授業実践記録(数学)
Do★MATH同志社中学校数学博物館の紹介と自由研究のすすめ
1.はじめに
本校は,2016年5月,メイン校舎内のオープンスペースに「Do★MATH 同志社中学校数学博物館」を開設しました。長年,OECDが実施している国際学力調査PISA等で日本の中高生の数学・理科への興味・関心の度合いは低いという現状が報告されています。私たちは,学校の中で,授業以外の場面でも気軽に数学に触れ,概念や法則を楽しんで理解することで数学への興味・関心を高めてほしいという思いで本博物館を開設しました。数学の概念を説明するパズルやゲーム,生徒の授業・自由研究での発表物を中心に,休み時間,放課後も日常的に展示,活用することで,数学の理解度と興味・関心を高めることをめざしています。
今,以下のスタディモデル(ラーニングピラミッド)が話題になり,さまざまな場所で紹介されていますが,数学の学習・理解も講義を聴くだけよりも自分が説明したり,体験したりするほうがより理解が深まります。私自身も「展開・因数分解パズル」や「自然数の2乗の和のモデル」など自分でいくつかの展示物を作ってその公式の具体的な意味を理解できました。
また,過去の中学生の自由研究作品を見たり読んだりすることで,数学への興味が湧き起こる場合もあります。私たちがそれらを授業,生徒の作品集,掲示などで中学生に紹介することは数学学習へのモチベーションを高めるのにたいへん有効なとりくみです。
教員自身がテーマを持って調べたり,ご自分でモデルを作ってみることをあらためておすすめします。
2.展示物の紹介と自由研究
(1)概要
本校は教科センター方式と呼ぶ学校運営方式を採用し,全教科が教科専門教室を持っています。数学科は6つの数学教室と教科オープンスペースである数学メディアスペースを持ち,徐々に生徒の自由研究作品,教材の展示を充実してきました。2階,3階にある数学メディアスペースを中心に,数学ゾーンにあるさまざまな展示を「Do★Math 同志社中学校数学博物館」と呼び,算数・数学の魅力を発信しています。
最初は,さまざまな教具・学習資料,生徒作品の展示を置き始め,博物館として展開する方向性を探り,展示内容の充実をはかってきました。Panasonicリスーピアや東京理科大学数学体験館他,国内外の数学博物館(とくにドイツの数学博物館「Mathematikum」の展示が充実しています),科学博物館の展示を研究しました。展示物の多くは本校教員と生徒が作成したものですが,教具として購入したものや国内外の博物館から購入したものもあります。
また,主な展示は中学生の学習内容を対象としたものですが,2のn乗の展示や自然数の総和,奇数の総和の模型など小学生でも直感的に理解できるものもあります。また自然数の2乗の総和公式 n(n+1)(2n+1),二項定理,フィボナッチ数列,クラインの壺など高校生,一般向けの展示物も紹介しています。
(2)主な展示物の紹介
いくつかの展示物を紹介します。
(a)『ピタゴラスの定理パズル』
最初に作って展示したのが,ピタゴラスの定理(中学3年生で学びます)をパズルで遊びながら理解する教具(木製)です。元々は,生徒が夏休みの自由研究で制作したものが1台あり,それを見本にしながら教員が材料をホームセンターで購入して作りました。このパズルはピタゴラスの定理を一目瞭然に証明しています。
美術に興味のある方はラファエロの「アテナイの学堂」という作品をご存じでしょう。数学メディアスペース(本校3階)に展示しております。その絵の左下に,研究しているピタゴラスが描かれています。
(b)『正四面体は2等分できる?』
下の写真のようなピンクと紫,2つの合同な立体があり,これを組み合わせて右の写真のような正四面体を完成することができると思われるでしょうか?
答えは「必ずできる!」です。もし正四面体の形をしたケーキがあれば,正確に2等分して食べることができるということです。が,実際に組み合わせて正四面体を作ることは初見ではなかなかできません。図のような形に,正四面体を2等分できるとはとても思えないからです。紙と鉛筆で説明することは可能ですが,実物を見ないと納得できないものの一つです。作ってみれば一目瞭然です。ホームセンターで発泡スチロールの球を購入して接着,着色して作成することができます。
(c)『そろばん(算盤)/ ものさし』
計算に関する道具も時代の発展につれて,変化してきました。
電卓は現在,廉価で普及しまたwebでも手軽に利用することができますが,電卓が一般に普及したのは遠い昔ではなく1970年代です。それまでは計算尺が普及しており,中学校や高等学校のカリキュラムに組み込まれていた時期もありました。映画「アポロ13」で,NASAのコントロールセンターで軌道を計算するために計算尺が用いられる場面があります。本稿では紹介しておりませんが,本校にも教員の説明用の計算尺があります。計算尺の原理は対数ですから,計算尺のしくみを調べてみるのもおすすめです。
携帯そろばん(算盤)
そろばんは,元々中国から伝わり,日本で独自に発展した計算補助用具です。ここでは,20世紀前半に使用された携帯用の製品を展示しています。胸ポケットに入れられるサイズで,メモ用紙もついています。(寄贈)
竹製ものさし
これも20世紀前半に使用されたものです。竹製ものさしには,一方は「cm」の表示が入り,他方には「鯨尺」と呼ぶ木造建築や和裁で使用される特別な「尺」の単位が記されています。
「鯨尺」では1尺は約38cmとなっています。一般に使用された尺(1尺は約30cm)と違う単位です。(寄贈)
海外のものさし
断面が三角形,平行四辺形,長方形のカラフルな木製ものさしです。デンマーク製です。(購入)
「素数ものさし」(竹製)は,目盛りに素数のみを記しているところが特徴です。2012年に京都大学不便益システム研究所が開発しました。(購入)
