以前から那須地区の標高データを手に入れ,数学的観点から考察したいと考えていたが,今回それが実現できた。国土地理院のホームページから「基板地図情報ダウンロードサービス」「数値標高モデル」と進む。データを入手したい地域を選択することで,求める地域の各地点の標高のデータを手に入れることができる。例えば図1の「554040」の所を指定して,10mメッシュのデータファイルをダウンロードすることができる。そのファイルは「XML」という形式で保存されており,エクセルからは直接読めない。しかし拡張子を「.XML」から「.CSV」に変えることで,CSVファイルとして読め,エクセルに取り込むことができる。このファイルには84万3750地点の標高データが1列に入っている。現在のエクセルでは,100万行程(正確には1048576行)が限界であるので,84万3750行は何とか扱えるスケールである。ちなみにエクセル2003では扱えない。
84万3750個の数値は一区画の標高データで,(縦)750行×(横)1125列のデータを縦1列に並べられたものである。したがって,84万3750個のデータで上から1125個のデータをとり,左回りに90度回転させて1行目に置く。次の1125個のデータも同様に回転させて2行目に置く(図2)。こうした並べ替えを繰り返していくと750行1125列のマトリックスが出来上がる。これが一区画の標高データである。とはいっても,手動ではとてつもない時間がかかるので,ここはマクロで並べ替えをする。
国土地理院のHP 図1
図2
ここでは,図3にあるように,栃木県の北部,那須地区の16区画について,ファイルをダウンロードし,上記の操作を行った後,16地区のデータをエクセル上でつなぎ合わせてみた。市町村では那須町,那須塩原市,大田原市(湯津上地区を除く),矢板市,白河市の一部からなる。16区画なので,3000行4500列のデータになり,1350万地点の標高データがエクセル上にマトリックスの形で入っている。PCにも負担がかかる。図4は図3の左上の地区(553956)のデータの一部をエクセル上に表示したものである。標高の単位は「m」である。
図3
図4
図5
高原山(左)大佐飛山地(右)図6
那須連山(上) 那須野が原の向こうに見える八溝山(下) 図7
エクセルではホームの「条件付き書式」からセルの値に応じて色をつけることができる。場所によってその標高により色が異なるようにする(図8)。
標高が高いと赤
標高が低いと緑
図8
次に列幅,行幅を1ピクセルまで縮める。これで,それぞれの地点(セル)は1ピクセルの点になる。しかしデータが非常に多く画面上にはそのごく一部しか現れない。またスクロールも非常に時間がかかる。そこで,データ数を減らし(圧縮し),データ量を約5%まで縮小して色をつける。これで一画面にやっと納まるサイズである。
表示してみると,データ数を減らしたにもかかわらず,鮮明に山塊(さんかい)や扇状地に流れ込む川らしきものが映し出された(図9)。
山塊は3つ確認できる。上の方から那須連山,その左斜め下が大佐飛山地,そして一番左下側に高原山である。大佐飛山地と高原山に挟まれた黄色いところは塩原である。図には示されていないが高原山の西側には鬼怒川温泉がある。
図9
図10
さて標高が比較的低い扇状地のところも,特に図9の右側では木の枝が細かく枝分かれしているように見える。特に八溝山地の左側は幹のようなものがあり,那珂川が流れているものと思われるが,そこから細かく枝分かれしていて印象深い。この部分をもう少し拡大して,色も少し変えてみると,図10のようになる。那珂川の右側,つまり八溝山地側が特にその傾向があり,左側はそうでもない。
大佐飛山地から流れ出る川をみてもそのような傾向はない。これは八溝山が那須の山々に比べ,開析(かいせき)が進んでいるからだと思われる。
開析(英: dissection)とは,一定の連続性を有していた地形面が,侵食などの影響により多くの谷が形成され,地形面が細分化される現象である。開析が進むほど,地形面に刻まれた谷は大きくなり,その数も多くなる。地形面は,細分化され,小さくなっていく。このため開析度が高いものは原地形形成後,時間が経過したことを示している。これは八溝山地の形成が古い時代に起きたことを意味している。このことについてはまた後述する。
