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授業実践記録(生物)

花の形態形成に関する進化の視点をもった授業展開

東京都立西高等学校 渡邊 正治

1.はじめに

筆者は2005年度に東京都の長期派遣研修生として東京学芸大学附属高等学校で授業研究をする機会を得た。指導教官の先生から敷地内の植物を説明していただいているときに,枯れ落ちた葉が積もっているところがあった。よく見ると,その枯れ葉に種子がついていることに衝撃を受けた。枯れ葉の正体は,アオギリの果皮であった。これは,植物の進化を考えさせる教材として非常に優れていると感じた。発展的な学習として「花のABCモデル」にまで踏み込んだ授業を行ってもよいという指導教官からの勧めもあって,アオギリの果実の観察からABCモデルへと繋げる授業展開を考えた。観察そのものは非常に簡単であるが,最先端の分子生物学にまで掘り下げることができるため,扱う内容の深さを加減することで,どのような学校でも実施できる。

なお,観察材料として,エンドウ,バナナ,オクラの果実も扱っているが,これについては,岡崎惠視らの著書『花の観察学入門』を参考にした。

2.授業の流れ(授業時間50分)

(1) 導入:目標の明確化

生徒が生物実験室に入ってくると,そこには,種子の付いたアオギリの果皮(図1),エンドウ,オクラ,バナナの果実が並んでいる。生徒たちはそれらを興味を持って眺める。何人かの生徒は枯れ葉に種子がついていることを不思議に感じて班員と話し始める。ここから授業開始である。授業中の解説は全てスクリーンに投影されたスライドで行う。

まず,モデル植物として最もよく用いられるシロイヌナズナを紹介する。そして,花の4領域が全て葉の構造になっている変異体の写真を提示し,この変異体がなぜ生じたかを説明できるようになることが,本日の目標であることを明示する。

図1.種子の付いたアオギリの果皮

(2) 展開1:「花は進化の過程で葉が変化したものである」という概念の獲得

まず最初の謎解きは,種子の付いた“枯れ葉”は何なのかということである。班ごとに議論させると,いくつかの班からは枯れ葉ではなく果皮だという答がでてくる。そこで,花と果実の基本構造と各部の名称を生徒に答えさせながら確認する。

続いて,生徒たちはエンドウの果実を開いてみる。図2の下のような開き方をすると,種子が縁に並び,先ほど枯れ葉かと思ったものが果皮であることが理解できる。さらに,エンドウの果実の表皮を顕微鏡で見ると図3のような気孔が観察でき,文豪ゲーテが1790年に著書『植物変態論』で唱えた,葉が変化して花ができたという,植物の進化を実感できる。ただし,気孔については,50分の授業では生徒に作業させる時間はとれないので,教師用顕微鏡での提示にしている。50分2コマ連続の授業なら生徒に観察させることも可能かもしれないが,タマネギの表皮のように簡単には剥がれないので,かなりの時間をとられるであろう。

アオギリとエンドウの果実については構造の比較をしながらスケッチを描かせる。

図2.エンドウの果実の構造 図3.エンドウの果実の気孔

雌しべを形成する葉が変化したものを心皮と呼ぶ。雌しべの子房が受精後に果実になるのだが,1つの雌しべが1枚の心皮からできているとは限らない。複数の心皮が合わさって1つの雌しべを形成しているものもある。

果実の中に,種子の入る部屋がいくつあるのかが,雌しべを形成する心皮の数に対応している。授業では,『花の観察学入門』を参考に,バナナとオクラの果実の断面も観察させている。バナナは輪切りにしたものを生徒に配る。皮の周りから指で軽く押してやると,3つのブロックに分かれ,3枚の心皮からなる雌しべであったことが分かる(図4)。オクラは果実の断面を見ると5枚の心皮からなる雌しべであることがわかるが,たまに,種子の入る部屋を6部屋もつものも見られる。はじめに紹介したアオギリは5枚の心皮からなる雌しべで,果実の成熟過程で子房ごとに分かれる分離果である(図5)。アオギリは樹高がかなり高くならないと花を咲かせないので,手の届く高さに果実はできない。落ちている果実から,図5のように5枚の果皮がバラバラにならずに残っているものを探すのは大変なのだが,なんとか1つは手に入れて生徒に提示したい。

