本校は令和元年度から本格的に探究学習に取り組み始め,今年で3年目となった。活動の中心は2年生で,週2時間,年間約50時間を探究学習にあてている。1年生の終わり頃からテーマについて考え始め,2年次の1月に成果発表会を実施し,3月に研究論文を提出して探究学習が終了する。探究の目標は「自らが課題を見いだし,それを解決するためのスキルを身につける」こととし,「生徒・教師が知的好奇心をくすぐられワクワクしながら取り組む活動」を目指している。担当分掌は3年前に新設された「探究部」で,2年学年団の教員と,1・3年生の副担任が生徒の活動をサポートするという体制をとっている。
生徒所有のスマホとGoogleドライブを活用して探究活動を推進
本校の探究活動の前身となったのが,平成30年まで17回実施してきた「国際高校生フォーラムin倉吉」である。これは,様々な社会問題の一つを共通のテーマとして,参加校がその問題の解決策をプレゼンし,討論するというイベントであった。毎年8月上旬に国内外の10校程度が参加し,本校がホスト校となって,倉吉未来中心大ホールを会場に行われてきた。教育問題,環境問題,核問題など,正解の無い様々な課題に対して多角的な視点からユニークな提言が行なわれてきたが,「一部の生徒しかこの取り組みに関われない」や,「与えられたテーマでは生徒の課題発見能力を伸ばすことができない」という問題点が指摘され,平成30年にその幕を閉じた。しかし,国際高校生フォーラムの経験や海外の参加校との連携の消滅を惜しむ声も多く,「それらを継承しつつ」という課題を与えられた上で,令和元年度から「2年生全員が,自ら設定したテーマに取り組む」とい本校の探究学習がスタートしたのである。
第17回フォーラムでの本校のプレゼン
参加校生徒による討論会の様子
本校では,1年生の6月から総合的な探究の時間を利用して探究スキル学習を実施している。担当は1年正担任で時間数はトータル15時間。『課題研究メソッド』(岡本尚也著)をテキストにして,「探究テーマの見つけ方」,「リサーチクエスチョンの立て方」,「研究の進め方」,「説得力のある文章の書き方」,「文献引用のルール」などに関する理解を深めていく。『課題研究メソッド』に1年次から親しませておくことで,もし生徒が内容の一部を忘れたとしても,2年次に自分で必要な情報を検索できる能力の育成を目標としている。2学期からはスキル学習の一環としてミニ探究活動を行う。これは「探究テーマ」を学校が指定し,そのテーマに沿ったリサーチクエスチョンを生徒自身が考えて探究を進め,発表するという企画である。令和2年度のテーマは「学習改善」であった。「学習方法」,「学習環境」,「学習時間」,「睡眠と学習」などに分野を絞ってリサーチクエスチョンを設定し,探究成果はスマホを使ってポスターにまとめ,探究成果発表会で発表した。また,2年生の探究活動の経験を共有し継承することを目的として,成果発表会の後に2年生の探究グループを訪問し,アドバイスを受ける時間も設定している。
各クラス4人で班を作って探究を実施
スマホを解禁し研究を促進
本校の探究活動は,1年次の学年末に大まかな探究テーマ及び興味関心のある分野の希望調査を行い,探究グループ(探究ゼミ)と担当教員(ゼミ担当)を決定する。ゼミ担当には2年団の正担任・副担任と,1・3年団の副担任が,教科の特性や本人の希望を考慮して配置される。令和3年度は2年生約200名に対して35人が担当しているので,一人あたりの生徒数は5~7名である。探究は個人研究・グループ研究いずれも可としているが,一班あたり3人以下という人数制限を設けている。
本校探究部は,テキスト『課題研究メソッド』に沿った「探究学習の手引き」を作成し,探究のルールやスケジュールを共有して活動を進めている。4月から5月にかけて大まかな探究テーマを決めて文献調査を行い,読んだ本の内容や新たな発見をワークシートにまとめ,テーマを絞り込んでいく。5月末に暫定的なリサーチクエスチョンを作成し,ゼミ担当とのディスカッションを経て精度を上げていく。その後,夏休みの終わりまでに探究論文の序論を作成する。序論の内容は「研究のタイトル」,「リサーチクエスチョン」,「探究の背景」,「研究目的・意義」である。