1学期が終わりました。自分のクラス,または学年全体のスタートカリキュラムは,うまく実施できたでしょうか。スタート期における子どもたちの指導に奮闘されていた1年生の先生方にとっては,待望の夏休みでしょう。骨休めをするとともに,是非この時期に,スタートカリキュラム実施の成果と課題を振り返り,2学期からの指導,或いは次年度のスタートカリキュラムの運用に生かしたいものです。
さて,私からは,これまでの経験や研究を基に,スタートカリキュラムを含めて,生活科の役割と資質・能力について,お話ししたいと思います。
ところで,「今年の1年生は,きちんと椅子に座っていられない。もっと幼稚園や保育所等でしつけをしておいてほしかった」などと,振り返られている先生はいないでしょうか。
小学校の先生方が,そのようにつぶやくのもよく分かります。しかし,これと同様に,例えば「これまで,一人一人の子どもたちの成長に合わせて,丁寧に指導をしてきたのに,小学校では無理やり給食を時間内に全て食べさせようとしている。これでは,これまでこつこつとやってきた指導が水の泡だ。学校嫌いになりかねない。」などとつぶやいている幼稚園・保育所等の先生もいるはずです。
では,なぜ,小学校と幼稚園・保育所等の教師や保育士との間で,このようなズレが生じてしまうのでしょうか。それは,子どもたちの発達は連続しているものの,幼児期の教育と児童期の教育では,そもそも教育内容や教育方法が違うからです。
具体的には,幼児期の教育は,5領域から構成される遊びを通した総合的な指導であるのに対して,児童期の教育は,各教科等から構成される時間割に基づく学級単位の集団指導であるからです。さらには,幼児期の教育は,味わったり感じたりすることそのものが目的である経験カリキュラムであるのに対して,児童期の教育は,できるようになることが目的である教科カリキュラムだからです。小学校の先生方は,何とかして,できるようにさせたいと考えるわけです。
「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について」(平成22年11月11日)より作成」
※「知多市接続期カリキュラム」(2018.1)に掲載された八釼による「幼児期の教育と児童期の教育のズレの仕組み」を一部改編
こうしたズレをなくし,小1プロブレムを防止するために必要なものが,就学前のアプローチカリキュラムと就学後のスタートカリキュラム(接続期カリキュラム,架け橋期カリキュラム)の効果的な実施です。しかし,今次「小学校学習指導要領(平成29年告示)第1章総則 第2教育課程の編成 4学校段階等間の接続」では,「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を踏まえた指導を工夫することにより,幼稚園教育要領等に基づく幼児期の教育を通して育まれた資質・能力を踏まえて教育活動を実施し,児童が主体的に自己を発揮しながら学びに向かうことが可能となるようにすること。」と明記されています。「小1プロブレム」を防止し,小学校への適応を目指したスタートカリキュラムから,子どもたちに「資質・能力」を身に付けさせるスタートカリキュラムへと進化していることが分かります。幼稚園段階から高等学校段階までの学力が,「育成を目指す資質・能力の3つの柱」で貫かれたことから見ても,「子どもたちに実力を付けさせてナンボ」の考え方が大きく反映されていることが分かります。先程,幼児期の教育と児童期の教育とでは,そもそも教育内容や教育方法が違うとお伝えしましたが,そのズレをなくすものは,目の前にいる子どもたちに対する教師の願いや思いではないでしょうか。
では,「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を踏まえた指導を工夫する」とは,具体的には,どのようなことなのでしょうか。例えば下図「②自立心」は,「身近な環境に主体的に関わりいろいろな活動や遊びを生み出す中で,自分の力で行うために思い巡らすなどして,自分でしなければならないことを自覚して行い,諦めずにやり遂げることで満足感や達成感を味わいながら,自信を持って行動するようになる」と示されています。「~するようになる」という文末表現からも分かるとおり,「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」は,到達目標ではなく方向目標であることが分かります。
※「知多市接続期カリキュラム」(2018.1)に掲載された八釼による「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の捉え方」を一部改編
保育園のロッカー
スタート期における1年生のロッカー
