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理科

希薄溶液の性質に関する授業実践
-自作の浸透圧実験装置を用いた授業への挑戦-

愛媛県立丹原高等学校 谷口 大祐

1.はじめに

希薄溶液の性質に関する分野は,大学入試においてよく出題されている。以前より,生徒の理解の向上につながる凝固点降下や浸透圧に関する生徒実験が数多く紹介され,授業でも実践された先生方も多いと思われる。一方で,浸透圧に関する実験に注目すると,その実験装置は特異的な構造をしており,生徒実験を行うには準備に時間や手間がかかるため,机上での学習が中心となり生徒が苦手意識を持ちやすい分野となっている。
そこで,より簡単で便利な自作の浸透圧実験装置を作成し,希薄溶液の性質に関する分野について,効果的な授業方法を検討した。今回は,自作の浸透圧実験装置の作成方法とその実験装置を用いた授業実践について紹介する。

2.本校の現状

本校は各学年普通科3クラス,園芸科学科1クラスからなる中規模の学校である。2年次より進路希望に応じたクラス編成を行っており,そのうちの1クラスは文理混合型の国公立大学進学希望生徒対象となっている。理系選択者は,ここ数年数十人程度で推移している。授業時数は,1年次に化学基礎2単位,2,3年次に化学をそれぞれ2,3単位で実施している。教科書の内容を進めるにあたり,実験をできるだけ取り入れ,生徒に実感の伴った理解を図ろうとしているが,時間的な余裕があまりない現状である。

3.簡易な実験装置の検討

現在,教科書等で掲載されている浸透圧の原理の説明には,U字型1)のものが多く,生徒が浸透圧の現象や原理を理解するには,このU字型が比較的わかりやすい。一方,実験を行うことを考えると,専用のU字管の準備や溶媒と溶液を隔てる半透膜の取り付けなど,手軽な実験とはならない。また,市販の実験装置は高価であり,各学校で複数台購入することは難しいと思われる。授業へ導入するには,実験の準備に時間がかからないこと,簡単に実験装置が組み立てられることが重要である。そのため,これまでの先行研究では,これらの問題点を克服しようと様々な実験装置が考案され,その都度簡易化がなされてきた2)

〇実験装置の製作

前述したように,浸透圧実験装置は,生徒実験への導入を目的とし,簡易化されてきた。しかし依然として,実験装置の組み立てには時間がかかるものが多く,また実験器具や材料も多いので準備に手間がかかる。また,浸透圧実験を授業で実施するにあたり,測定時間が長いことが課題となっている。今回,これらのことを解消した実験装置を考案したので紹介する。

[実験器具・材料等]

  • 半透膜チューブ(材質:セルロース,直径28.6㎜,長さ15㎝)
  • ストロー 1本(直径約6㎜,長さ210㎜)
  • ビーカー 500mL 1個
  • スタンド
  • 輪ゴム 2本
  • プラスチック管 1本(タミヤ:内径3㎜,長さ40㎝)
  • 粘着タック(ソフト粘着剤)※右図
  • スクロース水溶液 各濃度50mL程度
    (濃度:0.1mol/L,0.5mol/L,1mol/L,1.5 mol/L,2mol/L)
粘着タック(ソフト粘着剤)

[製作方法及び測定方法]

  1. (1)半透膜を15cm程度に切り,水につけてから半透膜の一端を,数回ねじり輪ゴムで結ぶ。
  2. (2)図1(a)のように青色の粘着タックでストローとプラスチック管(以下:プラ管)を固定し,図1(b)のようにストローの長さをプラ管より短くなるように切り取る。
  3. (3)図1(c)のように半透膜を粘着タックの上に巻き付け,輪ゴムで固定する。この時あまり強く締めすぎないように注意する。
  4. (4)これに0.1mol/Lスクロース水溶液をストローの上部から入れ,空気が入らないようにしながら液面の位置を粘着タックの上部へくるように調整する。その後,図1(d)のようにストローを折り曲げて固定する。
  5. (5)ビーカーに蒸留水を入れ,この中に(4)のスクロース水溶液が入った部分を浸し,約20分間液面の上昇度を測定する。
  6. (6)各濃度(0.5 mol/L,1mol/L,1.5 mol/L,2 mol/L)のスクロース溶液についても(1)~(5)の手順で同様な操作を行い,液面の上昇度を確認する。

図1 実験装置モデル

今回,図2のような管の内径が小さいものを利用した簡易的な実験装置を作成した。管の内径を小さくすれば,少量の溶媒の浸透でも液面の上昇が確認しやすくなる。そのため,溶液が同じ濃度での測定の場合,管の内径が小さいものほど,短時間で液面の上昇を確認することが可能となる。実際に,スクロース水溶液等で浸透圧現象を測定すると,短時間での液面の上昇が確認できた。さらに,固定した部分からの液漏れもなくなり精度等も向上した。
この方法により,これまでよく紹介されてきたゴム栓を使用した実験装置モデルに比べ,簡単にストローとプラ材を固定することができた。さらに,この実験装置の作成時間は5分程度と短く,手軽に作成が可能となった。

