高等学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
数学

身近な場面設定を取り入れた教材の工夫

沖縄県立北中城高等学校 神谷 百恵

1.はじめに

観点別学習状況評価が導入され,思考・判断・表現や主体的に学びに向かう態度をどのように見取るのか,その見取り方を模索し,試行錯誤を繰り返して3年目。この新しい評価の導入は,日々の授業について見直すきっかけとなった。

私が現在勤務している学校の生徒の多くは,数学はどの教科よりも苦手とし,授業が始まる前から気持ちが後ろ向きになりがちである。特に証明や応用問題には拒絶反応に近い態度を示し,そんなことを考えるよりは公式を覚えれば解ける問題を好む傾向が顕著に見られる。今回は,そんな生徒たちに主体的に数学の授業に取り組んでもらうために行った教材の工夫を紹介したい。ほんの少しの工夫であるので,多くの先生方はすでに取り組んでおられる可能性も高いが,本校の生徒の反応を見ながら楽しんでいただけると幸いである。

2.身近な場面設定で興味を持たせる

本校の生徒たちは,具体的な場面設定をしても数学っぽさが少しでもあると途端に興味を失ってしまう傾向がある。公式を覚えて,その公式を利用することで答えが出る問題が大好きな一方で,難しそうな問題は最初からあきらめ,"解かない"選択をする姿がよく見られる。今回取り上げる軌跡の問題についても,これまではただ解き方を暗記してテストに臨む生徒が多かった。教科書等にあるグラフツールを使って図示しても,興味を示す生徒は少ないのが現状であった。しかし,数学の学びは,ただ公式を覚えてそれを使えば(簡単な)問題が解ける!ということではない。そこで,軌跡の学習の最初に,教科書の問題を身近な場面設定による課題に置き換えて提示し,その課題を解決させることを通して数学的に考えることのよさを感じてもらい,関心を持って軌跡やその後に続く領域の学びに向き合えるようにした。本校には普通クラスと特進クラスがあり,学力に差があるので,それぞれのレベルに合わせた課題を作成した。

(1)普通クラス向けの課題

教科書の例題:2点A(4,0), B(0,2)に対して,条件AP=BPを満たす点Pの軌跡を求めよ。

課題:学校にいる健心くんと,北中城村中央公民館にいるさりさんは待ち合わせをすることにした。待ち合わせの場所については2人とも自分の方が遠くなるのはいやだと言っている。そこで,両方から同じ距離になるような一番オススメの待ち合わせ場所を2人に教えてあげよう。

最初はほとんどの生徒が2点を結んだ線分の中点の位置を答えていた(図1)。が,その地域をよく知っている生徒から別の意見が飛び出す。

「そこは山の途中だから下る人の方が有利になるからダメ。」

「しかもその辺は草が多くて待ち合わせしたら蚊にやられる。」

そうこうするうちに,なんとなく三角形を描く生徒が現れ,待ち合わせ場所をコンビニエンスストアと主張し始めたのである(図2)。

「同じ距離でいいんだから,二等辺三角形をかいて考えたらいい。それで考えて一番いいのはコンビニ。立ち読みしながら待てる。安全。」

一気に答えがコンビニに集中し始める。他に良い場所はないか?そしていろいろな意見を出し合ううちに,中学校で学んだ垂直二等分線にたどりついたのである。

そこで地図上に座標軸をとり,2人の生徒がいる地点を座標で表して,等距離という条件のもと立式していったのである。求めた式が,自分たちで考えたものと一致したことで満足げな表情が見られ,同時に,待ち合わせ場所という身近な課題が数学的に解決できたことで数学のよさを感じられた取組になったといえる。生徒の授業の感想をいくつか抜粋して紹介する。

次に教科書のアポロニウスの円の例題も,『家をどこに建てるか問題』に変えて提示した。

教科書の例題:2点O(0,0), A(3,0)からの距離の比が2:1である点Pの軌跡を求めよ。

課題:沖縄市のびっくりくじに当選したあなたは,沖縄市から家をプレゼントしてもらえることになりました。ただし,新居をP,こどもの国をK,ライカムをRとしたとき,KP:RP=1:2の場所という条件があります。あなたなら,どの場所に家を建てますか。

最初の問題に引きずられ,すぐに垂直二等分線っぽく垂直な線を引く生徒が多く見られた(図3)。ここで「本当にそれでいいか,線上の点から2地点までの長さを実際に測ってみよう!」と声かけをするとその予想ではダメなことに気づいていた。ではいったいどこなら条件を満たすのか。しばらくすると,定規を使って条件を満たすような地点を見つける生徒が出始め,グループで協力しながら条件を満たす点を増やしていくことで,今回は円になるらしいという予想が出てくる(図4)。

一方で,さきほど地図上に座標軸をとって問題を解決させたように,今回も座標軸をとって2地点の座標を作り,数学化して解決させようと試みる生徒も出てきた(図5)。1つ目の課題への取組が生かされており,それまで数学を苦手としていた生徒たちが数学的に考えようとする姿勢に驚くばかりであった。

図3 これも直線だろうと予測

図4 条件をみたす点をいくつか集めると円みたいになると気づく

図5 座標軸をかき,数学的に解決させようとする生徒も

今回もある程度の予測で円になるだろうとし,条件を立式して解決し,実際に円を表す式を導くことができた。生徒たちは最後まで主体的に授業に参加し,いつもなら最初から諦めるような問題に対してもしっかり取り組んでいる様子が見られた。

