様子を自分なりに想像することができていた。
このような「生痕化石」と「現生の生痕」を結びつけて観察する方法は,学校周辺に砂岩や泥岩の地層があれば手軽に行える。大切なことは,「現生の生痕」と「化石」を結びつけて地層の観察を行い,地層に刻まれた「生命活動の証」に目を向けるという視点である。
注目してみると「現生の生痕」の観察は,雨上がりの運動場をはじめ,遠足や宿泊活動などでも容易に行うことができる。また,中学校入学当初の導入(「身近な自然に目を向けよう」や「身のまわりの生物の観察」)で「現生の生物の生痕」を観察しておく方法もある。そうすれば,「化石」の学習時に「生痕の観察」をする必要がないため,効率よく授業を進めることができるのではないだろうか。
また,教科書には「恐竜の足跡とか生物の生活のあとも化石である」(啓林館,2011)と明記されているが,「生物に関係しているものは化石というが,物理的な現象の痕跡は化石とは言わない」という教師の解説のみで「化石の定義」を学習者が理解することは容易ではない。
そこで,今回の授業では「現在の生物の生痕」(図3,図5,図6,図7)と「生痕化石」(図4,図8)を結びつけて観察を行うとともに,水たまりや水田が干上がった時に見られる「乾裂」(図9)のような「物理現象」の痕跡は「化石」と呼ばないことを強調した。すると学習者は化石の定義を正しく理解することができていた。
また,露頭で見られたパイプ状の生痕化石(図8)から,ゴカイのような生物が海底を這っていた様子を想像することができたり,かつての生命の躍動を想像しながら地層や生痕化石を観察することもできていた。
図8 パイプ状の「這い跡」の生痕化石
図9 観察地で見られた物理現象の乾裂
野外観察の授業の1か月後に,「化石に関する調査」を行った。その中で「次のものが地層にふくまれていた。化石だと思うものをすべて選びなさい。」という質問を行った。また,同じ質問を,教師を目指している大学生(163名)にも行った。
その結果は次の図10に示す。なお,学習後間もない中学生と,学習後5年以上もの期間を経ている大学生とを単純に比較することはできないが,参考までに,大学生を青で,中学生を赤のグラフで示した。
アンケートの結果,「恐竜の歯」や「貝殻」や「魚」などの正解率が非常に高いのは大学生と共通だが,大学生の正解率が低かった「生物の巣穴」も,中学生は96.2%と正解率が高く,「足跡」の正解率は100%であった。また,「雨の跡」や「波の跡」などの物理現象の痕跡を化石だと思う割合が,それぞれ23.1%と26.9%と少なく,「生痕化石」を用いた授業を行った中学生は,化石の定義を正しく理解していることがわかった。
図10 「化石だと思うものをすべて選びなさい」の結果
生痕化石に着目した今回の野外観察での成果は,次のとおりである。
実は,「大地の成り立ちと変化」の単元は,実感を伴わない知識の習得になりがちであることが指摘されている(吉田,2011)。確かに,「地質時代」のような長大な「時の流れ」を学習者が理解することは容易ではない。だからこそ,地層は大昔の様子を保存しているタイムカプセルであることを積極的に伝え,地層や化石について「学ぶ」ことや「思考」することの楽しさを体験させたい。
そのためには,教科書で学習した「知識」を再確認するだけでなく,地層から学習者自身が「何かを発見」したり「何かを感じ取る」ことができる野外観察の授業にする必要があると考え,今回の授業を計画・実施した。
しかしながら,この授業はまだ研究を始めたばかりで,未完成である。学習者の知的好奇心を呼び起こし,身のまわりの事象に興味・関心を持ち続けるための「きっかけ」となるように,今後も改良を重ねていきたいと考えている。学校周辺に砂岩・泥岩の地層がある所に赴任された際には,この実践例を皆さん流にアレンジしていただきたい。
磯貝文男,歌代勤ほか(著者多数のため省略),1989.現生および化石の巣穴,生痕研究グループ,地学団体研究会,全131頁.
大森昌衛編,1993.生痕化石調査法,地学団体研究会,全144頁.
恩藤知典,1991.地学の野外観察における空間概念の形成,東洋館出版社,全228頁.
丸山直生・香西武,2011.中学校における生痕化石を用いた地層観察の試み 科学教育研究,26,1-4.
丸山直生,2012.中学校における地層観察の実践的研究―生痕化石に着目して―,鳴門教育大学大学院学校教育研究科 教科・領域教育専攻自然系(理科)コース 地学教室修士論文.
文科省,2009.中学校学習指導要領,文科省,65-67.
文科省,2009.中学校学習指導要領解説理科編,大日本図書,69-72.
吉川弘之ほか(著者多数のため省略),2011.未来へひろがるサイエンス,啓林館, 74-75.
吉田泰久,2011.生徒が難しさを感じる「地球」分野の学習内容とその前段階に配慮したい指導内容,理科の教育,60(8),36-38.