私の実践・私の工夫(理科)
<昆虫単元の発展学習> クラス全員でチョウの標本をつくる
~標本づくりは,飼育・観察だけでは得られない学習効果がある~
1.はじめに
児童が展翅板を使ってつくったチョウの標本
3×2cmの紙はチョウの採集場所,日付,採集者名
(今回は展翅者名にしました)を書いたラベル
左:モンシロチョウ 右:スジグロシロチョウ
チョウ(昆虫)の成長過程(完全変態・不完全変態)や形態(頭胸腹・胸に足6本など),生息環境(昆虫のえさ・すみかなど)の考えをもつことができるようにするために,日本の小学校では,飼育・観察を中心とした授業を行う場合が多いと思います。本校のように,昆虫単元の発展学習として「クラス全員でチョウの標本をつくる」という授業を行っている小学校はほとんどないと思います。
私は,つぎに示す仮説をもとに,チョウの標本づくり授業を2クラス全員に行いました。「9歳前後の小学3年生全員にチョウの標本づくり授業を行えば,どの児童もチョウの形態を良く観るようになり,多くの児童はチョウの採集・観察へ意欲をもつようになる。」です。この仮説を具体化していい換えると,3つの意味が出てきます。1つは,標本をつくることで,チョウは怖い,気持ち悪いなど大人から観念的に刷り込まれたと思われる先入観を払拭でき,多くの児童がチョウに興味・関心もつように変容するのではないかということです。2つは,ただ何となく白いチョウを見ていると,その特徴に気づかず,何でもモンシロチョウと思い込んでしまいがちです。ところが,標本にする過程を通すと,翅に黒いすじがあるからモンシロチョウではなく,スジグロシロチョウなのだ,というように様々なチョウの形態のちがいに気付き,確かな目に変わるのではないかということです。3つは,様々な種のチョウの標本をつくることで,それらのチョウはどういう環境にすみかがあるのだろう,自分で色いろなチョウ(昆虫)を採集して確かめてみたい,標本づくりをしてみたいと思うようになるのではないかということです。
この仮説を実証するため,昆虫単元の発展学習として3時間ほど標本づくり(標本づくり2時間・名前を調べて標本箱に収める1時間)の時間を取り,以下のような実践を行いました。その結果,従来行われているチョウ(昆虫)の飼育・観察中心の授業からでは得ることのできない価値ある学習効果を生むことができました。理科授業の参考にしていただければうれしく思います。
2.チョウの標本づくり
チョウの標本をつくるには,展翅板(てんしばん)という道具を使います。展翅板を使ってチョウの標本をつくることを「展翅する,またはただ単に展翅」といいます。チョウの胸に昆虫針(ステンレス製)を垂直に刺し,昆虫針を摘んだまま展翅板中央の溝に垂直に刺します。そのあと,展翅板の両側に乗せておいた展翅テープと板の間にチョウの翅を左右それぞれ挟み,昆虫針を翅の筋の下に引っ掛けながらバランスよく翅を上げ,玉針で留めていきます。玉針を10本程度使いながら,前の翅や後ろの翅全体をバランスよく見てそろえていきます。その際,頭胸腹も展翅板に沿うように直します。最後に触覚を展翅テープに挟んで,チョウの展翅はできあがりです。針を扱うので,児童に対して指に刺さないよう注意を促します。
3.授業の進め方
チョウの模型を使って展翅の指導
TTの協力でチョウの胸に昆虫針を刺す児童
チョウを展翅する児童
標本づくりの指導は,教師一人では無理なので,女子40名学級・同38名学級の2クラスで行う際,それぞれ指導者の私1名とTT8名を配置しました。TTの担当は一人4,5名です。
紙粘土でつくったチョウの標本模型を使って翅の上げ方を教え,翅のない頭胸腹の紙粘土模型で昆虫針(わりばし)を直角(垂直は習っていない)に刺すことを演示。その後,大きなチョウを使い,実物で展翅の様子を児童に見せます。ここまでが,私の指導です。以後TTが指導します。児童から「チョウは死んでいるの」と質問された場合は,命にまで言及せず,「死んでいるよ」とさらっと流すこと(興味のある児童には,いずれ自分でチョウを採集したとき,チョウの胸を押す作業が必要になるのでそのとき教える),名前を聞かれても「後で調べようね」というようにTTにお願いしておきました。予めTTに渡しておいた担当の児童数×2(6頭から8頭)のチョウ(生きたまま冷凍保管したもので,解凍後12時間は柔らかいことを確認済)を児童に配布します。チョウは採集時に三角紙(パラフィン紙で作ったもの)に翅を閉じた状態で包み,冷凍庫で保管しておきます。その三角紙に包んで保管しておいたものを児童に手渡しします。児童は初めてなので,三角紙に挟まっているチョウの取り出しに手間取っていました。中には,チョウに触れない児童もいましたが,周囲の児童が手で摘んでいるのを見ているうちに触れるようになりました。つぎは,チョウの胸に針を直角に刺すことです。怖いといって刺せない児童がいます。これもTTの支援でできるようになりました。その後,昆虫針を使ってチョウの翅の上げ下げを行い,自分なりに翅をそろえることができるようになりました。当初,児童一人1頭展翅するのでちょうどよいのではと考えていましたが,予備のチョウを用意しておいてよかったです。展翅に興味・関心が出て,一人3頭も展翅する児童がいました。
