高等学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
数学

授業実践の創意工夫「一斉×自学自習のハイブリッド型授業」

広島市立基町高等学校 和泉 裕太朗

1.この授業を始めようと思った背景

3年間,一斉授業を本校で行いました。この間,クラスでの一斉授業や習熟度別授業や最難関志望者対象の授業など様々な生徒を対象に授業を行ってきました。前任校では工業高校に勤務し,本校の生徒とは学力でいえば対極の生徒に授業を行ってきました。その中で一番記憶に残っているのは「先生,授業進度が速くてついていけません」「先生の授業はわかりやすい」などの生徒からの両極端の意見でした。1クラス40人に一斉授業を行うと,ある生徒にとってはわかりやすく,ある生徒にとってはわかりにくい授業になり,授業進度に関してはある生徒にとっては速くて,ある生徒には遅すぎることになります。これに対する最適解は何だろうかと考えて思いついたのがこの授業形式です。

対象は1年生で,まだこの授業形式に取り組んで1年目ですが,様々な課題・成果が出てきました。

1-1 この授業形式の目的はなに?

この授業形式で行う目的は以下の3点です。

①自己選択し,その決定に自己責任を持てる生徒になってほしい。

「人に何かを与えられ続けると,批判し始める」生徒が育つので,リハビリもかねてこの形式で行っています。時には,「授業をしてほしい」と訴えてくる生徒もいました。ただこの意見は目的から外れているので却下しました。常に気を付けているのは手段が目的にならないことです。いろいろな情報や意見を聴くと少し気持ちが揺らぐときがありますが,その都度「この授業の目的は何だっけ?」と自問自答しています。

②個別最適化の授業を目指す。

生徒一人一人の学習進度は異なるのでそれぞれが自分のペースで学習できるようにしていますが,あくまで考査があるので,4月の初めに年間の授業進度と大まかな考査範囲は生徒へ周知し,考査を目標に授業計画を立てるように指導しています。

③学校外でも学べる学習環境を設計する。

不登校の生徒や今後新型コロナウイルス感染症などによって休校になった際に,家でも学習できるように授業動画を作成しました。また,夏休みなどの長期休みの際に予習・復習ができるので,ある生徒はこれまでの授業を振り返ったり,予習で次の単元までにすべての動画を視聴したりと自分のペースで学習に取り組んでいます。

1-2 日本の生徒は自律学習が苦手?

2023年に報告があった「OECD PISA調査」では日本の学生は自律学習に自信がない生徒がOECD平均を下回りました。しかし,「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」では参加国中1位でした。

一方で,良質なサービスを受けているからこそ,生徒からは「この先生の授業はわかりにくい」「この先生は授業がわかりやすい」「この学校はこういうところが悪い」「~があるから行きたくない」などのサービスに不満不平を言う生徒が多くなっています。その結果,主体性が失われ,大人になってから自ら学ぶことができない人間になってしまいます。

今の時代は生涯学習が求められている中で高校1年生までは学力では世界トップであるが,今の日本経済を世界と比較してみると大人になってからこの成果が活かされているのかは疑問が残ります。その原因の1つがこの表の結果だと思っています。少子高齢化が加速する中で「与えられていたことをこなせばよい」時代から「新しいものをつくる」時代に変わりつつあるときにこの「自己選択し,その決定に自己責任を持てる力」が大事です。その力をつける手段として数学の授業を利用して取り組んでいます。

文部科学省・国立教育政策研究所(2023)『OECD生徒の学習到達度調査PISA2022のポイント』
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2022/01_point_2.pdf

2.授業形式

今は週6コマの授業のうち,2コマは一斉授業を行い,残りの4コマは自学自習です。自学自習の際は僕が廊下にいて,いつでも質問できるように待機しています。

授業日程は下の表の通りです。

授業形式 授業 自学自習 自学自習
  • 授業
  • 自学自習
自学自習

2-1 自学自習

自学自習については必ず守るルールがあります。

です。僕自身も授業動画をYouTubeに挙げています。時間割・上記のルール・授業動画を専用サイトに挙げて生徒がいつでも見ることができるようにしています。

自学自習の授業の中では生徒は塾の問題集をしてもいいし,YouTubeで動画をみてもいいし,とにかく数学を勉強するなら手段は何でも良いとしています。また,勉強する場所もどこでも良くて,廊下に机をもっていき勉強してもいいです。

