選択理科の取り組み
−食品分析の教材化−
東京都豊島区立第十中学校教諭
稲津 貴広
1.はじめに
 現行学習指導要領では,自ら意欲をもって学ぼうという主体的な学習能力の育成と,個性・能力に応じた多様な指導が強調されている。これを受けて,第3学年において,選択教科としての「理科」が実施されている。
 選択理科のねらいは受動的な学習態度を改め,主体的・能動的な学習態度を身につけ,学習に対する興味・関心・意欲を高めることにある。このため,学習指導要領では,課題研究と野外観察を選択理科の学習の中心に置いている。しかし,選択理科において課題研究を取り組むことは,ふさわしい課題の設定,時数,準備等の問題があり,現実にはなかなか困難である。
 そこで,1年間1つのテーマで選択理科のねらいを実現できる教材,生徒の興味・意欲・態度を育て,生徒が主体的に学習できる教材の開発に取り組んだ。

2.実践のねらい
 選択理科の授業を通して関心・意欲・態度を育てるために1年間の指導計画を作成した。
 まず,生徒が興味・関心をもつ教材として食品を使うことにした。食品はとても身近なものであり,これについて調べることで,生徒の実験に取り組む意欲が高まるのではないかと考えた。実験の内容は,食品に含まれる栄養分・食品添加物の検出とし,1年間継続して取り組むことにした。1回の実験で終わらせず,食品を多面的に調べることで,生徒の関心を深めたいと思ったからである。
 また,食品についての実験を行うことで,生徒は食品についての関心を高め,栄養等についての知識が得られるであろう。食品への関心や知識は,生徒たちが望ましい食生活を送るために役立つものである。これらを今後の生活に生かしていこうという態度を養うことも必要である。そこで,今回の選択授業の取り組みでは,生徒のそのような態度を養う指導も行おうと考えた。そのために,得られた知識等を日常生活と関連づけて考察する態度を育成するための評価の工夫をしていくことにした。
 すなわち,本実践のねらいとして次の2点を挙げる。
(1) 生徒の関心・意欲を高めるための「食品分析」の教材化
(2) 知識を今後の生活に生かす態度を養う評価の工夫