夏休み明けから本格的に研究が始まり,10月にはこれまでの研究内容を1枚の模造紙にまとめてポスター発表形式で「中間発表会」を行う。12月には研究内容をA4用紙2枚にまとめた「研究概要」を提出する。この研究概要は鹿児島で行なわれる「高校生国際シンポジウム」の校内選考資料にも利用している。1月末には中間発表と同様にポスター発表形式で1年間の探究成果をプレゼンする「探究成果発表会」を行う。そして2月から3月にかけて探究論文を作成する。ボリュームはA4用紙4枚以上という条件を付けているが,論文は既に提出している「研究概要」と同じ書式で作成し,研究概要に記載できなかった部分を付け加える形でまとめるため,生徒のほぼ全員が期限内に提出を完了した。提出された論文はファイリングして図書館に展示し,後輩が先輩の研究を自由に閲覧できるようにしている。
探究中間発表会(10月)
探究成果発表会(1月)
本校の探究学習は,基本的に生徒が探究テーマ及びリサーチクエスチョンを設定して活動を進めていく。そのため,ともすると興味関心の範囲が生徒の生活圏内に限定されたり,研究手法や内容が表面的なものにとどまるものも少なくない。そこで生徒の探究を深めるための取り組みを幾つか工夫し,実践してきた。
本校では全生徒とゼミ担当の教員に『課題研究メソッド』を配布して指導の参考にしてもらっているが,単に配布しただけでは活用に至りにくい。探究の年間のスケジュールの提示だけでなく,毎時間「指導計画」を作成し「本時のゴール」と「ゴールへの道筋」を具体的に先生方に示した。しかし,あまりにもガチガチにしすぎると「やらされ感」につながりかねないので,自由にアイデアを盛り込んでアレンジしていただくこともお願いした。
また,月例の職員会議の際に職員研修を行った。昨年度は4回実施し,それぞれテーマは「探究活動の意義」(4月),「RQ(リサーチクエスチョン)の設定方法・指導方法」(6月),「アンケートフォームの作成と留意点」(7月),「探究中間発表を終えて」(10月)であった。研修テーマと資料は探究部が討議して作成し,パワーポイントにまとめて説明した。探究部内での議論を通じて問題意識の共有と解決策の考察が進み,それが他の先生方へも波及していったように思う。担当していただく先生方に「ゴールと道筋」を如何に理解していただくか,学校を挙げて取り組む雰囲気を如何に作っていくかに腐心した1年間であった。
一般社団法人Glocal Academy 主催で毎年2月に行われる「高校生国際シンポジウム」(以下「シンポジウム」)出場を2年生共通の目標として,「全国レベルの研究」を意識させる取り組みを行なってきた。運動部の生徒がインターハイを目指すように,本校は「シンポジウム」を目指させることで,「全国レベル」を意識させた。本校が初めて出場したのが令和2年の第5回大会であるが,参加した生徒が新2年生に対して大会報告会を行い,本人の発表だけでなく,他の参加校の内容や水準,その他,鹿児島での楽しかった思い出等を語ってもらい,2年生の鹿児島を目指す思いを高めさせた。また,第6回大会では本校生徒がグランプリを受賞したが,このことはメディアに大きく取り上げられ,本校の生徒だけでなく,地域や行政への大きな刺激となった。
第5回 高校生国際シンポジウムでの発表
第5回大会には3チーム・4名が参加
また,発表や論文の書式もシンポジウムの様式に合わせた。1年目のポスター発表は手書きで作成したが,2年目からはシンポジウムに合わせて様式を統一し,パソコン・スマホを使って作成したデータを模造紙サイズに拡大してポスターとした。また,12月に提出させた「研究概要」も,シンポジウム応募のための「研究要綱」と同じフォーマットで提出させ,校内選考と応募の手間を簡略化した。さらに,事前に過去のシンポジウムで高評価された「研究要綱」を全員に配布して研究の参考にさせた。大学や各種団体主催の研究発表会も多数あるが,シンポジウムを目指す理由は,『課題研究メソッド』の著者・岡本尚也氏が理事長をされている一般社団法人Glocal Academy主催の大会であること,また,2月は時期的に研究成果がまとまる時期なので,校内スケジュール的にも応募しやすいためである。
