環境教育教材の紹介と実践(その2)
−自己責任性を引出し,問題解決能力を育成するための1つの方策−
大阪市立矢田南中学校
井上 晴貴
E-mail:haruki@mx5.meshnet.or.jp
《キーワード》
環境教育,環境調査実践
コンピュータ計測,定量分析
自作比色計

はじめに
 理科教育で求められているものは,子どもたちの自由な発想を大切にし,直接体験を重視することである。主体的な活動を通して,豊かな科学的素養をそなえた豊かな人間性の育成を目指すものでなければならない。1) そのためにも,科学と人間や自然との関わり,環境や自然を大切にする科学的なものの見方や考え方,身近な自然にはたらきかけて問題を解決する資質や態度の育成が必要である。その手段の1つとして,コンピュータと自作比色計を用いた環境調査について報告する。
 「環境教育教材の紹介と実践1(自己責任性を引出し,問題解決能力を育成するための1つの方策)<1998年4月発信>」では,自作比色計とコンピュータを活用した環境調査法を報告した。2) 今回報告する「環境教育教材の紹介と実践(その2)」では,生徒実践事例を中心に,インターネットを利用した情報の発信・受信・共有について報告する。

1.パソコンと自作比色計を用いた水質汚染物質の分析(CODの測定実践報告)3),4)
 パソコンと自作比色計を用いて水質汚染物質の分析を行い,生徒たちに生活排水との関係を考えさせた実践報告を行う。
 本校は大阪市南部に位置し,校区には大和川が流れている。「環境に対する事前アンケート調査」(環境問題についての意識調査:本校実施1997.3)では,「身近な大和川で,遊んだことがありますか」の質問に対し,87%があると回答している。生徒たちは子どものころより,魚釣り,川遊び,地域の「春ごと」などの行事を通して大和川に慣れ親しんでいる。大和川は,生徒にとって大変身近な存在であることがわかる。毎年「大和川クリーンキャンペーン」にも学年で参加し,河川の清掃活動を行っている。


写真1 大和川河川の清掃活動

 生徒自身が科学的手段によって大和川の水質調査を行い,自分たちの周りの環境について理解を深め,人間活動と環境の関わりについて学ぶことがねらいである。また,この実践を通して環境保全に対する意識の向上を図り,普段の生活の中で環境と環境保全に配慮する姿勢の育成をめざしたい。

2.環境計測装置およびに河川水のCODの測定方法ついて2)〜5)
 「環境教育教材の紹介と実践1」,課題研究の指導(理科),http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/j-kadaiscie/9804/index.htm,啓林館(1998)を参考にされたい。



写真2 環境計測コンピュータ初期画面
写真3 環境計測コンピュータCOD測定する生徒

3.実践について
 <実践の流れ>
 本校の1年生で実践を行った。環境問題に対する事前意識調査からはじめ,事前指導,水質汚染物質(COD)の測定,まとめを4時間の構成で行った。
 第1次 環境に対する事前アンケート調査(全学年対象)
 第2次 「大和川と生活排水について」説明:大和川の水質汚染についての問題提示と環境への意識の啓発,生活排水の環境への影響について学習
「CODについて」説明:汚染の1つの目安となるCODについての学習
生徒の予想:準備した試水の予想
 第3次 比色計を用いた水質汚染物質(COD)の測定実験,環境についてアンケート,測定前と測定後の環境調査に対する意識の変化を調査
 第4次 環境についてアンケート返し,大和川と生活排水についてのまとめ



写真4 授業実践の様子
写真5 大和川の水と準備した試水

4.試水について
 大和川の水と生活排水を比較するため,大和川の水の他に市販の水(「六甲のおいしい水」),水道水,顔を洗った水,しょう油を1万倍に薄めたもの,牛乳を1万倍に薄めたものを準備した。測定前に,これらの水について汚染順位(COD値の低い順)の予想を立てさせた。
 《みんなの予想(きれいな順ベスト6)》
1位 六甲のおいしい水 100%
2位 水道水 82%
*%は,各位を選択した。
3位 顔を洗った水 39%
*ものの割合を示す。
4位 しょう油1万倍薄 32%
5位 牛乳1万倍薄 26%
6位 大和川の水 97%

