授業実践記録(理科)
物質の"粒子概念形成"を目指した実験の工夫
Ⅰ.はじめに
"粒子"の基本的な概念形成は,中学校1年化学分野の柱である。小学校5年の「もののとけ方」では,水に溶けている状態を,目には見えないが物質が存在することをイメージする学習を行ってきたが,"粒子"として物質を扱うのは,本単元が初めてである。粒子モデルを使って現象を説明する段階を経ることにより,中学校2年の学習において,物質やその変化を記述・理解する上で,原子を表す世界共通の記号を用いることが有効であることを実感することができる。中学校における粒子概念を系統的に形成していくための大切な導入として,実験・観察を通して状態変化や溶解を粒子モデルで表し,科学的に捉える見方・考え方を身につけていくことを大切にしていきたい。
本時では,ろ過という実験操作を通して水溶液中の粒を粒子モデルで表すという学習を展開する。肉眼では見えない粒にも大きさがあり,その粒は種類によって違うことに気づかせることで,2年生の「化学変化と原子・分子」の学習につなげていきたいと考えた。本時の前に,「白い物質を見分けよう」という実験を行った。白い物質を見分ける方法を様々挙げさせると,「加熱させること・水に溶かすこと・温度変化させること・水に溶かして液性を調べること」などが出てくる。液性については,小学校の学習の印象が強く,「中学校でもっと学習したい内容」として多数の生徒が挙げている。新学習指導要領において,「水溶液の性質」は3学年「水溶液とイオン」に移行したため,当分出てこない内容である。しかし,生徒から出された方法をいかし,これから多くの実験で"調べる方法"を考えさせていく中で,最初の段階で知識を得ていくことは,考える引き出しを増やすことになると考え,紹介し扱うことにした。
Ⅱ.単元の目標
1.身のまわりの物質に目を向け,物質が粒子でできていることに関心を持ち,実験・観察やモデル化に意欲的に取り組むことができる。
(自然事象への関心・意欲・態度)
2.観察・実験したことを粒子モデルでかき表すことができる。
(科学的な思考・表現)
3.物質の性質や状態変化,溶解についての実験の基本操作を,正しく安全に行うことができる。
(観察・実験の技能)
4.身のまわりの物質の状態について,粒子モデルを使って説明することができる。
(自然事象についての知識・理解)
Ⅲ.指導にあたって
1.教材について
私達の生活は,科学技術の発展の上にある。普段使っている全てのものは,原子という粒からできており,化学変化を起こすことによって多種多様の物質が誕生し,科学技術の進歩によって私達の生活はより多様で便利になっている。私達は日常生活の中で物を購入する際に,何で作られた製品なのかを自然と見る習慣が身についている。今回の学習指導要領で加わったプラスチックの学習では,身近な製品に記載されている"PP,PET,PE"などの性質を調べる。普段の生活の中で,物質が粒子からできているという認識はないが,物質を作っている粒子について学ぶことは,私達の生活で使われている物質への理解を深めることにつながる。更に,これから学習する他分野にもつながる科学の基礎となる単元である。
2.指導について
小学校5年で学習した「溶質を水に入れると,目には見えないけど水溶液中に存在する」ことについて,食塩が水に溶けている状態(食塩水)を図に表すレディネステストを行ったところ,無記入や食塩水全体の塗りつぶし,粒を下の方に多くかいた生徒が多く見られ,"均一"という散らばりを意識してかいた生徒は3割程度であった。
本単元の目標と生徒の実態を考慮し,次の3点に留意して指導を行った。
- (1)物質は粒からできているという前提のもと,単元を通して実験したことを粒子モデルでかき表すことを継続していくことで,粒子概念形成を図る。
- (2)物質の状態を常に意識しイメージさせながら,班で話し合い実験する場面を設定することで,微視的な見方・考え方を培う。
- (3)実験・モデル化したことがいかされている事物・現象を紹介したり気付かせたりすることで,学習したことを日常生活に結び付けて考えようとする姿勢を養う。
一人ひとりがイメージしてモデル化することを大切にするとともに,実験で起きている現象を班ごとに共有する活動を通して,仲間との話し合いから自分が持っているイメージが更に深まり具体的になっていくことを実感させたいと考えた。
予測・考察の場面では,目には見えない粒をイメージし粒子モデルで表す場面を設定する。また,班ごとに実験経過を注視させながら現象について話し合わせ,実験中に起きている現象も粒子モデルで表させる。個人実験も取り入れて一人ひとりに結果を確認させて持ち寄り,班全員のデータをもとに納得しながら説明していけるようにした。
Ⅳ 本時の学習
1.目 標
- (1)ろ過の操作で起きている現象について,班ごとに確認し合いながら意欲的に実験することができる。
- (2)セロハンの目と物質の粒の大きさを関わらせながら水溶液のろ過を粒子モデルで表し,粒の大きさの違いと微小性について説明することができる。
