教育改革のとりくみ 目次

「知識基盤社会」を生き抜く言語表現力の育成
〜習得型学習と探求型学習を結ぶ活用型単元の学習を通して〜

愛知県岡崎市立美合小学校

1.はじめに

 21世紀は,新しい知識,情報,技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す,いわゆる「知識基盤社会」の時代と言われている。知識基盤社会は,変化が激しく,常に,新しい未知の課題に試行錯誤しながらも対応することが求められる社会である。こうした社会を生き抜く資質として,わが国の子どもたちにとって課題となっている思考力,判断力,表現力を高めることが求められている。

 そして,現在の小学校の教育活動の課題としてあげられているのが,各教科での知識・技能の習得と総合的な学習の時間での課題解決的な学習や探求活動との間に段階的なつながりが乏しくなり,思考力,判断力,表現力等が十分に育成されていないことがある。

 そこで,本校では,経済協力開発機構(OECD)が「主要能力(キーコンピテンシー)」として定義づけている「PISA型読解力」を伸長することを中核として,知識・技能の習得型学習と探求型の学習を結ぶ「活用型単元」を構想して研究を推進することとした。


2. PISA調査における読解力

<定義>
 自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,効果的に 社会に参加するために,書かれたテキストを理解し,熟考する能力。

 PISA調査は,このような定義のもとで,文章のような『連続型テキスト』及び図表のような『非連続型テキスト』を幅広く読み,これらを様々な状況に関連付けて,組み立て,展開し,意味を理解する力がついているかどうかを調べる調査である。

 すなわち,文章内容を読み解く力だけでなく,非連続型のテキストも含め,その資料が作成される用途や活用される状況等の理解,その構造や形式の理解,さらには,資料を目的に合わせて活用し,表現する力もPISA型の読解力は含んでいる。

 したがって,従来の国語で用いられてきた「読解」ないし「読解力」という語の意味するところとは大きく異なることに注意する必要がある。


3. 「活用型単元」の構想

 PISA型読解力を高めるには「考える力」を中核として「読む力」「書く力」「話す力」等を意図的に関連付けて,総合的に高めていくことが重要であると考えている。

 すなわち,単に,テキストを読み取るとか,生活作文を書くとかでは,PISA型読解力を十分に高められるとは考えていない。何のためにそのテキストを読むのか,読むことによってどういうことを目指すのかといった目的を明確にした読解(クリティカルリーディング)やテキストを読んで得られた知識について,実生活や生活体験と関連づけて再構成して書く学習(リライティング)といった,考えることを中核として,読んだり,書いたり,話したりする学習活動を意図的に展開する「活用型単元」を構想することが重要であると考えている。


4. 活用型単元を構想する手順

  (1)  活用・表現にかかわる指導目標の決定
   国語科の各学年の「話すこと・聞くこと」「書くこと」の目標から,その単元で培いたい目標を決め,習得させたい知識,技能を洗い出す。

  (2)  主題や表現の目的の明確化
   総合的な学習の時間等の課題解決学習との関連を考え,国語科の目標に応じた活用・表現の場や方法を考え,主題を決める。

  (3)  授業過程
   PISA型の読解力は,受身の姿勢で知識を得る学習からは身に付かない。自ら目的を持ち,自ら追究し,仲間と討論し,さらに,主題についての見方や考え方を深め,テキストを活用したり,表現したりする問題解決学習を展開する中で培われる。

 そこで,次の3段階の授業過程を基本に活用型単元を構成する。

 
 

目的を持つ

読みを深める。 表現・活用する。
(例)
主題の決定
目的の明確化
 
コア教材の読解
アプローチ教材の読解
 
手紙,新聞作り
ブックトーク

  (4)  コア教材の選定
   表現の目的を達成するために,知識や技能を身につけたり,表現方法や内容を理解したりする学習の中心となるテキストをコア教材として授業過程に位置づける。

  (5)  アプローチ教材の選定
   コア教材に加えて,主題について対比して考察したり,さらに情報を得たりして,多面的に読みを深めるテキストを選択し, アプローチ教材 として位置づける。


5. 指導事例 4年活用型単元「伝えよう僕らの生田ボタル保護活動」

 本校の4年生は,天然記念物「生田ボタル(ゲンジボタル)」の保護活動に取り組んでいる。総合的な学習の時間に,
<ホタルの幼虫の放流>
山綱川の水質調査やゲンジボタルの卵,幼虫の世話や観察,えさとなるカワニナ取り等の保護活動を展開している。そこで,この活動を効果的に伝達するための表現手段として壁新聞を取り上げ,国語の教科書にある説明文「ウミガメの浜を守る」やその原典を読み深め,壁新聞に再表現する活動を取り入れ,生田ボタルの保護活動を効果的に表現し,地域に発信することで社会参加することを意図した活用型単元を次のように構想した。

