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数学

条件付き期待値の学習について

東京都私立中学校・高等学校教諭

1.はじめに

令和3 年の学習指導要領改訂から数学Aの「場合の数と確率」にて「期待値」が復活した。これにより数学 Bの「確率分布と統計的な推測」での「期待値」はより高度なものになり,統計的な内容とも密接に関連していくと思われる。大学入試で条件付き期待値を求める問題が出題されたので,これを題材として,条件付き期待値の概念の習得を目指す。

2.指導対象について

本校は東京都内にて中高一貫教育を行う私立学校であり,毎年数十人の東京大学合格者を輩出する進学校である。数学科においては,基礎・基本を重視した指導を行いつつ,演習問題として,大学入試問題を取り上げて,実践力を高める授業を行っている。数学Aの一部を学習済みである生徒たちを対象として,春期講習にて「条件付き期待値」についての授業を行った。生徒たちは「場合の数と確率」以外に,「数学と人間の活動」において,「不定方程式」についても, ユークリッドの互除法や合同式,重複組合せ(_n^ )H _rまで学習しており,その基礎的な知識は成熟している。

3.期待値と条件付き確率

ある試行の結果によって定まる数量Xがあって,Xのとりうる値のすべてが x_1,x_2・・・,x_nであり,その値をとるときの確率がそれぞれp_1,p_2,・・・,p_nであるとする。このとき

E(X)=∑_(i=1)^n▒x_i  p_i=x_1 p_1+x_2 p_2・・・+x_n p_n

を数量Xの期待値という。また事象ABについて,P_A (B)=P(A∩B)/P(A) を「Aが実現したという条件のもとでのBの条件付き確率」という。

4.条件付き期待値

Aが実現したという条件のもとでのXの条件付き期待値」を

E_A (X)=E(X|A)=∑_x▒xP(X=x|A) =∑_x▒x  P(X=x∩A)/P(A)

とし,「条件X = a のもとでのYの条件付き期待値」を

E(Y|X=a)=∑_y▒y P(Y=y|X=a)=∑_y▒y  P(Y=y∩X=a)/P(X=a)

とする。

5.取り扱った大学入試問題

①2023年 慶應義塾大学 総合政策学部 大問3

あるすごろくのゲームでは,1 枚のコインを投げてその表裏でコマを前に進め,10 マス目のゴールを目指すものとする。

コマは,最初,1 マス目のスタートの位置にあり,コインを投げて表であれば 2 マスだけコマを前に進め,裏であれば 1 マスだけコマを前に進める。ただし 9マス目で表が出たため 10 マス目を超えて前に進まなくてはならなくなった場合には,ゴールできずにそこでゲームは終了するものとする。また,コインの表と裏は等しい確率で出るものとする。

このとき,ある 1 回のゲームの中でnマス目(n=1,2,・・・,10)にコマがとまる確率をp_nとすると

p_1=1,p_2=1/2,p_3=ア/イ,p_4=ウ/エ

である。一般に

p_n=オ/カ+キ/ク (ケ/コ)^n

である。また,コマがゴールしたとき,スタートからゴールするまでにコインを投げた回数は平均サ/シである。

②解答例

3 マス目に止まるのは「コマが 1 マス目にある状態で,コインを投げて表が出る」または「コマが2マス目にある状態でコインを投げて裏が出る」のいずれかであるから

p_3=1/2 p_2+1/2 p_1=1/2×1/2+1/2×1=3/4

同様にして 4 マス目に止まるのは

p_4=1/2 p_3+1/2 p_2=1/2×3/4+1/2×1/2=5/8

となる。n≥ 3に対し,nマス目に止まるのは「コマがn-2マス目にある状態で,コインを投げて表が出る」または「コマがn-1マス目にある状態でコインを投げて裏が出る」のいずれかであるから

p_n=1/2 p_(n-1)+1/2 p_(n-2)

この漸化式を初期条件p_1=1,p_2=1/2のもとで解いて

p_n=2/3+1/3 (-1/2)^(n-1)=2/3-2/3 (-1/2)^n

をえる。(2項間漸化式1-p_(n+1)=1/2 p_nを解いても同様の結論をえる)

ゴールする確率は

p_10=2/3-2/3 (-1/2)^10=341/512

であり,このときのコインを投げた回数を考える。ゴールしたとき,表が出た回数をx,裏が出た回数をyとすると

2x+y= 9(xyは非負正数)

