7年前に学習指導要領の本格実施に向けて準備に取りかかったときから今日に至るまで,西脇市の小学校では,同じコンセプトで英語教育に取り組んできました。それは,「西脇市の小学校全体で伸びる~どの学校も どの学年も どの学級も~」です。小学校ですので,指導にあたる教員すべてが英語を得意としているとは限りません。そのような場合でも,一定のレベルの指導ができるように,システムづくり,教材づくりをしてきました。つまり,①何を教えるのかを具体的に示す。②指導資料を提供し,授業者の負担を軽減する。③児童と指導者が学習目標や学習予定を共有できるようにする。この3つが満たされれば,たとえ先進的とはならなくとも,どの学校も着実に指導が進められ,市全体として児童の英語力を伸ばしていけると考え,各校の担当者が一緒になって作り上げてきました。その「西脇スタンダード」と,授業実践事例の一端を紹介します。
以下の(1)~(6)を,市内のすべての小学校でデータを共有しながら,共通して取り組んでいます。
授業の流れをおおよそ同じパターンにして指導者の説明や指示を少なくし,児童の活動時間が確保できるようにしています。「挨拶・日時・天気」→「フォニックス」→「めあての確認」→「学習活動」→「振り返り」とし,これらを後述するレッスンシートに表しています。
単元の目標,単元終末の言語活動,各時間の目標と学習活動,各時間に扱うフォニックスの音が一目で分かるような市独自の指導マニュアルを作成していて,各校で活用しています。マニュアルに書いてあることを一通りすれば最低限の指導事項が網羅でき,各指導者が適宜アレンジを加えています。第3学年から第6学年まで全授業分を市内のクラウドで共有し,どの学校も使えるようにしています。
毎時間使用するシートです。各学年に応じて多少変えていますが,基本は上記の授業スタイルに基づいて作成しています。裏面は必要に応じてやり取りや書き写しができるようにしています。児童は毎時間振り返りを書き,指導者がコメントを書いて返却します。それをファイルに入れ,長期休業中に保護者に見てもらったり,年度末には1年間に使ったシートを綴じて,学習の成果として持ち帰らせたりします。
単元の初めに児童に配布するシートです。見通しをもって学習ができるように,単元の目標,単元終末の言語活動,各時間の目標,各時間で扱うフォニックスの音,各領域の自己評価項目を載せています。児童は,指導者の「手の内」をあらかじめ知ってから学習を始めることになります。これにより,児童と指導者がゴールを共有しながら学びを進められ,その時間に学習している語彙や表現が何につながっているのかが分かったり,次の学習に向けて自分なりの目標を定めたりできます。単元の最後には,裏面の欄に単元全体の振り返りを書きます。できるようになったことや学習の歩みを書かせて,各領域の自己評価と併せて児童のメタ認知を促しています。
授業の中でジョリーフォニックスを行っています。第3,4学年で基本の42音を一通り学習し,第5,6学年では,おさらいをしたり,同音異綴りや特別な読み方をする音を扱ったりします。例年,合同研修として公認トレーナーの山下桂世子氏を講師に招き,市内の小中学校の教員で研修を行い,指導に生かせるようにしています。
レッスンシート
単元シート
市内のクラウドで,上記のマニュアルやシートに加え,各校で指導に有効であったワークシート,スライド,カードなどのデータを共有して,誰でも使えるようにしています。これにより,授業の導入がうまくいったり,学習活動の幅が広がったりしています。
指導力向上と小中連携のために,市内の小中学校の教員が集まり,授業研究を行っています。
今回行った授業研究では,啓林館の教科書『Blue Sky elementary』の第5学年 unit 6 I want to go to France.を扱いました。単元終末の言語活動は「おたがいの思っていることを知って楽しむために,行きたい国とその理由を友だちと伝え合う。」としました。最終的には,自分の行きたい国とその理由について原稿を書き,自分のタブレットでスライドを作り,それを見せながら発表しました。
今回提案したのは,話す力をどのように伸ばしていくかということでした。毎年市内のALTが1つの学校に集まり,集中的に英会話をする「英会話体験」の授業を行ったり,各授業でやり取りや発表をさせていたりするにもかかわらず,第6学年が市費で受検しているGTECでは,話す力が思ったほどにはついていないのが市内共通の課題でした。
どのような研修会に行っても必ず強調されるのは,「目的や場面,状況を意識して,必然性のある言語活動を設定すること」です。私もそれを大切にし,第5年 unit5では「おたがいのことを知って楽しむために,自分の家族を友だちと紹介し合う。」,第6学年 unit 3では,「市長さんにむけて西脇市をよりよくするための提案をする。」など,児童が「やってみたい」と思えるような言語活動を設定してきました。そしてそれに向けて児童が本当に言いたいことを表現させ,やり取りや発表を行ってきました。
しかし,振り返ってみれば,「児童が本当に言いたいこと」にこだわりすぎていたのではないかと思います。つまり,本当に言いたいことは1つであり,やり取りをするときに,相手は違えど同じことばかり話しているから話す力が伸びていないのではないかと考えました。
そこで,本当に言いたいことを表現する前段階の活動として,カードを用いてゲーム形式でいろいろな語彙を使わせてみることにしました。今回は,国名やI want to go to ~. 動詞eat, seeを学習した後に,ペアでカードを使って,以下のやり取りをさせました。
A: Where do you want to go?
B: I want to go to ~.
A: Why?
B: I want to eat/see ~.
ペアで役割を交代しながら15か国のカードを順にめくって会話を続けました。途中で何度かローテーションをしてペアを変え,新しいペアでも会話を続けました。児童は違和感なく,まるで自分のことのように行きたい国とその理由を伝え合っていました。
単元の終末には,自分の行きたい国についてスピーチをしましたが,ずいぶん流ちょうに話せるようになっていて,この前段階の活動で言い慣れたのが効果的だったようです。
これ以外にも,第5学年unit 5で「家族カード」,第6学年unit 2で「都道府県カード」を使って,前段階の活動をしました。小学生だからこそ,別の人物になりきって話せるという特性を今後も生かし,より多様な発話を促そうと考えています。
「西脇スタンダード」は,専科ではなく学級担任が指導する形で始まりましたが,定期的に各校の進捗状況を確かめ合い,改善を加えながら順調に推進されてきています。第6学年が受検するGTECのスコアは,毎年学校間格差がさほど大きくなく,どの学校でも一定の授業の質が保たれていると思われます。
また,上記の授業研究も,毎年小中学校合同で実施し,小学校間の連携はもちろんのこと,小中学校の連携についても検討し,児童生徒が十分な言語活動を行うことや,読み書きをどのような段階を踏んで指導すればよいかなどについて研修しています。
以前に受けた研修で,ある著名な中学校教員の講師が,「せめて英語くらいは生徒のいいところだけを評価してやりたい」とおっしゃったのが強く心に残っています。私もそうありたいと思い,小さな「できた!」が積み重ねられるように指導にあたっています。授業中の小さな頑張りを褒め,毎時間書いているレッスンシートの振り返りには,必ず褒めるコメントをいくつか書いています。児童が見通しをもち安心して学習できる授業を行い,興味をもって取り組める言語活動を設定し,児童の頑張りを認め励ますことで,確かな英語の力が身につくように地道な指導を続けていきたいと思います。
そして,今後も情報を共有し,研修を重ねて,市全体で英語教育を進めていきたいと思います。