本実践では,ダン・ロスマンとルース・サンタナによって開発されたQuestion Formulation Technique(以下「QFT」という)を主軸に据え,探究的な学びを促進するツールとして活用した。さらに,啓林館の「ゼロから始める探究活動 課題研究メソッドZERO」の考え方も参考にしながら,生徒が自ら「問い」を立てそれを解決する力を伸ばす。また,「三角ロジック」の活用により各単元のトピックを追う知識理解だけで終わるのでは無く,概念を理解し一般化することにより,他教科につながる(学習の転移)が起こる取り組みを行った。
その背景として,「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現(答申)」では,高校生の学習意欲の低下が指摘されている(p11)。また,「国の経済発展を支えるために,
『みんなと同じことができる』『言われたことを言われたとおりにできる』上質で均質な労働者の育成が高度経済成長期までの社会の要請として学校教育に求められてきた中で,『正解(知識)の暗記』の比重が大きくなり,『自ら課題を見つけ,それを解決する力』を育成するための学びが十分に行われていないのではないか」という指摘もある(p8)。
「教科学習」×「探究」の実践例として,高校2年生の「化学反応と熱・光エネルギー」での実践を紹介する。他の教育現場でも参考にしていただけることを願っている。
単元は以下のように進行する。まず,単元の初めに「問い作り」を導入する。その後,教科書の内容に基づき,自分たちで作成した問いの中から重要な3つを選び,学習を進める中で,それぞれの「問い」を解決していく。「問い」を考えることにより,事象を多面的に捉える力,作成した問いの中から3つを厳選することにより,自分たちが出した問いを統合する力が身につく。学習後に,「三角ロジック」を用い,単元内容を総合的に振り返り,考察し一般化することにより教科書の内容を超えた領域になどに学習を転移させることを目指す。
今回取り上げた単元は「化学反応と熱・光エネルギー」である。この単元では,化学反応に伴うエネルギーの変化,特に熱および光の発生が反応前後における化学エネルギーの差から生じること,そして反応の自発性がエンタルピーの減少やエントロピーの増加に依存することを学ぶ。
教科書: 啓林館『高等学校 化学』
ワークシート
「問いの焦点」とは単元の中心となるトピックや文脈のことである。今回,私が考えたこの単元における「問いの焦点」は,『反応の前後でエネルギーは保たれる』である。これを基に「問い作り」を行った。この「問いの焦点」を設定したねらいは,生徒が中学で学んだ力学的エネルギー保存則を土台にして,これから学ぶ化学エネルギーの概念を深めることにある。具体的には,「エネルギーとは何か」「反応するとエネルギーはどう変化するのか」「化学エネルギーの本質」「自然に反応が進む方向」について,問いを立てることで,生徒が自ら考えを持ちながら単元を進めていくことが重要であると考えた。
「問い作り」においては,以下のルールを設定した。
これらのルールに従って,生徒は自由に質問を作成し,その質問をもとに学習を進めた。
生徒からは以下のような問いが出た。
「エネルギーとは何?」
「エネルギーはどこにある?」
「もし反応が途中で終わってしまったらエネルギーはどうなるのか?」
「反応とは何?」
「エネルギーが保たれない例外はあるのか?」
これらの問いの中から,生徒が考えた3つの重要な問い (「エネルギーが保たれるということはどういうことか?」「もし反応が途中で終わったらエネルギーはどうなるのか?」「保たれない例外はあるのか?」)の問いに対して解決を試みた。
三角ロジックとは,論理的に考えるためのシンプルなフレームワークであり,3つの要素から成り立つものである。この要素には,主張(結論),根拠(理由),そしてそれを裏付けるデータ(事実や証拠)の3つがある。
授業が終了した後,生徒たちは三角ロジックを用いて,「エネルギー保存の法則は反応の途中や特定の条件下でも常に成立するのか」に対する考察を行った。具体的には,生徒たちは「エネルギーは常に保存される」という主張を裏付けるデータとして,これまでに個人ワークで解決した問い「エネルギーが保たれるとはどういうことか?」「もし反応が途中で終わったらエネルギーはどうなるのか?」「保たれない例外はあるのか?」をもとにグループで検証を行った。
このプロセスを通じて,生徒は化学の「化学反応と熱・光エネルギー」での化学エネルギーと熱エネルギー・光エネルギーの関係だけではなく,力学的エネルギー,運動エネルギーについても考え,エネルギのー概念が今回の単元の領域を超えて一般化している様子を伺うことができる。これにより,第2章「化学反応と電気エネルギー」,第3章「反応速度」,第4章「化学平衡」の授業も従来よりもスムーズに行うことが期待できる。
また,この活動を通して,「エネルギー保存則が成り立つ上ことを知った上で,エネルギー効率を良くするためには?」や
「化石燃料を使用し続けると地球のエネルギーの均衡が崩れるのでは?」という新たな問いも生まれた。
このように,学習内容が他の領域に転移し,新たな「問い」が生まれた。導入を「問い作り」で行い,「三角ロジック」で概念を一般化する考え方を教科の枠を超えて導入することで,常に探究できる土台を作ることが可能であると考えている。
この方法は,教科書P66の探究の進め方とも類似しており,生徒にとって一貫した学びの手法を提供するものである。
教科学習において日常的に「問い作り」を行うことにより,生徒が日常的に批判的思考,創造的思考を行うことは,探究活動につながる重要なステップであると考えている。
QFTを主軸に,啓林館の『ゼロから始める探究活動 課題研究メソッドZERO』の手法を参考にして,生徒が自ら「問い」を立て,内容を多面的に捉えることにより,生徒の好奇心が刺激され,単なる知識の受容に留まらないことが確認された。また,「問い作り」を通じて身近な情報や現象に対する疑問が促されることで,学びの幅が広がり,理論的な理解が深まるとともに,新たな問題解決に向けた探究的な学びが展開された。
「三角ロジック」の活用により,学習内容を論理的に整理し,総合的な理解を深める機会が得られた。これにより,物理のエネルギー保存則や,生物における代謝のエネルギー流れに対しても,化学で学んだ,エネルギーの概念を応用し,教科を超えた知識の関連性を認識する力が養われたと言える。
こうした成果は,「問い作り」と「三角ロジック」の組み合わせにより,「問い作り」により「批判的思考」「創造的思考」が養われ,「三角ロジック」の最後に振り返りを行うことにより「内省的思考」が養われる。
これは,探究的な学びや学習の転移を促進する手法として有効であることを示唆している。また,理科だけではなく他教科へ活用も可能であると考えられる。
ただ,これらの効果には個人差があることも事実である。今後の授業設計では,より幅広い生徒に対応できるようにするために,「問いの焦点」の改良,具体例から一般化できる仕組みを作成し,教師が柔軟に伴走できる体制を整えることが求められる。