5.結 果
 COD測定結果は,次のようになった。
 《COD測定結果(ベスト6)》
1位 0〔ppm〕 六甲のおいしい水
2位 2〔ppm〕 水道水 
3位 8〔ppm〕 顔を洗った水
4位 9〔ppm〕 牛乳1万倍薄 
5位 12〔ppm〕 大和川の水 
6位 16〔ppm〕 しょう油1万倍薄

 また,pH,導電率,塩分濃度の測定値は次の通りであった。

 COD
〔ppm〕
pH導電率
〔ms/cm〕
塩分濃度
〔%〕
1) 六甲のおいしい水07.40.270.01
2) 水道水27.10.220.01
3) 大和川の水127.90.480.02
4) 顔を洗った水87.30.240.01
5) しょう油(1万倍希釈)167.40.290.01
6) 牛乳(1万倍希釈)97.50.240.01

 【参考】
「大和川の水」は,授業の前日採取し(気温17.0,水温20.0)冷暗所に保存した。
「六甲のおいしい水」は,六甲の鉱水で,ミクロフィルターで無菌化した水をボトルにつめたものである。有機物や添加物などは含まれていない。(ハウス食品より)
市販の類似のミネタルウォーター「クリスタルガイザーアルパインスプリングウォーター」
(採水地:アメリカ・カリフォルニア州オーランチャ,原材料:湧水 源泉で湧水をパックしたもの)の水質も測定した。COD0.0〔ppm〕,pH7.8,導電率171〔/cm〕,塩分濃度0.0〔%〕であった。

6.考 察
(1) 実践前における生徒の意識
 実践前に行ったアンケート「環境に対する事前アンケート調査」で,「大和川が汚れる原因は,生活排水や工業排水が原因であることを知っていますか」という質問に,1年生94%,2年生98%,3年生100%が「知っている」と回答している。学年が上がるにつれ,新聞・テレビなどの報道による先行学習により,汚染原因の知識的理解は高くなっている。また,「自分たちのまわりの環境(自然)を,大切にしようと意識したことはありますか」の質問には,1年生・2年生も9割が「意識したことがある」と回答している。
 しかし,「空気や川・海の水質が多少汚れても,人間の生活が便利になればよいと思いますか」という質問には,1年生36%,2年生27%が「思う」と回答している。環境問題への関心はあるが,自分の生活の便利さと天秤をかけたとき自然環境を犠牲にしても,自分の生活の便利さを選択する生徒が1年では3分の1を占めている。さらに,環境保全に対する生徒の意識を調べると,川にゴミを捨てることがよいことだと回答する生徒も一部存在し,環境保全への意識は低い状態である。
 水質調査前に,「身近な大和川の水を化学的に調べることに興味がありますか」という質問には,1年生29%,2年生21%,3年生74%が「興味がある」と回答している。


写真6 大和川(行基大橋から上流をのぞむ)

(2) 実践後における生徒の意識の変容
 水質調査を行う前は,「大和川の水が汚れていると思いますか」の質問には,約7割の生徒が「よく思う」,2割の生徒が「時々思う」と回答しており,事前に大和川の水質汚染を理解している生徒は多い。本調査後,「今回の測定で,大和川の水が汚れていると思いましたか」の質問には,「思った」と回答した生徒は86%,「少し思った」を合わせると95%に達し,調査前の割合を越えた。今回の水質測定を通して水質汚染を認識した生徒の割合はさらに増えた。