4.展翅授業の成果
児童がつくったヒメアカタテハの標本
展翅テープの上から玉針で留めている
図鑑でチョウの名前を調べている児童
授業の後「チョウの展翅(標本づくり)をして,思ったことを書きましょう。」という問いで,児童に箇条書きをしてもらいました。多い児童は11項目も書いてくれました。幾人かの児童の声を載せます。
- さいしょはぜんぜんチョウもこん虫もさわれなかったけどさわれるようになりました。
- はりを直かくにさすことが少しむずかしかったです。
- チョウのむねを持つと羽がひらくのがびっくりしました。
- めがキラキラするほどたのしかったです。
- もっとチョウのしゅるいをしらべたいです。
- こん虫がいつまでもそのままきれいにのこしておけるからすごい。
- 来年の自由けんきゅうにしたいです。
- チョウをひょう本にすると羽の形や色がよく見れました。
- 来年の夏チョウをみつけてとれたら自分でひょう本にしたいと思います。
- フーといきをかけるとチョウのせなかの毛が「フゥワー」とうごいた。
5.展翅授業前後における標本づくり意欲の変容
したい | どちらでもない | したくない | |
---|---|---|---|
前 | 58 | 24 | 18 |
後 | 88 | 10 | 2 |
標本づくり(展翅)授業を行う前と後で,児童の標本づくりへの意欲がどのように変容したかを78名にアンケート調査したところ,下記のような結果となりました。この表から,チョウの標本づくり授業の効果が90%近くの児童に及ぶことが分かりました。この90%近くの児童は,チョウ(昆虫)採集を自分で行いたいと思っているのです。アンケートの記述をみますと,どの児童も自分なりによい方向に変容しています。どのように変容しているか,いくつか例示しておきます。
したくない→したいに変容
・ 死んだチョウをさわるのはあまり気持がよくないし,はりをさしてしまうのもとてもかわいそうだから。→はじめてひょう本を作ると聞いて上手にできるか心配でしたが,さいしょは先生に手つだってもらいながらやってなれてくると,自分でできるようになったからです。じしんがついたし,もっとたくさんのチョウをひょう本にしてとっておきたいからです。
翅のとがるキタテハ秋型の特徴を
とらえている 展翅標本の絵
児童は良く観ている
展翅をして3週間後,展翅から外して
標本箱にチョウを入れて喜んでいる児童
9割の児童がチョウ採集を希望している
したい→したいに変容(内容が深まっている)
・ よく色いろな所でチョウのひょうほんをみていて,どうやって作っているのがふしぎだったから,いつか作ってみたいと思った。→楽しくてかんたんでいつでもすきな所からみえておもしろかった。理科も大すきでチョウもすきなのでまだまだいろんなチョウを作りたい。
したくない→どちらでもない
・チョウがきらいでさわれなかったから。→私は生きているチョウもまださわれないし,生きているチョウをころすゆう気がないから。(展翅授業直後の感想:私は早く生きているチョウをさわりたいです。)
したくない→したくない(展翅授業直後は好転している)
・虫がすきではないから。→するじかんがないしたのしくなかった。(展翅授業直後の感想:ひょうほんをはじめてつくったけれどたのしかったです。三頭目も作りたかったです。)
6.まとめ
このように,昆虫単元の発展学習として,9歳前後の小学3年児童全員に展翅授業(標本づくり)を行うことは,感性を磨き,不思議さ・面白さなどの好奇心を引き出し,チョウを良く観る素地を培うのに適していることが分かりました。その結果,チョウ好きを増やすことも証明されました。これは,観念的な見方が未発達で,手先が細かく動くようになり始めたこの時期だからこそ得られた成果だと思います。私の考えていた仮説は実証されたといえます。
ここから先は,私の夢です。今後,この興味・関心をもった児童に対し,野外に出てチョウ(昆虫)の採集を行う機会をどう作っていくかです。きっと,継続的にチョウの生息する山や草原などに児童を連れて行けば,中・高生から大人になっても幾人かはチョウ好きな人間として成長していくでしょう。チョウ(昆虫)好きの人間が増えていくことは,自然環境(環境問題)を理解する人間が増えていくことにつながります。チョウ(昆虫)採集や標本づくりを窓口にして,本物の自然に興味・関心をもつ児童が一人でも多く育っていくことを夢見て本稿を終えたいと思います。