1.はじめに
私は,児童一人ひとりが『わかった』『なるほど』『すごい』『できた』などの気持ちを数多くもつことのできる算数の授業を目指している。こうした気持ちを感じたときに児童は学習に対する意欲が高まり,その積み重ねが算数のおもしろさを感じることにつながっていくのではないかと考える。さらに,授業を通して算数の楽しさを味わわせ,算数に対する関心・意欲・態度を育てていく中で,物事を数理的に見たり処理したりする力を高めていくことが算数科として求める「生きる力」の育成につながると考える。
2.研究のねらい
本学級では,算数に苦手意識を持ち始めているか,すでに苦手意識を持っている児童が多いためか,なかなか意欲的に課題に取り組めない実態がある。また,自分の考えに自信がないとすぐに友達に答えや解き方を聞こうとする傾向があり,何とかして自分で解こうという気持ちが薄いように思われた。原因としては,次の2つのことが考えられる。
○ | 児童にとって「この問題はおもしろそう」「解いてみたいな」という興味づけや児童が自分自身の問題としてとらえるための課題提示の工夫が不十分であった。 |
○ | 自力解決の場において,解決に行き詰まっている児童に対して適切な支援が不十分で,「できた」という喜びを味わわせることができなかった。 |
そこで,児童に「解いてみたい」と感じさせるような課題を用意し,個々の能力に応じた支援をすることによって,解決できたときの喜びや考えていく楽しさを味わわせるために次のような仮説を立てて研究していくことにした。
研究の仮説
(1) | 『えっ,何だろう?』と児童の興味関心を高める課題提示の工夫をすれば,課題を自分自身の問題としてとらえ,積極的に課題の解決に取り組むであろう。 |
(2) | 自力解決の場において,個々の能力に応じた支援をすれば,解決できる喜びを実感させることができ,学ぶ意欲はより高まっていくであろう。 |
3.研究の内容
【実践の手だて】
(1) | 複雑な形(L字型)の体積の求め方を考えるところで,ビデオを使って課題を提示する。初めは,L字型を真横から見せる。そして,立体をゆっくり回転させ,次第にL字型であることを理解させる。初めに見せる形から既習の立方体や直方体の体積の求め方を確認させるだけではなく,複雑な形の体積の求め方という本時の課題をはっきりさせる。
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(2) | 自力解決のときに,私自身が目的を持って数回の机間指導を行い,その中で,個々の能力に応じた支援(解決にとまどっている児童には,具体物を渡すなど)をし,自力解決できるようにする。また,児童のプリントに書かれた考えや図,答えに○をつけるようにする。(以後「○つけ法」とする)「○つけ法」をすることで,児童の課題解決の過程を認め,児童一人ひとりの考え方を把握する。さらに「○つけ法」をすることによって,児童に自信と解決への意欲を高めることにつなげていく。
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4.授業実践(9時間完了 本時6/9)
《課題把握の場面》
ビデオを使って,本時の課題となるL字型への興味を高めさせようと考えた。正答,誤答にこだわらず,児童からさまざまな発言が出るように,そしてそれぞれの発言を認めていくよう心がけて導入の段階に取り組んだ。
教師の働きかけ | 児童の主な反応 |
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T | これは,正方形でも長方形でもありません。実は,こんな形をしています。 (斜め上から見た画面になる。) | |
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T | いま,○○君が言いましたが,確かに立方体に見えますね。立方体の体積の公式はどうでしたか。 | |
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T | では,この形が本当に立方体であるのかどうか,どうすればわかりますか? | |
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T | 今は,正面から見ていますが,今度は違う角度から見てみましょう。 (横から見た画面になる。) | |
・ | 「おっ」「あっ」「トラックだ」「へこんでる」「Lの形だ」など課題の把握に向けたつぶやきがある。 | |
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・ | トラックの形,ベッドの形,テトリスに出てくる形,Lの形など,さまざまな意見が出た。多数決の結果「Lの形」と呼ぶことに決まった。 | |
T | 今日は体積の公式を使って,このLの形の体積を求めていきましょう。