以上の観察によって,生徒たちは「花は進化の過程で葉が変化したものである」という概念を,実感をもって獲得することができる。

図4.分離させたバナナの果実 図5.アオギリの果実(全体)

(3) 展開2:花の形態形成の理論を学ぶ

展開2ではスライドを使いながら,カリフォルニア工科大学マイロヴィッツ研究室のボーマンらによって1991年に示されたABCモデルについて基本的な考え方を学ぶ。まず,シロイヌナズナの野生株で花の4領域について確認し,ABCモデルのアイデアに繋がった3つの変異体を示す。3つの変異体については,啓林館『生物』の209頁にとても良い写真が掲載されているので,そちらをご確認いただきたい。そして,どの領域にどのような変異形質が現れているのかを整理し(表1の①~③),それらが,ABCモデルのどの遺伝子を欠損している変異体なのかを考えさせる。

表1.シロイヌナズナにおけるABCモデルの遺伝子欠損変異体の表現型

領域1 領域2 領域3 領域4
がく片 花弁 花弁 がく片
めしべ おしべ おしべ めしべ
がく片 がく片 めしべ めしべ

なお,上記の①は遺伝子Cの欠損変異体であるが,領域4は正確には「がく片,花弁,花弁」の構造を二次花,三次花と繰り返す。詳しくは,町田泰則,他監修『高校生物解説書 植物編』を参照されたい。

(4) まとめ

授業のまとめとして,目標に戻る。「上記の表の④の変異はどのようにして生じたと説明できるか。進化の過程を踏まえて40字以上の文章で説明せよ。」という問いに対する答を,班の中で討論しながら文章にまとめていく。

展開1の観察を通して,葉から花への進化という概念が形成されているので,8割以上の生徒が,「花はもともと葉だったので,遺伝子A,B,Cの全てが働かないと葉になる。」というような解答を書いてくる。しかし,転写調節の授業がしっかり頭に残っている生徒の何人かは,「遺伝子A,B,Cの上位に位置する転写制御因子の遺伝子が働かなくなったから」という解答をしてきた。実際に起きていることとは違うが,授業で示された結果だけではこの考え方が出てきても無理のないものであり,想定を超えた解答をしてきた生徒の思考力にも感心させられた。

3.おわりに

共通祖先から進化してきた生物には共通性と多様性が見られ,進化の視点をもって生物を観察して考察する態度と能力の育成は,生物教育における重要な目標の一つである。花のABCモデルは,高等学校「生物」の教科書では植物の器官形成の項目で扱われている。しかし,ここに進化の視点を持ち込むことで,ストーリー性のある授業を展開することができる。他の分野においても常に進化の視点を持って,ストーリー性のある授業を展開していきたい。また,かつてはブラックボックスであった,様々な生命現象の起こるしくみが,分子レベルで解明されつつあり,生物分野の教科書に占める分子生物学の割合が増えている。このような時代であるからこそ,表現型を見るという実物の観察を通して分子生物学の理解をも深めていくという授業展開を,これからも模索していきたい。

4.参考文献・引用文献

  • ・岡崎惠視・橋本健一・瀬戸口浩彰(1999) 『花の観察学入門-葉から花への進化を探る-』,培風館
  • ・本川達雄・谷本英一 編(2012) 『生物』,新興出版社啓林館
  • ・町田泰則・岡田清孝・山本興太朗 監修(2014)『高校生物解説書 植物編』,講談社
  • ・塚谷裕一(1995)『植物の<見かけ>はどう決まる-遺伝子解析の最前線』,中央公論社