保育園のロッカー
スタート期における1年生のロッカー
右の写真は,上段が保育園のロッカー,下段が小学1年生のロッカーです。スタート期の子どもたちが自覚的に「自分の荷物を自分のロッカーに整理整頓することができる」ようにさせるためには,「自分の荷物を自分のロッカーに整理整頓するようになる」という,幼児期の姿を生かすようにします。「整理整頓がしてあると取り出しやすいなあ」とか,「みんなのロッカーが整頓されていると気持ちがいいなあ」などと,幼稚園・保育所等で味わってきた感覚を,スタート期にもう一度思い出させながら指導をするということです。とかく小学校の先生は,「ロッカーの整頓をしましょう」と指導し,やれていないと「きちんと整頓しなさい」と怒ります。そうではなく,小学校の先生方は,これまで子どもたちがどのように育ってきたのかについて思いを馳せ,その延長線上において,どのように声をかけたらよいのかについてしっかり考えて指導をしたいものです。「ゼロからのスタートじゃない」とは,そういうことです。到達目標としての「できる」のためには,まず方向目標としての「するようになる」経験を活かすとよいのです。
このように考えると,例えばスタート期の体育での「鬼遊び(鬼ごっこ)」は,次のように考え実施をすることができます。子どもたちは,幼稚園・保育所等で,必ず「鬼ごっこ」をして遊んでいるはずですから,まずは「どんな鬼ごっこをやったことがあるかな」と声をかけ,これまでにやったことのある方法で「鬼ごっこ」をしてみるとスムーズにいきます。また,この「鬼ごっこ」は,上図「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の「①健康な心と体」に関わる学びだと思うかもしれませんが,「みんなで楽しく遊べるようになってほしい」と考えれば「③協同性」,「ルールを守れるようになってほしい」と考えれば「④道徳性・規範意識の芽生え」,「遊びやルールを工夫できるようになってほしい」と考えれば「⑥思考力の芽生え」に関わる学びとして指導することができます。目の前の子どもたちの実態を基に,また教師の願いや思いによって,指導の内容を変えることができます。
この「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」については,項目名だけではなく,「②自立心」で紹介したように10項目の内容についても一度目を通したいものです。また,幼稚園・保育所等及び小学校の教師・保育士だけで共有しているのは大変もったいないことです。就学時健康診断や入学説明会の折を捉えて,是非,保護者の方にもお伝えしてあげましょう。
先程,今次「小学校学習指導要領(平成29年告示)第1章総則 第2教育課程の編成 4学校段階等間の接続」の内容として,「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」についてお伝えしましたが,ここには,次のようなことも示されています。「低学年における教育全体において,例えば生活科において育成する自立し生活を豊かにしていくための資質・能力が,他教科等の学習においても生かされるようにするなど,教科等間の関連を積極的に図り,幼児期の教育及び中学年以降の教育との円滑な接続が図られるように工夫すること。(中略)生活科を中心に,合科的・関連的な指導や弾力的な時間割の設定など,指導の工夫や指導計画の作製を行うこと。」
生活科は,自立し生活を豊かにするための資質・能力を育むことのできる教科ということです。それはなぜなら,体験的な活動や表現活動を重視した教科であるため,幼児期の教育を継承しやすいこと,また,教科の特質として,各教科等の要素がもともと含まれているので中・高学年での各教科等に接続しやすいことを意味しています。少し詳しくお話しします。
例えば,下の写真を見てください。これは,小学1年生「おもちゃづくり」の単元で作製したおもちゃです。何だか分かりますか。
1年生が生活科で作製したおもちゃ
画面に指示されたタイミングで,太鼓を叩く「太鼓の達人」のように見えませんか。右の方には,サイズの違う3つの缶で作られた太鼓と,どんぐりのバチが2本あります。これを作製した子どもは,缶の大きさによって出る音の質が違うことに気付いているのではないかと推測します。また左の方には,楽譜があります。①は「かんたん」,②は「ふつう」,③は「むずかしい」と書かれています。
この子が,このおもちゃを作れたのは,1年生になって,急にいろいろなことを学んだからではありません。これまでの学びや生活体験が大きく影響したもの考えます。
音楽等の要素をもつ手作りの太鼓
図工等の要素をもつがっきやさん
理科等の要素をもつ秋のもの