(2)特進クラス向けの授業

特進クラスはある程度基礎学力もあり,数学に対して前向きな姿勢も見られる。このクラスに向けては,アポロニウスの円から領域までつながる課題を,配送料の問題として作成した。Math探にも配送料の課題学習があり,参考になった。もちろん場面設定は身近な場所(ライカムは生徒が大好きな商業施設です)にしている。この課題は,沖縄県総合教育センターのプロジェクト研究として,担当主事とともに取り組んだ。

課題:あなたは電器店Bの店長です。父親の代から続く電器店で一生懸命働いています。
ところが最近,ライカムにも電器店ができ,このままでは大きい商業施設にお客さんが流れていきそうで心配です。そこでライバルとなる電器店Yと自分のお店電器店Bについて調べてみました。調べた内容をまとめると次のようになりました。

(1)品揃えも値段も電器店Yと同じくらいである!負けていない!

(2)配達してもらうためにはどちらも直線距離につき配送料がかかる。電器店Bは1Kmにつき配送料100円,電器店Yは1Kmにつき配送料200円である。

これからの販売戦略を考えるために,いろいろ考えてみることにしました。ちなみに,電器店Bは地図上の印にあり,ライカムから東に3Km,北に4Kmの場所にあります。

問1 まずは大型契約がとれそうな施設について考えました。
次の施設のうち,どの施設に売り込みにいくとよいでしょうか。
理由をつけて答えてみよう。

  • ① 北中城高校
  • ② 山内中学校
  • ③ グランメール沖縄リゾート

問2 どちらの電器店に頼んでも配送料が同じ場所はどこだろうか。

問3 「『この地域』に住んでい人はB店にきた方が配送料がお得ですよ!」ということを宣伝するチラシを作りたい。
『この地域』がわかりやすく伝わる方法を考え,実際にチラシを作ってみよう。

領域を習う前ではあったが,数学が苦手な生徒も既習事項をフル動員させて問題解決に挑む姿が見られ,教師側も生徒たちも達成感のある時間となった。生徒たちは自分なりに課題と対峙して,自分の仮説をたて,課題を解決させていた。問3はパフォーマンス課題と位置付け,最後に発表の場を設けた。実際の生徒の作品をいくつか紹介する。このあとの授業を通して,問1~問3の答え合わせをしていった。軌跡と領域の学びについては,最後まで関心も高く,理解度も高かったため,有効な課題であったと考えている。実際のWSはこちらからどうぞ。

【軌跡と領域配送料WS】

図6 生徒の作品①

図7 生徒の作品②

図8 生徒の作品③

生徒の振り返りでは「数学が生活の中にあるとわかって面白かった」「『数が苦』が『数楽』になった」といった声が聞かれ,主体的に課題に取り組んだ様子がうかがえた。

3.題材のヒントは教科書から

今回紹介させていただいた題材では,啓林館の新編数学Ⅱにあるmath探も参考にしている。生徒に主体的に考えさせる題材を考えようとするものの,まったくのゼロから作り出すことはなかなか難しいと感じている私にとって,教科書のmath探は非常にありがたい存在である。本校の生徒に対しては,そのまま活用できないことも多いが(笑),それでも,math探の題材の場面設定を変更したり,条件を変更したりしてカスタマイズすることで,本校の生徒にも活用できる題材を作ることができている。math探と同様に,章扉の課題も面白い。章扉の課題を,「単元を貫く問い」として単元計画の最初に提示し,学習が進むにつれて答えに近づいていく授業計画も可能であった。今後も,このような題材の提供を切にお願いしたい。

4.その他やっていること

いかに生徒を授業に参加させるか。この永遠の問いに対して,これまでもいろいろな取組を行ってきた。毎時間小テストを実施したときは,そのテスト結果が成績に入るかどうかで生徒の態度が変わったり,進度が遅くなったりしたため挫折した。宿題を出して多くの問題に慣れてもらおうとしたこともある。結果,真面目な生徒だけが宿題をやり,クラス内での偏差が広がっていくばかりで挫折した。現在は,今回紹介させていただいたような教材の工夫やジグソー法を取り入れたグループワークを行い,生徒の授業参加をうながしている。

また,単元のはじめに「評価問題」として,その単元で解けるようになってほしい問題と評価の観点をまとめたプリントを配布し,生徒が自分の理解度を確認できるようにしている。同時に,テスト前には「ステップシート」というWSを配布し,苦手な問題や得意な問題を自己分析して取り組むような仕掛けにしている。教科書や問題集から類題を探してチャレンジしたり,問題を解くためのポイントや公式をまとめたりすることで苦手な問題が解けるようになった生徒も多く,この課題を通して何を学んだかを理解している様子が伺える。ステップシートについては,リンクを貼っておくので興味があればのぞいていただけたらと思う。

【北中城高校数学科ステップシート】

【ステップシート生徒活用例】

5.おわりにかえて

今回,このような機会をいただいて,これまでの実践を振り返ることができた。そして改めて教材の工夫を含めた授業改善の大切さを再認識することができた。「目の前の生徒たちの心を動かすにはどのような場面設定が必要か。」「どのような導入がさりげなくその後の学習へと誘うか。」「数学のよさや考える楽しさを伝えるためにはどうしたらよいか」を念頭に,今後も教科書をフル活用して努力していきたいと思う。ここまでつたない文章での取組の報告にお付き合いいただいた先生方に感謝します。ほんの少しでも,お読みいただいた先生方に何かがヒントになっていることを願いつつ・・・。

【参考文献】