2014年11月20日に文部科学大臣から中央教育審議会への学習指導要領の改訂の諮問が行われました。その中で,次回の改訂に向けた骨子が示されましたが,中学校数学科にとって目を引くのはやはり,「アクティブ・ラーニング」ではないでしょうか。そこで,数学科でアクティブ・ラーニングを実践するためのヒントを私自身の授業実践から考察してみました。
アクティブ・ラーニングはもともと大学の授業等で多く使われている用語で,教師による一方的な授業形態と異なり,学習者を能動的な学びへ誘う教授法のこととされています。今回の諮問ではアクティブ・ラーニングを「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習」とした上で,「何を教えるか」という知識の質や量の改善はもちろんのこと,「どのように学ぶか」という,学びの質や深まりを重視することが必要で,知識・技能を定着させる上でも,また,子供たちの学習意欲を高める上でも効果的であるとしています。
アクティブ・ラーニングについて考察してみると,「教師主体」から「学習者主体」への転換,「受身」の学習から「能動」の学習へ等々,2002年の学習指導要領の改訂時に中学校教師の多くが目にしてきた言葉にたどり着きます。
実際,アクティブ・ラーニングについて,教育ジャーナリストの渡辺敦司氏は「必ずしも小・中・高校では目新しいことではありません。「総合的な学習の時間」,あるいは各教科の授業で行っている「言語活動」の学習形態を更に発展させるものだということもできます。」と述べています。(※)
つまり,知識を活用する力の育成には,本来「ゆとり教育」で実現したかった学習者中心の授業スタイル,課題解決型の授業が必要であり,それが今,新しい合言葉のもとで実現されようとしているように感じるのは私だけでしょうか。
ここまでの考察を踏まえると,アクティブ・ラーニングによって従来から求められていた授業スタイルが大きく変わるという認識は私にはありません。しかしながら,現在でも知識伝達型の授業に慣れている多くの教師にとって,学習者主体の授業に抵抗感があるという声はよく耳にします。抵抗感がある理由としてよく挙げられるのは,次のようなものです。
これらについては,私の個人的な意見にはなりますが,学習者主体の授業の成果を上げるためにほぼすべての内容をグループ学習や討論等で実践すれば,授業進度はさすがに厳しいと考えます。やはり,中身のあるグループ学習や討論等を実現するためにも,前提としてICTの活用や反復練習を含めたしっかりと教師の工夫を凝らした基礎基本の定着が前提だと考えています。
ただし,単に詰め込みなのではなく,その時にどんな発問で生徒の興味を引き,生徒ひとりひとりの発言をどうつないでいくか等,アクティブ・ラーニングになるための下地は作れると考えます。
このように述べていくと,アクティブ・ラーニングの実践には,何か確定的な方法論があるというより,エンカウンター,アサーション等により,学級の風土がどのように保たれているか等,教師のコミュニケーションスキルも含めた大きなテーマになってしまいます。実際それらも含めて様々な議論がこれからなされるのだと思います。
前置きが長くなりましたが,アクティブ・ラーニングは全く新しい概念というわけではなさそうです。ただその概念を支え関連するテーマも広いことも分かりました。そこで,この報告ではトピック的に私自身が実践を行っている内容から授業のアクティブ・ラーニング"化"にヒントとなりそうな実践をいくつか紹介したいと思います。
アクティブ・ラーニングを実践するには,まず,学習者にこれからやろうとする内容に興味を持ってもらわなければ,スタートを切ることすらできないのは多くの教師が同感ではないでしょうか?そのために,導入等の工夫はもちろんなのですが,私自身がもっと大切にしていることは,その時間やその単元を通して脈々と流れている「ストーリー」に重点を置いて教材や題材を構想することです。つまり,「導入が終わったら後は普通の授業・・」ではストーリーが分断され生徒の興味はなくなってしまいます。このストーリーは単元のはじめに設定し,できる限り数時間あるいは1年間などのように長いスパンで教師は設定し,ルールとして生徒に意識させることが重要だと考えています。
2学年 4章「図形の調べ方」 5章「図形の性質と証明」
授業全体を仮想の名称「幾何道(きかどう)」というテーマで実践
