2年前,3年生の受験指導をした際に,生徒たちも最後までよく頑張って取り組んだのだが,思っていたような結果に繋げることはできなかった。また,新課程の入試になるということで英語科として何ができるかを考えた時に,英語科はこれまでの入試で大きく変化があり過ぎたため,他の教科ほど入試で変化があるとは思われなかった。情報が共通テストに入って来る,国語や数学は試験時間が増える,社会の再編…それらを考えた時に,本校で英語科にできることは,なるべく早く英語を仕上げて他教科に時間を返すことだと考えた。
また,この10年ほどで通塾率が大きく上昇し,平日も部活動を終えた後に21:30ごろまで塾で学習して帰宅している生徒が多くなった。同時に本校では朝課外も実施しているため,生徒たちの多くは朝7:35から講座の受講をしている。生徒たちは大変疲弊しており,授業中も眠そうにしている姿が目立つ。九州の指導は手厚いことで有名だが同時にそのことが生徒の時間的な余裕や,自分で考えて取り組む力を奪っているように感じられた。予習や宿題を減らすこと,生徒たちに時間を返すということは大変勇気のいることであるが,生徒達の健康面への配慮や,自発的な学習を促す上でも,生徒達に与える量を減らし,時間を返すことが重要であるように思われた。
加えて,現在英語科の教員は多忙を極めている。指導する英文が毎回変わり,英作文の添削や考査の作問,採点にも大変時間がかかる。その上,読む聞く書く話す(発表とやり取り)といった4技能5領域のバランスの良い指導が求められ,その評価も大変難しい。どの教科の教員も苦労しているが,中でも英語教員は長時間勤務になりがちなため,持続可能な働き方かつ生徒の英語力を十分に伸ばせる指導法や体制を考えることは急務であるとも考えるようになった。
以上のことから「英語の2年生における完成」(早期で仕上げる)と「生徒に時間を返す」(課題や小テストの量を減らす)という相反する2つのことに加えて「教員の負担も減らす」という挑戦を始めた。大変難しい取り組みではあるが,2年生を終えた現在模試の成績は例年になく良い結果が出ており,生徒達も前向き主体的に英語の学習に取り組んでいて,教員も例年に比べると負担が少ないという当初描いていた以上に望ましい状況になっている。これは同僚の先生方や生徒達の頑張り,予備校や学習塾の支援などのお蔭であることは間違いないが,取り組んで来て良かったのではないかということを振り返りながらお話しさせていただく。
「語彙力が語学において最も大切なことの1つ」というのは周知の事実である。今までは小テスト・再テストなどの「反復量」で定着を図ってきたが,テスト後にすぐに忘れてしまうという課題を抱えている。そこで,パワーポイントで作成したスライドにイラストと音声を合わせた動画を作成した。音声やイメージを用いることによって単語を忘れにくく,深く覚えさせるということを狙いとしている。新出単語の例文に合わせたイラストを付けて,それに音声を付けて編集したものをClassiやGoogleで生徒と共有した。見開き2ページの小テスト範囲に合わせて作成し,章ごとにまとめた動画なども作成した。継続的に使用し続ける生徒は限られていたが,そのような生徒達は大きく語彙力を伸ばしているように思われる。一度作ってしまえばいつでも復習に使えるということもこの教材の魅力である。
英作文の添削は一つ一つに大きく時間を取られるため,英語教員の大きな課題となっている。今年度は「AIを活用した文章作成アシストツール」を用いて,生徒自身が書いた英文を赤で添削し,清書したものを提出させるという活動を行った。こうすることによって最初からAIや翻訳サイトで英作文を書く事案が減り,かつ自分の間違いに気付きながら英作文を即座に完結させることが可能となった。実際はAIが変更しなくも良い箇所の変更を提案することもあり,完全なシステムとはまだまだ言い難いが,生徒の自律的な学習と教員の負担軽減には繋がった。次年度は「スマートコレクション」を導入し,外部による添削,自己添削,教員による添削を組み合わせて教員の負担を増やさずに,生徒の英作文の力を高めていきたいと考えている。また,ChatGPTやGoogle Gemini等,複数の生成AIサービスを利用し,英文を見比べさせて,添削・清書をさせることも現在検討している。
