次期学習指導要領の答申においては,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善への取組みの重要性が述べられている。さらに,大学入学者選抜改革においては受験生の「学力の3要素」について,多面的・総合的に評価する入試に段階的に転換することが示されている。
知識・技能を育む教育については,これまでにも長年に渡り多くの優れた実践が行われてきている。一方で,思考力・判断力・表現力の向上を目指し,主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度を育む授業手法や評価については,さらなる検討や充実が求められている。
ここでは,話し合いを通して教科書を学んでいく手法として,LTD(Learning Through Discussion)を利用した実践を紹介したい。この手法は,本来大学において主体的な学習者育成を目指すために考案されたものであるが,幅広い学校種,教科等での利用が可能である。LTDを初めて経験する高校1年生を対象に,啓林館「生物基礎 改訂版」の第3章「遺伝情報とタンパク質の合成」の「発展 細胞の分化と技術革新」において授業を行った。
LTDは,アメリカの社会心理学者William F Hill博士が1962年発表した手法であり,日本では久留米大学の安永悟教授によって研究および開発が行われてきた。ブルームの教育理論等いくつかの理論的な背景を持った構成となっており,個人による予習と小グループによる話し合いを行う。この活動を通して,段階的に学力の3要素の育成することが期待できる。LTDは次の8ステップで構成されている。
【LTDの過程プラン】
導入: ①雰囲気づくり(文章の把握)
理解: ②言葉の理解,③主張の理解,④話題の理解
関連づけ:⑤知識との関連づけ,⑥自己との関連づけ
評価: ⑦課題文の評価,⑧ふりかえり(リハーサル)
※( )は予習時の過程
LTDを初めて経験するクラスであったため,予習の方法についても一緒に確認をしながら進めた。ここでは,時間を区切り50分の授業時間内で一通り予習のステップを踏めるようにした。「話しを深めるためには,学びを促す質問,話し合いのための材料が大切になります。まずは,話し合いのための準備をしてみましょう」と伝えた。生徒は,それぞれステップごとにノートを作成していった(図1)。
まず文章をざっと読み,確認が必要な言葉や大切な部分に,蛍光マーカーや赤ペンで下線を引くように指示した。生徒達は,主に太文字となっている語句を中心に,生物学の専門用語に下線を引いていた。ここでは,全体を読むことでおおよその内容把握も意図している。
国語辞書や電子辞書などを準備し,チェックした言葉の意味を調べてノートにまとめていくように指示した。単語帳を作るようなイメージでまとめていくと良いと伝えた。生物学の専門用語が多かったため,国語辞書にはほとんど記述が無く,電子辞書で対応している生徒が目立った。そのため,「教科書本文中から,言葉の意味を拾ってきても良い」と伝えた。
ステップ2は,調べるためにインターネット等が必要となる場合もあり,終わらない分は宿題とし,次に,文章全体を精読するように伝えた。そして,この文章を通して,高校生に何を伝えたいのか,その主張を自分の言葉で簡潔にまとめるように指示した。ここでは,「多能性を持つ細胞を人工的に作り出す技術が医療分野で期待されている」等,本文の最初の部分から主張を読み取り引用しているものが目立った。
主張を支持するための具体的な事例や内容,理由などを「話題」とし,話題ごとにノートにまとめていくよう伝えた。ここでは,普段の授業で行っている教科書を読み取り,相手に伝える活動を意識した。可能ならば,意味のまとまりを意識し,話の繋がりや関係性を矢印などの記号で結ぶことなどもアドバイスをした(図2)。
ステップ5からは,いわゆる「活用」と言われる領域となり,文章の内容とこれまでの知識とを関連づける作業を実施した。生物で習った他分野,もしくは他教科やテレビや本などこれまでに知っていることを比較するように伝えた。ここでは,比較をする中で分かったことや疑問点なども書き留めておくように指示をした。生徒の意見として,「プラナリアの再生と関連している」「現代社会で習ったクローンを作る技術で起こる倫理的課題と似ていると感じた。」といった意見などが出された。
