授業時数は限られている。しかし,問題演習の時間も確保したい。記述問題への対策(添削)もしたい。実験も数多く実施したい。それでもやはり授業時数は足りないから何かを犠牲にして,どこかで妥協するしかない。大学入試への対応を考えると,どうしても講義や演習が優先され他のやりたいこと(本来ならばやるべきこと)が後回しになってしまう。そのようなジレンマを抱える化学の教員は私だけではないはずだ。
本校は埼玉県さいたま市,武蔵一宮・氷川神社に続く氷川参道からほど近い住宅地の中にある普通科と理数科が併設された男女共学の進学校である。創立から90年以上の歴史があり,現在は埼玉県から「大学進学指導拠点校」「理数教育指導推進校」の指定を受け,65分授業,2学期制,隔週土曜授業などさまざまな取り組みを行っている。また,最寄りのさいたま新都心駅から徒歩10分程度という立地にも恵まれ,埼玉県全域から優秀な生徒が集い,生徒・保護者・学校がハイレベルな目標を掲げ『チーム大宮』をスローガンに意欲的に教育活動に取り組んでいる。
本校の教育課程(2021年4月現在)において,生徒は化学を次のように履修している。
【普通科】 2年:化学基礎(3単位),3年:化学(4単位+選択科目として2単位)
【理数科】 2年:理数化学(4単位),3年:理数化学(5単位)
例年の大まかな流れとして,理系志望の普通科生徒は2年生の12月までに化学基礎全範囲と化学『電池・電気分解』を終え,3月までに『溶液』の単元までを終える。3年生の11月中頃までに教科書の全範囲を終え,残りの期間は入試対策に充てている。この授業進度を限られた授業時間数の中で実現するために,「豊富に実験ができている」とは言えないのが偽らざる現状である。
本校には黒板投影型のプロジェクターがすべてのホームルーム教室に設置されている。これを最大限活用し,講義はパワーポイントを用いて板書時間の短縮に努めている。
図1 黒板に設置されたプロジェクター(左)とそれを活用した板書の様子(右)
65分の授業時間の内訳を講義(15~20分)+ 演習(40~45分)を標準とし,生徒の集中力を途切れさせず,意欲的に授業に取り組む『枠組み』を構築できている。この授業スタイルは小林昭文氏の『アクティブラーニング型授業』を参考に,本校の実情にも合わせながら今に至っている(小林昭文氏についての詳細はこれまでも多くの先生方が寄稿されているのでここでは省略する)。
パワーポイントとプロジェクターを活用すると,講義が授業開始20分程度で終わることから,
などの問題から解放され,年度当初の授業計画の進捗管理が容易になった。
また,この積み重ねにより実験・観察を行う時間が捻出でき,少しずつではあるが年間の実験実施数も増えてきている。
なお,講義後の演習時間ではやるべき課題を生徒に与えるものの,基本的には自由を許しており,本校生徒の取り組み方は概ね次のような行動パターンに分かれている。
講義を聞いて内容を理解できた者とそうでない者,分からなかったことでも生徒間で解決できる者とそうでない者。多様なケースに対応しやすいことも『後半40分』という演習時間の利点だと感じている。一方,引っ込み思案な生徒は授業内容が分からなくても,質問しない(できない)ので,その生徒をどこまでケアできるかが課題として浮かび上がっている。ちなみに2020年度,コロナ禍において感染予防の観点から,学校として(1)や(3)のような生徒間の会話を伴うコミュニケーションを厳格に禁じた時期があり,私の授業形式がコミュニケーションを前提としたものであったことから,私だけでなく生徒にとってもつらい日々であった。マスク装着などの適切な防備を前提に,2021年6月現在では通常通りの授業に戻り,ほっと胸をなで下ろしている。
なお,本校には化学担当が5名いるが,そのうち4名がPCとプロジェクターを用いて授業を実施しており,科目としてICT機器の活用を進められる雰囲気が醸成されている(もちろん,化学だけが推進しているわけではなく,本校においては国語や数学,英語をはじめ授業へのICT機器の導入は全教科で進みつつあり,数年前と比較しても隔世の感がある)。