令和元年度から探究学習をスタートするにあたり,生徒の学校へのスマホ持ち込みを解禁した。生徒の調べ学習を推進するためには,インターネットの利用は欠かせないと判断したためである。パソコン購入も検討したが,まずは生徒が現在もっているデバイスを活用するBYOD(Bring Your Own Device)からスタートすることにした。Wi-Fi環境の整備に関しては,パナソニック教育財団に「ICT環境の整備を通じての,BYODを活用した探究学習の推進」の実践研究助成を申請し,50万円の助成金の交付を受けて学校独自に整備を進めた。
この年の12月には,G Suite for Educationの試行を開始し,令和2年度からは生徒全員にGoogleライセンスを割り当て,Google Classroomを通じて情報共有が行えるようにした。1年目はMSワードで探究論文を作成させたが,学校にあるWindowsパソコンの数が不足して研究が進まないという問題が生じたため,令和2年度からはGoogleドキュメントの利用に切り替えた。共通のテンプレートを生徒に配布し,個人のスマホを利用して発表用ポスター,研究概要,探究論文などを作成ができるようにした。このことで作成の利便性が高まっただけでなく,教員も生徒の進度を確認しやすくなり,アドバイスがしやすくなった。
空き時間を利用してスマホで探究
大型液晶の使いやすさを改めて実感
令和元年度は,鳥取大学工学部,島根大学教育学部にご協力いただき,探究班の生徒の大学訪問を実施した。鳥取大学は12月に1回,島根大学は11月と1月に2回,いずれも希望者を募って貸し切りバスをチャーターし,平日に「出席扱い」で開催した。参加生徒は大学教授からアドバイスをいただくことで多くの示唆を得ることができた。それに加えて,実験施設の利用や見学,講義参観,図書館ツアー,卒業生との交流,学食の利用など普段できない体験をすることができ,大学での学びに対する興味・関心を高めることにもつながった。令和2年度は新型コロナウィルス感染症の拡大により実施できなかったが,周囲に高等教育機関が乏しい地方の高校生にとっては貴重な経験であり,再び復活させたい事業である。
島根大学教育学部研究室訪問
鳥取大学工学部研究室訪問
本校は,平成30年度まで「国際高校生フォーラム」を主催しており,韓国の安養高校とシンガポールのセントジョセフ高校チームもこのイベントに招待していた。そこで,令和元年度に探究学習が本格始動した際,探究活動に国際的な視点を加え,生徒間・学校間の交流を深める目的でこの2校に共同研究を打診したところ,快諾いただいた。また,令和2年度からは,2年生の研修旅行の訪問先である台湾の桃園高校も共同研究に参加していただくことになった。
安養高校・セントジョセフ高校・桃園高校から各1チームを,本校からは3チームを募ってマッチングし,共同探究チームを3チーム結成した。参加人数は双方の高校3人以下,合計6名以下とした。具体的な探究テーマ及びRQ(リサーチクエスチョン)は当該チームの生徒同士の話し合いの中で決定した。各チームのテーマは次のとおりであった。
チーム | テーマ |
---|---|
安養高校(韓国) | 男女間における犯罪 |
セントジョセフ高校(シンガポール) | 地球温暖化と虫害の拡大 |
桃園高校(台湾) | 日本と台湾の英語教育の違い |
各校とも6~12月にかけて,月に1回の定例Zoomを利用したビデオ会議を行った他,生徒同士で必要に応じてemailやLINEなどを使って情報交換を行った。 探究成果は,12分間のプレゼンテーションにまとめた。成果物は,双方のチームの主体的な活動を促すため,各校で別々に作成した。
安養高校チームのZoom会議
セントジョセフ高校チームのZoom会議
令和3年1月30日(土)倉吉東高校にて成果発表を行なった。午前中は各教室を会場にポスターセッション形式で2年生全員が探究内容を発表し,1年生は探究スキル学習の成果を発表した。午後からは体育館で海外チームの発表と,岡本尚也氏の講演会を実施した。当初は直接海外チームを本校に招く予定であったが,新型コロナウィルス感染症の流行のため,Zoomで各高校と本校を結んで,オンラインでプレゼンと質疑応答を行なった。プレゼンは12分以内,質疑応答は10分以内で,いずれも英語で行った。
桃園高校チームのプレゼン
