高等学校学習指導要領(平成30年度告示)解説 理科編 理数編には,以下のように示されている。
「理科においては,課題の把握(発見),課題の探究(追究),課題の解決という探究の過程を通じた学習活動を行い,それぞれの過程において,資質・能力が育成されるよう指導の改善を図ることが必要である。そして,このような探究の過程全体を生徒が主体的に遂行できるようにすることを目指すとともに,生徒が常に知的好奇心を持って身の回りの自然の事物・現象に関わるようになることや,その中で得た気付きから疑問を形成し,課題として設定することができるようになることを重視すべきである。
その際,学習過程については,必ずしも一方向の流れではなく,必要に応じて戻ったり,繰り返したりする場合があること,授業においては全ての学習過程を実施するのではなく,その一部を取り扱う場合があること,意見交換や議論など対話的な学びを適宜取り入れていく際,あらかじめ自己の考えを形成した上で行うようにすることが求められる。」
化学実験は多くの先人の研究によって,様々な教育効果が発表されている。色々な実験を見せることも重要だが,1つの実験結果を様々な視点で見ることも重要だと考えている。今回は,啓林館の教科書『i版化学基礎』に紹介されている2つの実験をフォーカスし,本校で行った生徒たちとのディスカッションを踏まえた実践例を基に紹介する。
P.95 やってみよう「気体の分子量の決定」
P.104~105 探究4「化学変化の量的関係はどのようになっているだろうか?」
〔指導計画案〕
1時間目:物質量と気体の体積
教科書P.95 やってみよう「気体の分子量の決定」の実験
2時間目:1時間目の実験の振り返り
3時間目:カサ袋を用いた実験
4時間目:化学反応の量的関係
教科書P.104~105 探究4「化学変化の量的関係はどのようになっているだろうか?」
5時間目:3・4時間目の振り返り
教科書P.95のやってみよう「気体の分子量の決定」の実験方法をそのまま使った。
授業で使用したプリントを添付する。
実験実施日が異なった2つのクラスの結果を以下に示す。
【8組】
気体の種類 | はかり取る前 | はかり取った後 | 気体の質量 |
---|---|---|---|
窒素(N2) |
① 103.08 g |
② 102.85 g |
(A) 0.23 g |
酸素(O2) |
③ 103.35 g |
④ 103.09 g |
(B) 0.26 g |
カセットコンロ用の ガスボンベ |
⑤ 127.00 g |
⑥ 126.51 g |
(C) 0.49 g |
【9組】
気体の種類 | はかり取る前 | はかり取った後 | 気体の質量 |
---|---|---|---|
窒素(N2) |
① 100.38 g |
② 100.14 g |
(A) 0.24 g |
酸素(O2) |
③ 103.61 g |
④ 103.34 g |
(B) 0.27 g |
カセットコンロ用の ガスボンベ |
⑤ 127.49 g |
⑥ 126.99 g |
(C) 0.50 g |
この実験より,モル体積は以下のようになった。
窒素(N2) | 酸素(O2) | |
---|---|---|
8組 | 24.3 mol/L | 24.6 mol/L |
9組 | 23.3 mol/L | 23.7 mol/L |
今回は窒素と酸素の2種類の気体だけで行ったが,気体の種類によらずモル体積がほぼ等しいことを確認できた。その背景にあるアボガドロの法則について教科書P.94を見せながら講義することで理解をさらに深めた。
また,実験を終えた次の授業の際に,気温や気圧が異なった条件で行った8組と9組のモル体積の数値が違うことも確かめた。ボイル・シャルルの法則のように定量的な議論は控えたもの,定性的な問いかけを行うことで,その数値が異なる原因を考えさせた。そこから標準状態を基準にすることも理解させた。
次に,相対質量についての講義を行った。
8組 | 基準の物質(N2)を28 | 基準の物質(O2)を32 |
---|---|---|
窒素(N2) | 28(基準) | 28.3 → 28 |
酸素(O2) | 31.7 → 32 | 32(基準) |
カセットコンロ用の ガスボンベ |
59.7 → 60 | 60.3 → 60 |
9組 | 基準の物質(N2)を28 | 基準の物質(O2)を32 |
---|---|---|
窒素(N2) | 28(基準) | 28.4 → 28 |
酸素(O2) | 31.5 → 32 | 32(基準) |
