4.昆虫標本を使った実践

『私の目は顕微鏡 〜昆虫精密画を描こう〜』

◆ねらい
対象を細かく見る,観察眼を養う。
自然に対する興味関心を高め,知的好奇心,感性を養う。
◆準備物
・昆虫標本(児童数分あるとベスト)・四つ切画用紙 ・四つ切色画用紙(紺,黒,赤,緑など)・粘土(または下敷きに消しゴムを貼り付けたもの)→標本を刺す土台にする ・鉛筆(2B,4Bなど)・サインペン ・虫眼鏡(無くても出来る)・のり ・はさみ ・観察したことを書くメモ(私は虫眼鏡の形がたくさん印刷された用紙を用意している。)

◆実際の指導(2年生,4年生,5年生で実践。以下の記録は5年生に実践したときのものである。)



 たくさんの昆虫標本の入った標本箱を抱え,教室に入る。「なんだ?なんだ?」という顔の子どもたち。

「今日はこの昆虫を描きます。本物の昆虫です。今回は特別に一人一匹ずつ好きな昆虫を標本箱から持っていっていいです。」

 「よっしゃー」という声が聞こえてくる。好きな昆虫を自由に選べる,持っていける,というのが子どもたちにとって大変魅力のあるところなのだ。

 以下の注意点をその都度,進度に応じて話す。

(1)よく見て描く (2)大きく描く (3)細かく描く (4)限界まで自然の色に近づけよう

 昆虫は貸すからには壊れてもお咎めなし。ただ,「2年生で行ったときは蝶が3匹壊れただけでした。出来るだけ扱いには注意してね」とは話しておく。丁寧に扱うことも教えていかねばならない。(さて,昆虫標本はその後結果的に10匹近く壊れた。もちろん,決してお咎めなし。一生懸命描いて,そうなったのだ。)

 四つ切り画用紙(白)を配り,鉛筆を用意させたところで班ごとに昆虫を取りにこさせる。あれやこれやと決めかねている様子。その目は好奇心に満ちている。女の子など,最初は「え〜」とか言っている子もいたが,うれしそうにキャッキャ言いながら選んでいる。

 大切なのは,「気持ち悪い」というような子がいたら決してそのままにせず,"普通は昆虫標本を箱から抜いて,自分だけ独占し,絵に描けるなんてことは滅多にないんだよ,こんなチャンスないよ"というようなことを話してやり,活動にのせていくことである。

 持っていった昆虫は粘土に刺す。粘土でなくても,下敷きに消しゴムをセロハンテープで貼り付けたものを用意してもよい。

 全員に昆虫が行き渡り,作業開始。かくして昆虫との"にらめっこ"が始まる。

「上から横から斜めから,色々な角度からしっかり見なさい。」

 虫眼鏡があるときは,それも使って観察するようにうながす。ただ「かく」というだけではいけない。観察するのだ。

「後で,観察して発見したことを書いてもらいます。」

 「すごい足や」などという声が聞こえてくる。真剣な顔。対象をじっと見つめる顔。どの子も標本に顔を近づけて真剣に昆虫を見ている。

「本物そっくりに描くには足がポイントです。足をしっかり見てかきなさい。」

 昆虫画を描く時,「足」がいいかげんな場合が多い。昆虫の足は難しいのだ。それだけに,足をしっかり描くことで,より実物に近くなるのである。あくまでも理科活動ということを意識しての指導が中心である。

 描き進める中で,子どもたちの中から「あ,触覚の長さと身体の長さが違う」とか,「たくさん毛がはえてる」などという声があがる。そのつぶやきを取り上げその都度「良いところに気がついたねえ」「そんなところまで観察してたのか」と褒め,「ただぼんやりと見ているだけではなくて,細かく顕微鏡のような目でみるのです」と教えていく。そしてしっかり"みる"ということの大切さを教えていく。目を鍛えていくのだ。そのような中で,触覚や,足の長さ,体の長さを比較して描く子が出てくるのだ。

「鉛筆描きができたら持ってきなさい。」

 その都度よく見ている所を短く褒めていく。とにかく"褒める"というスタンスで児童にあたると,色々その子のいいところが見えてくる。子どもたちは先生に褒めてもらいたいのだ。

 良いところを伸ばし,それをその他の部分にまで波及させる。それが子どもを伸ばす一番の手だてと考えている。もちろんいけないことは,バシッと短く注意したり指導したりする。とにかく"くどくど""ねちねち"が一番いけない。

「サインペンでなぞりなさい。」

 この時は鉛筆で描いてから,サインペン(マジック)でなぞるということにしたのだが,4年生で行ったときは直接サインペンで描かせた。鉛筆で"下書き"があると思って描くのと,直接"清書"と思って描くのとでは心構えが違ってくる。ただ,あくまでも細かく観察して精密画を描いていくのであるから,鉛筆でみっちりと描いてからなぞってもよいと考える。その時の学級の児童の様子を考えながらどちらかにする。

