学習指導要領では,批判的思考について,「自分たちが出した結論や問題解決の過程が妥当なものであるかどうかを別の観点や立場から検討してみることや,第三者によって提示された統計的な結論が信頼できるだけの根拠を伴ったものであるかどうかを検討することである」と示されています。
次に「妥当性」について調べてみると,「目的としている事象を的確に捉えられているか,見たいものをきちんと見ることができているか」または,「バイアスによる誤差が少なければ妥当性が高くなる」と書かれていました。特に,「見たいものをきちんと見ることができているか」の中の「見たいもの」とは,授業における問題解決に結びつく視点であると捉えました。さらに,「バイアスの誤差」についても調べた中で,「先入観」,「認識の歪み」という点は算数の授業においても必ずあるものではないかと考えました。
また,批判的思考は実社会においては「クリティカルシンキング」と呼ばれ,物事の本質を捉え,判断することにより,あるべき方向に導く効果的な思考法であるとインターネット上でも多数主張されています。
今までの経験から感じた児童の実態として,多数の意見に流される,教師の言ったことを全て信じ込んでしまう,受け身がちで消極的,自信がないときは確かめようとするが,自信があるときは確かめようとしないなどが考えられます。これは,全国のどの学級においても当てはまる部分があるのではないでしょうか。
感染症や地震災害等,予測困難な時代において,与えられた情報を鵜呑みにすることは危険性をはらんでいます。国語科や社会科においても冷静に判断することを学習の中で学んでいきます。算数科においても目の前の問題を素直に考えていくことも大切ですが,批判的思考を働かせることで,数学的な見方・考え方が広がり,物事をよりよい方向へ導く力になるのではないかと考えました。12年ぶりに改訂された生徒指導提要にも「批判的思考」という文言が使われています。
さらに,批判的思考を働かせることで,「本質」にせまれるのではないかと考えました。「本質」は教科や,単元,本時による本質,学び方と様々ですが,今回主張する本質とは,主に算数科での学び方,つまり「態度」であると捉えています。学習指導要領において,6年の「データの活用」にて用いる思考法である批判的思考ですが,他学年,他単元においても汎用性のある思考法であるとともに,算数科に必要な資質・能力であると捉えました。
実践を進めるにあたり,算数科における批判的思考の定義を「一見至極真っ当に見える考えや答えについて,批判的に見直すことで本質にせまること」としました。当たり前のように考えていたものを,一度立ち止まって見直すことで本質にせまりやすくなるのではと考えました。また,批判的思考は内省的に働くものや自他の考えの比較,問題に対してなど様々な形で働くものであるのではないかとも考えました。
研究当初は,批判的思考を働かせることで数学的な見方・考え方が広がり,算数科においてつけたい資質・能力が高まると考えていました。児童に分かりやすい「本当かな」という言葉を用いることで,児童は根拠・理由をたどることになるだろうとイメージしていました。
しかし,批判的思考を1つの思考法と位置付けるだけではなく,「批判的に思考する態度」は,算数科に求められる資質・能力であるとともに,他教科においても汎用性のある思考法であると捉え直しました。
本実践は,教師がしかける形で行いました。具体的には,思考が揺さぶられそうな問題を選定し,児童主体で学習を進めていき,児童にどのような反応が見られるか,どのように授業が流れるか,児童がどのように変容していくのかに着目して批判的思考について考察していきました。
(1)単元名 第5学年「変わり方を調べよう」(単元の終末に2時間を設定し実施)
本単元にて2つの実践を行いました。1つ目は適用問題にて,比例か比例ではないかを文と表から判断する問題において,比例していないものを取り上げ,本当に比例が使えないかを考える授業を行いました。
まず,比例が使えそうかどうかを児童に尋ねました。32人に尋ねたところ,使えなさそうと答えた児童は21人いました。
ベネッセのミライシード内のオクリンクを用いて考え方を色分けして思考させました。
問題解決をメインに置きながらも,比例が使えるかどうかに焦点をあてることで,批判的思考を働かすことができるようにしかけました。図や表,式などと多様に考えさせ,結び付けることで,最終的に比例が使えるかどうかを児童に尋ねたところ,消しゴムの扱い方で2つに分かれる展開になりました。1つ目の考えは,部分的に比例を使うというものです。色紙で比例を使い,最後に消しゴムを足すという考えです。2つ目は文脈で考えたときに比例として成り立たないという考えです。教師は部分的に比例が使えるという見方をねらったのですが,文脈から比例を捉える児童もおり,どこに着目するかで主張が変わることを児童とともに実感した授業となりました。また,批判的思考を働かせるための児童にとって分かりやすい言葉は「本当かな」だと考えていましたが,授業後の児童のふり返りには「違和感」という言葉が書かれており,批判的思考を引き出す言葉も多様であることを実感しました。
