近年の数学教育に関する授業研究では,数学を学ぶことの価値を重視した実践開発が進んでおり,現実的課題を使ったグループでの数学的問題解決学習は実用的価値を学ぶことができる点において,数学を学ぶ動機づけにつながっている。教科書を使った普段の授業や数学的問題解決学習を通じて「僕は数学が好きだ」とか「数学は学ぶ価値がある」と肯定的に取り組む生徒も多い一方で,数学が好きではない生徒たちは,問題を単体として解くことやそれを使った数学的問題解決学習だけでは,動機づけが一時的で外発的なものに留まってしまい「自分は文系に進むから別に要らない」「私は将来数学を使わないから」と思ったり,「分かってなんになる」「できたからといってそれがどうした」と否定的に取り組んでしまったりする生徒も多い。
好き・嫌いや学ぶ価値を感じる・感じないは生徒それぞれの感性に委ねられるものであるが,人間育成を担う学校において,生徒が「すべての学習は豊かで価値あるものである」と肯定的に捉えてほしいと思っている。数学が受験科目であろうとなかろうと,将来数学を直接使おうと使わなかろうとそれに関係なく,生徒たちが数学の学習に常に肯定的に取り組むことができる「持続的な学習動機づけ」が教師と生徒の間に形成できるような教科指導ができないか。そのために普段の授業アプローチで工夫できることはなにかを模索している。
現在は高等学校で教諭をしながら大学院に在籍し,学習の動機づけや教育方法学の研究をしている。今回の授業実践記録では,現在の学習理論と教育実践の間で試行錯誤しながら行っている授業実践の一例を紹介する。なお,この実践は令和元年度下中科学研究助成金(公益財団法人下中記念財団)に応募し採択され,実施している研究「数学的な見方・考え方を本質的に活かした授業デザインの研究 ―高等学校数学科授業における「持続的な動機づけ」に関する要件の分析を通して―」の一部分であり,この研究は愛知県総合教育センターから指導を頂きながら,名古屋大学等と共同で行っている。
従来「数学的な見方・考え方」は学習を通して身に付ける「教科の目標」として位置付けられてきた。しかし,今回の学習指導要領の改訂では,「数学的な見方・考え方」は資質・能力である「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力や人間性等」を身に付けるときに常に働かせるものであるとされた。つまり数学の学習は「数学的な見方・考え方」を通して,数学の知識が現実の問題解決に有用であるという実用的な側面だけでなく,その考え方を通して社会を俯瞰的に捉えようとしたり,自己の内面を観察し自身のアイデンティティの形成に肯定的に寄与させたりといった側面を学ぶことが重視されている。
この変化を教員である私はどのように捉えたらいいか。学習指導要領の改訂やセンター試験から共通テストへの変化に伴って,学校現場は授業そのものの在り方を考え直さなければならないのではないか。自分は何のために数学を教えているのか,生徒にとって数学の学習は何のためにあるのか,それを考えるには数学が学校における教科教育として,また生徒の人間形成にとってどのようなものであるべきかを再度考え直す必要があると感じた。
学習への動機づけは歴史的に教育心理学の分野として研究され,それらの研究から学習活動の基盤として動機づけの重要性は明らかにされている。そして現在,知識,技能の習得を主たる目的とした旧来型の教育感を刷新し,学習動機づけに支えられた思考や表現が活性化するような授業を前提とする発想が求められている(鹿毛2018)。
学習動機づけには主に,課題に関連した外部要因によって起こる「外発的動機づけ」と,課題に取り組むこと自体が喜びや満足となる「内発的動機づけ」がある。「内発的動機づけ」を高める要件として,自由選択や自己主導の機会がある,説明できる理由がある,楽しいと感じる,励ましを受ける,肯定的なフィードバックが得られるといったことが生徒の自律性や有能感を促進させることなどが知られている。また,「外発的動機づけ」はその自己決定性(自律性)の強さから,さらに4つに分類される[図1]。報酬が貰えるからや罰を受けたくないからやろうとする「外的調整」,自尊心を維持しようとしたり傷つくことを恐れたりして外部の期待や要請などを受け入れて自己内で調整する「取り入れ的調整」,外部からの働きかけに対しその価値を認め積極的に自身が関与して取り組む「同一化調整」,外部からの働きかけに対してその価値を認めるだけでなくそれを自分の他の部分と関連させ,その価値を広く感じながら取り組む「統合的調整」の4つである。
[図1] 自己決定性の高さによる外発的動機づけの各段階(溝上2018)
