本校は,「社会に学び,社会に貢献する技術者の育成」を建学の精神とする芝浦工業大学の併設校として昭和55(1980)年に,「創造性の開発と個性の発揮」を建学の精神として千葉県北西部の地に創設されました。平成2(1990)年からは男女共学となり,また平成11年には併設中学校が開校し,現在は中高一貫六か年カリキュラムを有する全日制普通科の高校となっています。本校は開校当初から「総合学習」の授業を教育課程に設置し,建学の精神をより具体的に実践する取り組みとして実施してきました。平成16(2004)年のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)第Ⅰ期指定以降,課題研究に取り組む授業を学校設定科目として教育課程に設置し,課題研究を重視する理数系教育の開発・実践を行っています。理系・文系の比率はほぼ3:1と理系を志す生徒が多く,進学先は内部推薦による芝浦工業大学だけでなく,国公立大学を含め多岐にわたります。
図1:芝浦柏の探究プログラム
本校は,学校教育全体で育成を目指す資質・能力としてSS(芝浦サイエンス)コンピテンシーを設定しています。
図2:SS(芝浦サイエンス)コンピテンシーの一覧
これはSSH第Ⅲ期の指定を受けたことを機に設定されたもので,自律的活動力,問題発見力,問題解決力,研究基礎力の4つで構成されています。それぞれ三つの下位因子を持つこのコンピテンシーは,生徒一人ひとりが将来社会で活躍する具体的な姿や活動のイメージを想定し,そこから設定されたものです(図2参照)。
本校では,第Ⅲ期のプログラムを通した生徒のSSコンピテンシーの伸長に関して,多角的な視点で検証する方法を開発・実践しています。これにより,本校の教育活動全体の更なる改善を図れるだけでなく,探究的な学習を中心としたカリキュラムに対する客観的な評価指標・データを普及させることが可能となると考えています。
2024年度より,中高6カ年でSSコンピテンシーを系統的に育成することに主眼を置き,中学校の「総合的な学習の時間」と高等学校のSSⅠ・Ⅱ・Ⅲ,通常教科の取り組みを見直しています。それらを全生徒が履修することで,将来,世界に新たな価値を創造する理工系人材の裾野を広げることができると考えています。
図3: 中高6カ年の課題研究プログラム
第Ⅱ期における「総合的な探究の時間」,学校設定科目の取り組みを統合し,学校設定科目SSⅠ・Ⅱとします。一部の生徒を対象としてきた充実した課題研究支援を全生徒に広げ,SSコンピテンシー育成の中核とします。今年度より年次進行で開発しており,4.高校第1学年の課題研究(学校設定科目「SSⅠ」)にて詳細に説明いたします。
また,SSⅢを課題研究科目として新設し,SSⅠ・Ⅱで取り組んできた課題研究の論文を和文と英文で作成します。研究の過程を整理し,成果を表現するという研究の最後のプロセスを全生徒に丁寧に取り組ませ,最終的に研究活動の振り返りを踏まえた自己推薦文を作成させることで高等教育に向けた自分のキャリアについて考えさせる設計です。
<2024年度の実施体制>
科目(単位数) | 担当 | |
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高1 | SSⅠ(2単位) 火曜日5-6時限 | 学年教員9名および探究科教員6名, 理科教員14名,情報科教員2名 |
これまで有機的なつながりを見出さないまま乱立した中学3年間の取り組みを現在,SSコンピテンシーを踏まえて精選しています。各学年の「総合的な学習の時間」(2単位)を再編することで,生徒の発達段階に応じた系統的な探究プログラムを開発します。
「総合的な学習の時間」と学校行事が有機的につながることを目指して,大学や研究機関・企業との連携による体験活動を配置します。中学各学年において,それらに関連したテーマに対して自ら課題を設定し,その課題発見・解決に取り組みます。
<2024年度の実施体制>
科目(単位数) | 担当 | |
---|---|---|
中1 | 総合的な学習の時間(2単位) 土曜日1-2時限 | 学年教員4名および探究科教員6名 |
2024年度より学校設定科目「SSⅠ」(高1必修/2単位)を開設し,生徒全員が課題研究を高校1年次から継続して取り組む体制に移行しました。本科目は「総合的な探究の時間」(1単位)と「情報Ⅰ」(1単位)を発展的に統合した内容の科目です。
