「50!の末尾に続く0の個数」を求める問題を指導する機会があった。数学があまり得意ではない生徒も含まれた夏季課外のことである。最初から教員が解いてみせるとか,指名してある生徒に解かせるというやり方はしないで,教室にいる生徒全員が問題を解く鍵や考え方を発見するという方法で行ってみた。いわゆる「アクティブラーニング型課外授業」である。
仮にその問題をある生徒に指名して解かせたとき,「1から50までの自然数のうち,5の倍数は10個あり,25の倍数は2個あるから,50!の末尾に続く0の個数は10+2=12個である。」,あるいはもっと雑に「50÷5=10,50÷25=2,よって10+2=12(個)」と板書したとしよう。説明不足であるが結果は正しい。しかし,なぜこのような発想で 「50!の末尾に続く0の個数」が求められるのかが納得できない生徒は少なくないだろう。
「因数10」が含まれると「末尾に0が1つできる」,つまり50!を素因数分解をしたとき「素因数2と素因数5」から「因数10」が作られ,さらに「素因数2の個数よりも素因数5の方が少ない」ことから「素因数5の個数」と「末尾の0の個数」が等しいことがいえる。したがって,1から50までの自然数において「5の倍数の個数と52=25の倍数の個数の和」が「50!の末尾に続く0の個数」であることになるが,このことがすんなりとは理解できない生徒は決して少なくない。
もっと理解しやすい説明や生徒自らが問題解決のための考え方を発見し,納得できる授業展開を考えるべきであると思い,そこで「階乗の表」を使った発見的なアクティブラーニングを考察し,実践してみた。
教科書の巻末には学習内容に応じたいろいろな表が載せてある。少々掲載スペースが広くなるので難しいと思うのではあるが,その中に「階乗の表」も付け加えて欲しいものである。
このような表は問題を解く際に必要に迫られて使うこともあれば,眺めることで教科書に扱ってあることはもちろんのこと,扱っていないような事実を発見する教材になることもある。そのような経験が数学からの学びの逃避を食い止めたり,数学を学ぶ意欲を駆り立てたりすることもあるからその存在意義は大きいと思う。
この表を生徒に与えて,「さあ,この表から何か気付くことはありませんか。」と言ってみる。取り付く島がない生徒もいるかもしれないが,おそらく末尾に続く0の個数に目が行くのではないだろうか。このとき,40人クラスであれば5人1班の8班に分けておき,班ごとに出た意見を集約して発表させてみる。なお,数学的なことを言わなければならないなどの先入観は持たせないようにする。
「0の個数がどんどん増えています。」という意見でもよい。そのような数学的に曖昧な表現はサポーターである教員が修正を加えればよい。たとえば,「n!(n=1,2,3,・・・,100)のときの末尾に続く0の個数を表にしてみよう。」と言い,表が完成すれば,「nとそのときの階乗n!の末尾に並ぶ0の個数の間にどのような関係があるか。」について考えてみようというように方向性を示してやればよい。
階乗の表から1から100までの自然数nについてその階乗n!の末尾に並ぶ0の個数をまとめると次のようになる。
次に,上のような表(生徒が作成できるのが理想,そうでない場合には配布)をもとにして,生徒あるいは班で議論して班の代表者に気付きを発表させる。
たとえば,次のような答えが出る。
さらに,次のような問を出して,班で考えさせる。
nを自然数とするとき,n!の値の末尾に並ぶ0の個数について,次のことが言える。
しかし,「階乗の表」を利用して,n!の末尾に並ぶ0の個数を調べれば,
すると,「階乗の表」がなくても⑥より,n=125=53のとき,n!の末尾に並ぶ0の個数は,(n-1)!の末尾に並ぶ0の個数よりも3個増えることやn=625=54のとき,n!の末尾に並ぶ0の個数は,(n-1)!の末尾に並ぶ0の個数よりも4個増えることが理解できる。
また,1000!の末尾に並ぶ0の個数については,1から1000までの自然数のうち5の倍数は200個,25(=52)の倍数は40個,125(=53)の倍数は8個,625(=54)の倍数は1個あるから,それらの和の200+40+8+1=249個あることがわかる。
このようなアクティブに,友達と共働的に考えることは,「天下り式」に教えられたり,「丸暗記」したりするといった非数学教育的なことより学習効果ははるかに高い。これはエドガーデールの学習のピラミッドでも指摘されていることである。
自分で考え,わかること,さらにそれを互いに教え合うことは数学教育的に見て重要である。「人に教える」ことを生業にしている教員なら誰しも実感していることである。
「わからない」ことから生じるストレス,逃避,絶望から快感・感動の「あ~,わかった!」に変えることがアクティブラーニングの狙いの一つである。別にグループ学習でなくてもよいが共に感動を分かち合えるグループ学習の方がより教育的で望ましいと個人的には思う。