高等学校学習指導要領によれば,話すこと[やり取り]において,「やり取りを通して必要な情報を得る」ために,ディベートやディスカッションなどの活動を行うことを奨励している。
イ 日常的な話題や社会的な話題について,使用する語句や文,対話の展開などにおいて,多くの支援を活用すれば,ディベートやディスカッションなどの活動を通して,聞いたり読んだりしたことを活用しながら,基本的な語句や文を用いて,意見や主張などを論理の構成や展開を工夫して話して伝え合うことができるようにする
《引用》文部科学省. 『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 外国語編 英語編』, 2018, 88 p.
しかしながら,ディベートやディスカッションなどの活動は,敷居が高く,時間がないことや生徒の習熟度などを理由に,なかなか実行に移せずにいる教員は少なくないのではないだろうか。
ピンポンディベートは,パーラメンタリーディベート(Parliamentary Debate)のような本格的な競技ディベートとは異なり,議論の時間を短縮し,素早く交互に意見を述べ合う形式の簡易的なディベートである。それゆえ,気軽に始められ,生徒たちが授業で学んだ英語表現を使って自分の意見や考えを発信したり,論理的思考力を高めたりすることができる点で,効果的な教育手法であると言えよう。本稿では,ピンポンディベートの基本的な考え方と,実際の授業での導入方法,そして英語の4技能5領域の能力向上のための具体的な方法についてご紹介したいと思う。
ピンポンディベートとは,図1のように生徒Aと生徒CがPros (賛成),生徒Bと生徒DがCons (反対)の2つのチームに分かれ,①~④の順に議論を交互に行う形式のディベートである。つまり,1つのチームが主張を行い,もう一つのチームが反論する。その後,再び主張を行ったチームが返答する。このプロセスは往々にして迅速であり,生徒たちに短い時間内で多くの議論の経験を積む機会を提供してくれる。
(図1)
まず,生徒たちが興味・関心を持ち,かつ,議論が展開しやすいトピックを選ぶ(図2)。教科書の1つのレッスンで扱ったトピックを選べば,必然的にそこで学んだ単語や表現,根拠などを再度学ぶこととなり,深い学びを促すことができよう。
(図2)
次に,ジャンケンでPros (賛成)とCons (反対)の立場を決める。また,ディベートの途中でPros (賛成)とCons (反対)の立場を交代する(図3)ことで,論理の柔軟性や思考力の幅を広げることができる。
(図3)
ピンポンディベートは,以下のように「聞く」「読む」「話す(やりとり)」「話す(発表)」「書く」の4技能5領域の能力をバランスよく向上させることができる。
ディベート中に相手の意見を的確に聞き取り,内容を理解することで,自分の主張に関連付けた適切な応答が可能となる。このプロセスを通じて,集中して聞き,理解する力を伸ばすことができる。
トピックに関する情報をリサーチし,資料を読み取る活動を通じて,リーディングスキルが向上する。また,複数の情報源から必要なデータを選別する力も養われる。
ディベートの過程で,相手の意見に応じて自分の考えを即座に表現し,議論を展開する練習を重ねることで,対話を通じたスピーキングスキルを効果的に高めることができる。
自分の主張や反論を整理し,明確に伝える発表スキルが向上する。また,聞き手の視点を意識した表現や構成を工夫することで,相手に伝わりやすいコミュニケーション力も養われる。
ディベートの準備段階で主張や反論を論理的に組み立てるライティング活動を通じて,文章作成能力を高めることができる。また,論点を整理しながら書くことで論理的思考力も向上する。
これらの活動を通じて,ピンポンディベートは英語の4技能5領域を統合的に伸ばし,コミュニケーション能力を総合的に高める効果がある。
まず,説明・準備については,2.(1)で述べたように,教科書と関連したトピックが良い。例えば,"We should study abroad to improve English."のようなテーマは,初めてディベートを導入する際には大変適している。ディベートのテーマを発表したら,該当の教科書ページを開かせ,学んだ表現や単語,根拠となる内容面の振り返りをさせながら,ワークシート(図4)に記入させる。あらかじめ,Pros (賛成)とCons (反対)の両方の立場から考えさせることで,論理的思考力を高めることができる。
(図4)
ここでは,図1のように①~④の順に議論を交互に行う。事前にワークシートに記入しているため,生徒は安心して発言することができる。ただし,相手の発言内容をよく聞いていないと,その発言内容に沿った反論ができないので,リスニング力や集中力も同時に必要となってくる。また,事前に準備した発言内容・意見が尽きてしまう,いわゆる「ネタ切れ」を起こすと,即興的に話す力が問われることになる。この時,発言までの時間はかかるが,生徒が一生懸命,発言内容を考えているさまは,脳が活性化され,まさに「思考」「判断」している姿である。教師にとっては,この時間が長く感じられるが,辛抱強く「見守る」姿勢を貫きたい。
1回目のディベートが終わると,Pros (賛成)とCons (反対)を入れ替え,2回戦を行う。その際には,1回目で得た相手の発言を「借用」し,自分の言葉として発言をする生徒の姿も目にすることができる。これは,言語習得のプロセスを見取ることのできる貴重な時間でもある。教師は,このような機会を見逃さず,クラス全体にポジティブなフィードバックを与えたい。
4人グループでのピンポンディベートを終えると,次にクラスを半分に分け(図5),参加人数を多くして行う。
(図5)
この時には,Moderator(司会者)役としてALTの協力を得て行うと英語を使用する必然性が増し,さらに盛り上がる。また,生徒2名にJudgeをさせ,最後の勝敗の発表と簡単なコメントを言わせると良いだろう(図6)。
(図6)
このようなクラス単位でのディベートとなると,4名グループで行った際に使用した表現を再度発表することで,言語習得のプロセスにおいて重要な要素である「繰り返し」の機会も得られるのと同時に,発言する生徒の数も多くなる。その一方で,消極的な生徒は発言しようとしないこともあるが,発言することで,評価(観点3:学びに向かう力,人間性等)に加点することを伝えたり,消極的な生徒の近くに行き,教師がファシリテーターとして発言を後押ししたりする工夫も必要であろう。Pros (賛成)とCons (反対)を入れ替えた2回戦目には,1回目で発言した生徒の中からJudgeを担当させると,生徒間の発言回数のバランスを調整することができる。
4.(2) ピンポンディベート①(グループ)でも述べたように,発話した生徒の積極的な発話姿勢や発話内容,使用した英語表現のバリエーションなど気づいた点をフィードバックすると良いだろう。また,最も理想的なフィードバックは,ピンポンディベート①(グループ)からピンポンディベート②(クラス)の間に生徒の成長を見取ることができた瞬間を適切にクラス全体にフィードバックすることであろう。50分の授業内で成長実感を得られた生徒は,この上ない英語学習への動機づけとなるはずだ。教師はその瞬間を丁寧に見取ることに注力したい。
以上述べてきたように,ピンポンディベートは,生徒たちが積極的に授業に参加し,4技能5領域の能力の向上に寄与する効果的な手法であると言えよう。この活動を通じて,生徒たちが自己表現力の向上だけでなく,チームワークや他者の意見を尊重する態度など,非認知能力を培う効果も期待できよう。本稿が先生方にとって,ピンポンディベートを授業に取り入れる一つの契機となれば幸いである。
【参考文献】