セントジョセフ高校チームのプレゼン
本校は基本的に生徒が自らの興味関心に応じて探究テーマを決定するため,どうしても学術的に発展性の乏しいテーマを選ぶ生徒も一定数でてくる。また研究方法も,Webサイトからの情報を切り貼りしたものや,校内のアンケート調査結果のみをエビデンスに理論を構築するチームもあり,学問的な深まりに至らないものも多かった。探究の学術性を高め,今後のキャリア形成に寄与する内容にするために,今後の対応としては以下の2点を考えている。
探究テーマが決定したら,関連書籍を選んで2冊以上読ませ,ワークシートに「内容・新たな発見・探究への示唆」などをまとめて提出さる。文献調査を通じて個人的な興味関心を社会的な課題に昇華させるとともに,先行研究の重要性を意識させる。また,1年生のスキル学習で図書館の更なる活用や文献検索の方法についての理解を深めるとともに,文献の引用に関するルールの指導を徹底する。
探究テーマや探究の方法を考える際に,フィールドワークの実現可能性を必ず考えさせる。これまで評価の高かった探究発表は,地域の物的・人的リソースを活用して,独自性を高めているものが多く,地域との連携は探究の深化やオリジナリティを高めるのに重要な要素である。
昨年度の探究中間発表会・探究成果発表会とも,ポスター発表形式とした。各チームが探究内容の説明には努力していたが,質疑応答はあまり活発ではかった。探究学習は自らの興味関心に応じて研究を深めるだけでなく,他者の探究内容を理解し,批判的に考え,疑問解決のために行動できる力を養う必要がある。そのために今後,以下の対応を考えていきたい。
生徒研修資料「中間発表の課題」より
教科指導でも探究的な学びを行うよう授業改善を促す。教員の説明は最小限にとどめ,生徒の調べ学習や討議の時間を確保し,発表や質疑応答を普段の授業から普通に行っている学校の風土を作っていく。
質問を考える時間を保障するために,発表会の1週間前からA4サイズでポスターを掲示しておく。生徒は事前に質問を考えてメモをとり,質疑応答の事前準備を行なう。
昨年度は基本的に各自のスマホを使って成果物の作成に取り組んだ。しかし,多くの生徒はスマホの使用に慣れているとはいえ,やはり5~6インチのスマホの画面では全体像が見にくい上,ディスプレイ上に表示されないアイコンも多く,操作に苦労した生徒も多かった。また,Googleドライブの利用方法や,Googleアプリの利用技能に関しても教員・生徒とも個人差が大きく,多くの相談が探究部に多く寄せられた。そこで,今後は以下の対応を考えている。
令和3年度の入学生から,全員がChromebookの購入を行っている。画面サイズが約12インチと大幅に拡大し,キーボードの利用が可能になったことで利便性が格段に向上した。また全員が同じ機種をもつことで教員の指導が標準化された。
「総合的な探究の時間」だけで生徒に必要なICTスキルを身につけさせることは難しい。情報科と連携して1年次から探究に必要な生徒のICT技能の向上を図っていくとともに,他教科でも積極的にクロームブックを活用した授業を推進していくことで,情報活用能力を高めていきたい。
2022年度から実施される新学習指導要領では,生涯にわたって探究を深める学習者の育成が求められている。本校の教育目標も「主体的学習者の育成」であるが,実際は教師が教科の知識をいかに分かりやすく伝達し,生徒に定着させることに注力してきたことは否めない。探究活動を校内で推進していく上で考えることは,「探究学習は総合的な探究の時間の枠内だけでは不十分」であり,普段の授業や学校生活を「探究的な学び」,「主体的・対話的で深い学び」にしていく努力が不可欠であるということである。また本校は現在,国際バカロレア(IB)ディプロマプログラムの候補校であり,2022年度の認定を目指しているが,バカロレアが目指す生徒像の実現の為にも,探究的な学びの推進は重要なカギを握るといえる。生徒に教科横断的な発想を求めるのであれば,教員も他教科の内容や指導方法に対して無関心ではいられない。また探究学習の推進にはICT活用技術や情報リテラシーの向上も不可欠である。探究学習の課題は教育改革全体の課題とも一致しており,今後学校全体で取り組むべき課題と考える。