3.実践の計画
(1) 指導計画の作成
 指導計画作成の観点
1) 生徒の興味・関心を高めるような教材を用意する。そのために身近な食品を試料とする実験を中心にする。
2) これまでの学習ができるだけ生かせるものにする。
3) 生徒の能力によって,それなりの結論が得られるものにする。
4) 生徒の自主的・主体的な活動の余地が十分あるものにする。例えば,いくつかの試料から生徒が選んで実験できる課題等を工夫する。
5) 実験に必要な器具や材料が無理なく用意できるものにし,危険な薬品を使用するものは避ける。
6) 各実験のワークシートを作成し,生徒が実験結果のまとめと考察をできるようにする。
7) 実験の取り組みとその結果が,今後の生活に生かせるものにする。
 1年間の指導の流れ
1) 食品添加物とは何か・・・1時間
選択理科の授業のガイダンス
食品添加物にはどのような種類があるか,プリントで学習する。
2) コーラの色は何か・・・1時間
コーラに硫酸アンモニウム水溶液とエタノールを加え,カラメルを分離する。
3) 麦茶の色は何か・・・1時間
煮出し麦茶と水出し麦茶を用意する。それぞれの麦茶に硫酸アンモニウム水溶液とエタノールを加え,カラメルを分離する。水出し麦茶にはカラメルに類する物質が使われているものがあることを調べる。
4) ソースの色は何か・・・1時間
ソースに硫酸アンモニウム水溶液とエタノールを加え,カラメルを分離する。
5) ハム・ウィンナー(ソーセージ)に含まれる亜硝酸塩の量・・・1時間
亜硝酸試験紙を使い,ハム・ウィンナーに亜硝酸塩が添加されていることを調べる。
6) ウィンナーの亜硝酸塩を減らす方法1・・・1時間
亜硝酸試験紙を使い,ウィンナーをゆでると中の亜硝酸塩が減少することを調べる。
7) ウィンナーの亜硝酸塩を減らす方法2・・・1時間
亜硝酸試験紙を使い,ウィンナーに切れ目を入れてゆでると,中の亜硝酸塩がさらに減少することを調べる。
8) スポーツドリンクに含まれる過酸化水素の検出・・・1時間
缶入りのスポーツドリンクとペットボトル入りのスポーツドリンクを用意する。硫酸チタン溶液を使い,缶入りのスポーツドリンクには過酸化水素が含まれていることを調べる。
9) ジュースの合成着色料・・・1時間
ジュースに含まれている合成着色料を毛糸の染色により調べる。
10) ジュースの天然着色料の種類・・・1時間
ジュースにアンモニア水を加え,ジュースに含まれている天然着色料が昆虫系のものか,植物性のものか調べる。
11) 食品中のでんぷんの検出・・・1時間
ジャガイモのでんぷんを顕微鏡を使って見る。ヨウ素溶液を使っていろいろな食品中のでんぷんを検出する。
12) たんぱく質の検出・・・1時間
ニンヒドリンを使ってたんぱく質の検出を行う。まず,自分の手にニンヒドリンをつけて人体のたんぱく質を確認し,その後,食品や衣類の繊維等を調べる。
13) 高温殺菌牛乳と低温殺菌牛乳の違い・・・1時間
高温殺菌牛乳と低温殺菌牛乳を用意する。それぞれの牛乳に硫酸アンモニウム水溶液を加え,高温殺菌牛乳ではホエイたんぱく質が熱変していることを調べる。
14) 食品中の脂質の分離・・・2時間
エーテルを使ってポテトチップス中の脂質を分離して質量を測る。分離した脂質を油酸化度試験紙で酸化度を調べる。
15) 飲料中のビタミンCの検出・・・1時間
ヨウ素でんぷん液を使い,緑茶やジュース中のビタミンCを検出する。
 評価
 まず,実験に取り組む意欲・態度を大切にする。さらに,毎回ワークシートを作り,生徒に配付する。ワークシートには実験の結果と考察の他,実験の感想を記入するよう指導し,このシートを用いた評価も行う。
 評価の観点としては,知識・理解,技能・表現とともに,感想を重視し,特に実験して得られたことを今後の生活にどう生かしていくのかという思考と態度を重視した。

4.実践のまとめと今後の課題
(1) 実践のまとめ
 本実践では,「食品分析」を選択理科の1年間のテーマとして指導した。身近な食品を教材にしたため,教材に対する生徒の興味・関心が高まった。生徒の関心・意欲・態度を養うために「食品分析」という教材は有効であることがわかった。また,1年間継続して食品に含まれる栄養分や食品添加物を検出する実験を行い,食品についての知識・理解が深まった。食品添加物については,意識せずに食べていたという生徒が多かったが,いろいろなものが含まれていることがわかった。栄養分については,ある程度知識があったようだが,実験してみると自分の予想と違う結果が出たりして,認識を新たにしていた。
 ワークシートを使った評価を工夫することにより,今回の一連の実験で得られた知識を実際の生活に生かしていこうという態度を養うことができた。1年間の選択理科の授業の最後に授業の感想を書かせたが,日常生活のためになったと書いた生徒が多かった。
 <生徒の感想より>
 見た目も中身も安全でGOODなものはけっこう少なく,見た目はGOODでも中身は危険な食品が当たり前のように売られていることがわかった。実験をやるたびに事実がわかってきて,そのたびに注意して買い物ができた。いろいろなことでためになってよかった。
 また,本研究を進めるために「食品分析」の実験を調査し,選択理科の課題としてふさわしい実験をいくつか見つけることができた。
(2) 今後の課題
 今回は一斉授業形式で実施した。一部の実験では生徒が試料を選択したが,基本的には全員が同じ実験に取り組んでいた。この形式でも生徒の関心・意欲・態度を養うことができたが,さらに生徒の自主性を高めるために,課題研究に取り組むことも必要である。そこで今後は,この研究で得られた教材を用いて,グループごとの課題解決学習に取り組ませたい。

 参考文献(食品分析実験関係)
増尾清 『まとめやすい食品テスト』 誠文堂新光社
増尾清 『安全をためそう』 芽ばえ社
長倉三郎・武田一美監修 『図解実験観察大事典 化学』 東京書籍
『新・科学の実験 食品脂質検出実験』 少年写真新聞社

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