文部科学省が実施した全国学力・学習状況調査の結果によると,思考力・判断力・表現力などを問う読解力や記述式問題,知識・技能を活用する問題に課題があることが示された。論理的に考え説明する力が重要な時代であるにもかかわらず,その力が育っていないことも明らかとなった。
実際,生徒の実態を把握するため,中学2年生を対象にアンケート調査を行うと,自分の考えを進んで発表したり,理由を示しながら話し合ったりすることに苦手意識を持っていることが見えてきた。
そこで,日ごろの授業で,生徒の意欲が高まるような教材の工夫と,理由を明確にして自分の考えを伝え合わせる場の工夫を意識して,学び合いのある授業の展開をすることが,思考力,表現力を高めることにつながると考え,数学の授業の中で,「どうして?」といった学習意欲を高める教材の工夫,話し合うために必要な数学的表現(言葉,式,図,表,操作など)を使って説明する中で,「なるほど!」と納得する場の工夫をすれば,数学的コミュニケーション活動が活性化した授業が展開でき,子どもたちの思考力,表現力を高めることができるであろうと考えた。
数学的コミュニケーション活動を活性化させるために次の2つの視点を考えた。
(1) 子どもたちが考えたくなる教材の工夫
(2) 子どもが考えたことを表現したくなる場の工夫
ア 自分の考えを持てる場
イ 他者と比較する場
ウ 他者と練り上げる場
を授業の中の活動の場として設定していく。
三角形の合同の証明問題を条件を変えて問題をつくり変えることで,図形に対する関心・意欲を高め,理解をいっそう深める学習
目標:自分で問題をつくり変えたり,つくり変えられた問題を解くことで,図形に対する関心・意欲を高め,理解をいっそう深めさせる。
この課題の条件の一部を変えて新しい問題を作ってみよう!!
○既習の証明問題の条件を変えると,新しい問題になることを示すことで,その問題の条件の部分に注目させる。
それぞれの生徒が何に注目すれば問題を作りかえることができるかを考える。
○条件の中のどの部分を変えると,問題や図形がどのように変わっていくか「発想」を大切にさせる。
それぞれの生徒が一部の条件を変えた問題を,試行錯誤しながら図に表そうとする様子(図2)がみられた。また,グループ学習の場面では,グループ内で条件が適切かどうかを互いに相談することができた。
○問題のどの部分を変えたのかを図を使って伝え合うことで,周りの考えを受け止め,多くの「視点」を持たせる。
どの条件を変えて,各自がどのような問題を考えたのかを図を使って伝え合うことで,さまざまな視点があることに気づくことができる。
○自分の考えを持って,ペア・グループで話し合うことで,それぞれの「発想」を大切にさせる。
グループ内で自分の考えを伝え,他の考えを聞いた上で,協力し合いながらよりよい問題を作る。また,互いにわからないところは質問をしたり(図3),互いに意見を出し合う(図4)姿が見られた。
その後,グループで作り上げた問題を全体に提示することで,さらに発想が広がり,次時の証明をする場面への意欲につながった。
自分で問題をつくり変えたり,つくり変えられた問題を考えることで,図形に対する関心・意欲を高め,理解をいっそう深めさせる。
過程 | 学習活動 | 時 | 形態 | 教師の指導・ 支援上の留意点 |
評価の観点 | 備考 |
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導入 |
1 既習事項の復習をする。 |
10 | 一斉 | ・既習の定理を確認し,これまでの学習内容を確認する。 |
・定理を言うことができたか(発表) |
カード |
2 前時の課題を振り返る。 |
・問題の仮定と結論を十分に理解させ,課題を振り返る。 |
・前時の学習を振り返ることができたか。(観察) |
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線分AB上に点Cをとり,AC,CBを,それぞれ1辺とする正三角形△ACD,△BCEを直線ABの同じ側につくるとき,AE=DBであることを証明しなさい。
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展開 | 3 課題に取り組む。 |
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課題の条件を変えて,問題を作ってみよう
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・問題の条件の一部を変えることで,図がどのように変わるかを考える。 ・条件を変えたときの図を書く。 |
10 | 個別 |
・各自が自分なりの考えを持って取り組むよう促す。 ・線分→折れ線,正三角形→正方形など例を挙げて課題を把握させる。 ・問題の意図が他に伝わるようにすべきであることを意識させる。 ・条件が変わると図がどのように変わるかを意識させる。 |
・間違えをおそれず,発言ができたか。(観察) |
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4 互いにアイディアを出し合いながら問題を考える。 ・各自の考えを互いに出し合い,どの図を活用するかを話し合う。 ・活用する図の問題文を完成させる。 |
15 | 小集団 |
・それぞれが考えた図をそれぞれに発表させる。 ・出させたアイディアの中からよりいいものをグループで選ばせる。 ・問題文で考えた図ができるかを確認させる。 ・相談しながら問題文を考えさせる。 |
・協力して課題に取り組めているか。(観察) ・図に結びつく問題文をつくることができるか。(観察) |
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5 問題を紹介する。 ・考えた問題を紹介する。 |
10 | 一斉 |
・小黒板に書いたものを黒板に貼り,条件を確認しながら紹介させる。 ・問題からどのような図形が作られるかを発表させる。 |
・他のグループの問題を読み取ることできているか。(観察) |
小黒板 | |
まとめ | 6 問題が変わると何が変わるのかを確認する。 ・問題が変わると図が変わることを確認する。 |
5 | 一斉 |
・問題を変えると図が変わることや証明ができなくなる場合があることなどを理解させる。 |
授業の中で,教材に「視覚化」「操作化」「構造化」を取り入れ,子どもたちが考えたくなる工夫をすることで,生徒の「どうして?」という疑問を引き出すことができたと考えられる。また,互いに考えを出し合うことに対し積極的に取り組める生徒が増えただけではなく,数学的なコミュニケーション活動が高まった生徒も増えてきた。それらのことが「なるほど!」と納得することにつながる手応えを感じることができた。
授業において,子どもたちの思考力,表現力を高めることを目指していきたいと考えるが,その中で以下のような課題があると考えられる。
●さまざまな単元において,教材を工夫する必要があると考えるが,これからの授業作りの上でどのような工夫が有効かを検証していく必要がある。
●数学的コミュニケーション活動を生かすためには,その時々の子どもの発言や思いをしっかりと拾い上げ,他の子どもへとつなげていく必要がある。
1) 金本良通 『数学的コミュニケーション能力の育成』 明治図書 1998年
2) 永田潤一郎 『数学的活動をつくる』東洋館出版社 2012年