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 探求活動(課題研究)

「普通」の普通科の学校が取り組む総合的な探究の授業

大阪府立刀根山高等学校 木原 葉子

1.はじめに

裏山の遊歩道

本校は,かつて刀根山の高台にあった大阪大学薬学部校地および薬草園の跡地に昭和52年に開校した全日制普通科の高等学校です。今年で創立48年目を迎えました。 阪急宝塚線蛍池駅,大阪モノレール蛍池駅から700mという交通至便地にありながら,校内に里山を有するなど,自然環境にも大変恵まれています。「自ら未来を切り拓く 心豊かでたくましい人間を育てる」を教育目標に掲げ,様々な教育活動を通して,これからの時代を生き抜き,活躍できる生徒たちの育成に取り組んでいます。

2.本校での「総合的な探究の時間」のはじまりと準備から現在へ

2018(平成30年)に告示された高等学校学習指導要領において,「総合的な探究の時間」が新設され2022(令和4)年度から本格実施することになりました。本校では2019(平成31・令和元)年度よりプロジェクトチームを立ち上げ,1年間かけてどのような授業にしていくかを検討し,2020(令和2)年度,43期生の2年次,44期生の1年次より本校独自の「総合的な探究の時間」が始まりました。

<準備~現在の体制>

本校のイメージキャラクター「トネッピー」

  • ②:総合的な探究の時間プロジェクトチームで3年間の大まかな案を作成
  • ②:43期生は1年次に別の形での「総合的な探究の時間」の授業を実施していたので,その実施内容を踏まえつつ新しい「総合的な探究の時間」を残り2年分考案し実施
    44期生以降の入学生は,新しい「総合的な探究の時間」を3年分考案し,実施
  • ③:②を踏まえ,43期担当者と44期担当者に分かれて,週1回定例会議を設けて,次年度以降の案を検討
  • ④:2020(令和2)年度は③の担当者で実際の授業を担当しながら,次年度以降継続して授業ができるよう,残していった
  • ⑤:2021(令和3)年度以降は,授業担当者とは別に,主担者が「担当者会議」を開催し,授業内容および方法をレクチャーしながら,授業担当者とともに検討してブラッシュアップを図る
  • ⑥:2023(令和5)年度には「探究部」という校務分掌(分掌長1名を含む3名)を立ち上げ,大きなイベントや対外活動などは探究部が中心となり,授業担当者の負担を軽減できるようにするとともに,校内外に対しての周知活動を担当している

3.『トネ究』の目指すもの

本校では「総合的な探究の時間」を,『トネ究』と呼び,各学年1単位ずつ授業があります。2年次の終盤から3年次にかけて課題研究に取り組み,『TONE究Day』と称する校内発表会を学校行事として実施し,生徒全員が発表することを目標に,計画を立てています。
探究活動の基本である,「課題の設定」→「情報の収集」→「整理・分析」→「まとめ・表現」を1サイクルとする【探究のサイクル】を1年間に最低でも1周実施できるように,カリキュラムを作成しています。また,決められた時間内で,相手にわかりやすく,自分の伝えたいことを伝えられるようになることを目標に,様々な発表の機会も意図的に多く設けています。
※:令和4年度から始まった校内全体発表会のこと。本校では学校行事として実施している

4.授業の進め方

各学年3クラスずつ同時展開で授業を行っており,各クラスの授業担当者(3名)と3クラスを渡りながらサポートするTT(ティームティーチング)教員(1名)の計4名で1時間を担当します。この3クラスというのは,本校の視聴覚教室で一度に活動ができる人数でもあり,全体に伝えたいことは視聴覚教室で一度に。グループワークや個人での活動はHR教室で。と内容に合わせて活動場所も変化させています。もちろん成績を付けるので,担当教員は決まっているのですが,TT教員を含めた4名で1学年を見るという体制を取っています。
トネ究主担者が主催する「担当者会議」を週1時間時間割内に入れ,授業のレクチャーを行います。授業プリントや資料の配信,課題の配信等も主担者がするので,初めて担当される先生でもスムーズに授業ができるように工夫しています。令和4年度までは「主担者」という形をとっていましたが,令和5年度からはこの主担者を探究部長が務めることになっています。
また,研究を進めるためのノウハウやルール,注意事項などは,啓林館の『課題研究メソッド2nd Edition』を授業内で「今はこの部分をやっているね」や「これに関してはテキスト〇ページに詳しい説明があるから,一緒に見てみよう」と参考書代わりに使用し,3年次の課題研究を1人で実施する時には,生徒自身が「確か,テキストに書いてあったよな・・・」とパラパラとテキストを開きながら進めていけるようにしています。