「内発的動機づけ」はその生徒にとって,自分はこの教科やスポーツが好き,と趣味嗜好的に特定の領域に特化した動機づけと考えられるのに対し,外発的動機づけの「統合的調整」はその生徒にとってある特定の領域というよりも,この課題は自分自身の成長や将来に繋がるから頑張ろう,などといった自身の他の内面と結合させるものであり,より生徒自身のパーソナリティに基づいた動機づけであると考えることができる。そのため,「統合的調整」と「内発的動機づけ」は[図1]のような一次元的に配置するのではなく,別の次元で考えなければならないという指摘もある(岡田2010)。
学校の数学の授業において,生徒全員が内発的に学習活動に取り組んでくれることが理想的ではあるかもしれないが,それらは当然各生徒の趣味嗜好によって様々であり,多くの生徒は学校という外部からの統制の中で外発的な動機づけによって学習をしている。先の「統合的調整」は外発的な動機づけに端を発するが,生徒自身の他の内面と結合させながら行う内部的な動機づけであり,学校の授業が目指す動機づけの姿として,この動機づけはとても重要であるように思われる。
私は数学を学ぶことは,人生において様々な生き方を見いだしたり,その考え方を通して自身の思考を見つめなおし,自分そのものを再認識したりする助けになると思っている。そういう意味では数学教育は道徳教育にもつながるものではないだろうか。例えば数学の証明問題ではあらゆる状況から必要十分的に物事を思考し,順序立てて説明することが求められる。そして,自分の考えを整理し,常に書き手としての自分と読み手としての自分とが対話しながら誤解なく説明をすることで,自分の言葉に責任を持つということを学ぶことになる。また,必要十分条件的な考え方を身につけることはあらゆる可能性を考えるということであり,日常生活の様々な場面で思い込みをしがちな人間の思考に気づき,思い込みに陥りやすい局面でも「証明できないものは断言できない」と常に別の可能性も模索できるような強い意志を育むことができると考えられる。
数学の学習に対してこのような捉え方をしてみると,今まで数学が苦手だった生徒や,ただ問題が解けるだけだった生徒も「数学的な見方・考え方」は物事に対する考え方を変える可能性を秘めたものになるのではないだろうか。そして,それが永続的な人間形成に寄与する豊かな学びを育むための「持続的な動機づけ」となると思う。そして,これらのことを授業の中で実践するために,数学的概念の導入時も含め,扱っている問題をどのように様々な対象の中に位置づけさせるかを考え授業をデザインした。
生徒が数学の学習をより肯定的に受け止め,「持続的な動機づけ」が促されるようにするためには,数学の問題をそれ単体として解くだけでなく,その問題の見方・考え方を実生活や普段の思考に位置づけることで,他との関連を作りながら数学の価値を学ぶ必要がある。もし数学的な領域の中の位置づけだけに留まるだけでは,生徒にとって数学の見方・考え方が自己とは遠い存在になってしまう。そのためには,まず私自身がその問題の位置づけを行わなければならない。具体的な問題からその考えのもとになっているエッセンスを引き出し,より抽象度の高い問題として捉えなおすことで数学という領域だけに留まらない他の領域との関連の中の存在として見えてくるように思う。
そこで[図2]のように,授業を社会の中の一部として位置づけられたものとして考えた。授業と社会を繋ぐものとして,数学,他者,潜在的な自分をそのアクセスポイントとし,それぞれのアクセスポイントに授業で扱う問題を位置づける。外から内に向かう方向に位置づけるとき,それはそれぞれ対象の中でこの問題はどういう役割や発想を持っているのかを見る。また逆に内から外に向かう方向に位置づけるときは,その問題の見方や考え方をもって対象を見てみるとどのように見えるかを考える。体系的な数学,実生活での思考,人間形成的な部分に対して数学的な見方・考え方の位置づけを行っていくことで,様々な価値に気づかせ,学習をより豊かなものとして捉えさせる。
またこのような授業デザインは「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力や人間性等」を育成し,現在の自分から新しい自分へと自分自身で再構成するとともに,その変化や成長をメタ的に認知する力も育成するものだと考えている。
[図2] 位置づけを意識した授業デザインの考え方
先の授業デザインを念頭に授業中の発問や解説でいろんな視点を意識している。授業の形態については記述しないが,生徒が個人で考える時間と生徒同士が話し合う時間などを十分に取りながらそれに合わせて発問と解説をし,授業を進めている。次に授業実践の一例を挙げて,どのようにその問題を位置づけたのかを記述する。
