『思考力・判断力・表現力 』を育むための授業実践(エステルの構造推定)
~生徒の人生を豊かにするための化学教育~
大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎 南 勝仁
1.はじめに
高等学校学習指導要領(平成30年告示)の総則1)において,次のように示されている。
「豊かな創造性を備え持続可能な社会の創り手となることが期待される生徒に,生きる力を育むことを目指すに当たっては,学校教育全体及び各教科・科目等の指導を通してどのような資質・能力の育成を目指すのかを明確にしながら,教育活動の充実を図るものとする。その際,生徒の発達の段階や特性等を踏まえつつ,次に掲げることが偏りなく実現できるようにするものとする。
- (1)知識及び技能が習得されるようにすること。
- (2)思考力,判断力,表現力等を育成すること。
- (3)学びに向かう力,人間性等を涵養すること。
ここでは,(2)の思考力,判断力,表現力等の育成と評価に重点をおいた授業実践を紹介する。
≪実践の経緯≫
上記の3つの柱といわれている(1)~(3)をバランスよく育むことは,大変重要であると考える。
私は食品関係の民間企業で勤務し,その後教員となり,本校では4年目,教員としては8年目を迎える。その2つの業種の視点からも,Society 5.0やVUCAといわれている予測困難なこれからの時代を豊かに生き抜くためには,例えば「答えが1つではない課題を(協働または個別で)発見・挑戦・解決する力」や,「他者視点での表現力」,「現象から法則性を見出し,それを目的に合わせて活用するEngineeringな能力」等の育成も高等学校の教育において重要であると考えている。そのためには各学校の実情に合わせ,3つの柱となる資質・能力をより具体化し,体系的に育む必要がある。また,「生徒が豊かに社会を生き抜くために必要となる資質・能力の育成」という視点にも重点を置き,3つの柱にそのようなエッセンスを組み込んだ授業も試みている。その点については末尾にて記す。
≪授業デザイン≫
教科の本質を学ぶことから逸脱しないことに留意している。授業づくりでは,まずはその単元の本質となる部分を明確にし,それを理解するためにどのようなステップや資質・能力が必要であるかを整理する。目標となる資質・能力の観点でも整理して取捨選択し,それぞれにどのような「問い」が有効かを考え,そのための適切な手段と評価を考えている。教科横断や探究的な活動はあくまで資質・能力を育む「手段」であり「目的」ではないため,その効果と目的を見極めて活用している。今後は,学校・教科・学年の目標等ともより連携・体系化し,生徒の特性に合わせた年度ごとに可変なカリキュラムマネジメントを目指している。また,本校は生徒の学力の幅が広いため,基本的に授業展開は「基礎知識を理解する時間」と「その知識を活用する時間」とに明確に分けている(基本は1回の授業内で分けている)。ここでは紹介していないが,前者の時間では理解の早い生徒が時間を持て余さないように,その生徒たち向けの問いも別に用意し,個別最適化も試みている。今回紹介する実践例は,後者の「知識を活用する時間」に対応している。
2.実践例 -未知のエステルの構造をどうすれば推定できるのか?-
〔単元〕
有機化合物(エステル)・・・3年化学(4単位)
〔指導計画〕
- カルボン酸とエステルの知識習得と簡易実験での知識活用
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:2時間 |
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:2時間(本時) |
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:1時間(本時) |
合計5時間 |
〔目標〕
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①
これまでの知識・技能を活用し,未知のエステルについて構造の候補が推定できるようになる。
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②
目的を達成するための適切な手法を考え出し,それを他者が実施可能な程度に表現できるようになる。
〔問い〕
未知のエステルの構造をどうすれば推定できるのか?
〔器具・試薬〕
- 試験管2本,温度計1本,シリコンゴム栓1つ,300 mLビーカー1つ,駒込ピペット3本,ビニール手袋
- 未知のエステル(酢酸エチル)1.0 mL,6.0 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液2.0 mL,ヨウ素-ヨウ化カリウム水溶液(水80 mLにKI 20 gとI2 10 gを溶かしたもの2))inスポイト付き褐色瓶 1.0 mL未満,お湯
〔実験操作〕
-
(1)
試験管に「未知のエステルC4H8O2」1.0 mLを駒込ピペットで測りとる。
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(2)
水酸化ナトリウム水溶液2.0 mLを駒込ピペットで加え,ゴム栓をする。
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(3)
ビニール手袋をして親指でゴム栓を押さえ,3分間よく振り反応させる。
※ 最初はこまめにガス抜きをする。ガス抜き時に液が少し飛ぶことがあるので注意。
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(4)
溶液の変化および,においの変化を調べる。反応熱も試験管に触れて確かめる。
※ 上手く分解できていたら二層が一層になる。
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(5)
得られた溶液1.0 mLを別の試験管に駒込ピペットで移す。
※ もし,まだ二層に分かれているなら下層をとる。
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(6)
約65℃の湯に2分ほどつける。
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(7)
試験管立てに取り出し,冷めない内にヨウ素-ヨウ化カリウム水溶液を6滴(約0.3 mL)加え,軽く振り混ぜる。さらに1滴ずつ加えて混ぜ,溶液が濁ればしばらく静置。
※ 追加で5滴加えて変化がなければやめるor教員に相談
(ここは本来のヨードホルム反応と手順が異なる。その理由を考えさせてもよい。)
