授業実践記録(理科)
ウニの発生
1.はじめに
中学理科における発生の授業は,日本が誇る分子生物学の初歩である。生命の発生には化学反応が深く関わっている。また,ヒトもまた1つの受精卵から発生し,現在の自分があるのもこのような発生の過程を経ているからだと,生命の大切さを生徒に実感させることができる分野といえる。しかしながら,ウニの発生を長期間観察するには,採卵・採精から培養まである程度の技術と機材が必要であり,映像資料などで授業をすることも多くなっている。
そこで,今回の授業実践ではバフンウニの受精から培養までを実施し,次の3点に重点を置いた。(1)生徒全員が自分のポケットの中でウニを培養することで,特別な機材がなくても実施できること。(2)自分で育てているウニを観察することで「生き物」と実感し,生徒がウニの発生により興味・関心をもつこと。(3)高校の生物とのつながりを考え,発生には化学反応が深く関わっていると生徒に実感させること。
2.生徒の実態
本校は奈良県唯一の県立中高一貫教育校であり,平成26年に青翔高校に併設された。高校は文部科学省から2期目SSHの指定を受けている。そのため,科学に関心のある生徒が多く,中学1年生から学会発表する生徒がいる。今回は中学2年生39人を対象に行った実践を報告する。
3.目的
ウニの発生段階を実際に観察し,精子誘引の仕組みと受精,培養温度が発生に与える影響をとおして,発生には化学反応が深く関わっていることを生徒に理解させる。
4.実践方法
(1)材料
バフンウニ,ポケット培養のチューブ,ケイソウ(キートセラス・カルシトス)はお茶の水女子大学海洋教育促進プログラム「海からの贈り物(ウニ)」から提供していただいた。ポケット培養の方法もご指導していただいた。
(2)実験
① 第一回 受精およびゼリー層に精子が誘因される現象の観察
[受精の観察]
1.未受精卵をホールスライドガラスにとる。顕微鏡のピントをあわせ,そこに海水で希釈した精子溶液を1滴加える。再度,ピントを合わせる。
2.精子が動き,卵によっていく様子を観察する。
3.受精膜が,精子の侵入した一点(受精丘)からでき始め,卵を一周するように形成される様子を観察する。
[ゼリー層の観察]
1.受精の様子を観察したのち,班で生徒になぜ,精子は卵の位置がわかるのか考えさせる。まず,個人で考え,記述し,それをもとに班で話し合う。
2.10倍に希釈した墨汁を未授精卵の入ったホールスライドガラスに1,2滴たらす。
卵と海水の周りに墨汁がない部分(ゼリー層)があることを確認する。
3.未授精卵を試験管などにいれ,攪拌し,ゼリー層を卵から遊離させる。
4.ゼリー層だけをホールスライドガラスにとり,ゼリー層にピントを合わせる。再度,ピントを合わせ,精子溶液を1滴加え精子の動きを観察する。
5.精子は卵がなくてもゼリー層に寄っていく様子から,精子を誘引する物質がゼリー層に含まれていると気づかせる。体外受精でも同種で受精する仕組みがあると気づかせる。
6.再度,精子は卵の位置がわかるのか考察させる。まず,個人で考え,記述し,それをもとに班で話し合う。
[ポケット培養の準備] お茶の水女子大学海洋教育促進プログラムより
1.受精卵を5,6個,ppチューブ(容積約12mL)に入れ,ろ過海水で満たす。
2.制服のポケットなどにチューブを入れる。こうすることで,温度が一定に保たれ,生徒が動くことで穏やかに攪拌される。インキュベータや攪拌機は不要になる。
3.生徒のppチューブの幼生が死んでしまった場合に備え,予備の幼生を培養する。
500mLビーカーに約300個ほど受精卵をいれ15℃で培養する。卵の密度を下げることで,攪拌しなくてもよい。ビーカーは15℃のインキュベータに入れる。
4.これから,放課後2,3日に1回,生徒のppチューブの海水を換え,ウニの発生の過程を観察する。口が形成されるプルテウス幼生になったら,エサ(キートセラス・カルシトス)を与える。1カ月ほどで変態する。ppチューブに藻類のついた板を入れ,変態させる。
② 第二回 プルテウス幼生の観察(受精から3~5日後)
1.各自のppチューブのプルテウス幼生を顕微鏡で観察する。
2.15℃で培養したビーカーのプルテウス幼生を観察する。
3.ppチューブとビーカーのプルテウス幼生の成長を比較するとppチューブのほうがやや早いことに気づかせる。まず,個人で考え,記述し,それをもとに班で話し合う。
ポケットに入れているほうが,培養温度は高いため,ウニの体内の化学反応が早く進むことに気づかせる。
5.実践結果
(1)生徒の考察
① ゼリー層の役割について
生徒は,ゼリー層とゼリー層に精子が寄っていく様子を観察したことから,ゼリー層に精子を誘引する役割があると全員が班の話合いの後には気が付いた。実験プリントは各自で提出するので,精子と結合する糖タンパク質がレセプターとなり,それがゼリー層にあることを調べた生徒もいた。
体外受精でも同種で受精する仕組みを考えることで,化学物質が発生には深く関わっていると学ぶことができ,高校や大学の生物学へつなげることができる。
② 培養温度と幼生の発生速度の違い
ポケットに入れたほうが,温度が高いため,早く発生することから,化学反応と温度が発生に関わっていると生徒は理解することができた。
また,生体内の化学反応には酵素が関わるため,高校での酵素のはたらきについての考え方を示す教材にもなる。
(2)生徒へのアンケート結果と感想
① アンケート結果
問1「今回の内容は自分なりに理解できましたか」 問2「今回の内容はためになりましたか」 問3「今回の内容は自分の知識を高めるのに役にたちましたか」 問4「ウニの発生につてさらに調べてみたいと思いましたか(もしくは調べた)」 問5「今回の実験から,自然科学への興味・関心が高まりましたか」
の5つの質問に対して,5段階で回答を得た。「できた」「どちらかといえばできた」の2つの回答を肯定的な回答とした。その結果,問1~3と問5は全ての生徒が肯定的な回答であった。問4は96%が肯定的な回答であった。
② 生徒の感想
・ウニを育てるには温度に配慮しなければいけないので,難しい。 ・ポケット培養を通して,幼生の時期は外部環境の影響を受けやすいので命について考えた。 ・肉眼でもチューブの中で幼生の動いている様子が見られて,生き物なのだと思った。 ・ゼリー層の化学物質が精子をおびき寄せるとは,おどろいた。 ・海水に洗剤や重金属がまじっているとどうなるのかと思った。
6.まとめ
生徒が受精から培養までを,自分のポケットで行い,継続して観察ができたことで,生徒の理解は高まった。また,中学ではウニの詳細な発生段階は教えていないが,実際に観察したことで生徒は発生段階を高校レベルで理解することができた。ゼリー層のはたらきと温度による幼生の発生段階の違いについて,班でも活発に議論をしていた。
アンケート結果から,本実験は中学生には高度であったが,理解し,知識を高め,さらに自然科学への関心が高まったこともわかった。実際に,実験プリントを提出する際に,自発的にウニの発生について高校・大学レベルの情報を調べた生徒が多数いた。また,ウニの発生に化学物質が影響するならば,人工的に化学物質を添加すると,どうなるのかと考えた生徒もおり,探究活動を経験させる導入実験として適切であると考える。
評価についてはここでは記述しないが,生徒の実態と教育目標を踏まえて観点別に評価した。