日々の授業の中で児童はどのような「わからなさ」を抱くだろうか。教師は予めその「わからなさ」を想定し,一人一人の「わかった!できた!」が実感できるような発問や授業展開,教材の価値について考えをめぐらせる。教材研究にはその役割がある。しかしあくまでもできなかったことができたり,わからなかったことがわかるようになったりする過程に学ぶ価値があると考える。だからこそ教師が先回りして児童のわからなさをなくしていくことはさけたい。本実践は,児童から表出される「わからなさ」をどのように見取り,解決に導くのか,その方法の一端を示すものである。
中央教育審議会の「令和の日本型学校教育」の構築を目指して(答申)【概要】の中に個別最適な学び,協働的な学びについて,次のような記述がある。
「個別最適な学び」が進められるよう,これまで以上に子供の成長やつまずき,悩みなどの理解に努め,個々の興味・関心・意欲等を踏まえてきめ細かく指導・支援することや,子供が自らの学習の状況を把握し,主体的に学習を調整することができるよう促していくことが求められる
「個別最適な学び」が「孤立した学び」に陥らないよう,探究的な学習や体験活動等を通じ,子供同士で,あるいは多様な他者と協働しながら,他者を価値ある存在として尊重し,様々な社会的な変化を乗り越え,持続可能な社会の創り手となることができるよう,必要な資質・能力を育成する「協働的な学び」を充実することも重要
中央教育審議会(2021).「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)(中教審第228号). https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_1-4.pdf. 2024年12月1日
上記より,個別最適な学び・協働的な学びの実現に向けて,児童の成長やつまずき,悩みなどの理解に一層努め,孤立した学びに陥らないようにすることが教師の指導上の留意点として挙げられる。
また,個別最適な学び・協働的な学びをうまく機能させていく鍵は,児童が「わからないこと」即ち「問い」に対して肯定的な態度をとることにあると考える。まずは自分の問いを持とうとしない限り,また他者に自分がわからないことを表明しようとしない限りは,学ぶ必然性,他者と関わる必要性は生まれない。以前担任した6年生児童34名にアンケートや個別の聞き取りを行ったところ,わからないことに対して否定的な考えをもつ児童は次のような理由があることがわかった。
正直私自身も「わからない=恥ずかしい」と感じる場面が少なからずある。だからこそ,児童と共に学び始める4月には,「わからないことを明らかにしていくこと,それをみんなで解決していくことこそがこの学級で学ぶ価値だ」と語り,「先生も共に学んでいきたい」と伝える。様々な授業場面で,学級経営の中で,児童がわからないことに対する肯定的なイメージを持つことができるようにする。
個別最適な学び,協働的な学びにおける留意点に配慮しつつ,わからなさに寄り添う授業を行うことこそ,今後一層求められていく教師の役割であると考える。その役割を果たす1つの手段として,ICTツールを活用した実践を提案する。
私がICTツールを算数の授業で扱う目的は,主に次の2点である。
この目的に合うICTツールとして,私が算数の授業で主に活用しているのは,
Google Classroomのストリーム機能(以下ストリーム)と,padlet(以下パドレット)である。
ストリームは掲示板のような使い方ができる。1つの話題に対して,コメントを返すことができる。
算数の問題提示の後,ストリームを用いて,児童に「図や式で不安,困っていることをかきましょう。」という指示を出した。
パドレットとは,教育用のオンライン掲示板である。児童は掲示板(学級では付箋という言葉で共有している)を自由に立ち上げ,そこにノートの写真を貼り付けたり,友達とコメントで情報交換を行ったりする。
書き込みの際には下記のルールを児童と共有している。このルールのもと,子供達は教室内を自由に歩き回って書き込み内容をもとに友達と話し合ったり,1人で書き込み内容を見ながら黙々と取り組んだりする様子が見られる。
ここでは,ICTツールを用いることで,どのような「わからなさ」が表出し,解決に至ったのか,より具体的な書き込みの様子と共に記述する。なお,事例はすべて6年生「比とその利用」において,パドレットを活用した際のものである。
砂糖と小麦粉の重さの比を2:5にしてケーキをつくります。
必要な砂糖や小麦粉の重さについて考えてみましょう。
この問題を提示すると,A児から左記のようなアドバイスの書き込みが見られ,それに対してB児からは問いの書き込みが見られた。問題の出てくる順序で比は表されるという確認をしないまま授業を展開していく中でB児は比の数値が何を示すかという「わからなさ」をパドレットを通じて表現した。
教師側はB児が抱いたような問いをつい軽視して進めてしまうところを,パドレットを用いることで問いとして共有することができた。そしてB児の問いに対し,C児が反応し,A児の同意や,D児の補足によってB児のわからなさが教師の介入なく解決されていた。
なお,突然このようなアドバイスを行った理由をA児に問うたところ,「近くの席でこの2という数は何なのかといった発言が聞こえたから。」とのことであった。A児は授業後,パドレット活用についての振り返りで次のように記述している。
A児の振り返り
みずきさんは,長さ2.5mのリボンを妹と分けることにしました。
みずきさんの分と妹の分の長さの比を3:2にするには,
それぞれ何mに分けたらよいですか。
この問題を示すと,
とE児が書き込んだ。
すると他の児童より,
のように,E児のわからなさに対する他の児童からのコメントが書き込まれた。
G児,I児の書き込みは以下の通りである。
G児の書き込み
I児の書き込み
上記のやりとりを受けて,E児のノートの内容は次のように変遷していった。
実践①のやりとりのように,授業者が想定することができていない「わからなさ」について,
といった点において,ICTツールを活用した授業展開は一斉指導型の授業よりも優位性があると考えられる。また,B児の振り返りより,自分の考えや問いを共有する場面において,ICTツールを用いることによって,考えを発信するためのハードルが下がる児童が一定数いると考えられる。結果として,多様な考えやわからなさがより表出しやすくなり,教師の介入がなくとも,自分たちの力で解決していくことができる場面が増えた。
実践②より,ICTツールを活用することで,必要な時に必要な情報を共有することができる。また,解決に向けての必要な情報(立式についてや,大切な考え方等)が記録として残るので,いつでも紹介したり,参照したりすることができる。
毎時間,児童のわからなさを全体の問いとして扱うことで,児童からは新たな問いが自然と生まれるようになった。それはパドレット上に表される場合もあれば,児童がノートに振り返りとして記述することもある。教師が,授業の中で働かせたい見方・考え方や,つけたい力に応じてその問いを全体で共有することで,「わからなかったことがわかった!できた!」という展開につなげることができた。
他の単元でもパドレットを活用したが,実際の書き込みの様子を見ると,付箋やコメントの量に違いがあった。例えば上記の児童の記述が示すように,具体的な示唆(立式や,問題場面の整理など)については,パドレットを通じて共有することが簡単だが,図形を用いた問題解決の場面や,抽象度の高い説明を求められる場面においては直接的な対話を行う方が良いといった反応が見られた。授業場面における有効的な活用の範囲については今後検証の余地があると考えられる。