(1)単元構想表(20時間)

過程 ね ら い 子どもの学び PISA型読解力を伸長する手だて





(1)
生田ボタルの保護活動を壁新聞にまとめて,地域に伝えるという目的意識をもつ

観察,飼育を続けている生田ボタルの保護活動を振り返るとともに,新聞を作って伝えていくという目的をもつ。

さらに「ウミガメの浜を守る」を詳しく読み,新聞のまとめ方を学ぶことを明確にする。
生田ボタル新聞を作って,社会参加するという目的を達成するために,説明文を新聞に再構成することを学ぶという単元の意図を明確化。






(9)
説明文の構成を理解し,ことがらのまとまりごとに書かれている内容を把握する。

<コア教材>
「ウミガメの浜を守る」の読解

教材文の通読
段落ごとに,内容の要約
序論,本論,結論の説明文の構造をとらえる。

意味段落の要約
説明文の構造の把握
要旨を書く
文と分をつなぐ言葉の働き

<アプローチ教材>
原典「生命がうまれる海辺ウミガメの浜を守る(くもん出版)」の読み聞かせ,グループ読み

教科書と原典の説明文の構成の違いに気づかせる。
結論を比較し,筆者の主張の考察
新聞に加えたい内容の把握
原典と教科書の説明文の比較
<原典>
詳しく説明されている内容や教科書に取り上げられなかった内容の読み取り







( 10 )
新聞編集の基本を知り,実際に記事を書き,編集会議を開き,壁新聞「ウミガメ新聞」を作成する。
中日新聞,少年朝日新聞の一面を調べ,壁新聞作りの基本を知る。
「ウミガメ新聞」のトップ記事を話し合う
序論・本論・結論を意識した記事を書く
読み取った説明文を壁新聞という形で創造的に表現させる。
壁新聞作りの基本を学ばせる。
記事の書き方,コラムの構造,新聞の見出し等の基本をとらえさせる。
新聞を作るための,取材,記事書き,紙面の編集等の基本を身につける。
新聞にまとめ,表現する力を身につける。
生田ボタルの保護活動の体験や調査をもとに「ホタル新聞」を作る。
5 W 1 Hを意識した記事の作成
自分たちの考えを盛り込んだコラム書き
その他,読みやすさを意識した4こま漫画等の工夫
取材,インタビューの方法を体験から学ばせる。
学んだ説明文の構成やコラムの書き方を生かして壁新聞作りを行なわせる。
壁新聞をもとにホタル保護活動を伝える会を開催させる。
国語科の時間のみで観察,調査,体験等の総合的な学習の時間は含まない


(2)読みを深める段階(第9時)

T20  教科書とこの本で,筆者の清水達也さんが伝えたかったことは,同じなのか,違うのか。どう思いますか。
C15  御前崎の人々の願いとアカウミガメの教えてくれたことだから違う。
C16  僕は,同じだと思う。この本から教科書の説明文を作ったから。
C17  C16 君と似ていて,ウミガメの方から書いているのと,御前崎の人から書いてあるのとの違いで,言いたいことは,ウミガメの来るようなきれいな砂浜を大切にするということ。
T21  Aさんはどう思う。
A  同じことを伝えたいと思う。
C18

 分かった。この本は,最初の話題を出しているところに御前崎町が出てこないから。日本全体のウミガメのことを書いているから,こうやってカメの立場からまとめて,教科書は,その中の御前崎の人のことを書いたから,御前崎の人の方から書いた。いいたいことは同じでも,まとめ方は違う。

筆者の主張に迫る

 第9時では,筆者の伝えたいことは何かに迫った。

 教科書では,「ウミガメが,1頭でも多くもどってくるようにと願い,ウミガメを保護する活動に取り組んでいます。」と結んでいるのに対し,原典では「豊かな自然の中でこそ,命はうまれ,健やかに育つことを,アカウミガメは教えてくれています。」と結んでおり,記述が異なっている。これについて,話し合わせた。C17,C18のように,説明文の表現の違いに気づく意見も出てきた。


(3)表現・活用する段階(第10時)


 第10時は,「楽しさいっぱいの壁新聞を作ろう」ということで,壁新聞のいいところ,(1大きくて見栄えがする。2色や写真がたくさん使える。3掲示して,多くの人に見てもらえる。)に気づかせ,中日新聞の一面,少年朝日新聞の一面を見ながら,気のつくことを発表させた。見出しが目につくことや,中日春秋という意見が書いてあるところなどがあることに気づき,それをもとにどんな新聞にするか,トップ記事を何にするか,編集長を決め,編集会議をして,新聞作りをスタートさせた。第11時からは,早速,新聞作りを始めた。A子のグループは「アカウミガメが絶滅しそうな理由」をトップ記事にした。いっしょに掲載した記事は「アカウミガメの紹介」「保護監視員の保護活動」「小学生の保護活動」「海岸の清掃」と決めた。教科書に近い構成で,カメのことや御前崎町の人々のことなどバランスの良い内容となった。