「総合的な探究の時間」に対応する時間(以下「SSⅠ(総探)」)では,前期に基礎探究プログラム(プレ探究)を通して課題研究の基本的な手法や考え方を学び,後期からは発展研究プログラム(高校2年末までの1年半をかけて取り組む専門的課題研究)の最初の半年間の活動を行います。そして,課題研究の過程において求められる情報活用能力を情報Ⅰに対応する時間 (以下「SSⅠ(情報)」)と連動して学ぶところがSSⅠの特色の1つです。SSⅠ(情報)では情報Ⅰの内容のうち,情報社会の問題解決,情報デザイン,データの活用の分野(特にデータをもとにした問題解決のフレームワークであるPPDACサイクルの意義)を主に学びます。これらの学びを課題研究の実践と有機的に結びつけながら,研究活動の基盤となる情報活用能力を高めていくことをねらいとしています。
前期プレ探究では,各自の興味・関心をもとにして編成された2~5名のチームで課題研究を行います。『課題研究メソッド 2nd Edition』p.18-19記載の「課題研究のステップ」に沿って,下記のような計画を立てて授業を進めています。本稿執筆時点(2024年7月末日)において,夏休み前の第11回授業までおおよそこの計画の通り,実施してきました。
時期 | 回 | 学習テーマ | 課題研究メソッド 2nd Edition | |
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4月 | 1 | SSⅠガイダンス -課題研究を始めよう- | p.12-19 | |
2 | 自分の興味・関心を掘り下げよう | 《STEP1》 研究テーマを決める |
p.24-25 | |
3 | 研究テーマを決めよう -前編- | p.26-34 p.39 |
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5月 | 4 | 研究テーマを決めよう -後編- | ||
5 | 先行研究を調べてみよう | 《STEP2》 リサーチクエスチョンを導く |
p.48 | |
6 | リサーチクエスチョンを導出しよう -前編- | p.44-45 | ||
6月 | 7 | リサーチクエスチョンを導出しよう -後編- | p.46-47 | |
8 | 仮説を立ててみよう | 《STEP3》 仮説を立てる |
p.66-68 | |
9 | 仮説の検証方法を考えよう | 《STEP4》 適切な研究方法を選ぶ |
p.71-73 | |
7月 | 10 | 研究計画発表会準備 | 《中間目標》 研究計画書を作成する |
p.96-100 p.141-149 |
11 | 研究計画発表会 | |||
夏休み | [宿題] 文献調査報告書の作成 | 《STEP5》 調査・実験を実施する |
p.74-76 | |
9月 | 12 | 仮説を検証しよう | p.77-89 | |
13 | 検証結果を分析して結論を導こう | 《STEP6》 結果をまとめて考察し,結論を導く 《STEP7》 研究内容をまとめ,発表する |
p.106-122 | |
14 | 研究内容をまとめよう | p.123-129 |
研究テーマの設定とリサーチクエスチョンの導出は,研究の方向性を定める上で極めて重要でありながら,同時に多くの生徒が困難に感じ,どこから手をつければ良いのか悩む最初のハードルです。本校では,そうした生徒たちの課題解決のために課題研究メソッドを参考に作成した「プレ探究ノート」を配布しています。このノートは,課題研究の具体的な進め方を示しており,生徒はマンダラートの作成や先行研究調査などの様々なワークに取り組むことで,課題研究の基礎を段階的に学んでいくことができます。本書に示されている具体的で分かりやすい例に,生徒は自身の研究テーマを当てはめて考え,研究を進める上で大きな手助けを得ていたと実感しています。
生徒は苦労を重ねながらもチームで協力して課題研究を進め,夏休み前に全てのチームが研究計画発表を行いました。夏休み明けからは研究計画に基づき,仮説の検証,結果のまとめ,考察,そして結論に至るプロセスを実行し,前期のプレ探究活動を終えます。
このように,高1前期に十分な時間をかけて課題研究の基本的な手法を段階的に学び,実践を通して課題研究の一連の流れを経験することは,今後の専門的な課題研究へとつながる重要な礎となると考えています。
高1後期からは1年半におよぶ専門的課題研究が始まります。生徒は実験室での実験を伴う理工系分野の「ラボコース」か実験室を必要としない自然科学や人文社会科学分野の「ゼミコース」のいずれかを選択し,本格的な研究活動を行います。
生徒が前期のプレ探究で培った資質・能力を活かし,自分の興味関心と将来の進路や社会の課題を結びつけながら,さらに質の高い研究を行えるように引き続き研究支援体制の充実とSS科目の包括的なカリキュラム開発に力を入れて取り組みます。
中学校の「総合的な学習の時間」は,高等学校の学校設定教科SSへの接続を意識し,課題研究の土台部分を学ぶために『課題研究メソッド Start Book』を使用しています。ここでは,今年度実施している中学1年次の取り組みを紹介します。中学1年次では,自分の興味・関心に基づいて,身近な疑問を調べ,その結果何が分かったかをまとめる活動を行っています。