図1 水質調査後の河川の水質についての意識

 さらに,「大和川の水質調査に興味がありますか」という質問に,実践前が29%であったのに対し,実践後は65%が「ある」と回答し,実践前に比べると36%増加した。また,コンピュータを活用した実験に対する関心は,約8割と高いことがわかった。
 以上のアンケート調査からもわかるように,コンピュータと比色計を用いた水質調査は,生徒の環境への関心を高め,学習目標の達成に効果のある方法である。

7.インターネットを利用した情報の発信・受信・共有3)
 紙面の都合上,大気中の二酸化窒素濃度測定の実践や水質中の亜硝酸イオンの測定については割愛するが,インターネットの利用による,測定データや環境に関する情報の発信・受信・共有について触れておく。
 環境教育ホームページの中で,大阪府教育センター科学教育部紺野昇が主催する「子ども達が測定する大阪の環境(URL=http://www2j.meshnet.or.jp/~kankyo/kankyo0.htm)」では,環境情報のデータ発信や環境調査の教材化と授業実践事例情報などを引き出すことができる。その中で,大阪府下一斉大気汚染調査(本校も参加)があり,情報の共有もできる。インターネットの利用により,生徒たちが広い視点に立って環境について学習することが可能である。

写真7 子どもたちが測定する大阪の環境ホームページ画面
写真8 情報の発信(大阪市立矢田南中学校の環境教育実践,大和川の水のCODを測定する)


写真9 大阪府下一斉大気汚染調査の結果        
写真10 校内の大気中の二酸化窒素の測定をするため二酸化窒素吸着用容器を設置する生徒たち


写真11 幹線道路沿いの大気中の二酸化窒素の測定をするため二酸化窒素吸着用容器を設置する生徒たち

おわりに
 理科における環境教育は,人と自然との関わりを科学的手法で調査・実験・観察することで自然についての理解を深めることができる。また,直接体験を通して生徒にみずみずしい感受性や自然を見る目,感じる心を養うこともできる。6) 環境に対して意識を持ち,自分の考えで行動するためには知識の修得(机上の学習)だけでなく,実際にフィールドに出て,五感を使って体感する必要がある。環境問題を受動的に学ぶのでなく,自然(自分たちの身の回りの環境)にはたらきかけ,主体的に学びとれる学習活動を今後も考えていきたい。
 本システムは,従来のパックテストの半定量分析の欠点を解決した,コンピュータと比色計を用いた定量分析である。データの信頼度も高く,生徒たちに容易に調査できる教材であるので,今後,これらの教材を活用して多くの学校で環境教育を進め,ネットワークづくりも進めていきたい。
 本報告は,大阪府中学校理科教育研究会発行の平成8年度理科研究紀要第26集「地域の自然を生かした環境教育実践2,環境教育をインターネットで広めよう」(拙稿),「第3回エネルギー環境教育研究フォーラム関西大会」(拙稿)をもとに加筆したものである。

 謝 辞
 本研究に対し,ご指導・ご助言いただいた大阪府教育センター紺野 昇氏にこの場をお借りして厚くお礼申し上げる。

 【参考にした資料】
1) 第45回全国中学校理科教育研究会大会資料
2) 井上晴貴:環境教育教材の紹介と実践1,課題学習の指導(理科),http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/j-kadaiscie/9804/index.htm,啓林館 1998
3) 井上晴貴:中学校理科におけるパソコンを用いた環境調査の実践,第3回エネルギー環境教育フォーラム関西大会資料,エネルギー環境教育情報センター 1997
4) 杉本良一・紺野昇・井上晴貴:パソコンを用いた比色計による環境調査の教材化−水質中のCODの測定−,鳥取大学教育学部研究紀要 1997
5) 井上晴貴:地域の自然を生かした環境教育実践2−環境教育をインターネットで広めよう 大阪府中学校教育研究会理科部研究紀要 1997
6) 山極隆:理科はなぜ変わらなくてはならないか 120-122,明治図書 1996

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