対象生徒:高校2年生 38名
単元:数学Ⅱ「図形と方程式」 線形計画法・直線が通過する領域
扱った問題①:アドバンス改訂版 数学Ⅱ+B(*) P.45 201(1) 線形計画法
扱った問題②:アドバンス改訂版 数学Ⅱ+B(*) P.45205(2) 直線が通過する領域
これらの問題は【図形と方程式】の中でも生徒にとって思考が難しい問題である。一般的にはこの問題の考え方は正像法から逆像法への発想の転換であり,従来の考え方と新しい着想を対比させながら説明することで既存知識と関連付けながら体系的に位置づけさせることができる。また,創薬などの現実的問題としてその実用的な価値にも位置づけることができる。
さらに,持続的な動機づけを意識し,問題を生徒が持つ思考と関連構造を作りながらアクセスポイントに位置づけることでその問題の価値を多角的に捉えていく。
ここまでの学習で最大最小問題は関数のグラフを描いて考えるという意識を生徒は持っている。それは「関数」という概念と「最大最小問題」の意味から視覚的に捉える重要性に基づいている。関数の概念は入力に対して出力がただ1つに定まるものであり,関数の最大最小問題は入力に幅に対する全出力の幅を考えることである。そして,それを連続的に調べるためにグラフを使い視覚的に捉えるというのが,ここまでの生徒の学習に基づいた考えである。
この従来の見方に立つならば,この201の正像法は領域内の全入力 () に対して出力のグラフを描くことである。しかしこれは二変数関数でありグラフは3次元空間上に曲面として描かれるため,従来の知識では不可能であることが分かる。ここが発想の転換が必要になる場所である。このように従来の思考のどの部分に位置づけられるか明確にすることを重要視している。参考書(**)などには「領域内の全ての点 () に対しての値を調べるのは不可能であるから」や,「まず直線を考えてみる」とある。このように参考書では新しい着想に向かって直線的に考え方が説明されているため,従来の思考との関連性という点には重点が置かれていない。先のように生徒の既有知識では最大最小問題は関数のグラフを描いて考えることが定着している。そのため,その考え方に問題を位置づける際,グラフが描けない点がその接続点となり,新しい着想への始まりとなる。
この図形と方程式の単元では直線を一次関数ではなく方程式として捉えるなど,同じものを違った見方で捉える学習をしている。そこでを方程式とし()を条件を満たす点の集合と捉え,その解が領域内に存在するかどうかを考える。つまり方程式の考え方をしてみると従来の発想の逆の見方をすることが可能になる。出力に対してその入力が存在するかどうかで,その出力をとり得るかどうかを判断する見方である。
このように既存の関数的な発想を振り返ることで壁にぶつかり,この単元の方程式的な立場から出力から入力を見る逆像法を考えることの妥当性を与えてくれる。
この位置づけに従うと205について関数的な考え方では入力tを決めたら出力として直線が描かれるという見方から,その都度tを決めて直線を描き,それを繰り返すことで領域を決定するが,その不可能性から逆の方程式的な見方をし,ある点()を通過する直線があるか(解tが存在するか)という考え方になる。
またこの考え方を使って,あえて従来の問題を解きなおすことを行った。「の最小値を求めよ」は従来の関数の考え方では平方完成後にグラフを描いて答えてきた。これをあえて方程式的に考え,yを定数とし,その値をとるxが存在するか判別式を調べる。こうすると,今までとの着想の違いが明確になってくる。このように,位置づけを意識した授業では問題を解く為のヒントや考え方を流れで教えるのではなく,既習知識を重点的に説明することで数学の体系の中に問題の考え方を明確に位置づけることができる。そしてここでは,関数的な思考と方程式的な思考の対比が明確になることが生徒にとって分かりやすさとなると考えた。
創薬の問題など線形計画法を用いた現実的な問題解決は従来の実践研究でも多く取り上げられているためここでは割愛するが,これも重要な位置づけである。実用的な価値を取り上げることで,問題の見方・考え方で社会を再認識することができる。今回の授業では創薬の問題を取り上げ,商品の価格決定などにも用いられている手法であることの話をした。