5.カリキュラム作成にあたって大切にしたこと

本校は冒頭でも述べた通り,普通科の学校です。SSHやSGHなどの指定校でもありません。そのため,「人・物・予算」すべてが足りていないと感じています。トネ究を実施するにあたり,どうせやるなら生徒たちのためになる授業にしたい。生徒たちに力がつく授業にしたい。そんな思いでカリキュラムを検討していきました。どうすれば足りないところを補うことができるのか・・・そこで校内はもちろん,校外の方々の協力を得ることに注力しようと考えました。

(1)地域の役所・企業・団体との連携

2年次の地域課題に取り組む際には,実際の役所・企業・団体などに直接出向くフィールドワークを企画しました。生徒が直接アポイントメントを取るまでに,教員側から授業の趣旨を説明して協力いただけるかという依頼を先にしておく必要があるので,初年度はとても大変でした。毎年新規の場所もありますし,断られることも多いですから今も大変ではありますが,豊中市役所をはじめ,近隣の病院や特別養護老人ホームなどは,「あぁ,いつものあれですね」と言っていただけるまでになりました。
校内だけでは調べ学習で終わってしまっただろうこの課題が,地域の方々にご協力いただくことで,深みを増す取り組みになっています。

(2)大阪大学高大連携教育団体「SUIT」との関わり

本校は大阪大学豊中キャンパスから徒歩10分と最も近い高校です。その大阪大学には「SUIT」という高校の探究活動について学び,研究する学生団体があります。ご縁があって本校のトネ究に興味を持ってくださって,主に2年生の毎回の授業に参加してくださっています。1クラス40名を1名の教員で担当していると,すべての生徒に対応しきれない場面がありますが,SUITの大学生がサポートしてくださることで,一人ひとりの質問に答えることや,内容を掘り下げることができるので,とても助かっています。

(3)授業担当者外の教員にも協力してもらう

1年次個別探究の際,授業担当者とは別に全教員に生徒を5名~10名を割り振り,問いの立て方や仮説に対する検証方法をチェックしていただくシステムを作り,一人ひとりに対してスムーズに探究活動ができるようサポートしていただいています。

6.授業の具体的な内容

【1年次】
『身近なテーマから課題を発見し,個人またはグループで解決するノウハウを身につける』

オリエンテーションで「総合的な探究の時間」という新しい教科について『探究とは』から始めます。社会で必要とされている力をつけるために,他の教科・科目の形態とは違った授業をすること,自ら積極的に参加すること,などを中心に伝えます。次の授業では,アイスブレイクも兼ねて「コンセンサスワーク」を実施します。その後,1学期間をかけて情報収集の方法・グループワークの方法として,「刀根山高校をより良くするには」や「1年□組 〇〇No,1になるためには」といった,自分たちの身の回りのことをテーマに「KJ法」「ポジショニングマップ」「マンダラート」を4名~5名のグループで実施しています。その際には,グループ活動の内容を〇分でまとめて発表する。というものを必ず実施し,発表に慣れたり,わかりやすい説明とはどんなものかを考えたり,質問できるように疑問を持ちながら聞く姿勢などを育んでいます。

夏課題のポスター

夏休みの宿題として,ポスター作製に取り組みます。その年によって「企業」「大学」「学部・学科」とテーマが違っていますが,調べ学習を通じて自分の進路について考える機会になるとともに,他者にわかりやすく,知りたい情報をポスターにする。という課題になっています。
2学期に入ると簡易ディベートをします。5人一組のグループに分かれ,テーマに対して「肯定派」「否定派」になり討論をするのですが,自分たちの主張に根拠がないと説得力が出ないことに気づかせ,アウトプットをするためには正しいインプットが必要であることを身をもって感じることで,他の教科の学習にも活用させたいと考えています。
2学期の後半からは個人探究に取り組みます。まずは探究のサイクルを一人でやってみることを目標に,「部活動または教科・科目」を探究の領域とし,そこから問いを立てて検証していきます。このあたりから特に『課題研究メソッド 2nd Edition』を多く活用することになります。
「実験をする人は〇ページ,インタビューをする人は△ページ,アンケートを取る人は□ページを見てやってみましょう」とそれぞれに必要な部分を特に熟読させて,担当者1人では到底説明しきれない部分を助けてもらっています。最終的にはA4用紙3枚以上のレポートにまとめることを課題としていますが,その中から各クラス2名を選抜し,視聴覚教室で発表会をし,2年後のTONE究Dayのイメージを持たせています。

