近年,初等中等教育における理科離れが深刻な問題として取り上げられている。科学を学ぶ意義や有用性を感じていない子どもも多く,その影響が子どもの学習意欲の低下につながっている可能性があるとも考えられている。平成24年度に完全実施される新学習指導要領では,科学に関する基本的概念の定着が求められており,科学的な思考力,判断力,表現力の育成に力を入れている。また,博物館や科学学習センターなどと積極的に連携,協力を図ることが明記されている。つまり,実験や観察を通して自然科学への関心を深め,自然の事物・現象を科学的に探究する能力の基礎と態度の育成,基本的な概念の形成を図っていかなければならない。
科学的関心や探究心の育成のためには,現象や事物を実際に目にしたり,体験することが大切である。現行の学習指導要領においても,様々な実験を行うようになっているが,学習内容に沿った基本的な内容のものが多く,科学技術としてどのように活かされているかを知り,科学を創造する力の育成につながるようなものにはなっていない。
そこで,水族館や博物館などの外部機関を利用して,最先端の技術や研究の成果に触れ,
を目的として,平成15年度から文部科学省「理数大好きプロジェクト」に参加したことをきっかけに,博物館,研究所,動物園,水族館などとの連携を視野に入れた,自然科学体験講座開催に向け準備を始めた。
1時間30分の行動範囲にあり,最先端の研究を身近に感じることができる
物理分野 (理化学研究所),科学技術館,青山学院大学秋光研究室
化学分野 (理化学研究所),味の素などの企業
生物分野 東京大学徳永研究室,上野動物園,江ノ島水族館,(国土交通省京浜河川事務所およびせせらぎ館)
地学分野 (理化学研究所),(東京天文台),川崎市青少年科学館,神奈川地学会
に候補を絞った。
地学分野では,「星空散歩」と題して,夏は川中島中学校(本校),冬は中学校区にある小学校2校が交代制で実施している。
担当は,川崎市青少年科学館の天文係で,毎回4名のスタッフが来校し,夜の星空を地域の方々と一緒に楽しむイベントである。就学前の子どもから小・中学生が家族と一緒に星空を眺め,宇宙に思いを巡らす。
現在では,地域教育会議の事業とし,参加者が毎回100~250名にもなる盛況ぶりであるが,報告には入っていない。
夏休み期間中に,各講座1日の体験学習とした。普段の学校生活の間では,部活動などでなかなか時間的なゆとりがとれない。夏休みの期間に開催することで,学習の継続性や,自由研究につながっていくのではないかと考えられる。
講座の内容や既習事項を考え,今回は中学2年,3年生を対象とした。夏休み前に募集をかけ,希望者の参加とした。参加人数は,外部機関と調整し各講座によって違う。
学習内容に沿って,5つのテーマを設定した。
①水中生物の多様性について・・・・
場所:新江ノ島水族館 参加人数:28名
水の中には,どのような生物がいるのか。各水槽に展示されている生物の名前や特徴の観察。その種類の多さに,子どもたちはとても驚き,展示パネルの解説を読みながら,水の中の世界に関心を寄せていた。クラゲは危険なものという先入観があったが,様々な種類のクラゲを見ることで,その美しさ,可愛さに気付き,何枚も写真を撮る姿も見られた。クラゲの動きかたに注目するなど,生物に対する新たな知識や関心が高まっているようだった。また,水族館の飼育員の方に講師をお願いし,バックヤードの観察を行った。普段見ることのできない,水槽の裏側や,水生生物の保護・飼育方法,水槽の管理など,水族館の仕事についても学ぶことができた。
なぎさのふれあい館では,ヒトデやナマコなどの生物に実際に触れることができる。ヒトデを手でつかんで目や口の位置を確認したり,ナマコのぷにぷにした感触に,「へぇ~」や「キャー」という,驚きと喜びの声が上がっていた。このような活動がなければ,気付くことも,気にすることもなかった生物に触れあう貴重な場となった。
また,水生生物の進化についてワークシートを用いて考えた。
②隕石は何を語っているのか・・・・
場所:国立極地研究所 参加人数:12名
講師:地圏研究グループ 小島秀康 教授
初めに,南極大陸について学習した。白夜,極夜,オーロラ,ペンギンなど,日本とは全く違う自然環境に,子どもたちは興味を引いた。特に,最近問題になっているオゾンホールによる環境の悪化,それが生物に与える影響など,環境問題につながる学習内容であった。
