高等学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
数学

数学と社会との繋がりについて考える

沖縄尚学高等学校・附属中学校 大西 宣昭

1.はじめに

新課程の授業が始まり,はや二年が経とうとしています。新しくなった教科書には,指導要領に沿って数学と社会との繋がりや数学的なものの見方を説明する項目が増えました。

PISA2023の数学的リテラシーに関係する質問調査の結果

と分析されています。

どうやって探求の授業をしようか,ネタを探す毎日ですがこんな話はどうでしょうかという案を提供できたらと思っています。

実際に授業で行ったものもあれば,こんな本に書いてあるネタを参考にしてみてはどうでしょうという提案を含めてお話をしたいと思っています。啓林館のFocus Gold (5th Edition)にもコラムとして教科書では取り扱っていない内容が沢山会って,楽しく読ませてもらっています。まずは数Ⅰ・A範囲で書いてみたいと思います。

2.数Ⅰ単元より

(1)循環小数の内容

ミディの定理

pを2, 5以外の素数とし,循環小数1/pの循環の長さが偶数となる時,その循環節を前後で2等分した数の和は必ず999…999の形となる

を用いて循環小数の性質を調べる事ができます。

例えばp=7の時1/p=0.142857142857…であるが142857を2つに分けたとき
142+857=999
P=13の時 1/p=0.076923076923…の076923を2つに分けて076+923=999
P=7の時は更に不思議な事が起こり
2×1/p=0.285714285714…
3×1/p=0.428571428571…

6×1/p=0.857142857142…

と元の循環小数142857をずらした数の並びになっています。全てのpで成り立つわけではないですが,どのような性質があるのか,素数は身近なテーマでありながらまだまだ知らない事は多いので,循環節の長さを調べたり,長さがp-1でないものはどんな性質があるかなどを探求してみました。

循環しない無理数に関しても,2次の無理数√n (nは平方数ではない)は循環連分数として表示されるので,与えられた小数点表示の2次の無理数がどのような数になっているのかを推測する事ができます。

(2)三角比では三角比の歴史をテーマに,世界史と数学を繋げて説明してみました。

エラトステネスが地球の大きさを紀元前240年ごろ計算していますが,この大きさは現在知られている地球の大きさと誤差1.7%という驚異的な正確さです。

図1:「高等学校 地学基礎 P10 図4 エラトステネスの方法」(啓林館)より

これを説明・計算した後に,同じような話題でアリスタルコスの地球からみた太陽と月の距離の比を同様に求めることをグループで取り組んでみました。

三角比は天文のような大きな話ではなく,道路や建築物の測量にも使われていてとても身近な題材だと思います。

Focus Gold 5th Edition数学Ⅰ+A P245 「いにしえの幾何学」にある作図問題についても,作図できる「数」について考えさせる取り組みも行いました。与えられた自然数 a, b に対して,四則演算と平方根を取る操作は行えます。数Ⅰ範囲ではないですが,作図できる数と数Cの複素数平面に出てくる1のn乗根との繋がりもあります。3角形や5角形が図示できる(Focus Gold 5th Edition数学B+C P391)のに,なぜ7角形が図示できないのか。出来る事を示すのは実例を持って来ればいいですが,不可能の証明はより高い知識や論理を必要とします。

角の三等分は一般的には不可能ですが,折り紙を使うと出来るのは生徒にとって意外な結果であり,楽しんでいるような感じでした。宇宙機のソーラーパネルに使われているようなミウラ折りなどを,授業で実際に折ってみてはどうでしょうか。正方形がいとも簡単に開いたり閉じたりして楽しめます。

3.数A単元より

(1)条件付確率の式を変形したPA(B)=PB(A)×P(A)/P(B)を用いると,教科書にある検査の結果陽性だったとき,本当に病原菌を持っている確率が思ったより低い事を確認できます。

結果から原因を調べるものとして,

いわゆるベイジアンフィルターの話をしました。具体的に確率を与えて計算させると,思いのほか本当にそれが原因だったことが小さい事がわかります。

(2)初等整数論を題材にしたもので有名なものはフェルマーの小定理を用いたRSA暗号(Focus Gold 5th Edition数学Ⅰ+A P598)や,4k+1, 4k+3の形の素数の無限性の証明やフェルマーの平方和定理との関係があります。

4k+3 の形の素数の無限性は素数の無限性と同じく簡単に示せますが,4k+1の形の無限性は平方剰余の第一法則に繋がる深い考察が必要になります。

RSA暗号はご存じの方も多いと思います。本校でも少人数のクラスでメッセージを暗号化と複合化して確認してみました。通常の電卓があれば十分話が出来ます。

4.Ⅱ・Bの単元から

(1)選挙におけるドント方式を取り扱ってみました。

2022年の選挙区再編で用いられた小選挙区の区割りの方法で,政党名簿比例代表で用いられます。

合併前政党Xがa議席,政党Yがb議席獲得するとき,合併後(標数を単純な代数和とすると)の議席はa+bかa+b+1議席になります。使うものは不等式だけなのですが,現実の話を数式に落とし込むには苦戦しました。