全科共通で,論理・表現Ⅱ(2単位)の授業で隔回の帯活動としてデジタル教材のニュースリスニングを取り入れた。ニュースの通し番号で区切り,以下の計画に沿って進め,考査問題としても出題した。生徒は最初からすべてのニュースを見られるわけではなく,教員が設定で順に開放するようにしている。考査の区切りで100本を開放し,1回の授業では10本のニュースから1つを選んで読むようにした。
考 査 | ニュース番号 | 考 査 | ニュース番号 |
---|---|---|---|
1学期中間考査 | 1~30 | 2学期中間考査 | 201~230 |
1学期期末考査 | 101~130 | 2学期期末考査 | 301~330 |
3学期学年末考査 | 401-430 | 8月実力考査 | 31-100,131-200 |
1月実力考査 | 231-300,331-400 | 学年末考査以降 | 431~648 |
①ニュースの選択
その日に指定した(01-10等)10本のニュースから1つを選ばせる。その際,ペアの生徒と異なるタイトルにする。(ニュースタイトルの一覧はGoogle Classroomに掲載)
②個人学習
③ペア学習
<ゆっくり音読>
<タイムトライアル音読>(時間によっては割愛する)
④個人学習
※自学で選択しなかった9本のニュースを聴いておくように促している。毎週10本のニュースを聴くことを目指している。
まず,生徒の感想として,最初の頃より耳が慣れて聞こえるようになってきたという声が多くある。このニュース英語を聴くことを習慣化し,通学中に電車の中で,夕食の後に,学習の合間に,必ず聞くようにしている生徒もいる。これまでのように教室のスピーカーから1,2回流される音声を聴くリスニング練習ではなく,いつでも自分のペースで進められるということは非常に効果があったと思われる。また,1本ずつが短く負担が少ないことが取り組みに対するハードルを低くし,内容が世界の様々なニュースであり多岐に渡っていることが興味を惹いた部分もあったようだ。
考査における出題の方法は年度途中で改善をした。当初は音声を放送して,問題はオリジナルであるが問題用紙に記載していた。すると,学習を十分にしている生徒は問題を読んだだけで,試験中に音声を聴くことなく答えてしまっている場面があった。また,音声を聴かずにスクリプトのみで試験勉強をしていても答えられてしまうことも分かった。そこで,問題をすべてネイティブの先生に録音してもらい,試験においてリスニング力が測れるようにした。
どの学習においても同様であろうが,自学をできていない生徒に対する働きかけを工夫しなければならないと考える。時間を割くことにはなるが,帯活動に加えて,定期的にこの教材を丁寧に扱う機会を設けて自学に繋げることができないか,手段を考えたい。
生徒への課題の出し方も大切である。以前は週末課題を課していたこともあるが,毎週月曜日の放課後が大量の課題点検に追われることになり,かなりの負担となっていた。そこで今年度の課題は1冊のテキストに絞り,約2か月に1度,1年に合計7回の提出を年度当初に定め掲示した。解説が詳しい90の英文から,毎回10~15個の全文訳と文構造・ポイントなどを書くことを課した。提出日は夏休み等の長期休み後や,定期考査と定期考査の間,3月の高校受験などで生徒の休みが多い時期に設定した。
