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 探求活動(課題研究)

東京都立調布南高等学校における『課題研究』の取り組み
~自ら学び続けることができる主体的な学習者の育成を目指して~

東京都立調布南高等学校 森川 美智恵

1.はじめに

(1)本校の概要

本校は23区に隣接する調布市にある創立46年目を迎える全日制普通科の公立高校である。「映画の街調布」のキャッチフレーズのとおり,敷地の隣には角川大映の撮影所があり,本校の文化祭でも映画の製作が盛んである。最寄りの駅から徒歩3分,近くには多摩川が流れ,早朝には澄んだ空気のおかげできれいな富士を眺めることができ環境にも恵まれている。男女共学の6クラス,教員数は専任教諭が40名程である。校舎もグラウンドもこじんまりとしており,一人ひとりの生徒に目が行き届き親身な指導が持ち味であると自負している。

(2)課題研究の導入の経緯

2018年,文部科学省主催の新学習指導要領に関する講演会が東京都で開催された折り,『課題研究メソッド』の著者である岡本尚也氏の講演を,進路指導部主任ともう一人高大接続改革1年目の生徒を迎えた学年の担任教員が拝聴した。閉会後の会場ですぐに「課題研究」を導入すべきであるという意見で一致,普通科高校での導入を模索することとなった。当時の担任団としては高大接続改革の流れは目の前の生徒の進路に大きく関わる事態である。第一志望への進路実現に向けて可能性を広げたいという思いが強くあったことが「課題研究」の導入を後押しする一つの理由ではあったが,それ以上に「自ら学び続けることのできる力の育成」「社会の中で必要とされる資質・能力の育成」「キャリア教育の推進」に対する期待があった。
実際の体制づくりは,2018年度の3学期に進路指導部と学年の共同提案という形で教務部を通し学校全体に提案するところから始まった。具体的には翌2019年度2学年の水曜5限の「総合的な学習の時間」における「課題研究」の推進,その時間のゼミ担当者として担任6名に加え,10名の教員配置に対する協力を仰いだ。この10名の授業時間については現在も持ち時間数には反映されておらず,今後解決すべき大きな課題として捉えている。2018年度の3学期より「課題研究メソッド」「課題研究ノート」を購入し,学年担当が「ノート」に沿って進める形となった。

(3)課題研究を推進する中で浮き彫りにされた問題点

導入1年目は,このように1学年3学期からのスタートで,3学期のうちにテーマ設定ができれば,2学年の2学期末には課題研究を何とかまとめることができると考え取り組みを始めた。翌2019年度,「総合的な学習の時間」の中で16ゼミに分かれ本格的に活動を開始した。授業案については学年担当者が作成した。2019年5月末に岡本尚也氏による「課題研究講演会」を実施し,1・2学年が参加して課題研究とは何かを学んだ。その後2学期末にポスターを作成してゼミ内発表会を開催,ゼミ代表者を選出し,1・2年生全体での「課題研究発表会」をプレゼンテーション形式で体育館にて開催した。年間を通しての指導の流れについては,ある程度の原型を構築することができた。ただし,初年度は2学年での課題研究をどのように推進するかに追われ,1学年への指導には手が回らず,学年主導で「課題研究メソッドStart Book」を活用して,「総合的な探究の時間」(2019年度より名称変更)にて生徒に自学させることにとどまった。

課題研究講演会

課題研究発表会

課題研究1年目(42期生)の取り組みでは,新しい学習に対し生徒も何をしていいのやら,教員も手探りの状態で,残念ながら「調べ学習」の域を出ない研究が多かった。それどころか,生徒のテーマ設定や仮説設定,研究手法,分析の方法,成果物としてのポスター作製や論文(研究概要程度のものであった)に多くの課題が散見し,どのように支援していけばよいのか見直しを迫られた。また,1年間の取り組みを振り返って,1学年のうちにこそきちんとした取り組みが必要であると,その重要性を身にしみて感じることとなった。そして2年目(2019年度)の課題研究の発表後,当時推進役を務めていた探究担当者の負担が大きいことを鑑み,次年度(2020年度)より委員会組織として立ち上げることとなった。「総合的な探究の時間委員会」(副校長,進路指導部(2),教務部(1),各学年担当(3)の計7名)の発足である。現在は「課題研究メソッド2nd Edition」を参考資料として活用し,独自の指導案を作成して進めている。

2.本校の「課題研究」の概要

本校の「課題研究」の取り組みについては,表1「課題研究1年間の流れ(2021年度版)」にまとめているので参照されたい。本校進路指導部の目標は,「生徒一人ひとりの第一志望への100%の進路実現」である。そして「課題研究」に取り組む意義は,キャリア教育の実践や進路実現をするうえでの自己理解・職業理解・社会理解にもつながり,自己肯定感につながるような自分の強み,そして学びに対するモチベーションをもつことができることにあると考えている。