(2)等比数列を用いた信用創造の説明。

誰かが銀行に預けたお金を,銀行が他の誰かに貸して,そのお金を他の企業のための支払い準備金にあててすぐに使わないお金はまた銀行に預けて…を繰り返すことで新しいお金(預金通貨)が生み出され,銀行の預金額がどんどん増えていきます。このプロセスを信用創造と言います。信用創造によって生まれる金額は等比数列の和によって計算できますが,無限等比数列の部分は数Ⅲ範囲なので,少し説明を加えなければいけません。

例えば銀行に預けられた初めのお金が1000万円で,毎回準備金として10%を手元に残し,90%を銀行に預けていくとすると預金総額は
1000+1000×(1-0.1)+1000×(1-0.1)2+…=1000/(1-0.9)=1億となり,銀行は10000-1000=9000万円の通貨を生み出したことになります。

政治経済のセンター試験にも出題されたのですが,公式を丸暗記してやったものがちゃんとした理論に基づいている事を知ってほしくてやってみました。

5.Ⅲ・Cの単元から

Ⅲ・Cは理工系大学の基礎数学に繋がる内容だけに,社会の問題に繋げたり教科横断型のネタになるものが少なくなってしまいます。ただ数学的な表現の工夫の中で行列などを扱うなら,色々と使い道があります。

Googleの検索で使われているページランクの仕組みや,連立漸化式を用いてある商品のシェアのモデルを立てたとき,行列の冪計算を用いて将来の予測ができます(マルコフ課程)。

例えばある製品を作る会社が2社(A社とB社)しかない状況を考える時,A社のものを継続して使う人が9割でB社のシェアの2割を奪うとします。B社は継続が8割でA社のシェアを1割奪うとするとk年時のA社のシェアをak, B社のシェアをbkと書くと

これを行列表示して計算するとn年後のA社,B社のシェアが求められます。

行列の積まではいいですが,対角化するための変換行列などは与えて説明したら,ある程度説明はできました。

ページランクの考え方もリンクを受けているページのポイントの足し合わせになるので,行列表示をして固有値ベクトルを求める事によって評価ができます。単純な代数和ではなくて,重要度を考慮した重み付きの和なので,リンク数を小さくしてモデル化してみるのがいいと思います。

6.サイトや書籍などの紹介

忙しい日々を過ごす教員にとって,専門書を紐解くのは大変な時間と覚悟がいると思いますが,近年はネットで数学の記事を書いてくれる人も沢山いるのでそういったものを取っ掛かりにしてみてはどうでしょうか。

〇趣味の大学数学https://math-fun.net/sitemap/

読み物としての数学入門サイト
You tubeにも動画があるので,もしかしたら見た事ある人もいらっしゃるかと思います。
数学を作った偉人たちの動画もあって,勉強になります。

〇高校数学の美しい物語https://manabitimes.jp/math

これも書籍にもなっているので知っている人も多いかも知れません。教科書の基本公式の証明を別角度で示したり,数学オリンピックの問題もあって楽しいです。高校生にも選べば読める記事も沢山あります。

〇tsujimotterのノートブックhttps://tsujimotter.hatenablog.com/entry/hello-world

日曜数学者が趣味で,数学を実践する事をテーマに書いています。扱われている内容は難しいものもありますが,大学以降の数学の雰囲気を楽しむにはとても良いと思います。特定の数について掘り下げて書いてあります。

書籍で参考になりそうなものも紹介します。

〇図説 世界史を変えた数学-発見とブレイクスルーの歴史-.ロバートスネデン(著)上原ゆうこ(訳).原書房

〇平成30年改訂版学習指導要領 高等学校数学科の新教材&授業プラン.影山三平、砂原徹、井上芳文(著、編集).明治図書出版

学習指導案もしっかりとあって,授業展開例としてとても貴重な資料だと思います。

〇笑わらない数学.NHK「笑わない数学」制作班(編集).KADOKAWA

NHKで放送されていたテレビ番組を書籍化したものです。エンタメ要素も強いですが,難解な専門数学を色々な手を使って視覚的に伝えようとする素敵な番組です。

〇物語数学の歴史-正しさへの挑戦―.加藤文元(著).中公新書

著者は数学史の専門ではなく数学の専門家ですが,とても読みやすい文体で資料に基づいた数学史が展開されています。数学の発見や発展が歴史と無関係ではない事を学べます。

〇なっとくする数学記号―n、e、iから偏微分まで―.黒木哲徳(著).講談社

講談社ブルーバックスには数学の本も色々とあります。数学記号って生徒からしたら英語以上に英語に見えているかも知れないと思うので,こういった本で数学記号の気持ちを話すのもよいと思います。

【参考文献】