低温室(-20℃)では,顕微鏡を使って南極の氷の観察を行った。違いについて,偏光板を使うと,南極近海の氷と南極大陸の氷との結晶の方向性の違いに気付く。そして,でき方の違いが推測できる。海洋での氷は,結晶の方向性が一方向であり,大陸の氷は雪が凍ったため,方向性がない結晶となる。
また,南極では隕石が多く発見される。隕石は地球上に降り注いでいるが,南極は保存状態がよく,発見されやすい。やまと山脈のあたりで,氷が昇華し,氷の中に閉じ込められた隕石が姿を現す。月由来,火星由来の隕石が見つかっており,これを調べることにより,太陽系の起源について推し量ることもできる。
なお,平成23年度は11名が気水圏研究グループ,藤田秀二准教授より「南極の氷からわかる地球環境(雪氷学)」という題名で地球環境について学習し,低温室で,スライドガラスに氷薄片の試料を作成し,海氷と氷床の違いを偏光板を使用して観察し,氷の結晶成長について学習した。
併設の博物館では,ボランティアの方から解説を受けながら見学した。
生徒の目が輝いていて,閉館時間がきても未だに見学したいようであった。
③電気について知識を深めよう・・・・
場所:科学技術観 参加人数:16名
学芸員の中村氏から,解説を受けながら,2~5階にある各テーマの展示を見学した。運転席が360°駆動可能な未来の車や,人間型アクトロイドや恐竜のロボットのリアルな動きに子どもたちからは驚きの声が上がっていた。ロボットショーも行われており,最先端の技術を見学することができた。発電サイクリングやリサイクルのサイクル,原子力発電,ドライブシュミュレーションなどを体験できる場もあり,子どもたちは積極的に科学技術に触れていた。
ワークショップでは,電気を作るいろいろな方法を学んだ。静電気を発生させて,電流を作る方法。食塩水と金属板から電池を作る方法。コルイと磁石を使って電磁誘導により電気を発生させる方法。そして縦に長い入れ物の上から水を流し,水の位置エネルギーを使って電気を作りだす方法。授業で学習したものと結びつく内容も多く,頷きながら話を聞いている子どももいた。
最後にペットボトル,針金,アルミニウム箔を使い,一人ひとり箔検電器を作った。その後ストローなどで静電気をおこし,ふたの部分の銀紙に近づけるとペットボトル内の銀紙が離れることから,電気が発生したことを確認した。すでに学習した内容もあったが,自分で自分の実験器具を作る作業に,目を輝かせていた。
なお,平成23年度は9名が参加し,学芸員の中村氏から,ストロー笛を使った「音」に関するワークショップを行っていただいた。みな,身を乗り出しながら,楽しそうに実験をしていた。
昼食後,館内を回り,自分の課題を見つけていた。
④遺伝子からわかること・・・・
場所:東京大学 人類遺伝学教室 参加人数:20名
講師:東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻
人類遺伝学分野 徳永 勝士 教授
遺伝子を解明すると何がわかるのかというテーマで,お話をいただいた。一見とても難しそうな内容であったが,病気に関わる遺伝子を知ることは治療法のヒントになり,病気へのかかりやすさが予測できるようになることや,集団と集団の遺伝的の近さを知るとこで集団の歴史や成り立ちが分かることなど,様々な分野で遺伝子が活用されていることがわかった。さらに,遺伝子の情報の中に,髪の毛の太さや形,歯の形を決定するものがあるということも知った。アジア人など人種による形質の違いは,遺伝子によって決められているのである。
実習①では,口腔粘膜細胞からのDNA摘出を行った。DNA(デオキシリボ核酸)という遺伝子を含む物質は,細胞の核という部分に存在している。この実習ではほおの内側から簡単なキットを用いてDNAを取り出した。生徒は見たこともないマイクロピペットやチューブを恐る恐る手に取り実験を行っていた。
実習②では個体によるDNAの型の違いを観察した。髪の毛の太さの情報が入っている遺伝子を調べることによって,どこで混血化が進んだかがわかる。つまり,自分たちの祖先が,どこから来たかがわかる。祖先を知るにはミトコンドリアが有名だが,ミトコンドリアは母系遺伝。この口腔粘膜細胞から得た髪の毛の遺伝子を利用することで,父系の遺伝子についても知ることができる。民族がどのように交流して今の日本人ができたかをしる手掛かりとなる。生徒はひとりひとり丁寧に先生から遺伝子の違いを説明してもらった。