〔考察(一部抜粋)〕
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(ⅰ)
この結果から,未知のエステルの「推定される構造式」をすべて示せ。
-
(ⅱ)
そのいずれかを決定するために,どのような追加実験をすればよいか。他者にわかるように提案せよ。
理由とともに記せ。
※ (ⅱ)は,グループではなく個人課題とし,紙ベースに加えてGoogle formでも提出させた。
〔授業中の生徒の様子と回答例〕
- ・実験結果について,少数だがヨードホルム反応が起きない班があった。原因はほとんどが分解不足。
この実験では,分解や加熱が上手くできていないとヨードホルム反応が起きないことがある。
しかし,どちらで考えても構造式はそれぞれ2パターンの選択肢が得られる。
そのため,生徒には結果から判断した構造式を考えさせた。時間があれば,追加実験を実際に試させた。
- ・(ⅰ)について,ほとんどの生徒が構造を2択に絞れていた。
前時でヨードホルム反応とエステルの分解についての基礎知識の理解と簡単な活用について,多くの生徒ができるようになっていることに加え,グループでの実験であるため,理解できていない生徒も理解できている生徒から教えてもらい答えを導いていた。
- ・(ⅱ)について,多くの生徒が「還元性の有無」を調べる方法に着目して追加実験を提案していた。
分解前の物質でも調べるという提案をする生徒もいた。
他には,「蒸留」や「弱酸の遊離」,「におい」,「シッフ試薬」など様々な提案があり,次の時間で共有し,議論しながら適切さを化学的に考えさせた(Google formやclassroomを活用することで手間なく共有が可能)。また,過去の生徒の成果物で例をいくつか示しながら,どのような観点が重要なのかも考えさせた。例:目的や予想される結果を明示する,量や使用する器具を示す,図示の仕方でよりわかりやすくなる,実験者のモチベーションを上げる工夫など。
〔評価方法の例〕
生徒の評価
- ・(ⅰ)について,「思考力・判断力」の観点で生徒評価が可能だが,班活動であるため,実力を正確には測ることができないので,参考程度にしている。
- ・(ⅱ)について,以下のルーブリックを活用して「思考力・判断力」や「他者視点での表現力」の評価。
公平性を高めるために,確認テストや定期考査などで類似する内容を出題し再評価。
- ・Google フォームによる事後アンケートの意識調査(振り返り)によって,「学びに向かう力」なども評価。
ルーブリックの例
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思考力・判断力 |
表現力 |
学びに向かう力 |
A |
対象が明確で,結果まで言及した理由が論理的に示されている。 |
Bを前提に,様々な人が理解しやすい工夫がなされている。または興味・関心をひく工夫がされている。 |
自身の思考や活動とともに分析しながら,具体的に振り返ることができている。 |
B |
どのような性質の違いで判断するのかなど,理由が論理的に示されている。 |
他者がそれを見て実施できる表現ができている。または,少し補えば可能である。 |
判断方法や表現方法について振り返ることができている。 |
C |
実験手法のみで,理由がないまたは不明瞭。 |
少し補っても,他者がそれを見て実施することは難しい。 |
判断方法や表現方法についての振り返りがない。 |
自身の授業のフィードバック評価
- 上のルーブリックから,「問い」や「考察」「課題」が適切だったかを評価。
- 実験時の各班の「協働力」を観察で評価。支援方法の検討。
- Google フォームによる事後アンケートの活用。
3.成果と課題
≪成果≫
- 今回の実践のような取り組みについて,年間を通して計画的に行っている。その結果,多くの生徒たちが「主体性」「知識・理解の向上」「思考・判断・表現力の向上」を実感していることが分かった。
下の図は,本校の授業アンケートにおける化学(対象3年生69名)の結果である。A:「主体性」,B:「知識・理解の向上」,C:「思考・判断・表現力の向上」に対応しており,いずれも90%以上の生徒が実感できていると考えられる。また,いずれの結果も教科平均と学年平均を上回っていた(ポイント化して比較)。
関係性は検証できていないが,令和4年度大学入試共通テストにおいて,「化学」の全国平均点が昨年度より減少したのに対し,逆に本校は昨年度の本校平均点よりも上昇し,全国平均点から19点近く高かった。
- オンライン授業にも対応可能な実践である。確認するための実験ではなく,考えるための実験であるため,実験を見せながら考察させ,Zoomのブレイクアウトルームの機能等を活用してグループで議論をし,課題を提出させることでも実施が可能である。
≪課題≫
- 「表現力」を育成・評価するには,今の考察の(ⅱ)では少し弱い。そのため,考察の(ⅲ)として「その追加実験について,他者が実施可能な実験書を作成せよ。(A4で1枚,wordやPowerPoint可)」を追加しようと考えている。他者視点での表現力だけでなく,計画立案力も必要となるので探究的な学びの要素をより追加できると考えられる。
4.「生徒が豊かに社会を生き抜くために必要となる資質・能力の育成」という視点
冒頭でも記したが,卒業した後の人生で活かせる資質・能力を育成することは大変重要だと考えている。学習指導要領の解説においても,近しい記述がある3)。そのため,化学のいくつかの授業において,そのようなエッセンスを組み込んだ授業実践も試みている。今回の実践もその1つであり,「協働的な知識の活用力」と「他者視点での表現力」の育成支援も意図して行った。企画を考えるときなどの知識の活用場面では,個人だけではなく他者の考えを取り入れることで,一層質の高いものができる。また,一見いいアイデアでも「顧客視点」がなければ評価はされにくい。ここでは,まずはそれらの観点の有用性を,生徒は体験した。他の授業では「共通言語=共通認識か?」や「三現主義」「ハインリッヒの法則」などを単元と融合させ,生徒は体験しながらそのような見方・考え方も学び,再度実践しながら活かせる力へと昇華できるよう支援している。その体系化と成果の評価方法は課題の1つである。
<参考・引用文献>
- 1)文部科学省(2018).『高等学校学習指導要領(平成30年告示)』.19-20
- 2)渡辺洋子(2013).『ヨードホルム反応』.化学と教育.61(1).26-27
- 3)文部科学省(2018).『【理科編 理数編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説』理科編.1-2