この逆像法の見方は日常生活では当たり前のように行っている。例えば205は「掃除ロボットの生産者と消費者」の関係のように思える。掃除ロボットを作る側は例えばのようにプログラムを組み,tを変えて直線的に掃除するように設定する(実際にはもっと複雑であるはずであるが…)。このときの思考は関数的であり,tを決めると軌道として直線が決定し掃除するという考え方である。逆に消費者側の視点はどうか?例えばこの掃除ロボットはちゃんとソファーの角も掃除してくれるのかといった点が気になるはずである。この発想は掃除ロボットのプログラムの中にそこを掃除してくれるときが1回でもあるか?という問いである。このときの思考は方程式的であり,床のある場所(座標)を定数とみたときに解tが存在するかという考え方になる。
(i)(ii)のように数学の体系や実用性だけでこの問題を捉えようとすると解法の着想そのものが難しく感じてしまったり,自分事として捉えられなかったりする可能性が高い。しかし,実生活の思考と比較することでその見方自体が生徒にとって自然なものとなる。また逆にこの問題を通して日常に数学的な見方・考え方が根付いていることを知ることで,数学的な見方・考え方が様々な場面で転移される可能性を広げてくれるものとなる。
数学の論理的な側面は,生徒自身の人間成長にも大きなヒントを与えてくれる。この問題の重要な側面として「思考の順序」や「思考の向き」がある。先の問題のような複雑な状況でも思考の順序や向きを明確に理解することができれば,それを別の視点から捉えなおすことで突破口が見つかることもある。私たちは普段様々な情報のなかで何気なく漠然と物事を考えたりしながら生活しているが,自分の思考の順序を明確に理解できていることはそれほど多くないように感じる。このような問題の見方・考え方はそういった物事を考えている普段の自分に対して,自身の思考の形や順序を明確にできるきっかけとなり,それを通して自分の思考を省察し,他者からの視点で自分の考えを見直すことが可能となるのではないか。後に書いた生徒の感想に「すぐに親とケンカしてしまうし,カッとなっているとき相手が理解できなくなってしまうから数学を通じて,考える練習をもっとしたい。」とあるように,数学の見方・考え方を通すと,自分自身との対話を促すことが可能になる。つまり,この見方・考え方は数理的な問題解決の糸口を与えるだけでなく,自分自身の思考の構造や自分という像を再認識させる可能性ももっている。そして数学が自分とは関係ないと感じることなく,やはり自己の人間形成において重要であると思うことができれば,他の教科やすべての学びが有意義なものとして位置づけられるのではないか。
このような「持続的な学習動機づけ」を意識した授業実践は特別な研究授業ではなく,普段の授業で意識して行っているものである。そのため,次に挙げる生徒の声は先の授業実践に対する言葉ではなく,彼らが昨年1年間を通して数学の授業を受けたうえで,一年次12月に自分の中での数学の捉え方などについて自由記述で回答したものである。特に文章にして書くという指示をしたものではないため,単文のものもある。(一年生40名回答のうち9名抜粋)
<生徒A>
<生徒B>
<生徒C>
<生徒D>
<生徒E>
<生徒F>
<生徒G>
<生徒H>
<生徒I>
他の生徒も数学という領域の中での価値にとらわれず,より数学の価値を身近に感じ,数学を通して自分や社会など様々なものを再認識しているようだった。好き嫌いも含め,生徒にはそれぞれの動機づけがあっていい。学習に対して肯定的な動機づけができている生徒が多かったことが印象的であった。
生徒が数学の学習をより肯定的に受け止め,学習意欲が増すようにするために,その問題の見方・考え方を実生活や普段の自分の思考に位置づけることを意識して授業実践をしている。また,「位置づける」ことは日常や自分の思考の中からその問題を見つけるだけでなく,問題を通して日常や自分を見つめなおし,より自分自身の思考を明確に理解し成長させるものとして捉えるということだと考えている。
今回の授業実践報告では1回の授業例を取り上げたが,1年以上をかけてこのような取り組みを行っている。実践を通して,数学が苦手な生徒たちの中でも,以前より数学に対して「数学って自分にとって必要かも」とか「数学を学びたい」と言ってくれる生徒がかなり増えた様で,数学の授業も一所懸命生き生きと取り組むようになった。今後も試行錯誤しながら,生徒にとって数学の学習がより豊かなものになるような工夫を行っていきたい。
鹿毛雅治(2018) 学習動機づけ研究の動向と展望 教育心理学年報,第57集,155-170
溝上慎一(2018) http://smizok.net/education/
岡田涼(2010) 自己決定理論における動機づけ概念間の関連性 パーソナリティ研究,第18巻,第2号,152-160
(*)傍用問題集 アドバンス改訂版数学Ⅱ+B 啓林館
(**)フォーカスゴールド 4th Edition 数学Ⅱ+B 啓林館