また図10の那珂川の左側は那須野が原の扇状地であるが,絵の具の筆で色を塗ったようなところが複数あり,昔,川が流れていたように思える。今は流れてはいないが,大雨が降るごとに,川がコースを様々に変えて土砂を運び,扇状地をつくったことが予想できる。
図11
さて,標高データを使って地形の断面をみることにする。エクセルのグラフ機能(折れ線グラフ)で簡単に得られる。
図11のように3本のラインで切断し,その断面をみると次のようになる。福島県との県境にあり,那須連山の最高峰である三本槍岳のところで切断すると図12上のようになる。
図12
さらにこれに合わせて大佐飛山のライン,高原山のラインで切断した断面を重ねると図12下のようになる。南側から見ると,まず高原山ライン,次に大佐飛山ライン,一番奥に三本槍岳ラインがある。
また那須の茶臼岳を南北に走る縦ラインで切断すると図13のようになる。途中まで下がり続け,ある所から急になだらかになっていることがわかる。川で運ばれてきた土砂はなだらかな部分に堆積し,扇状地をつくる。
図13
エクセルには,挿入→グラフ→等高線と選択することで,平面上の数値に対してそのグラフを立体的にみせる機能がある。ただし,200行までが限界であり,表示範囲にも限界がある。そこでデータを縮小し,まずは東側の八溝山地を除く地形を立体的に表してみた(図14)。データを縮小しているので実際とは誤差が生じることは了解いただきたい。平面の図と同様に,那須連山,大佐飛山地,高原山の山塊があることがわかる。また高原山と大佐飛山の間に,塩原渓谷から流れてきた箒川の溝が確認できる。扇状地である那須野が原の南側(大田原市の佐久山・福原地区)には丘陵地帯が広がっている。これは塩那丘陵(喜連川丘陵)とよばれ,那須野が原の南限にあたる。箒川はこの塩那丘陵の北側を通り,塩那丘陵と八溝山がぶつかる大田原市佐良土付近で那珂川に合流している(図15)。
図14
那須野が原の南限・塩那丘陵の北側を流れる箒川 図15
南部を除く代わりに東側の八溝山地を入れると図16のようになる。那珂川の流れる溝と思われる筋がみえる。那珂川の西と東では地形の様相が変わっていることもわかる。前述したように,那珂川の東側は広義の那須野が原に入る。これについては,この後再びふれる。
図16
グラフを右クリックすると,3D回転ができる。回転角度を入力するだけで表示してくれる。
那須を,塩谷側から見ると図17のようになる。
図17
この他,エクセルではグラフ-等高線の機能として,地図を真上から眺めて,しかも立体的に表示する機能もある。八溝山地を除いた部分を表示させると,図18のようになる。この手法については後ほど取りあげる。
図18
図19
ある地点の凸凹度をみるには,その地点を含む何カ所かの標高の標準偏差をみるのが一番はやい。ここではまず,その地点を中心として,縦30地点,横30地点の正方形で囲まれた領域900地点の標高について標準偏差を計算し,その値をその地点での凸凹度とする。この計算を各地点ごとに行っていく。
図20が示すように赤色の所が凸凹度が高く,
緑の所が低い。予想通り,山岳部の方が凸凹度が大きい。扇状地の那須野が原は,那珂川がその境をつくっていることもわかる。那珂川の北側は凸凹度がやや大きい。
地図の東側には丘陵地帯があり,その中にくぼんだ形で緑のところがあるが,ここは旧黒羽町である。当然のことであるが,土地の平らなところに集落が形成される。
また高原山から塩原に行く途中で緑の部分があるが,これは川をせき止めたダムである。ここでせき止められた水の湖面が標準偏差を小さくさせているものと思われる。
図20
図21
そう考えると,もっと詳細に描けば他の池や沼も画面にでてくることも考えられる。これまで各点につき,周囲の900地点もの広範囲で標準偏差をとっており,もう少し狭い範囲で標準偏差をとってみる。縦7地点,横7地点の49地点で標準偏差を計算することにする(図21)。