なお,平成23年度は選抜による12名が参加した。昨年度よりプログラムも充実し,遺伝子解析の部分は完成に近づいたと考えられる。今後は授業との連携も視野に入れて考えていく時期になった。
⑤動物の足から進化を考えよう・・・・
場所:上野動物園・国立科学博物館 参加人数:8名
上野動物園の動物解説員の小泉氏に講師をお願いし,展示されている動物(オカピ・キリン・クロサイ・コビトカバ・カバ・バーバリーシープ・シマウマ)の足の骨格や,蹄の数に注目し,動物の進化と多様性について学んだ。
前述の動物の歩き方,骨格の場所(肩,肘,膝,踵,手首,足首),指の数を個々で観察,スケッチする。
その後,調べた動物について,発表,話し合いを行った。前足と後ろ足の曲がる部分が,膝なのか,肘なのか,踵なのかと,位置について様々な意見が出た。自分(ヒト)の骨格を確認し,曲がり方の違いから,実際は踵(前足は手首付近)であることが分かったときには,なるほどと目を輝かしている生徒の様子が見られた。実際のキリンの骨格標本を見ることで,肩や腰のあたりにある直接見えない肘や膝の様子も確認することができた。
また,動物による蹄(指)の数の違いや,足の裏の地面に触れている面積の違いについて,動物の生活や捕食の仕方から,理由を考えた。蹄の数と力の加わり方(1年生で学習する圧力の学習),走る速さの違いなど,動物が生活していく上で,効率のいいように進化してきたことを導きだすことができた。最後に本物の動物をもう一度見て,骨格の位置や曲がり方,蹄の数を確認した。
国立科学博物館では,様々な動物の剥製や骨格標本などの展示物を観察し,生物の多様性,進化について確認した。
今回の体験講座では,積極的に水族館や博物館などの展示を見ながら,与えられた課題について考えたり,ワークショップに積極的に主体的に取り組む様子が見られた。また,夏休みの自由研究につなげていた生徒もおり,科学に対する興味,関心はひくことができたのではないかと思う。また各講座で,話し合い活動の場や,問題を解決できるような子どもの思考に沿ったスケジュールやワークシートを用意した。特にテーマ①やテーマ⑤の講座では,生物が様々な環境に適応することによって,多くの種が生まれるという生物の多様性について,目の前にいる生物の体のつくりの違いやその用途から,多様性が生まれた原因について考えようとする姿が見られた。自ら探究する力とまでとはいかないかもしれないが,探究しようとする気持ちは持たせることができたのではないかと思う。
テーマ①や⑤での生物の進化の多様性については,1年「生物の進化」の学習内容であり,2年「動物のくらしとなかま」の内容としても利用できる。テーマ②は3年の「環境学習」や「地球と宇宙」の学習,2年の「気象とその変化」へつなげることができる。テーマ④は3年の「遺伝の規則性と遺伝子」の学習,テーマ③は2年の「電流とその利用」と3年の「エネルギー」へとつながる。また,バックヤードの観察は,キャリア教育として,総合的な学習の時間を使っての展開も可能であり,今後は,学習指導要領を考慮して,中学校3年間を見通した,体験学習のカリキュラムを作成することが必要となる。
今回は,上記の施設を利用したが,テーマによっては,多摩川や東京湾など,川崎市内や学校に近隣を利用するなどの工夫も考えられる。また,そこを活動の場としている団体などと連携をとって,活動することが今後の課題である。
また,この様な体験学習では,プログラムの作成がとても重要となる。企画作り,外部機関との連携を図りながら,学校の実態を踏まえた内容(プログラム)の検討など,実行までに多くの時間と負担がかかる。しっかりと年間計画の中に位置づけ,計画していかなければならない。
本校では,家庭で水族館や博物館など,科学的な機関に行く機会が減っているように思われる。科学に興味を持っても,実物に触れたり,その技術を利用しているものを見たりして,その興味を伸ばせる機会が少ない。やはり,学校が中心となって,このような自然科学に触れる機会を子どもたちに与えていかなければならないと,強く感じた。