ものさしに限ったことではありませんが,日本の数学・科学の教科書はその歴史を学ぶ内容があまり多くありません。自由研究で,人類の自然認識の発展や技術史に触れる機会を得てほしいと思います。
(d)『自然数の2乗の合計』
52までの合計のモデル
モデルを3セット合体したもの
自然数の2乗の和は,高校の「数列」という単元の学習内容です。下記がその公式です。
12+22+32+…+○2
=1+4+9+…+○2
= ×○×(○+1)×(○×2+1)
これを立方体の個数で表してみたのが,この模型です。(写真 上)この模型は,52までの合計のモデルにしたので,⑤という数字に注目してください。
模型を3セット合体すると,写真(右)のようになります。6セット合体すると写真(下)のような直方体になります。
このとき,6セット全部の立方体の個数は,
タテ=⑤ ヨコ=⑤+1 高さ=⑤×2+1
となります。⑤を○に直すと,公式ができます。ホームセンターで材料を購入し,作成しました。実際に作ってみると,公式の各項が意味を持っていることがよくわかります。
モデルを6セット合体したもの
(e)『誕生日当てゲーム』
2進法のしくみを活用したのが,この誕生日当てゲームです。数字の書かれた5枚のカードNo.1~5があり,そこには1から31までの中で16個ずつ数字が書かれています。そして,相手に自分の生まれた日付のあるカードを全て選んで教えてもらうだけで,誕生日を当てることができるのです。
種明かしをしましょう。それぞれのカードの左上には,No.1から順に1,2,4,8,16と書いてあり,日付のあるカードの左上の数字を足せば生まれた日付になります。これは,1と2の乗数のみを使って,和の形であらゆる自然数を表すことができるという性質を使っています。この性質を理解すれば,小学生でもカードを作ることができるようになります。本校ではその原理である2進法を中学1年生で学んでいます。2進法を学んだ中高生におすすめの製作物です。この掲示は授業用教具として作成しました。
(f)『立方体パズル』
3次式の展開・因数分解
(x+y)3=x3+3x2y+3xy2+y3
を立体的に説明しているパズルです。
xまたはyの辺の長さを持つ4種類の立体(その体積が,x3,x2y,xy2,y3)を組み合わせて,一辺x+yの立方体ができます。
3次式の展開・因数分解は式変形だけでは,具体的なイメージがわきにくいのですが,このように立体模型で考えてみると式変形が何を示しているかが一目瞭然です。
これはホームセンターで板などの材料を購入,作成しました。私は木製で作りましたが,発泡スチロールなどで作ることも可能です。
(g)『2のn乗』
21,22,23から236までの数値をさまざまなもので表した展示です。最初のほうは,ビー玉や米粒をその個数分を実際に瓶に入れて展示していますが,値が大きくなるとイメージ写真で展示しています。米粒は一合(150g)が約6500粒ということがインターネットで調べてわかりました。一部(2の20乗から30乗)を紹介します。
20乗 - 104万8576 | エクセル画面の行数 |
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21乗 - 209万7152 | 長野県の人口209万人 |
22乗 - 419万4304 | 宇宙最速の白色矮星「US 708」,420万km/時 |
23乗 - 838万8608 | ブラジル国土851万km2 |
24乗 - 1677万7216 | オランダ人口,約1700万人 |
25乗 - 3355万4432 | 錦織圭さんの年収3350万ドル(フォーブズ2016長者番付) |
26乗 - 6710万8864 | NASA深宇宙探査向けに高度ソーラー電気推進システム6700万ドル |
27乗 - 1億3421万7728 | 世界で1年間に産まれる子ども約1億3000万人 |
28乗 - 2億6843万5456 | 世界の食肉生産量2.7億トン(豚・鶏・牛 FAO 2013) |
29乗 - 5億3687万0912 | カンブリア紀 5億5千万年前-5億年前 |
30乗 - 10億7374万1824 | Lenovo 10億7000万色表示できるテレビ |
この展示は,ドイツの数学博物館「Mathematikum」にあったものを参考にして作りました。「Mathematikum」では,すべてを「g(グラム)」単位で統一して,ショーケースのような棚に展示してありました。
自由研究では,このように具体的な展示物を作ったり,絵本のような作品に仕上げることをおすすめします。上記のように,その数に合った事例を見つける作業が数学を楽しむ時間になります。
3.まとめ
中学生は,平常の授業の合間の移動時間,お昼休み,放課後などに活用しています。
(1) 展示を見たり,具体的な操作活動を行うことによって,数学の法則,定理を理解していく一助になっています。教員が展示物を教具として活用したり,発展学習の内容を展示しています。
(2) 例えば,展示されている鉄道のダイヤグラムを見て夏休みの自由研究で作成し,グラフ,一次関数に興味を持つなど,自分の関心のある分野から数学への動機づけができています。
今後は,展示物の一層の充実を図り,現在年2~3回実施している学外の方(小学生・保護者)向けの見学会を継続していきたいと考えています。
私が学校の中に博物館を作ろうと思ったのは,以前,台北市にある成功高級中学内の蝶の博物館を訪ねたことがきっかけでした。観光案内に載っていたので行ったのですが,建物の1フロアがほぼすべて蝶のコレクションでした。この学校の教員の方が研究,収集されたものが展示されていたのですが,学校に博物館があったらいいなと思いました。
学校が生徒たちに学ぶことの楽しさ,おもしろさを伝え,そして自由研究を含む学びを啓発,発信する場所であり続けたいと思います。