カセットコンロ用の ガスボンベ |
58.3 → 58 | 59.3 → 60 |
8組と9組の結果を見ても,窒素と酸素に関しては非常に良い結果となった。しかしながらカセットコンロ用のガスボンベは予想されるブタン(C4H10)の分子量58よりも大きくなる傾向があった。これに関して,事前実験を行って幾つか原因の検討をしたが,詳細は不明である。しかしながら,誤差を含んだもので未知の気体の構造を考える訓練としては充分な誤差範囲だと考えている(今回は共に相対誤差3%だった)。また,単に法則の検証でなく,相対質量を用いることで分子の構造を決定できたことで,この実験がどのように応用されるのかより具体的な理解まで深めることができたと実感できた。
生徒の感想(一部抜粋)
化学変化において過不足が生じる場合の量的関係を表すグラフの形状を理解させるために,教科書P.104~105 探究4「化学変化の量的関係はどのようになっているだろうか?」で示されている有名な実験を行った。この実験を行う前に,グラフの形状の特徴をより理解しやすくするために,カサ袋を用いた簡単な実験を行った。
2mol/Lの塩酸を事前に準備することは,現在様々な仕事を抱えている多忙な教師になるほど,できれば避けたいと思う。また,学校によってはクラス数や生徒数が多くなり,その予算もかなりかかることになる。しかしながら,クエン酸一水和物や重曹は安価で且つ安全な試薬である。そして,ガラス器具を使用せず安価なカサ袋を利用しており,実験操作も質量を測定するだけなので非常に簡単である。そのため個人実験として行うことも可能である。ちなみに,本校では試薬に関しても,試薬瓶を購入し準備するのでなく,掃除用の安価なクエン酸と重曹を使用している。
授業で使用したプリントを添付する。
クエン酸一水和物を7.0 g(1/30 mol)と固定して,重曹を4,8,12 gと3種類の試料を準備した。今回は同僚の教員が行った実験結果の写真を示す。
発生した二酸化炭素の体積は,カサ袋の高さとして表現される。そのため,過不足のあるグラフの形状が一目瞭然となる。また,クエン酸一水和物の質量を7.0 g(1/30 mol)と固定したので,これとちょうど反応する重曹の質量は,化学反応式の量的関係により8.4 g(1/10 mol)であることも容易に理解できる。
今回の実験では,気体が漏れ出ることがなく質量保存の法則が成立しているので,反応前の質量①と反応後の質量②に変化がないと予想する生徒が多い。しかしながら,実験をしてみると結果は,生徒たちの予想を裏切ることになる。カサ袋内で気体が発生することによって,萎んでいたカサ袋が膨らみ,本来そこにあるはずの空気を追い出すことになる。そのため空気による浮力を考える必要がある。それに関しては,実験後の授業を通して理解させるようにしている。
また,カサ袋を利用して反応させているので,袋が薄く気体が発生しているときに冷たくなることも触れることで明確にわかる。また,シュワシュワと発生していることも肌の感覚でわかる。反応が止まり,しばらく放置することで教室内の温度とほぼ同じになるように指示を出した。
気体の発生量の概算としてカサ袋の高さを測定し,その後,カサ袋の上端を切ることで発生した気体を抜いた質量④を測定した。ここで,カサ袋を利用することで,同温・同圧力・同体積の条件での空気の質量と発生した気体の質量を測定できたことを理解させた。そして,空気の平均分子量を28.8とすることで発生した気体の分子量が相対質量の概念を用いることで算出される。
28.8×(②-①)/(④-①)
今回は,1組と2組ともに生徒数40名の結果を示す。
1組 | 2組 | |||
---|---|---|---|---|
平均値 | 標準偏差 | 平均値 | 標準偏差 | |
A (重曹4g) |
41.9 | 1.6 | 48.6 | 2.6 |
B (重曹8g) |
45.6 | 1.6 | 50.0 | 4.1 |
C (重曹12g) |
44.6 | 1.4 | 48.4 | 3.2 |
精密な測定をしていないものの実験の結果としては非常に良い値が出たと思われる。
生徒たちの感想を見ると,質量保存の法則の予想を裏切る実験結果に戸惑いながら実験を進めていき,過不足の反応のグラフの概形をカサ袋の高さから容易に理解することができていた。また,空気の浮力を利用し,アボガドロの法則を再び理解させることができる実験を安価な材料で開発することができたと思う。本校では,生徒たちに,何度も知識と理解をフィードバックさせながら,議論を深めることができる実験の開発をするように努めている。