基本的に1学年において,「課題研究」に取り組むうえで必要となる知識・能力及び将来にわたって自ら考え学び続けるための基礎的・汎用的な資質・能力を身につけさせることを目指している(「プレ課題研究」)。2学年においては,個人の興味・関心からテーマを設定し,各自の課題を探究し,研究成果をアウトプットできる力を養うことを目指している。2021年度は特に1学年での「プレ課題研究」の充実を図った。結果として,週に1時間の「総合的な探究の時間」とそれに続く「LHR」の1時間の計2時間の枠において,学年の協力のもと調整しながら必要に応じて1時間もしくは2時間続きで実施した。
「課題研究」のプロセスについては,以下のPPDACの流れを基本とし,1学年ではクラス内でのグループ活動を基本として課題を課しその解決にあたらせた。そして1学年3学期から本格的に課題研究に取り組む。現在(2022年度)「課題研究」4年目の
45期生が2学年での取り組みを進めているが,未だ指導方法の完成を見ていない。今後より良い課題研究とするために毎年改善を繰り返し,「調布南独自の課題研究」を創り上げていく必要がある。以下は,その通過過程である昨年度2021年度の取り組みを紹介する。

表1:課題研究1年間の流れ(2021年度版)

① Problem:問題発見

日常の当たり前を疑い,「?」「!」などの気づきを大切にさせている。例えばちょっとした珍しい風景に目を止め,その写真をもとに,違和感を体験させ,なぜそうなのか,どのように解釈できるかなど,意見交換させている。あるいは,課題に対しての解決の糸口をもつための発想力に着目した演習を取り入れている。また,興味・関心のある事項について圧倒的に知識が不足していることに対し,基本的な知識については新書を読むことを推奨している。

② Plan:研究計画

興味・関心のある事項について,どのような視点から研究を進めていくのか,様々な学術分野からのアプローチの仕方を検討させている。ある課題に対し,例えば教育学の観点から,経済学の観点から,あるいは栄養学の観点からといったように,各自がそれぞれの専門家の視点で事象を観察するといったことを試みている。

③ Data:情報収集・調査・実験

生徒はインターネットでの検索,あるいはアンケートに走ることが多く,研究の方法についての理解が浅い。「課題研究メソッド2nd Edition」を参考にさせているが,自分の主張とそれを立証するための根拠をどのように示すことができるのか,科学的なアプローチができない生徒が多くみられる。論理的思考力を含めて何が言えて何が言えないのかを学ぶことが重要である。対策として,予め「テーマ」を提示したうえで,生徒に「仮説設定」及び「検証方法」についてグループで検討させた。(資料②参照)

④ Analysis:分析

収集した情報をどのように分析するかについては難しいことも多く,専門的な知識がないと指導の手を入れにくいプロセスでもある。今年度(2022)は2学年において,都内の大学から講師を招き,データ分析についての講演会を実施した。しかし1時間の講演のみでは内容も含め理解が深まるとは到底考えられない。またデータサイエンスの知識を学ぼうとすると難しすぎてモチベーションを下げてしまう生徒もいることが予想される。今後は実際のデータに対峙させながら,簡単な作業を通して統計学のおもしろさを伝えていきたい。

⑤ Conclusion:結論・まとめ・アウトプット

課題研究の成果物として論文の作成を目指している。論文執筆のためのフォームを提示し,二人一組でお互いの論文の読み合わせを行い,疑問点や標記のミスがあった場合に付箋を貼って指摘し合うことで完成に向けてより良いものにブラッシュアップしている。ただ生徒同士でどの程度の指摘が可能であるかは課題の残るところである。ゼミ内発表会や学年内発表会,課題研究発表会においてもパワーポイントによるプレゼンテーションを課しているが,口頭の発表と自分の言葉で読み手にわかるように論理的に「書くこと」については異なる能力を必要とするため,やはりきちんと論理的に「書く」ことのできる力を身につけさせたい。

3.おわりに

変化の激しい予測のつかない社会の中を生き抜くには,完成するまで足踏みしてその時を待つのではなく,不完全でもできる限りのことを検討した上でスタートを切り,改善を重ねながらより良いものを創り上げていくことが必要であるとされる。本校の課題研究もまた見切り発車の感が強い。そしてまだまだ改善すべきところが多々あるが,逆にそれが支援する側のモチベーションとなっていることは間違いない。「わくわく感」や「楽しむ」は課題研究のキーワードである。生徒も教員も今後更に楽しみながら課題研究を推進することを目指したい。

果たして実際に現在の課題研究の取り組みがどのように生徒に影響を与えているのかはわからないが,課題研究という学びを完了した42期(2020年度卒業)と43期(2021年度卒業)による卒業時アンケートの結果を示しておく。
「2年次での課題研究のテーマは進路と関係があるか」という質問に対し,課題研究1年目(42期)では「はい」が70.6%,「いいえ」が29.4%であり,2年目(43期)では「はい」が84.6%,「いいえ」が15.4%となった。(数値は42期180名,43期182名の回答の結果であり,全卒業生からの回答は得られなかった。)
結果として「課題研究」を自分の強みとして,総合型選抜や学校推薦型選抜にチャレンジし入学する者も出ている。また2年目に初めて質問項目に追加した「第一志望はどのように決めたか」という質問については,「やりたいことができる」と答えた者が54.4%(182名中)となった。

今後,課題研究導入の趣旨に照らし合わせ,生徒の資質・能力がどのように伸びたのかどうかを図る具体的な評価軸を検討することも重要な課題の一つである。