であり,これを満たすのは(x,y)=(4,1),(3,3),(2,5),(1,7),(0,9)の 5 組で,それぞれでコインを投げた回数kと,それが実現する確率は

(x,y)	k	(_k^ )C  _x^   (1/2)^x  (1/2)^y
        (4,1)
        (3,3)
        (2,5)
        (1,7)
        (0,9)	5
        6
        7
        8
        9	(_5^ )C  _4  (1/2)^4  (1/2)^1
        (_6^ )C  _3  (1/2)^3  (1/2)^3
        (_7^ )C  _2  (1/2)^2  (1/2)^5
        (_8^ )C  _1  (1/2)^1  (1/2)^7
        (_9^ )C  _0  (1/2)^0  (1/2)^9

となる。また

x+y=k 2x+y=9

よりx=9-k,y=2k-9

求める期待値はゴールしたときのコインを投げた回数kの期待値だから,用いるのは条件付き確率

((_k^ )C  _x^  (1/2)^x (1/2)^y)/p_10 =((_k^ )C  _(9-k)^  (1/2)^(9-k) (1/2)^(2k-9))/p_10

となり

∑_(k=5)^9▒k∙((_k^ )C  _(9-k)^  (1/2)^(9-k) (1/2)^(2k-9))/p_10 =1/p_10  ∑_(k=5)^9▒k∙(_k^ )C  _(9-k)^  (1/2)^(9-k) (1/2)^(2k-9)
        =1/p_10  {5∙(_5^ )C  _4^  (1/2)^4 (1/2)^1+6∙(_6^ )C  _3^  (1/2)^3 (1/2)^3+7∙(_7^ )C  _2^  (1/2)^2 (1/2)^5 ┤
          +8∙(_8^ )C  _1^  (1/2)^1 (1/2)^7+9∙(_9^ )C  _0^  (1/2)^0 ├ (1/2)^9 }
          =512/341 {5∙5!/(4!∙1!) (1/2)^5+6∙6!/(3!∙3!) (1/2)^6+7∙7!/(2!∙5!) (1/2)^7 ┤
            +8∙8!/(1!∙7!) (1/2)^8+9∙9!/(0!∙9!) ├ (1/2)^9 }
            =512/341 (25/2^5 +120/2^6 +147/2^7 +64/2^8 +9/2^9 )=2085/341

③授業の展開

前半部分の漸化式の立式,変形に関して,高校1年生では数列は履修前なので,次のように工夫した。

1 回のゲームの中でnマス目にコマが止まる事象をA_nとすると,P(A_1 )=p_1,P(A_2 )=p_2  。A_n が起こらないのは A_(n-1) が起きて,コインを投げ表が出る場合だから

((A_n ) ̅ )=P(A_(n-1) ) P_(An-1) ((A_n ) ̅ )=1/2 P(A_(n-1) ) 1-P(A_n )=1/2 P(A_(n-1) )

として,2 項間漸化式

1-p_(n+1)=1/2 p_n p_(n+1)=1-1/2 p_n

を導出してから次のように変形する。n ≥ 2に対して

p_n=1-1/2 p_(n-1) =1-1/2 (1-1/2 p_(n-2) ) =1-1/2 (1-1/2 (1-1/2 p_(n-3) )) =1+(-1/2)+(-1/2)^2+(-1/2)^3 p_(n-3) =1+(-1/2)+(-1/2)^2+(-1/2)^3+⋯+(-1/2)^(n-1) (∵p_1=1)

なる交代級数を考える。P(A_10 )=p_10 を求めるだけならn = 10 を代入すればよい。一般項については等比数列の和を計算して

p_n=1+(-1/2)+(-1/2)^2+(-1/2)^3+⋯+(-1/2)^(n-1)
            -)-1/2p_n=(-1/2)+(-1/2)^2+(-1/2)^3+⋯+(-1/2)^(n-1)+(-1/2)^n
            3/2p_n=1-(-1/2)^n