←A子の書いた記事

<A子の書いた記事の分析>

 全体の文は,500文字(10文字×50行)の2段組で,トップ記事をまとめた。

 「見出し」は人間が捨てているごみのせいでカメの数が少なくなっていることを教えたいという思いを込めて,「アカウミガメのキキ」としたと述べている。説明文の読み取りで学んだ,序論,本論,結論を意識した説明文の構成ができた。第一段落の第一文は,・・・理由を知っていますか?と読者に投げかける話題提示ができた。

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<A子の壁新聞作りを終えた感想>

 本論は,前半に,教科書の情報,後半部分は,原典からの情報を取り出して,4段落でまとめた。結論は,本論を受けて,「ウミガメは海がきたない,砂浜がきたない。これもすべて人間のせいだ!と思っていると思います。」とまとめ,最後は呼びかける形で,作者のいいたい事を考えて書いた自分の感想を盛り込み,「なので,ポイすてなど自然かんきょうをこわすことはやめましょう」と結んだ。

 接続詞等,指導の余地はあるが,内容,作者の主張,説明文の形式,新聞の役割等を十分理解し,壁新聞の記事を書き上げたといえる。


(4)次なる目的意識の芽生え

 そして,壁新聞作りの感想を,次のように書いた。自分たちの取組みを振り返りさらに,ホタル保護の新聞を見やすく,楽しいものにしていきたいと次の目標を書いている。

 こうしたA子の一連の学びの姿は,本研究で目指す,目的を持ち,自ら学び,考え,表現するPISA型読解力を身につけた姿に迫っている。


(5)総合的な学習の追究の発表に生かす

 総合的な学習の時間で1学期から取り組んできた生田ボタル保護活動について,学んだことを生かして,壁新聞にまとめ2月19日の授業参観で発表した。

<記事をまとめる子ども> <壁新聞を使っての発表> <円グラフで川の汚れを説明>


6. 研究のまとめと今後の課題

 本年度,単に,説明文や物語文を読むということでなく,話す,書く活動と読む活動を意図的に関連付けた次の活用型単元を開発してきた。

1年生 「本,大好き」「読書郵便を楽しく書こう」
2年生 「昔話について楽しく語り合おう」
3年生

「目の不自由な人が安心して暮らすための工夫をおうちの人に伝えよう」

4年生

「伝えよう僕らの生田ボタル保護活動」

5年生 「自然と私たちのくらし」
6年生 「はだしのゲンを演じる」


 この単元の中で,1年生では,読書郵便に書き表す。2年生では,かさごじぞうの視点から,物語をリライトする。3年生は,説明文を,つなぎ言葉を用いて,さらに,意味段落にまとめて表現する。4年生は,説明文の内容を壁新聞にまとめて表現する。5年生は,コラムの6段落構造を知り,コラムを書く。6年生は,はだしのゲンとヒロシマのうたの表現の比較など,言語表現力を高める手だてを盛り込んで実践してきた。こうした教材開発を継続することに意味がある。また,それぞれの手だての有効性をきめ細かく分析する必要がある。活用型単元の授業過程は,表現活動に目的意識をもたせることで,より深く作者の文章表現の意図に迫ることができる。ただ,授業過程が画一化しないように気をつけたい。習得型の学習として,言葉や文章にこだわる読み取りや表現活動が,子どもの真の力に結びつく。総合的な学習の時間に展開している探求型の単元も,活用型単元で学んだ表現力を生かすことで,さらに追究が深まる。

 21年度からは,授業時数が増加し,活用を意識した授業を国語のみでなく各教科で実施することになる。それぞれの教科で,どのような言語表現力を伸ばしていくのか,授業の展開も含めて活用型の授業を検討する必要がある。特に,算数や社会,理科等の教科では,非連続型のテキストの読解等,研究する必要がある。


7. おわりに

 岡崎市から,指導要領の改訂を見据えて「活用する能力を育成する学習指導」の3年間の研究指定を受けて1年が過ぎた。この1年,言語表現能力を育てることを中核に研究を進めてきた。2年次についても,言語表現能力の育成を中心に研究を推進していく予定である。

 ご指導をしてくださった,学力調査官 樺山敏郎氏,愛知教育大学教授 中田敏夫氏,文教大学教授 嶋野道弘氏を始め,岡崎市教育委員会の関係各位に深く感謝申し上げる。



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