【2年次】
『身近な地域において,様々な角度から課題発見・解決力を育成し,自己理解を深め,自ら積極的に進路決定する判断力と行動力を養う』

グループ発表の様子

2年次では,1年間の半分を「地域課題グループワーク」に費やします。3名~4名を1グループとして,地元豊中について,【経済】【教育】【情報】などの学問分野から問いを見つけたり,SDGsの観点から問いを見つけたりします。
その問いを解決するために,インタビューやアンケート,観察等の検証を実際に関係の役所や企業・団体に伺って行います。企業等にアポイントメントを正しく取る方法や行ったあとのお礼状の書き方などもこの授業で学習します。
フィールドワークを終えたら,発表のための準備に入ります。2年次ではポスター発表をしますが,発表原稿を作成する際にはGoogleドキュメントの原稿をグループ内で共有し,同時に原稿を書いていきます。このように,令和2年度2学期より一人1台端末が導入されたことによって,生徒たちが1つの課題を共有して,同時に別々の作業をしながら1つにまとめていくことができるようになりました。トネ究の課題や資料など,多くのことをデータでやり取りできるようになり,管理しやすくなりました。
2学期後半,地域課題グループワークが終わると,刀根山高校のアピールポイントについて1分~2分30秒の動画にする課題にグループで取り組みます。この動画を作成することにより,生徒が本校の良いところを再認識したり,生徒が本校のどんなところが好きなのかを教員側が認識することができます。この動画は,学校説明会で中学生や保護者に見ていただき,好評をいただいています。
3学期に入ると,いよいよ課題研究の準備に入ります。課題研究のオリエンテーションで説明をしたのち,自身の興味関心から自由に問いを設定し,それについての研究計画書を作成します。これを元に課題研究を進めていくことになります。

【3年次】
『興味関心のあるテーマから課題を設定し,課題研究を実施する。その結果をまとめ,校内全体での発表会を実施し,下級生に引き継いでいく』

TONE究Dayの様子

4月から,課題研究を進めながらA4用紙10枚の論文を書き進めます。授業中はほぼ無言でChromebookに向かっている状態です。授業担当教員は,授業中に個別面談をし,研究の進捗状況やデータの内容,論文の進め方などを確認します。TTの先生は,生徒からの質問(中でもChromebookの操作方法など)を受け,対応することで,役割分担をしています。生徒たちは初めて書く論文とその量の多さに苦戦しますが,それぞれが検証したデータを表やグラフにしたり,他のデータと比較したりして何とか1学期中に書き上げます。夏休み後からは,9月下旬に行われる『TONE究Day』の発表に向けて,スライドを作成します。『TONE究Day』 とは,令和4年度から始まった校内全体発表会のことで,本校では学校行事として実施しています。研究発表会は多くの学校で実施されていますが,本校の一番の特徴は「3年生全員が発表する」ということです。全教室を使用し,1人8分のプレゼンテーションと,2分の質疑応答をします。各教室には,1,2年生および発表時間ではない3年生が聞きに行き,司会やタイムキーパーなどの運営も3年生が当番を組んで実施します。聞いた生徒は各教室にて配布されるQRコードを各自のChromebookで読み取り,Googleフォームに評価を入力します。その評価は後日にはなりますが,発表者にフィードバックされます。
 『TONE究Day』が終わると,研究紀要の原稿作成に移ります。実施した課題研究をA4用紙1枚分にまとめ,『研究紀要』として全生徒分を1冊の冊子にまとめて3年間の『トネ究』が終わります。

研究紀要の表紙

研究紀要

各学年の年間カリキュラム

7.今後の課題と展望

『トネ究』の3年間の流れは定着しつつあり,生徒にも教員にも認知され,理解されるようになってきました。ただ,他者の発表に対して質問できる力や,自分が収集したデータに関して疑問を持ちながら分析できる力などもつけていきたいと思っていますが,まだその域には達していません。中にはとても良い活動や研究をする生徒もいますが,全体をみると もう少しできるのにな・・・と思うことも多々あります。しかし,ほとんどの生徒は3年次TONE究Dayを終えると,とても大きな達成感を感じているようです。「10枚の論文なんて書けないと思っていたけど,書き終えると自分ってすごい!と思えた。」「知らない人の前で発表するなんてすごく嫌だったけど,どうせやるならちゃんとやろうと思ってやってみたらすごく達成感があった。」などとアンケートに書いてくれているのを見ると教員側も達成感を感じます。教員の中には「そこまでやらなくても・・・」という声や「やるならもっとちゃんと指導しないと・・・」という声もありますが,まずは『やらせてみること』に重きを置いています。私が授業を担当しているクラス・学年では「失敗しても良いんだよ」と常に伝えています。失敗は次の糧にして欲しいと思っていますし,結果よりもその過程で多くの学びを得て欲しいと思っているからです。もっと素晴らしい研究は大学に進んでから,施設設備も専門的に指導していただく先生も時間も十分に充実している場でできた方が良いと思いますし,このトネ究を通じて,「もっと深くこの分野について学びたい」と思って進学してくれたら,これ以上の喜びはありません。
今後は地域の方や地域の企業・団体に『トネ究』の授業について知っていただき,「協力するよ」と言っていただけるような授業にしたいと思っていますし,この授業の形や想いがつながっていくように,引き継いでいきたいと思っています。