音楽等の要素をもつ手作りの太鼓
図工等の要素をもつがっきやさん
理科等の要素をもつ秋のもの
右の3枚の写真は,ある保育園における環境構成を映したものです。
1枚目は,段ボールやラップの芯などで作った手作りの太鼓です。子どもたちは,保育園での生活で,バチでたたいて音を出して遊ぶ経験を自然にしているのでしょう。2枚目は,「がっきやさん」とあります。身近な物を使って音を出す経験をしたり,音の出るおもちゃを作ったりする経験をしているのでしょう。3枚目は,秋の自然を飾っています。この園の周辺は自然が豊かなので,子どもたちが収穫したものも飾ってあります。どんぐりについては,写真と図での説明もあります。
このように,幼児期の教育は,遊びや環境構成を通して,すでに音楽,図工,生活科,理科等各教科等に繋がる学びを総合的に行っていると言えます。なお,「太鼓の達人」のおもちゃを作った子どもは,中学年以降の各教科等を意識してこの作品を作ったわけではありませんが,作品からは,音楽,図工,理科等の要素が見て取れます。また,「5回まで」と書かれています。園や小学校の生活の中で,あるいは自宅やゲームセンターでの経験を通して,ルールについて学んでいること,規範意識がしっかり芽生えていることもよく分かります。これは,道徳や学活にもつながります。
このように,生活科は,もともと各教科等の要素をもち合わせているので,幼稚園・保育所等の学びと中学年以降の学びをつなぐ大事な教科と言えます。スタート期に実施するスタートカリキュラムは,合科・関連的な学習がなじむと言われる訳もこれで理解できたのではないでしょうか。
算数等の要素をもつ環境構成
数の概念を培うペットボトルキャップ
算数等の要素をもつ環境構成
数の概念を培うペットボトルキャップ
先程,環境構成のことについて少し触れました。実は,環境構成は資質・能力の育成に大きく関係します。
右の写真は,保育園で「おままごと」をしている写真です。よく見てみると牛乳パックで作ったトレイの中に,ペットボトルキャップが並んでいます。子どもたちはこの中にとってきたドングリを入れて,「1つ,2つ」と数を唱えながら遊んでいます。子どもたちは,こうした操作を通して数の感覚や概念を培っています。
算数は,数字を扱います。この抽象化された数字を使えるように,算数ではまず,車とか人とか,花とかチョウなどの具体物を絵にして考えます。それを半具体としての数図ブロックに置き換え,最終的には数字で汎用できるようにしていきます。このペットボトルキャップは,半具体として1対1対応をさせて数の大小を考えさせたり,「10の塊」や「バラ」の感覚を身に付けさせたりすることができます。
日常の環境の中で,自然と身に付く感覚や技能は,強化されます。小学校の教室でも見習いたいものです。
オクラの観察ワークシート
細かい文法や文字の美しさは別にして,この子の気付きは素晴らしいと思いませんか。「くきがみをまたいでいました」「なすやトマトやピーマンはみがしたをむいているけれど,おくらだけうえをむいていることに気がつきました」という,この子ならではの表現からは,的確な事実認識,豊かな価値認識の姿の両面が見て取れます。子どもたちのワークシートを教室に貼っても,子どもたちはそれをしっかり見るわけではありません。ならば,こうしたワークシートについては書画カメラ等のICTを活用して,他の子どもたちに紹介してみてはどうでしょうか。教師が,気付きの良さを積極的に認めれば,子どもたちはうれしいものです。それが,友達同士の認め合いにも発展します。観察しても,気付きを書くことができない子どもにとってはお手本にもなります。また,この子のワークシートだけでなく,他の子どもたちのワークシートも紹介することで,大勢の気付きが集まり,教室はきっと「わ,ほんとだ!」などという声が飛び交い,栽培活動がより楽しく主体的なものとなるはずです。日々の栽培活動のなかで,継続的に写真に収めていれば,苗が育ち,花が咲き,実がつくといった生長の様子を(自分の成長とともに)トータルで理解することにも役立ち,これが理科の学習へと繋がります。また,こうした気付きは,ICT端末を活用して調べることにも発展させられます。なお,ICT端末の活用は,他にも次のような使い方が考えられます。
子どもたちの学力の基盤となる情報活用能力を育成することも望まれます。
生活科は,幼児期の教育と中学年以降の各教科等を結ぶ大切な役割を担います。また,知的な学力,情意的な学力の基盤を育てることのできる素晴らしい教科です。
子どもたちへの願いや思いをもって,学習の主導権を子どもたち自身が認識できる学習を仕組み,子どもたちの資質・能力の育成に貢献できる教師でありたいものです。2学期からの生活科の授業が楽しみですね。