すると図22のようになる。図22からわかるようにかなり鮮明な映像になる。山岳部でも緑の部分がところどころに見える。例えば那珂川の上流に,2つの湖らしきものが見える。これは深山ダムの下(しも)の池と上(かみ)の池及び沼原湿原である。上の池には沼原湿原が広がる。また蛇尾川の上流に緑色の小さな部分が2つ見える。これは八汐ダム(左)と蛇尾川ダム(右)である。緑の部分が全部ダムや池とは限らない。横川放牧場のように,農業用地である場合もある。
また那珂川沿いに2本の黄色い紐のようなものがほぼ平行に並んでいるのが見える。この部分は,深い谷になっており,谷底に那珂川が流れているところである。那珂川が河岸段丘を形成している。
河岸段丘は,長い間に土砂が積もり平らな部分ができるが,何らかの理由でその土地が隆起すると,川には土砂を運ぼうとする力が働き,また谷が形成されることで生じる。
縦7地点,横7地点の49地点で凸凹度(標準偏差)を計算した場合 図22
地理学では,「高原」の定義はない。しかし,そのイメージは「平坦な表面をもち,広々として比較的起伏が小さく,谷の発達もあまり顕著でない山地」といって差し支えないであろう。これを標高とその標準偏差から,あえて「高原」と定義したい。ここでの高原は標高450mより高くで,標準偏差が20未満であり,その領域が十分に広いところと考えよう。450mにした地理学的根拠は特にないが,東北自動車道の那須近辺の最高標高が450m程であり,それより以北を那須高原と考えたかったからである。標準偏差20も特に根拠はなく,相対的に小さい値を選んでいる。その点の周り7×7=49地点の標準偏差で計算している。
そこで,まず,条件(標高>450m 準偏差<20)に当てはまる地点に色をつけてみた。すると図23のように,高大なグリーンの領域が現れる。那須高原(図24上)は,那珂川の西と東に別れ,東側の方がより広い。現在この地域には多くの商業施設ができ,別荘も多い。福島県側は甲子高原(図24下)になる。高原山の方にもグリーンの領域がある程度確認できるが,領域の面積は広くなく,「高原」とは言いにくい。ここは八方ヶ原とよばれる高地である(図25)。これは高原山の釈迦ヶ岳東側山麓で,昔,噴火があったが,その流れ出た溶岩によって形成されたものである。平坦な階段状の台地を構成している。階段状の台地は下から順に(塩原側から)学校平,小間々,大間々と名づけられている。
高原の特定 図23
那須高原(上)と甲子高原(下) 図24
八方ヶ原 図25
各地点の標高とその付近の凸凹度(標準偏差)について相関図を描いてみた。最初,凸凹度については,その点の周り7×7=49地点の標準偏差を採用したが,その相関図は予想を超えて点が方々に散らばっている状況になった(図26)。形からみると非常に弱い正の相関にみえる。念のため,相関係数を計算すると,これまた予想を超えて0.74とかなりの正の相関があることがわかった。考えてみると63万余りの点があるわけで,相関図で点が疎になるようなところがあっても,無数の点で埋め尽くされているためにわからなくなっている。
図26
そこで凸凹度について,その点の周り30×30=900地点で標準偏差を計算する最初のパターンで,標高との相関図を考えてみた。この計算では全体的に標準偏差は大きくなり,その地点の周りの凸凹度というより,その地点がある地区の標準偏差である。すると,図27のように個性的な分布図が得られ相関係数も0.82とかなり高い。
図27
どちらにしても,標高と凸凹度は強い正の相関があることがわかる。図からわかるように,分布において,標高が高くとも凸凹度が小さい場所が多く存在することである。これは那須地区における高原の割合が大きいことを示すものである。
次の図28において,「A」をつけたところが高原にあたる。それに対して「B」をつけたところは,標高はそう高くはないが,凸凹度が高く,低丘陵地帯であることを示している。八溝山地の一部もここに入ってくる。
図28
「那須野地形をみる」の前編はこれで終わりである。後編は次回にアップされるので参照されたい。後編の内容は以下の通りである。
【参考】国土地理院ウェブサイト https://www.gsi.go.jp/kiban/