次に2つ目の授業実践です。まず,図を見せずに問題文のみを提示しました。すると矢継ぎ早に「8分です。」と返答が返ってきました。前回に続き,今回も比例は使えるのかを問い,問題解決へとうつりました。
予想される考えを3つ想定していました。1つ目は階数が2倍だから時間も2倍になるという考えです。2つ目は表で考えると比例に当てはまらないけど,1つ分が2分だから5階分のぼると2×5=10分という考えです。そして3つ目は階数ではなく,何回のぼったかに着目し,表を見直すことで10分を導き出す考えです。
展開としては,比例が使える→比例が使えない→比例が使えるという流れをイメージしていました。最初に誤認知させ,正答と対比させることで再思考を促していくというものです。
(2) 導入
比例とは何かをふり返り,問題文を提示しました。そして,児童32人に比例が使えそうか,使えなさそうかを聞き,課題を設定しました。比例が使えるに挙手した児童は,21人,使えなさそうに挙手した児童は11人でした。
教師の発問・支援 | 児童の反応 |
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比例とは何でしたか。 | 片方が2倍,3倍になると,もう片方が2倍,3倍になる。 2つの量の□と〇があって,□が2倍3倍になると,それにともなって◯も2倍3倍になる。 |
何関係? | 依存関係。 |
前回やったことを覚えていますか。 | 比例が使えるか使えないか。 |
問題の提示 | (読み上げる)ロボットが階段をのぼります, 1階から3階までは4分かかります…。 |
比例は使えそう?使えなさそう? | (使えるに挙手多数) |
課題の設定 | <比例は使えるかな> |
(3)展開
ベネッセのミライシード内のオクリンクを用いて思考させました。4つのシートを送り,自由に考えさせました。ほぼ全員が8分と答えたため,10分との対立構造が成り立たず,中盤まで,答えは8分で比例が使えるという展開になりました。
教師の発問 | 児童の反応 |
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図から聞いてみます。 | まず,ロボットが階段をのぼって,1階から3階までは4分かかるので,8分かかると思います。 |
8分という結論だね。図で他に考えた人? | 1階から3階まで4分かかっていて,この図にある通り,1階から3階までは3で,4階から6に行ったら3になって,同じ数字になったので,同じように進むと思って,4かける2は8で,8分だと思います。 |
表で考えた人? | 上は階数で,下は時間で,今実際にわかっている3階は4分ということと,このビルが6階で,かける2をして8になったと思います。 |
以下が,批判的思考が働くきっかけとなった場面です。ある児童が「3」の解釈について疑問をもち,全体に向けて話し始めました。そして,導き出した答えが妥当であるかを揺さぶるために「本当かな」と児童に投げかけました。
質問があるんだね。 | この3て,3階までいったのか,3階の階段をのぼりきったのかどっちですか。それならちょっと,考えが変わる…。 |
どういうこと? | 3階までだったら,3階までから6階までの数が違う…。 |
「本当かな」という視点を大事にしてみよう。 | 1階から3階までは間が2個までしかないけど,3階から6階までは間が3個あるので,2倍するとおかしくなると思います。 |
どういうこと? | 1階から3階までだと,3て思う人がいると思いますが,本当は階段の数は2です,結局,6と思っているけど階段の数は5個になります。つまり,階段の数が5個しかないということは,2倍が使えなくなる…。 |
ということは,根底をくつがえされましたね。 | 比例が使えない。 |
(4)終末
2倍ではないことから8分は誤答であることに気付き,比例は使えないのではという展開になりました。そして,最終的には階(フロア)を階段とすることで比例が使えるという結論につながりました。
なにか別の考え,見つかった人いませんか? | 1階から3階までは4分ですね 1階から3階までの階段をのぼると,4分ですね。1階分のぼろのは4÷2で2分です。だから2×5で10です。 |
どうしたら使える? | 階段の数は5だけど,階数になると,6になる。階数では使えないけど,階段だと使える。 |
妥当性を問うことで批判的思考を働かせ問題解決に向かいますが,その対象は様々です。妥当かどうかを問う切り返しの視点を教師がもつことで,授業改善にもつながる汎用性のあるものであると感じました。今回の実践を通して,批判的思考を働かせる態度の素地をつくることができました。今回をきっかけにし,今後の授業においても意識化し,習慣化されるように実践を続けていきたいです。