2020年度,新型コロナウイルスの感染拡大に伴い4月,5月は臨時休校となった。埼玉県ではGoogle Workspace for Educationを導入していたこともあり,本校では,まず各ホームルーム単位でアプリ『Google Classroom』をホームルーム経営に活用し始めた。休校期間中は学校から生徒への連絡や,各教科からの課題配布を中心に利用した。学校再開後も進路指導に関する各種調査でアプリ『Google フォーム』を活用するほか,感染予防の観点から全校集会に代えてアプリ『Google Meet』を用い,生徒会役員選挙の立会演説会をリモートで実施するなど,急速にICT化,ペーパーレス化が進行中である。そこで,現状では私個人の取り組みにとどまるものの,Google Workspaceの教科指導への実践例を紹介する。
化学の授業,という意味においてもアプリ『Google Classroom』を大いに活用している。単元が終わったタイミングで,しばしば問題演習の時間を1コマとっている。演習問題をまとめたプリントは人数分だけ印刷して配布しているが,解答・解説のプリントについてはこれまで生徒によって大いに必要な者と,答えだけ分かればよい者とまちまちであった。解答・解説のプリントも人数分印刷するものの,正直なところ紙がもったいなかった。
そこで2020年度の『Google Classroom』導入後は,解答・解説プリントをPDFファイルで配信することにした。同年10月頃までは携帯端末を忘れた生徒や,本人または家庭の意向で携帯端末を所有していない生徒のため,念のため紙のプリントも10部程度印刷して教室に持参した。生徒には「(Google Classroom上のPDFファイル,印刷してきた紙のプリントのどちらでも)自分にとって見やすい方をみてよい」と指導している。当初は紙のプリントを貰いにくる生徒も10名弱いたが,2021年6月現在では紙の解答・解説プリントを要求する生徒はほぼいなくなった(念のため1部は印刷して教室に持参するが,欲しがる生徒もおらずそのまま教室掲示物にしている)。
手間とコストが削減できることはもちろんだが,思わぬプラス要因として,授業を欠席した生徒にとっても利便性が高いことが挙げられる。体調不良による欠席はもちろんだが,部活動等による公欠で授業を受けられなかった生徒が,自宅で問題演習に取り組むことができる。陸上部の生徒に「次の授業,大会で公欠なのでGoogle Classroomにアップしてもらえますか?」と生徒側からリクエストされたことが印象に残っている。
講義中,パワーポイントで実験の様子を撮影した動画を再生することがある。黒板に直接投影している関係で色変化がうまく伝わらなかったり,細部の変化が見にくかったりすることもしばしばだ。YouTubeで公開されている動画はGoogle Classroomを通じてそのURLを生徒に示したり,私自身が撮影した動画ファイルはGoogle ドライブに共有ファイルとして保存してGoogle Classroom上に配信したりしている。
図2 Google Classroomでの動画ファイル等の配信例(モザイクはYouTubeへのリンク)
データ通信料の問題もあるので,このような映像教材は2021年度当初までは自宅などのWi-Fi環境での視聴を生徒に推奨していたが,後述の校内W-Fiが整備されたため教員サイドの心理的抵抗もかなりなくなった。動画視聴で実験を100%代替できはしないが,2020年度以降は感染予防対策でタイムリーに実験が実施できないことが多々あり,指導において大きな助けになっている。
これは授業というよりも化学の教員としての趣味的な意味合いが強いが,化学(科学)に関する時事ネタを取り上げて解説するコラムを『ばけがく通信』と称して理系生徒にGoogle Classroom上で配信している。もともと私自身の専門が有機化学ということもあり,American Chemical Society(略称:ACS)のWebサイトで連載している『Molecule of the Week』というコラムが個人的に好きであったことに端を発する。当初は「本校の生徒ならば英語版でも興味を持って読んでくれるに違いない」とURLのみ紹介していたが,お節介な性分と物書き好きが高じて,かなりマニアックで専門的な分野も私なりに高校化学に落とし込んで解説している。その他にも化学系ポータルサイトの記事など,硬軟織り交ぜて紹介しながら現在に至る。
図3 Google Classroomを活用して化学のコラムを気軽に配信できる