指導計画は以下のようになっています。
時期 | 学習活動 | キーワード |
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4,5月 | ガイダンス,問題意識の形成 | #探究メモ #山階鳥類研究所 #鳥の博物館 |
6月 | 課題の設定 | #QFT #国立科学博物館 |
7,8月 | 情報の収集,整理・分析 | #情報カード #外在化 #図書館の活用 |
9,10月 | まとめ・表現,発表会 | #スライド作成 #学びの舞台 |
4・5月の時期は自分の興味・関心を探るため,日常生活での気づきや感動に目を向けていくことから始めています。生徒は学校行事などの大きなイベントに限らず,日々の授業や部活動,そして学校生活以外で多くのことを体験しています。しかし,こうした体験のなかにある気づきや思考に目を向けて言葉にしていかなければ,それらを深め自らの学びにつなげていくことはできません。生活の中で生まれた気づきや問いと学習内容をつなげていく姿勢は,中高の教育課程で目指すべき学力形成の重要な基礎となります。そこで本校では「探究メモ」というシートに,日常生活での気づきや感動を自分の言葉で,3~4行の文章でまとめ,その内容にタイトルをつけるという取り組みを行っています。体験を振り返り,そのときに何が目にとまったのか,何が頭に浮かんだのかを言語化することで,自分の興味・関心を探っていきます。
また,本校は山階鳥類研究所と教育連携協定を結んでおり,研究所に近い手賀沼周辺(水の館や鳥の博物館等)でのフィールドワークや研究所の方の講演会を設けています。さらに,国立科学博物館見学も実施しており,これら一連の学びによって湧きあがった疑問や関心に基づいて,文献や資料を調べていきます。
6月からは,自分の興味・関心に基づいたテーマから問いをつくっていきます。まず,『課題研究メソッド Start Book』のp.33に記載されている問いの種類を知ることで,問いづくりの視点を学びます。そのうえで,QFT(Question Formulation Technique)という手法を用いて,グループで問いづくりを行います。他者との協働を通して,多様なアイデアに触れ,仲間からのサポートも受けながら,問いづくりの過程を経験してもらうことが目的です。これらの活動を行ったうえで,個人の興味・関心に基づいた各々の問いづくりに入っていきます。
情報の収集に関しては,『課題研究メソッド Start Book』のp12に記載されている情報の信頼性についての知識や図書館の利用方法,インターネット検索の方法などを学びます。情報収集する際は,様々な情報源がある中で,手軽さゆえにWebサイトの情報に頼りすぎないよう,新書などの書籍を活用するように指導しています。収集した情報は「情報カード」にまとめていきます。情報カードには,書籍やWebサイトからの引用だけでなく,そこから何がいえるのかなど,意見や考察を自分の言葉で書いていくことを大切にしています。ここで気を付けているのは「情報源から引用した言葉」と「自分の言葉(意見や考察)」をしっかり分けて捉えてもらうことです。そのため,情報カードにアバター(自分の分身)を書き込ませるような工夫をしています。自分が作ったアバターの吹き出し部分にコメント(意見や考察)を書きこむことで,引用した言葉との差別化を図るとともに,改めて自分の感じたことを客観的に捉えられるような仕掛けとなっています。
本稿執筆時点(2024年8月末日)において,(1)~(3)の内容に取り組んできました。今後は夏休み中に集めた情報カードを整理・分析し,考えたことをA4用紙にまとめ,冊子にします。冊子の内容は,他者に分かりやすくスライドにまとめ,授業参観週間に設定された発表会に臨みます。同級生だけでなく,多くの大人からのフィードバックをもらえる学びの舞台を演出する計画となっています。
2024年度からSSH第Ⅲ期の指定を受け,第Ⅱ期に開発したさまざまな取り組みの改善に努めています。とりわけ,中学の総合的な学習の時間(以下,「総学」)と高校の総合的な探究の時間(学校設定科目「SSⅠ・Ⅱ・Ⅲ」)の授業改善はSSコンピテンシー育成の要と位置付け,SSH事業の進捗を把握するSSH統括室と総学・SSⅠ・Ⅱ・Ⅲの企画・運営を務める探究科で意見を交換しながら進めています。現在,中学2年次の総学とSSⅡの年間指導計画を作成していますが,来年度以降は生徒のSSコンピテンシーの伸長に関する評価を踏まえながら課題研究(探究)授業の改善に努め,世界に新たな価値を創造する理工系人材の育成を図ります。