①課題

自学自習といってもどこからどのように勉強していいかわからない生徒がいました。また,自学自習の間は僕自身が質問対応する時間に設定しているので相談してくる生徒にはアドバイスができますが,全員にはできていません。

また,まだまだ自学自習が定着できない生徒や,「周りのクラスは授業をしているので授業をしてほしい」などの意見をもらいますが,それは上記で説明した通りです。まだまだ「人から何かを与えてもらう」ことが当たり前になっている生徒がいるのは事実です。そのときに僕が心がけているのは「対話」です。そのような生徒には必ず1対1で話をします。なぜこのような授業形式で行っているのか,その目的を共有します。私はこのようにどんな感情であれ僕にベクトルが向けられた瞬間が生徒との信頼関係の唯一の機会だと意識しています。

②成果

自分で勉強できる時間があることで先の内容を学習する生徒は1年生の12月頃で数学Ⅲまで取り組みます。このように自分にあった学習進度で取り組むことができるのは良い面だと思っています。

また,他者との比較が少なくなりました。「自分なりにはよく取れた」「少し点数が伸びた」など「取れた」ではなく「伸びた」と言ってくれることが増えました。このことからも生徒の取り組み姿勢が変わってきているかと感じています。

2-2 授業

一斉授業に関しては紆余曲折がありました。最初は教科書で扱わない高度な内容を教えていました。しかし,アンケートをとって生徒が「基礎的な内容をしてほしい」と言われたので今は基礎的な内容を横断的に教えています(図1)。

例えば,整数の性質で「整数の除法の原理」「合同式」「ユークリッド互除法」などを普通の授業なら1コマ1コマで教えますが,これをテーマ「余り」として1コマで簡潔に教えます。これは生徒が授業動画でそれぞれを視聴してくる,学習することが前提ですがこれによって点と点をつなぐ「面を作る作業」を学ぶ授業になりました。

図1:基礎的な授業

また,事前に授業サイトで来週の授業テーマを記載して生徒に周知します(図2)。予習をしてくることや勉強する1つの目標にしてほしいと思って行っています。

図2

3.これからの取り組みについて

まだまだ多くの課題が残っています。特に考査範囲に勉強がついてくることができない生徒が多く,全範囲を勉強できず,点数をとることができなくて,数学に取り組む意欲が下がっている生徒もいます。

3-1 点数を深堀する

そこで,「点数を深堀する」というテーマで考査後の振り返りを行いました。例えば,テストで60点を取った生徒が2人いるとします。生徒Aは全範囲を勉強して60点,生徒Bは自分の学習した範囲をすべて解いて60点とするとどちらが良いでしょうか。自分が学習した範囲の点をすべて取ることができることを把握できます。

3―2 質問時間の作り方

自学自習のときは質問する生徒が決まっています。残りの生徒でも質問できるほどわかっていないとか,質問する必要がないぐらい自学自習で理解できる生徒がいます。前者に対してどのように対応していくかが重要で,これは今後質問フォームを作り,気軽に質問を送れるようにして,こちらから呼びかけて自学自習の時間で対話をするシステムを作ろうと考えています。

4.終わりに

この授業形式をできれば数学科の先生全員で行いたいと思っています。例えば,「二次関数」の動画はA先生が作り,「図形と軽量」はB先生が作るなどすれば動画作成はどこまで負担ではありません。そして,その授業の際には質問できる先生が1人よりも2人のほうが当然対応できる生徒も増えます。

このように学校全体で行うシステムを作るためにはどうすればよいのかを今後は考えていきます。そのようなアプリがあるのは知っていますが,経済格差や個人差がある中でそこに頼れない現状がある学校もあるのではないでしょうか。教育に経済格差があること自体僕自身は納得がいかないので,このような様々な課題をクリアしていくために僕自身も勉強し続けていこうと思います。

そして,本校は演習授業もあります。今では「問題集を事前に生徒が解いてきて,その問題を解説する」形式で行っていますが,その演習授業の形式も工夫できるかと思っています。来年度からこの演習授業も変えていこうと考えています。