2.指導過程
学習活動(学習形態) | ☆目指す生徒の姿 | ○教師の手だて |
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1 セロハンについて知り,水を注いで様子を観察する。(一斉 → 班) | ☆セロハンの表面の様子に注目し,変化に気付くことができる。 | ○セロハンが使われている例を紹介し,目や皮膚で体感できるように準備する。 ○セロハンが破れていないことを確認させる。 |
2 変化が起きる原因を考え,実験で見た現象を粒子モデルで表してみる。(個 → 一斉) | ☆セロハンには,目に見えない穴が開いていることに気付くことができる。 ☆観察した現象を粒子モデルで表すことができる。 | ○これまでモデル化してきたことをもとに,セロハンと水の粒をモデルで表させる。 |
セロハンに水溶液を注いだときの現象について,粒子モデルを使って説明しよう。
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3 水溶液を注いだときの様子について考え,調べる方法を確認する。(一斉) | ☆これまでの学習を振り返り,調べる方法をあげることができる。 | ○これまで使ってきたものを中心に,数種類の水溶液を準備しておく。 |
4 水溶液をろ過する実験を行い,ろ液に出てくる物質を確認する。 (班・個人) | ☆班で分担して実験を行い,実験経過を観察しながら起きている現象について話し合うことができる。 ☆ろ過前後の液に溶けている物質について個人実験で確かめ,班で共有することができる。 | ○机間指導で,実験中の変化を注視させる。思考が止まっている状況が見られる場合は,話し合いをつなぐ。 ○追加実験を含めた複数のデータから確かな結果を導かせる。 |
5 セロハンの目と物質の粒の大きさを関連付けながら,粒子モデルを使って実験結果を説明することができる。(個人 → 班 → 一斉) | ☆一人ひとりがそれぞれの水溶液のろ過について粒子モデルで表し,説明することができる。 | ○セロハンの目と粒の大きさを比較し,溶質の粒の大きさの違いと微小性に目を向けた粒子モデルをかかせる。 |
3.評価とその方法
(1)セロハンの目を通り抜ける物質の粒があるのかに注目して実験を行い,実験経過について話し合いながら観察することができたか。班ごとの実験・観察の様子から評価する。
(2)セロハンの目と物質の粒の大きさを比較しながら,水溶液のろ過を粒子モデルで表し,説明することができたか。発表の様子と学習プリント・振り返りカードへの記入内容から評価する。
4.参考資料
セロハンの孔径は約20Åで,実際に通り抜けられる粒子径は約半分以下と言われている。
<準備した水溶液> 7種類 水分子:3Å
* 炭酸飲料水 : | 炭酸イオンは約3.9Å,ブドウ糖の分子は約7.5Å, 天然色素の粒子径は約13Å~(ファンタはカラメル) |
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* ビタミンC飲料水 :ビタミンC分子は約8Å
* 砂糖水 :ブドウ糖の分子は約7.5Å
* 食塩水 :塩化物イオンは約3.6Å,ナトリウムイオンは約2.0Å
* デンプン溶液 :可溶性デンプンは約40Å
* 加熱した重曹の水溶液 (炭酸ナトリウム水溶液):炭酸イオンは約3.9Å,ナトリウムイオンは約2.0Å
* ミョウバン溶液 (硫酸アルミニウムカリウム水溶液): | 硫酸イオン約6.6Å, アルミニウムイオン約1.1Å,カリウムイオン約2.8Å |
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<調べる方法>
* 炭酸飲料水 | → | 二酸化炭素:石灰水 ブドウ糖:尿糖試験紙 色素:色を目で見る |
白い物質を調べる実験 マイクロセルプレート使用 |
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* ビタミンC飲料水 | → | ビタミンC試験紙 | |
* 砂糖水 | → | 尿糖試験紙 | |
* 食塩水 | → | 硝酸銀水溶液,(塩分濃度計) | |
* デンプン溶液 | → | ヨウ素液 | |
* 加熱した重曹の水溶液 | → | フェノールフタレイン液,(指示薬) | |
* ミョウバン溶液 | → | 指示薬 |
5.授業を終えて
個人実験したことを班で確認し,班のホワイトボードにモデル化させた。班ごとに,マイクロセルプレート上の結果を実物投影機でテレビ画面に映し出しながら結果を発表させ,その現象についてホワイトボードのモデルを使って説明させた。これまでの学習でモデル化することを積み重ねてきた成果もあり,どの班も溶けている物質は粒子となって均一に存在すること,物質によって粒子の大きさに違いがあることをまとめることができた。
これからも,段階的に粒子概念を形成していくことを大切にしていきたい。