図2 管の径

4.授業実践の報告

(1) 指導計画

(2) 実践内容 ※実験は1班3,4人で実施(合計5班)

準備

スクロース溶液50 mL(0.1mol/L,0.5 mol/L,1mol/L,1.5 mol/L,2 mol/L),
自作の浸透圧測定装置(10セット),蒸留水(約10℃~80℃)※5種類,
氷,温度計(5本),ビーカー 500 mL(10個),タブレット(5台)

① 実験方法

(a) 温度一定
各班,5種類の濃度のスクロース溶液のうち1つを浸透圧実験装置に入れ,約80℃の蒸留水につけて液面の上昇を確認する。

(b) 濃度一定
各班,1 mol/Lスクロース溶液を浸透圧実験装置に入れ,約10℃~80℃の蒸留水(班ごとに温度を変える)につけて液面の上昇を確認する。また,正確な温度は,温度計で測定する。

(a)条件:温度80℃,濃度(   )mol/L

(b)条件:温度(   )℃,濃度1 mol/L

※各班で右のQRコードを読み取り,下記の問に対する答えを入力しなさい。

※注意:現在は使用できません。

【問】
実験(a)および(b)について,液面が最も上昇する条件を,各班で予想せよ。

② 結果・考察 ※赤字は生徒が記入する。

【例:1班】

(a)条件:温度80℃,濃度(0.1)mol/L

温度 濃度 液面の上昇度
80℃ 0.1 mol/L ○○ cm
0.1 mol/L ○○ cm
平均 ○○ cm

(b)条件:温度(12)℃,濃度1mol/L

温度 濃度 液面の上昇度
12℃ 1mol/L ○○ cm
12℃ ○○ cm
平均 ○○ cm

※スプレッドシート(google)等を利用し,結果を入力し,その結果の考察を行なう。

実験(a) 結果の一例

※(b)濃度一定についても同様のグラフを作成する。

以上の結果から
浸透圧は,溶液の【 濃度 】と【 温度 】に依存すると考えられる。

③ 分子量の測定

これまで,気体の状態方程式や沸点上昇・凝固点降下を利用して溶質の分子量の測定が可能であると学習してきた。一方,希薄溶液の浸透圧に関しても,今回の実験を定量的に実施することで,溶質の分子量を求めることができる。希薄溶液の浸透圧は,溶液のモル濃度c〔mol/L〕と絶対温度T〔K〕に比例し,溶媒や溶質の種類には無関係であることが分かっており,下記に示す関係式【ファントホッフの法則】を利用することで,溶質の分子量を実験で求めることができる。

※今回の実験方法では半透膜の物理的な性質のため,定量的な測定は行うことができない。

実Rは気体定数,Π〔Pa〕=R・cT,→,分子量をM,溶質の質量をw〔g〕,体積V〔L〕とすると,M=wRT/ΠV

④ 入試問題等の演習問題(省略)

各校の学習状況に応じて問題を精選

(3) 授業評価

今回の授業実践では,3,4人を1班として実施した。実験の予想や結果の共有には,タブレットを利用したWebアンケートやスプレッドシート(google)を活用した。また,実験資料等は,学習支援ソフトを利用し,あらかじめ生徒に配布した。さらに,授業評価アンケートや感想についてもWebアンケートで提出させた。図3に授業後のアンケート結果の一部を示す。今回,実施した内容について生徒に高い興味・関心を持たすことができた。タブレットを利用した情報の共有が,視覚的にも分かりやすく生徒の興味・関心を高めることにつながったと考えられる。また,浸透圧測定用の装置を自ら組み立て実験を行ったことで,理解も深まったと考えられる。このように,浸透圧に関する授業において,今回の方法で実験を行なえば,生徒が苦手とする内容に興味・関心を持たせるとともに,その現象を深く理解させることにつながった。

図3 授業後Webアンケートの結果

5.参考

図4(a)のように,使用した半透膜は伸縮性があり,水に浸すと膜内部の体積が膨張する。そのため,浸透圧の現象を確認する上で液面の上昇に大きな影響を与えている。また,この膨張が原因で,本来,液面が上昇するはずが逆に下降するという現象も生じていた。そこで,この膨張を防ぐためにガーゼを用いることを検討した。図4(b)のように,半透膜の周りをガーゼで覆い,クリップで固定した。

図4 半透膜の膨張とその防止方法

図4(b)を用いた場合との比較実験を行った。その結果を図5に示す。この結果から,ガーゼを取り付けたことで半透膜の膨張を抑えることができ,液面の上昇が安定した。また,液面が降下する現象も改善され,定性的に行う実験装置としては,より良いものに近づいた。今回紹介した実験装置より一手間増えるが,半透膜の膨張を抑えることで液面の上昇度が小さな条件においても浸透圧現象が確認できるようになった。

図5 浸透圧測定 液面差
(15℃,1.0mol/L スクロース水溶液)

参考文献

  1. 株式会社ナリカホームページ.http://www.rika.com. 2020年12月13日
  2. 原成介,東京都立千歳高等学校(1985).「浸透圧実験器(使ってみよう理振機器 (15))」,化学教育,1985,33(4),318-319.