その結果,意欲のある生徒達は自分のペースで課題を進めることが可能となり,秋ごろに1年分の課題を終える生徒や2周目に入る生徒も現れた。加えて,よく取り組めている生徒のノートを見せることで,全体の取り組みもどんどん良くなっていった。計画的に取り組めなかった生徒は提出日直前に多くの課題をすることとなり,その反省を次の提出機会で改善に努めるというサイクルを7回作ることができた。日頃から計画的に,主体的に取り組むことは社会に出ても大切なことだと考えるので,失敗しながら計画的に取り組むことを学ぶ場としても非常に大きな効果があった。
もう1つの挑戦は上記の基本課題は課した上で,長期休みの課題は生徒自身に決めさせ,それに取り組ませることにした。具体的には学習計画表を渡し,そこに目標やその休みの期間で取り組むことを書かせる。確認して返却し,長期休みが終わった際に取り組みの状況と反省を提出させた。その際に,デジタル教材のリスニング教材等,自律的に取り組める教材を多く持たせた上で,今何をすると良いかというアドバイスは丁寧に行った。そして,納得した上で生徒に選ばせて取り組ませるということを狙いとした。
案の定,夏休み明けの生徒達の反省には「計画通りに進めることができなかった」という文言が多く見られた。それでもそれを冬休みも続けることで,冬休み明けには「今回は計画的に取り組めた」という反省が多くなった。私はこれも大きな学びだと考えている。同じできないでも,与えられた課題が終わらず写して出すことよりも,自分で決めた課題を終えることができず,悔しい,次こそ頑張りたいと思って取り組むことの方が生徒の成長に繋がるのではないかと考える。生徒達一人一人が抱える課題,また長期休みにやりたいことは異なる。過去問を解きたい生徒もいれば,英検に挑戦したい生徒もいる,塾の講座に追われている生徒も,基本の英文法の復習をやりたい生徒もいる。そのような生徒達に自分の課題を設定させ,取り組ませることの意義は大きいと考える。生徒に任せることには常に不安が伴うが,「信じて任せてみる」ということはとても大切なことだと考える。
考査毎に生徒達に振り返りプリント書かせ,それを次の考査前に配るという取り組みも10年ほど続けて実施している。「考査の満足度」「考査の良かった点・自分の目標は達成できたか」「今回の考査の反省点・次回の考査に向けての思い」「授業を振り返っての感想」「今後の展望」について文章で書いてもらっている。考査で同じ失敗を繰り返す生徒は多く,教員の助言よりも,過去の自分のコメントの方が納得できる生徒も多いのではないかと考えている。また,特に大事にしているのは「授業を振り返っての感想」である。生徒達の声を全て掬い上げることは当然できないが,授業のスピードや自分が気付いていない細部な点まで指摘があり,より良い授業を目指す上で大変参考になる。さらに,生徒達の嬉しいコメントを読み,一層頑張ろうという気持ちが沸いてくる。振り返りは生徒達だけのものではなく,教員である我々も積極的に行っていくべきものだと考えている。
生徒の主体的な取り組みを促すために,小テストや予習課題を減らし,長期休みの課題も生徒各自に決めさせたので,成績は一時的に落ち込むことを覚悟していたが,予想に反して成績は大きく向上した。11月に行われた外部模試では,英語の平均偏差値がそれまで3回の平均が64.0であったのが65.5まで上昇した。偏差値70以上の層が100名から146名にまで増え,偏差値60未満の層も137名から102名に減少した。1月の模試でも平均偏差値64.7,80以上が17名,70以上が119名と高い水準が保たれ,一過性のものではないことが示された。特に力を入れて取り組んできたリスニングは11月・1月ともに得点率が60%を越え,全ての層において向上が見られた。生徒に「納得」をさせた上で「選択」させ,そして「振り返らせる」取り組みをする中で,教員の負担が減り,生徒の成績も向上し,良い雰囲気で2年生を終えることができた。最終学年となる次年度は啓林館のVision Quest English Logic and Expression Ⅲやスマートレクチャーコレクションを用いて表現力を磨き,難関大受験に十分耐えうる英語力を保った上で,他教科の学習に多くの時間を割くように促していきたい。