授業実践記録(生物)
生物教育における俳句の有効性
1.はじめに
「古池や 蛙飛び込む 水の音」芭蕉の有名な俳句である。この蛙がどのような種のカエルなのか。春に見られ,水に飛び込むことが多い種で,かつそれなりに大きな個体。ニホンアカガエルか?ニホンヒキガエルはあまり水に飛び込まない,ニホンアマガエルは個体が小さいなどなど,俳句のバックにある情景と生物の様子を考えると自然と生物の様子を脳裏に描き出すことができる。俳句の世界において生物の季語は大変重要で,この季語を「生物季語」と私は呼んでいる。多くの俳人達も生物季語を使って有名な俳句を世に残してきた。生物季語が用いられた俳句は短い文の中に生物の生態や特徴が凝縮され,かつ日本人の視点でとらえられているため生態的特徴が分かり易い。季節ごとや単元ごとに登場する生物を,俳句を通して紹介し,生物の特徴や面白さを伝えることは実物を見た以上にその生物を理解し認識することができると考えている。幅広い視野で生物の学習を行うためには教科横断的な考えが必要であるが,俳句はその例に漏れず生物の授業で用いることはおおいに意義のある教材と考えている。特に以下の4点は生物の授業で俳句を扱う有効性として重要視している点である。
特に日本人の自然観は様々な教科にリンクし,国語や理科における知識も含め,命の大切さや生きる大切さを感じる上で最も重要な要素と位置付けている。自然との接点が希薄になる現在,日本人の自然観を再確認することは生物という教科にとって大変意味深いことである。
2.なぜ生物に俳句なのか
俳句は生物の生態的特徴を短い短文の中に凝縮している。従って,非常に分かり易い形で生物の生き様を感じとることが可能である。四季変化の激しい日本ならではの季節的変化も同時に感じ取ることができる。さらに,日本人独自の自然感を味わえ,生物学にとって最も重要な観察眼を養うことができる。
3.生物歳時記の授業展開
生物季語を用いた俳句を集めたものを「生物歳時記」と私は呼んでいる。生物歳時記は毎回プリントで配布し,授業の最初の10分を使い,季節に即した生物季語を選んで句を紹介する形をとっている。特に授業に用いる観察材料などの生物を紹介するとより一層その生物の認識が強まる。また,生徒に生物季語で俳句を詠ませ,その中の良い作品に関しては授業で紹介し,作品を生徒に紹介させるレクチャーを行うとよりアクティブになる。
4.参考俳句
以下に授業で紹介している句を2つほど紹介する。解説は省くので生物の生態的特徴から句の意味を連想して頂きたい。
<生態的特徴>
○4月(春)の季語
○寒い時期は触手が伸びない
○温かくなるにつれて触手が伸び餌を取り始める
<生態的特徴>
○6月(夏)の季語
○皮膚呼吸も行うが基本肺呼吸
○呼吸のため水面に時折浮上し,空気を吸う
5.生徒作品
以下に生徒が授業で詠んだ句を2つほど紹介する。これも解説は省くので生物の生態的特徴から句の意味を連想して頂きたい。
<生態的特徴>
○3月(春)の季語。
○花弁は赤色で目立つ色(緑色と補色関係)。
○香りがしない。
○鳥媒花で冬に咲く(特にメジロやヒヨドリ)
<生態的特徴>
○7月(夏)の季語
○寿命は2週間弱である
○寿命の尽きたセミは地面に落ち,体力が次第になくなり死ぬ
6.授業アンケート
生物歳時記を用いた授業を5段階で評価(5:とても 4:まあまあ 3:ふつう 2:あまり 1:全く)で以下の項目(表参照)についてアンケートを行った。(N=219)
その結果,生徒は生物歳時記をプラスの教材ととらえ,積極的に学んでいこうとする姿勢が見てとれた。実際に学んでいく中で楽しさを感じ,今後も学びたいという意欲が引き出され,生物歳時記は生物という教科を好きになる手段となりうることが示唆された。
アンケート項目 | 評価(%) | ||||
---|---|---|---|---|---|
5 | 4 | 3 | 2 | 1 | |
生物歳時記は楽しいか | 28.3 | 51.6 | 16.0 | 4.0 | 0 |
生物歳時記の俳句は理解できるか | 51.6 | 36.5 | 9.6 | 2.3 | 0 |
生物歳時記で知識・幅が広がったか | 50.2 | 33.8 | 9.1 | 8.7 | 0.9 |
生物歳時記を学び,生物という科目に向ける目が変わったか | 24.7 | 36.5 | 27.9 | 9.6 | 1.4 |
今後生物歳時記を続けて欲しいか | 49.8 | 42.0 | 14.2 | 2.3 | 0.9 |
7.生物歳時記の有効性
生物歳時記の有効性として以下の4つの項目を挙げることができる。
①幅広い視野で生物を見る手助けとなる。
②生物観察のポイントが分かり易くなる。
③教科横断的な視点で国語との関連性を保ちながら授業展開が可能。
④用いる観察材料に即した俳句を用いることで自然におけるその材料の生き様を感じさせられる。
生物という学問は生き物を見つめ,自分を学ぶ学問である。多くの先人達は俳句を通してその重要性と素晴らしさを後世に残してきた。この世界で最も短い詩型の中に込められた生物の生き様を授業で扱うことは日本人の大きな特権であろう。