文章の内容と自分自身とを関連づけを行った。これまでの経験や将来のことなどを考えながら,文章の内容を自らの中に落としこむように指示をした。ただし,最初はステップ5との区別が難しいことから,ここについては厳密に区別をせずに「関連づけ」として考えても良いと伝えた。生徒の意見としては,「パーキンソン病や身近な病気まで様々なところでiPS細胞が人間の役に立とうとしています。将来自分自身が,体への負担の少ないiPS細胞の恩恵を受けるかもしれません。そのときのためにしっかりと知識として知っておくことは大切だと感じた。」といったものが出されていた。
教科書の文章自体への評価を行うことになる。わかりやすい点を記入することはもちろん,批判的な内容も入ることとなる。ただし,単純な批判ではなく,しっかりとした根拠を示し,文章を自分たちがより理解しやすくするためには,どうしたらよいか,といった視点から記入をするように伝えた。ここでは,「専門的な用語も多いが,その説明も丁寧にされており分かりやすかった。」「写真があり,わかりやすいものの,どのようにして見ると良いのか説明が欲しいと感じた。」といったものが出されていた。
「予習の目的はミーティングの質を高める」ということを念頭に,早く終わった者から,シミュレーションを行うように勧めた。ここでは,どの内容を伝えるのかや,話題にしたいこと,質問などを考えておくように指示をした。
ミーティングについては,生徒の活動を観察しながら,今回は次のような時間で進めていった。
導入: ①雰囲気づくり(4分)
理解: ②言葉の理解(3分),③主張の理解(3分),④話題の理解(8分)
関連づけ:⑤知識との関連づけ,⑥自己との関連づけ(⑤,⑥合わせて15分)
評価: ⑦課題文の評価(3分),⑧ふりかえり(8分)
※6分間は,指示や解説に要した時間
ここでは,通常授業で利用している振り返りシートに,本時の活動目標を記入後,4名班のグループ内でひとりずつ順番に伝え合う活動を行った(図3)。
ステップ2~4の順番に時間を区切り,4名が順番に発表していく形式で行った。特に話題の理解では,ひとり1テーマずつ紹介していくようなジグソー法をイメージしつつ進めるように伝えた。特に,話題の理解の際には,ノートを示しながら相手に伝えることを意識するように指示した。
最初は難しがり,関連づけがうまく進んでいない班も見られたため,急遽,適宜出てきた例をクラス全体で共有しながら進めていった。コツをつかむことができると,「アニメに出てくるキャラクターが傷ついて再生することと,全能性が類似していると思った。」など自由な発想で一見関係のないような事象を結びつけながら考えを深めている生徒もいた(キメラ,映画等とも)。
教科書の文章に対する評価を共有できた時点で,振り返りシートへの記入を行った(図3)。最初の目標が達成できたかなど,活動に対する振り返りを記入した後,グループ内で活動について意見交換をした。
「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業のひとつとして,LTDが高校生物においても十分実施可能であることが分かった。ここでは,教科書の発展内容について,ステップを踏みながら理解を進め,対話を通して知識や自らとの関連づけを行ったり,文章や活動の評価を行ったりなど,班内で深めることができている様子が伺えた。
一方で,最初の文章としては専門的な内容であったため,特に関連づけについては苦労している生徒も多く見られた。次回は,一度小中学生向けの読み取りや関連づけがし易い内容の文章で練習を行い,関連づけを行う楽しさを十分に味わった後に,高校生物の発展課題に入るという段階を踏む工夫を行う必要があると感じた。
生徒の自律的な学習への道筋も示すことのできる手法であり,今後も適宜利用した授業を進めていく中で,確実に学力(知識・技能,思考力・判断力・表現力,主体性・多様性・創造性)を育んでいきたい。