化学への興味・関心を育む草の根の活動として現在も(ほぼ)毎週Google Classroomに配信し続けているが,これを紙のプリントで印刷・配布するのは費用対効果の面から明らかに現実的ではない。また,関連するWebサイトへのリンクを添付できるなど,アクセス性の高さもGoogle Classroomならではの利点だろう。生徒全員に響くわけではないが,一部の生徒が愛読者になってくれており,ほとんど小林の趣味であることを思えば十分な成果(?)だと思っている。
アンケート『フォーム』アプリの『Google フォーム』だが,使い方によっては小テストや一問一答形式のドリルを作成することができる。いわゆるCBT(Computer Based Testing)として活用できる。CBTについては大学入試センターが2021年3月24日に公表した『大規模入学者選抜におけるCBT活用の可能性について(報告)』が記憶に新しい。現役の高校生(2021年度入学生)が大学入試をCBTで受験するような時代になるかは現時点において不透明ではあるが,各学校単位ならば授業内での小テストや宿題としてこのCBTを活用する可能性はこの数年以内でも十分にありえることだろう。
私個人の活用事例は現状1例にとどまるが,『電池・電気分解』の単元で,水溶液の電気分解において電極と水溶液の組み合わせによって生成物が何になるかを選ばせる形式のドリルを作成して配信した。
図4 Google フォームで作成したドリルの一部(左)とその集計結果の一部(右)
『Google フォーム』では設定で『質問の順序をシャッフルする』を選択すると,毎回順番がランダムに入れ替わるので,答えの順番を覚えてしまって歯応えがなくなるということが防げる。それでも問題文を読んで答えを覚えてしまうようならば,ドリルとしての役割を終えているので何ら問題ない。集計もリアルタイムに行われるので,採点や分析の手間が省ける。Google フォームを利用した教材をつくる手間はあるが,「作ってしまえばその後の運用の負担はかなり軽い」という手応えを得た。2021年度は主として3年生を指導しているので,ゆくゆく無機化学分野の補助教材として活用を検討している。
実験レポートの考察を生徒間で『共有』するために試験的に実施している。従来,紙に書かせて提出させていた実験レポートだが,その添削が大きな負担であった。『Google フォーム』で考察の文章をプレーンテキストで入力・提出させると『Google スプレッドシート』として出力できるので,似たような文章ごとにまとめて並べ替え,一括して添削・講評ができる。その結果を生徒にPDFファイル等で示すと,どのような考察がよいのか,どのような誤解をしやすいのか,どのような文章の書き方が相手に伝わりやすいのか,生徒個人と担当教員の1対1のやりとりではなく全体で共有できるようになった。これは紙ベースの実験レポートでは手間の問題から難しく,ICT活用によって実現したことだと考えている。実験レポートについて,本来は実験の目的から考察,参考文献まで1つのレポートファイルとしてまとめる指導をすべきなのだが,それは今後の課題としてご寛恕いただきたい。
これは今年度から記述対策に役立てられるのではないかと思い,試験的に使い始めた。生徒-教員間での添削を『従来型』とすると,生徒間での記述内容の共有が難しい。生徒の記述を(デジタルでもアナログでも)切り貼りして印刷して配布するのは手間がかかり,年に数回ならばともかく高い頻度で行いたいとは思えない。これが従来型の難点であろう。私がやりたかったことは『よく書けている生徒の記述を広く共有すること』である。それも手軽に。そして日常的に。そこで『Google Jamboard』を試している,というわけである。
Google Jamboardはクラウド上に存在する『ホワイトボード』のようなもので,本来は会議でのブレインストーミングや課題・成果の共有などで役立ちそうなアプリである。化学の記述対策での利用にあたり,良かれ悪しかれ記述内容が全員に見られてしまうので苦手な生徒にとっては心理的なストレスが大きいと考えた。そこで,クラスの生徒に『ペンネーム』を決めさせて,私は誰がどのペンネームか把握しているが,生徒間では誰がどのペンネームかは分からない。そういう環境を整えてから始めた。
図5 Google Jamboardを用いた記述指導(生徒-生徒間および生徒-教員間での共有が容易である)