<設定> 「道場に入門し師範の教えを受けるという設定から始まる。途中から独り立ちし一定の条件を満たすと師範代になる。さらに,クラスメイトに技を伝授することで段位を上げていき,難易度の高い問題も解いていくことにより,最後には奥義継承者になれる。」
生徒は,授業の初期段階が終わると,段位認定原簿(図1)を持つことになる。学習者は自分で証明を書き上げた後,一人ひとり持参し,教師から採点を受ける。そして,合格すれば,この原簿にその問題の指導回数や日にちや解答の正確さなどが記入され,印が押される。学習者同士はお互いの原簿を見せ合いながら刺激をうける。
(図1)段位認定原簿(一部)
また,証明をする際には,自分の考えや,グループでお互いの意見を共有しやすいように,作法図(図2)というツールを開発している。このようなストーリーを生徒に明示することで,生徒にとってハードルが高い完全記述での証明に意欲的に取り組む生徒が目に見えて増えたと感じる。また,ストーリー上で他者との交流を促しているので,自然と協働的な学習が起きやすいと感じている。
(具体例2) 3学年 2章「平方根」
この単元では,生徒のグループ学習を活性化するツールとして,仮想テーマ「知恵袋」を設定しています。
「知恵袋」とは,インターネット上の知恵交流サイトをヒントに開発したもので,タブレットPC等を用いて,仮想の知恵交流サイトを実現してもいいし,紙媒体のワークシートでも授業実践できます(図3)。この教材を使った授業では,「平方根の計算に疑問を感じたある学習者からの書き込みにどう答えていくか」という「ストーリー」で学習者を誘い,協働学習という「場」で生徒相互が学び,練り上げ,表現しあえるような授業デザインをしています。単に,正しい答えがでればそれでおしまいではなく,まさにそれぞれの生徒にとっての「ベストアンサー」を考える活動を通して,自らの理解をメタ的にとらえ直すことで,学習の締めくくりとしての成果を生徒一人ひとりが客観的にとらえることを期待しています。
「イメージ」を利用する効用は様々考えられ,多くの研究成果を目にすることができます。先ほどの,作法図(図2)でもそうですが,例えば,問題に書いてある文章題をそのまま解こうとしてもなかなか難しいです。それは,まず頭の中でその状況を想像する必要があるからです。さらに,思考を進めていくためにはそこで想像したイメージを消したり,動かしたり,様々加工する必要があります。イメージができることは「わかる」ことに密接な関係があることは周知のとおりです。
つまり,教師はイメージを使って学習者に積極的に「考えるための方法」を教えるべきだと考えています。その際役立つ方法として,自分の言葉での「吹き出し」を積極的に生徒に推奨しています(図4)。
私の授業では,ほぼすべての単元で学習プリントを用意し,それらに自分の考えやわかったこと,疑問点等を積極的に書き込みさせています。そして,そのプリントを1つのファイルにまとめていきポートフォリオを作らせています。書き込みによって,振り返りや仲間との意見の交流,さらにはメタ認知に役立てることが期待できます。
そして,最大の目的はこのプリントの蓄積を通して,「世界に1つしか無い自分のためのオリジナル参考書の完成」であると生徒に告げています。これが,授業全体を通じた大きな「ストーリー」にもなっています。
今回の報告では,次回の学習指導要領改訂の目玉となりそうなアクティブ・ラーニングについて,目指されている方向性を確認してみました。そして,アクティブ・ラーニングに向けた授業実践を行う上で,私自身が行っている実践の中から,「ストーリー」と「イメージ」という捉え方で授業を組み立ててみるという実践の一部を紹介しました。
限られたスペースの中でまとめたため,用語の定義や実践のイメージ等分かりにくい点等も多かったのではないかと思います。それぞれの先生が行っている実践の中にこの報告を通して少しでも違った考え方や見え方がお知らせできれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
(参考文献)
Benesse教育情報サイト http://benesse.jp
田村 学(2015)『授業を磨く』,東洋館出版社
佐伯 胖(2003)『「学び」を問いつづけて―授業改革の原点』,小学館
畑木 紀男,山口 有美,山口 晴久(2004)「学びにおけるエンタテインメント性要素を構成する要因のモデル化」,岡山大学教育実践総合センター紀要第4巻p71-p80