「色鉛筆で色をぬります。一色でぬるのではなくて,限界まで昆虫の色を再現して色を混ぜながらぬりなさい。」

 色鉛筆で色をぬっていく。細かくぬるためである。ただ,

なんども上からぬり足し,色を作っていく

のである。「色鉛筆はたった12色や24色。自然の色はそんなものではありません。ちょっとぬったからといって安心していてはだめなんです。誰が限りなく自然の色に近づけるかな!」と話す。もちろん机間巡視をしながら「ああ,良い色作ってるなあ。」「これがほんとに色鉛筆の色か?」と頑張っている子を褒める。

 ―良いところを見つけ上げ,褒め,クラス全体にプラスの効果を浸透させる―それが教師の仕事である。

 結果,色鉛筆とは思えない多様な色が次々と出来上がる。昆虫を見つめ,「ここは光っている」などと観察しながらぬっていく。出来上がりを同僚の先生に見せたら「これは何でぬったの?」と言われるぐらいの複雑な色を出す子もいた。

色作りの修練にもなる

のである。

 この実践は図工的な要素をかなり含んでいる。構図や,色鉛筆による混色の勉強にもなるのだ。子どもたちは色鉛筆を使うとき,特に24,32色など多くの色が入っているものを使う時,その一色,一色に頼った色をぬって満足していることが多い。それを修正する機会になるのである。

 その都度持ってこさせながら進め,色がぬれた子に次の指示を出す。

「昆虫を見て発見したことを虫眼鏡型のメモに書き込みなさい」

 B4の用紙に虫眼鏡型の枠をたくさん印刷したものを人数分以上用意しておく。絵が描けた子に取りに来させ,昆虫をみて発見したことをどんなことでも良いので書かせる。二枚目に突入する子も出てくる。観察眼を養うのである。多い子で20個以上の気付きを書いていた。(書いたものは後で切り取らせて昆虫の絵の周りに貼らせる。)

 次は描いた昆虫を切り取る。

「昆虫を,体から2,3ミリ離したところで切り取りましょう。」

 昆虫の体から少し余白を残して切り取ることを,学年に応じてわかりやすいように伝えていく。

それぞれの昆虫にあった色画用紙を教師が選んであげる。

 切り抜いた昆虫を色画用紙に貼る。色は教師が昆虫の体色に合わせて選んであげる。黒,紺,赤などがだいたいどの昆虫にも合う。

「切り抜いた昆虫を色画用紙に貼りなさい。虫眼鏡のメモを昆虫の周りに貼りなさい。」

 のりか両面テープで貼るが,両面テープならピシッと貼ることが出来,はがれないので時間があるときにはおすすめである。

 メモをたくさん書いている子は貼りきれない場合があるので理科ノートに貼らせる。

 こうして,「昆虫精密画」が完成した。 <全4時間程度>

【標本を用いた利点】

(1) 図鑑ではなく本物を観察して描けるということ

(2) 動いている昆虫ではなく,標本を用いるのでじっくりと観察できる。

(3) 本物なので様々な角度から観察できる。

(4) いつでも取り出して利用できる。

 今回の実践を2,4,5年生に行ってみて,小学生でもしっかりした昆虫画が描けるということがわかった。やはり,

本物に勝る教材なし

ということである。以下は児童の作品である。実際の昆虫標本と比べながら見ていただくと面白いかと思う。


























5.終わりに

 昆虫は我々の身近な存在である。子どもたちには絶好の"知的遊び相手"である。

 教室にカブトムシやクワガタムシを持ち込んだときなど大騒ぎである。触ったことのない子どももたくさんいた。私は小さい頃に父がもって帰ってきた特大のシロスジカミキリをみて,昆虫の虜になった。それ以来,全国へ出かけて昆虫を採集,観察する旅を続けている。その時の話を子どもたちにするのが,今では大きな楽しみの一つになっている。

 小さい頃の原体験は,その子の感性や心といったものに大きく作用する。昆虫は子どもたちの知的好奇心を高め,感性を養う力強い存在だ。

 これからも昆虫たちには活躍してもらう予定である。

 この先も,子どもたちの「事実」を見つめ,教師修行していきたいと考えている。そして子どもたちの好奇心を少しでも揺さぶり続けることが出来たらと考えている。



 現在,昆虫標本の貸し出しが出来ないかと模索中です。また,各実践を学級通信『夢虫(むちゅう)』にその都度掲載しておりますので本校までご連絡頂き,ご指導頂けたら幸いです。送らせて頂きます。(尼崎市立北難波小学校 06-6482-0368)

 なお今回の実践をまとめるにあたり,標本撮影において本校山内喜晴先生には大変お世話になり,感謝申し上げます。

【参考文献】

  ○『楽しい昆虫採集』奥本大三郎・岡田朝雄(草思社)

  ○『自然遊び12か月』鍋田吉郎・ながたはるみ(小学館)
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