生徒の反応はかなり良い。Google Jamboardが目新しいせいもあるだろうが,よく書けている記述とそうでないものは教員サイドが事細かに説明しなくても一目瞭然である。しかもそのサンプルを同時に,たくさん読むことができるので,生徒の経験値を上げやすい。また,リアルタイムに画面を共有して添削することもできるほか,黒板のように消さなくてもよいので『履歴』を残すことができる。
現在は記述対策として試験的に運用しているが,臨時休校時にオンライン授業をする際にも活躍する機能だと思われる。現在のコロナ禍が落ち着いた後も夏期講習をオンライン化ができれば,生徒にとっても『酷暑の中登校せずに自宅受講』という選択肢ができることだろう。
ここまで授業へのICT活用とGoogle Workspace活用について述べてきたが,とくに後者は機器とネットワーク環境が整備されていることが前提となる。文部科学省はGIGAスクール構想に基づき,その整備を急ピッチで進めているが,2021年4月現在,本校ではまだ生徒にノートパソコンやタブレットを持たせる『1人1台端末環境』を実現するには至っていない。埼玉県では小・中学校での整備を先行して進めているが,予算等の関係で高校はもう少し時間が必要だろう。
その代わり本県すべての県立高校に『BYOD』が整備された。『BYOD』とは,『Bring Your Own Device』の略称で,直訳すると『個人所有のデバイスを持参する』という意味である。要するに,個人で所有しているスマートフォンやタブレット,ノートパソコンなどの端末を学校内に持ち込み,学校内のネットワークに接続して授業等で活用することが可能となった。本校では2020年度にGoogle Workspaceを導入したものの,インターネットへの接続は従量制課金接続を各家庭にお願いしていた。そういう事情もあって,動画ファイルの視聴やビデオ会議ツール等の大容量データ通信を控えるよう申し合わせていた。しかし,2021年度から生徒は校内でこのBYODネットワークの利用が可能となり,データ通信料の心配をせずにオンライン教材の活用ができるようになった。
ただし,ネットワーク環境の整備とその活用は各校によって温度差が出るかもしれない。生徒が簡単にインターネットに接続できる環境は,教育目的ではない『私的利用』も容易であることを意味する。生徒・保護者へネットワーク利用のルールについてよく周知し,職員間の共通理解や教科指導と生徒指導のバランスをとっていく必要があるだろう。
最後に,昨年からGoogle Workspaceの活用を進める中で感じている課題をいくつか挙げていきたい。
まず,『スマートフォンの限界』が挙げられる。スマートフォンである以上どうしても画面が小さく,細かな操作が難しい。アプリ『Google Jamboard』を生徒に使わせた際,タップ(タッチ),スワイプ,フリックといったスマートフォンならではの操作に慣れた彼らにとっても,思った通りの操作ができないこともしばしばのようだ。余談だが,30代以上の教員はパソコンを『主力』として使いつつスマートフォンを便利な携帯端末として利用しているが,近頃の生徒にとってはスマートフォンが『主力』であるため,パソコンの操作に疎いこともままある。A4一枚程度のレポートや5分程度のプレゼンテーションファイルをパソコンで作らせると内容ではなく操作に苦戦して『半日がかり』ということも珍しくない。何事も訓練ではあるが,基本的なオフィスソフトへの習熟の必要性を感じている。
次に,生徒によっては家庭の教育方針によってスマートフォン等の端末をもっていないケースや,持っていても自由に使えないケースがある。本校ではChromebookを一時的に貸与する等して対応しているが,限界もある。教員サイドが前のめりになりすぎてしまうと,このような生徒が疎外感を抱いてしまいかねない。時代の過渡期ではあるが,さまざまな家庭環境の生徒への配慮を忘れてはいけない。
結びに,ICT機器やオンライン教材は利便性が高いが,それを利用することは目的ではなく,あくまでも『手段』である。これまで我々教員が磨いてきた対面での授業,画面越しではなく五感で学ぶ実験(実習),そして紙にペンを走らせ頭をフル回転させて試行錯誤する生徒の姿。これらのことを蔑ろにしてはいけない,と自らを戒めている。ICT活用は『これまでやりたくてもできなかったことをやる』ために,『これまでのやり方をアップデートする』ために推進されるものでなくてはならないだろう。本稿が授業へのICT活用に悩む同輩の背中を押すものとなれば無上の喜びである。