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正方形に見えた形が立方体に見え,立方体に見えた形が実は,Lの形をしていた。児童の予想をことごとくくつがえした今回の課題提示の仕方は,私が予想していたよりもはるかに児童に驚きを与えることができた。
《自力解決の場面》
3回の机間指導を以下のような目的で行った。
1回目・・・ | 課題の意味がわかっているかどうか調べる。 |
2回目・・・ | 「○つけ法」を行い,○がついた児童には,さらに違う考え方で解いてみようと指示する。 |
3回目・・・ | いくつかの解き方で解決できた児童に,近くのまだ解決できていない児童に教えてあげるよう指示する。 |
代表的な児童の様子を表にまとめると下記のようであった。
判断の基準 | 個への対応 | 反 応 |
課題の意味が分っていない児童 |
Lの形の立体を与え,発想を導くようにした。 |
いろいろな向きから立体をみていた。線を引こうとする児童もいた。 |
解決にとまどっている児童 |
Lの形を2つ,または3つに分ける方法や補助線を入れて気づかせるよう支援した。 |
知っている形に分けることに納得してそれぞれの体積を求め始めた。 |
1つの方法で解決できていた児童 |
プリントに○をつけ,他の考え方がないか考えるよう指示した。 |
他の方法での解決に向かった。 |
《集団解決の場面》
まず,一番多かった《児童A》の考え方から発表させることで,児童に安心感を与え,「切る」という観点で別の考え方を導かせたいと考えた。次に《児童B》の考え方を発表させ,後の《児童D・E》の発表へとつなげることで,移動・合体という見方を児童の中から出させたいと考えた。《児童C》では,今までとは違う「削除」という考え方を紹介することで,立体の見方・考え方の幅を広げていきたいと考えた。
教師の働きかけ | 児童の主な反応 |
T | どのように考えたか発表してください。 |
・ | 何種類かのLの形の立体を用意しておき,それを使って,説明させた。(下記参照)
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《児童D》 | 切って一つの直方体にしました。
をこのように動かしました。 |
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T | Lの形のようにちょっと変わった立体の体積の求め方は,言葉でまとめるとどうなりますか。 | |
C | 2つに分け,体積の公式を使って体積を求める。 |
C | 形を変えて直方体や立方体の形にしてから求める。 |
C | 大きな直方体として考えて,余分なところをひく。 |
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どの発表の時にも,切り離しができる実物を使って説明させたので,児童C・D・Eの発表の時には,『あーなるほど』といった声が上がった。特に児童D・Eの発表では,立式が1つだったので説明後には『一つの式で求めるなんてすごいな』といった反応があった。また,発表者を決める挙手の場面では,プリントに○があるため自分の考えに自信を持った児童が多く,たくさんの挙手があった。
5 研究のまとめ
(1) | 研究の成果
《課題提示の工夫について》
ビデオを使った今回の課題提示により児童の興味・関心が高まり,積極的に課題の解決に取り組んだ。また,ビデオの途中で,体積の公式を想起させたことによって,既習事項を使って課題を解決するということをより明確に児童に伝えることができた。
《個々の能力に応じた支援について》
授業の実践で述べたように,解決に行き詰まっている児童に対して,机間指導のときの言葉がけや,切り離すことができる実物を手渡したことによって,39名全員の学習プリントに何らかの形で○をつけることができた。また「○つけ法」をすることで,どの児童も喜び意欲的に学習に取り組むことができた。1つの考え方に○を1つつけることにしていたので,○を2つ3つもらおうと,次から次へ解き方を考えようとする児童も増え学ぶ意欲は高まったと考える。 |
(2) | 今後の課題
今回は立体の求積で課題提示を工夫したが,様々な単元での課題提示の工夫をどのようにしていくかが今後の課題の一つである。また,提示に合わせた発問により,児童の学ぶ意欲はさらに高まっていくのではないかと考える。そして,個への支援においても,机間指導による支援の他に,授業の流れの中でグループ別に支援したり,学習形態を変えていくことも課題の一つである。効率よくできるだけ多くの児童に支援できる工夫を今後も考えていきたい。
【参考文献: | 算数科 問題解決型授業作りのノウハウ
柴田録治 監修 金光光男・志水廣 編】 |
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