より,p_n=2/3-2/3 (-1/2)^nをえる。

後半部分の条件付き期待値については,確率変数を用いた記法P(X=x∩A)などが,やや記号の濫用のように感じられるので,次のようにした。

1 回のゲームの中でコインを投げた回数がk回である事象をB_kする。このとき,A_10が実現したという条件のもとでのkの条件付き期待値は

E_(A_10 ) (K)=∑_(5≤k≤9)▒〖〖kP〗_(A_10 ) (B_k )=〗  ∑_(5≤k≤9)▒〖k P(B_k∩A_10 )/P(A_10 ) 〗

と書き下せる。本問であればP(B_k∩A_10 )は「k回コインを投げてゴールする確率」に相当することになる。これはP(B_k )より考えやすい。

6.生徒たちが作成した問題

5 日間の春期講習の期間中に,一部の意欲ある生徒たちが話し合って作成してきてくれた問題をこちらで紹介しておく。彼らは問題を作成することを通して,どのような設定が問題の難易度に関わるのかを考察して,理解を深めていた。

①生徒たちの問題

赤玉が 4 個,白玉が 2 個,青玉が 1 個入った袋から,1 個の玉を取り出し,色を調べてからもとに戻す操作を何回か行い,以下のように得点を定める。

  • a)赤玉を取り出したとき,2 点
  • b)白玉を取り出したとき,3 点
  • c)青玉を取り出したとき,5 点

得点の合計が 7 点以上になったとき,その時点で操作を終了とする。また得点の合計がn点である確率をp_nとする。このとき次の問いに答えよ。

  • (1)p_1p_2p_3p_4を求めよ。
  • (2)得点の合計が 7 点となる確率を求めよ。
  • (3)得点の合計が 7 点となったとき,色を調べた回数の期待値を求めよ。

②生徒たちの解答例

7.実践後の反省

①生徒の反応

授業を受けた生徒からは以下の感想が寄せられた。またこれに対する教員の応答も添える。

など,条件付き期待値が身近な概念であることを確認することができたようであった。

また,生徒たちが作成した問題に対しては,

などの感想があり,今後の学習に繋がるような興味をもたせることができたようである。

②今後の予定

条件付き期待値については,条件付き確率の応用として,さまざまなバリエーションをもって大学入試に出題される可能性があり,また,数学B の「確率分布と統計的な推測」においても,連続変数に拡張した形で登場することもありうる。数学Ⅲを学習した生徒に対しては確率分布函数として標準正規分布

f(x)=1/√(2πσ^2 ) e^((-(x-μ)^2)/(2σ^2 ))

を用いて期待値や分散を計算させることも十分に可能である。今後はそうした内容も取り上げてより発展的な内容に繋げていきたい。

余談だが,数学 Bの「統計的な推測」では,ガウス函数の理解を深めることが非常に大切であると思っている。この函数は様々な分野で登場して有用であるし,やや強引ではあるが

(∫_(-∞)^∞▒e^(-x^2 )  dx)^2=2∫_0^∞▒〖 (∫_(-∞)^∞▒〖e^(〖-y〗^2 ) dy〗) e^(-x^2 ) dx〗
        =2∫_0^∞▒〖 (∫_(-∞)^∞▒〖e^(-x^2 t^2 ) xdt〗) e^(-x^2 ) dx〗
        =2∫_(-∞)^∞▒〖 (∫_0^∞▒〖e^(-x^2 (1+t^2 ) ) xdx〗)dt〗
        =2∫_(-∞)^∞▒〖 [-1/(1+t^2 ) e^(-x^2 (1+t^2 ) ) xdx]_(x=0)^∞ 〗 dt
        =∫_(-∞)^∞▒   1/(1+t^2 ) dt=π

とすれば,重積分の性質を用いずとも定積分の値を求めることが可能である。微分法を深めることにより,積分で使えるテクニックも増えるので,折を見て授業で取り上げたいと考えている。

8.おわりに

数列の学習前に,確率遷移がテーマである大学入試問題を取り扱い,これを深めたことについては,少々の無理があったかも知れず,生徒たちの優秀さと素直さに助けられた感があります。しかしながら,そうした問題に早いうちから様々な工夫を凝らして果敢に挑ませてこそ,先生の存在価値があるような気がします。

ちょっと背伸びをすることで,より広大な数学の景色を見ることができるのなら,先生の背や頭を踏み台にさせてでも見せてやりたいものです。拙い実践報告ではありましたが,皆様のお役に立てば誠に幸甚です。

【引用・参考文献】